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1章

47,残酷なまでに純粋な恋心

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「……鈴乃ちゃんは能力使ったりしてない?」

 1番に聞きたかったことを本人にだけ聞こえる声量で尋ねる。
 鈴乃は小春の問いに僅かに息を呑んで、歯切れの悪そうに小さく頷く。

「はい。……使ってないですよ」

 その反応から、やはり鈴乃は能力を隠すのに納得いっていないのだろう。
 鈴乃はちゃんと理解力がある。能力を隠さなくてはならない理由については十二分に理解しており、理解しているからこそもどかしさがあるのだろうと思うが。

 鈴乃は貧民街の人々を救うことができる力を持っているにもかかわらず、ただ彼らが衰弱していくのを見ていることしかできないのだ。
 この状況は鈴乃には目に毒だ。改めて鈴乃をこの状況においたであろうリュカやセルジュのことが憎らしく思える。

 もちろん小春だって鈴乃と同じ状況であれば、きっと少ない良心が痛むだろうが、残念だと割り切れる。
 今までの長くない人生で痛いほどわかっている。何かを守るということは何かを見捨てるということだと。見知らぬ異世界人と天秤にかけたときに何を優先すべきは明白だ。
 特に今回天秤にかかっているのは鈴乃の未来であり、小春の少ない友人として間違いなく優先すべきものだ。それにリュカの思い通りにもさせたくない。一度助けた相手だ。できうる限り手を貸さなければ、

「大丈夫?」
「え……」

 鈴乃の心情を思っていると無意識にそんなことを聞いていた。急にそんなことを言われて鈴乃は固まってしまった。

「いや、なんでもないよ」

 なんといえばいいかわからず曖昧に笑うしかできなかった。きっと鈴乃に能力を使わないように念をおしておくべきなのかもしれないが、なぜだか言うのは憚られてしまったのだった。
 そんな葛藤を知ってか知らずか、鈴乃は少し考えたあと、口を開いた。

「……わたし、小春さん、にはとても感謝している、んです」

 たどたどしくも以前よりもはっきりとした物言いの鈴乃。

「感謝?」
「はい。……前までの、わ、私は、何かしようと思うだけで何も……できなかったんです。け、けど……、小春さんと話して、変わりたい、と思えて。今は、なにかできたわけじゃ、ないけど、行動できた、のは初めて、なんです」

 頬をほんのりと赤らめながらも生き生きと話している鈴乃をぼんやりと見つめていた。

 変わりたくても変われない人間が多くいる中、たかが上辺だけの言葉を原動力に、本当に変われる人間が果たしてこの世に何人いるだろうか。

「………私は何もしてないよ」
「こ、小春さんならそう、言うんだろうなと、思ってました。……だから、勝手に感謝してます」

 鈴乃は困ったように笑みを浮かべた小春の言葉になぜか嬉しそうに微笑んだ。
 
 鈴乃を前にすると常々思うことがある。
 本当に強い子というのは彼女のような子を言うのだろうと。出会った当初はそんなことはなかったのに。いや、小春が知らないだけで彼女は前から強かったのかもしれない。
 あと必要だったのは些細なきっかけだけだったのだ。

 なんとなく、鈴乃に気の利いたことを言える気がせず押し黙る。

「……し、失礼します」

 タイミングが良いのか悪いのか、目的の部屋までついたらしく、鈴乃は控えめにノックをした。
 そしてそのまま目の前の木造の扉をゆっくりと開ける。貧民街にある建物だからだろう、扉の立て付けは悪く、ギィギィーと鈍い音を発しながら動いていった。

 眼前に広がるのは床に寝かされた何十人もの人。
 かろうじて病人には毛布が引かれているが、お世辞にも良い環境ではない。

 まあ、仕方がないのかもしれない。
 小春が実際にみても、貧民街の中でも大人数入れて比較的綺麗に保たれていた建物はここしかなかった。恐らく以前は講堂のような用途で使われていたのだろうか。

 小春の耳に複数のうめき声が否が応でも入ってくる。想像してはいたが、こうして現実を目にすると言葉が詰まる。

 これが一人の利己的な行動がもたらした結果。
 そう考えると憤りすら感じる。
 確かに彼らは貧民街で生きる人間で、大多数の人間が捨て置いても見て見ぬふりができる存在である、というのは小春も同意見である。だが、だからといって一人の私利私欲の犠牲になるのはちがうわけで。

