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1章
46,相容れない
しおりを挟む知り合いを見つけたときのように嬉しそうな鈴乃は、初めて会ったときのようなおどおどした様子からは連想できない。
「鈴乃ちゃん、なんでここに」
「あ、はい……!わ、私も何かできれば、と思って……」
「……そっか」
少し、顔を赤くしながらも意思が籠もった瞳で小春を見据える鈴乃。
鈴乃は以前から引きこもりであった自分から変わりたいと言っていた。今回のことはその一環なのだろう。誰か人のためになることをしようとする。なんと、素晴らしいボランティア精神。
しかし、今回ばかりは軽率に行うべきではない。万が一能力を使えば彼女の末路は定まったも同然だ。
きっと鈴乃の一存ではない。
鈴乃を連れてきたであろう彼女の隣に控える美麗な男を見やる。小春からの剣呑な視線を感じたのか、セルジュはニコッと笑った。
「お久しぶりですね、コハル様」
「……どうも」
全く。どうしてか鈴乃もこのセルジュも小春に屈託のない瞳を向けてくる。僅かな毒気すら抜けてしまうではないか。
「あれ、二人は会った事あるんだ」
「叔父上もご一緒でしたか」
「ここは公式の場ではないしふつうに呼んでよ、甥っ子くん」
真面目に話すセルジュに対して、茶化すようなリュカ。
見た目での年齢差がなさそうだからか忘れそうになるがこの二人は叔父と甥という関係性だったか。
ところで、リュカは何歳なのだろうか。落ち着きようからして、小春の年上なのだろうと踏んでいるが。
「あの、お二人はいつからこちらへ?」
「俺は毎日とは言わないですが、初日から」
「わ、私は、3日前から……、です」
自分の知らぬところで話が進んでいる。この件に顔を突っ込む事自体を億劫がった小春が招いたことなのだが。
しかしながら、この様子なら鈴乃は小春の言ったとおり能力を使わず、隠し通しているのだろうから杞憂なのかもしれないが。
小春はまだ鈴乃とは短い付き合いだが、彼女の性格上、使わなければいけない状況がくれば、能力を使ってしまうのではないか。そんな悪い考えだけが否が応でも浮かんでくる。
「では俺たちは先に行きますね」
「あ、はい」
「……こ、小春さん、もまたあとで」
小春がそんな事を考えているとも知らず、2人は早々にその場を去っていった。そのとき、鈴乃がとても控えめに手を振っていたのはしっかりと目に焼き付けておいたが。
「セルジュ様方も、治療の方に尽力してくださっておりましてな。全く頭が上がりません」
「………」
セルジュが治療側についているなら、鈴乃もそうなのだろう。果たして能力をつかわずにいれるのだろうか。ますます持って怪しい。
モルガンが離れていくセルジュたちを温かい笑みで見つめているのを、小春は眉を顰めて見た。
すると、横にいたリュカが口を開いた。
「ルゥセラール卿、コハルさんに井戸の様子を見せてきてもよろしいでしょうか」
「ん、ああ。もちろんですとも」
リュカの言葉に、こちらに視線を戻したモルガンは快諾した。
リュカは小春の方を見ると、小さく笑って言った。
「行こっか」
「……はい」
リュカに素直に従い、後を追った。
先週まで静けさだけがあった人々から見放させれた路地は、今や少し活気づき多少の賑わいを見せていた。
そのきっかけを作った張本人である小春は、他人事のようにそれを横目に見ながら路地の中を進んでいく。
「コハルさん、怒ってるよね」
突然、前方を歩いているリュカは振り返ることなく小春に話しかけた。
リュカの言葉に思わず目を見張る。
小春自身、自分が怒りに近い感情を抱いていることをリュカの指摘で自覚した。
「……べつに、そんなことは」
「珍しいね、君がそんなはっきり怒ってるの」
否定しようと呟いた小春にかぶせるように言葉を続けるリュカ。
確信づいたようなリュカの様子に小春は居心地悪さを感じてしまう。
今までだってリュカに何度か怒っていたことはあったはずなのになぜ今回に限って言及するのか。
小春は目を伏せ、静かに口を開けた。
「鈴乃ちゃんの件、リュカ様の差し金ですか」
「いいや、その件については俺が直接的には関与してないかな」
小春が何に憤っているのか察しがついていたらしく、驚く様子もなくすぐ返答が帰ってきた。
「直接的に、とは?」
「今回は俺の落ち度ってこと。セルジュは治癒専門の騎士団を抱えているから協力が必須でさ。その話をしてたときに偶然聞かれてね」
後ろ姿しか見えないため、表情は分からないが、声色は特に変わりはなく嘘を言っているようには聞こえない。
──だが。
果たして、それは偶然だったのか。
「私は、リュカ様と方向性が一緒だから、お互いを利用し合おうという考えに同意しました」
「うん」
「それはあくまであなたと私の間だけの話であって、それが鈴乃ちゃんを巻き込むような話なら同意しかねるという話です」
怒っていると言われる割にただただ淡々と言葉を続ける小春。
すると、リュカが立ち止まり、こちらに振り返った。路地に差し込む陽光に背を向けたリュカは逆光に照らされ、その表情が冷ややかに見える。
「………君は、何か勘違いしていない?」
「……」
「確かに俺と君は方向性が合致している。でもそれは国に聖女を利用させないという、その一点についてのみだ。やり方については口出しされる筋合いはない」
突き放すように放たれた言葉を静かに受け止める。
あぁ、忘れていた。
リュカは、この男は。いつだって小春と一線を引いてきたではないか。
リュカに強制的に利害関係を強いられたにもかかわらず、いつの間にかこの利害関係に甘えていたのは小春の方だったのか。
リュカにとって小春は利用価値のある駒で。ただの駒の事情など彼には関係のないことでしかない。
当然だ。だって、この利害関係には決定的なことが欠けている。
お互いにお互いの意図や目的について一切話していないのだから。
「そうでした。あなたは、聖女にいなくなってほしいんでしたっけ。……………その聖女が自滅してくれると言うなら万々歳か」
「……」
小春は貼り付いた笑顔を浮かべ、そう吐き捨てた。
小春はただ、召喚された日本人が何も知らず利用されるだけされて殺される現状をどうにかしたいだけだ。
だがリュカは違う。その先がある。
リュカは聖女という存在を疎ましく思っている。だから、国が聖女を利用する現状を許さない。その意図は分からない。けれど、国に聖女を利用させないよう仕向け、聖女という存在をこの世界から消す。そこまでが彼のシナリオなのだ。
鈴乃が聖女として利用され壊れることなどその過程の一つでしかないのなら、きっとリュカとは相容れない。
はじめからわかっていたことなのに、なぜか感情が乱れているような感覚だけがあって。こんな感情を抱いている自分自身を鼻で笑って消し去りたいとさえ思う。
それすらもままならない小春は、この空間にいることも耐えきれなくなり、冷淡な表情のリュカに背を向けた。
「……私も鈴乃ちゃんのところに行ってきます」
それだけ言うと、リュカの返答も待たず、そのまま来た道を引き返した。
『人は人に必要とされなければ生きていけぬものです。……わしは烏滸がましくも、あなた様が存在意義を見失うことを危惧しているのでしょうな』
こんなときにモルガンの言葉が頭を反芻する。
まるでモルガンが危惧していたとおりではないかと。
なぜ。
気をつけていたつもりだった。リュカはこちらをおちょくるような節はあるが、あくまで利害の一致で良くしてくれているだけ。リュカは偽るのが得意な質であり、さも気を許したように振る舞うのは容易なのだ。
そう戒めて、踏み込ませないように踏み込ませないように、そうしてきたのに。あのときのようなヘマはしないとそう決めてきたはずなのに。
でないと、また──。
あぁだめだ。また良くない思考をしている。
だからなんだというのだ。もともと引かれいてた線を改めて引かれただけ。それだけだ。
あと1年もすればおさらばの仲。ならどうでもいいじゃないか。リュカが鈴乃を消そうと考えているなら、小春も勝手に動けばいいだけだ。
そう思うとだんだんあの涼しい顔した腹黒に苛立ちを覚えてくる。
そうだ。あの男にはこういう感情だけでいい。
そんなことを考えて歩いていると、いつのまにやら水を抱えた鈴乃を見かけた。
「鈴乃ちゃん!!」
「へ……、こ、小春さん?!」
気持ちを切り替えようと思いのほか声を張ったせいで、少しびっくりした様子の鈴乃がこちらに気付いた。
その挙動さえも癒しで、あの腹黒男のおかげで淀んでいた感情が精練されていき、和やかな笑みを浮かべて鈴乃に駆け寄った。
「私も手伝うよ」
「あ、ありがとうございます!……あのぅ」
「ん?」
嬉しそうにしたはずの鈴乃は、何か気にするように目を泳がせ、言いよどむので首を傾げる。
「リュカ様は……?」
「あぁいいのいいの、井戸の方に行ったんじゃない?」
今一番聞きたくない名前に一瞬固まるも、すぐさま困惑する鈴乃の背を押しながら、病人の寝ているであろう建物内に進んだ。
鈴乃もそれ以上言及する気もないのか、そのまま小春にされるがまま足を進めたので、手を離して隣を歩くことにした。
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