「お、おまたせ……しました!」

 鈴乃は小さく呼びかけ、近くの病人の下へ駆け寄り、持ってきた水を渡し始めた。

「………ありがとな」

 水をもらった中年ぐらいの男は、ぶっきらぼうに言った。不貞腐れているようにも見えるが、その目には感謝の気持ちがあるようにも見える。

 さすが天然記念物の鈴乃というべきか。たった2日で警戒心が強いであろう貧民街の人間が鈴乃に絆されてしまっている。

「すずのちゃんー!こっちもお願いね!」
「あ、はい!……い、今行きます!」

 ところどころ鈴乃に親しみを持っているであろう人が声をかけ、あたふたして対応する鈴乃。

 少し頼りないが、救いを求める人々に躊躇なく手を差し出す姿は、聖女そのものではないかと。
 柄にもなくただそう思った。

「コハル様」

 鈴乃の姿に気を取られていると、セルジュが直ぐ側まで来ていたらしく声をかけられて初めて気づく。

「どうも」
「コハル様に来ていただけて大変心強いですよ」
「……どうですかね、これ私不要じゃないですか?」

 優しく微笑むセルジュに肩をすくめる。さすがにお世辞にしか聞こえない。

「そんなことはありません。人手は多いほうが良いに決まってます」
「まぁそれはそうですね」

 セルジュのフォローが自然で素直に頷く。
 思っていたより病人が多い。この様子なら奉仕する人間は多いにこしたことはない。
 
 セルジュの方をちらっと見ると、頑張っている鈴乃の姿を微笑ましく見つめていた。
 そのセルジュの様子を見て、なぜか良い感情は生まれてこなかった。

「……セルジュ様は」
「はい」
「セルジュ様は鈴乃ちゃんが好きなんですよね」
「っっっ!!!??!?」
 
 穏やかな表情を浮かべていたはずが、小春のド直球な言葉に思っきり動揺し、赤面してしまう。
 面の良い男の赤面は一定数需要があると思う。リュカでは絶対に見ることができないので、しかと目に焼き付けておく。
    
 じぃと見ていると、セルジュは少し落ち着きを取り戻したのか、すぅと息を吐いた。そして、赤面の名残は残したまま、バツが悪そうに小春を見やった。

「……からかってらっしゃるんですか」

 どうやら知らず知らず顔がニヤついていたらしい。

「まぁ、そういう思いもないわけではなかったですけど」
「………」
「いやぁ、本来は貴方が鈴乃ちゃんをどう認識しているのか知りたかっただけですよ?」
「認識、ですか」

 これ以上は脱線してしまいそうなので、小春は聞きたかったことを素直に尋ねる。
 予想外だったのかセルジュはキョトンとして小春の言葉を繰り返した。

「はい。貴方は鈴乃ちゃんをどう思っているか、どうしたいのかってことです」

 小春は静かに微笑みを浮かべて言う。
 束の間。
 セルジュは息を呑み、意図を探るように小春を見つめた。

「……初め、俺は彼女は守らねばならない存在だと、そう思っていました。俺の出来得る限り彼女を守ろうと」

 出会った当初のことを思い出しているのだろう。遠くを見つめるように鈴乃を眺めてそういった。
 
「ですが、それは俺の勝手な勘違いに過ぎませんでした。実際、スズノ様はご自分の意志で行動することのできる芯の強いお方で………。今回も正直彼女には辛いものを見せることになると思い、連れてくるつもりはなかったんです。だから、スズノ様が今ここにいるのは、間違いなく彼女の意志です」

 一息つくかのようにセルジュは静かに押し黙った。    
 この続きを言うか迷うように、鈴乃から目線を反らしたあと、小春に困ったようにはにかんだ。

「俺の目にはスズノ様が誰よりも眩しく見えるんです。………貴女のおっしゃるとおり、俺は彼女に惹かれている、のだと思います」

 セルジュの答えを静かに受け止める。
 
 驚きはない。あるは落胆だけ。
 小春の想像どおりの答えであり、駆け引きやらが苦手のように見えるセルジュの紛れもない本音。
 それを理解すると同時に、セルジュは所詮、その他大勢の搾取する側の人間にすぎないのだと落胆する。

「セルジュ様は鈴乃ちゃんのことを心から大切に思っているんですね」
「………はい」

 小春の言葉に赤面しつつも、はっきりした声で肯定する。対して、小春は酷く穏やかな表情で言う。
 
「そうですか。……それが本当なら貴方はとても残酷だ」
「──っ、それはどういう………」

 意図が分からない小春の言葉に、セルジュが目を丸くして聞き返そうとした。

「すいませーん!」
「あ、はーい」

 それを遮るように病人の一人が声を上げた。
 これ以上、会話を続けるつもりもない小春は声を上げた人物の方へ小走りで向かう。
 
 後ろ背にセルジュが何か言いかけるような素振りが見えたが、それには気づかないふりをしてそのまま足を進めた。
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