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1章

45,先客

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 次の日。
 小春は、リュカと朝からルイストンに来ていた。
 
 王都とルイストンはかなり離れているが、ゲートを介してになるため、気軽な気持ちで来れるというわけだ。
 そのおかげでここ一週間、リュカが他の事案をこなしながら合間を縫ってルイストンに赴いていれたからこそ、急ピッチで事業を進められているのだろう。

「きゃ~リュカ様今日もいらしてたんですね!!」
「今日も相変わらず素敵だわ」
「毎日会えるなんて夢のようだわ!」

 まぁ特に説明もいらないだろうが、熱烈なリュカのファンの出迎えを食らっている最中である。
 毎日出待ちするなんてなんとも逞しいことだ。

 小春はまた面倒なことにならないように、リュカの陰に隠れ、顔を逸らす。
 だが、リュカに女の影があるとなると目ざとい3人娘。小春の姿が目に映った瞬間、血相をかけた。

「な、な、な!!!」
「……リュカ様がお、女連れ!!!」
「しかもあの女………、前もリュカ様といた生意気な子でじゃない!??」

 秒で見つかった。
 気付かれたならもう諦める他ないと、3人娘に苦笑いを浮かべながら手を振った。

「……ど、どうも。ご無沙汰してます」

 3人はリュカと小春を何度も見比べ、絶望したように顔を青ざめてしまった。
 絶対に勘違いをしている。

 勘違いを正そうと口を開こうとするが時すでに遅し。

「「「さようなら!!また来ます」」」

 と三人娘は勢い良く言ったかと思うと、そのまま脱兎のごとく走り去ってしまった。
 前回に引き続き、勘違いを訂正することができず、小春は疲れた顔でため息をつく。
 なんでこんな面倒なことに巻き込まれなければならないのか、と。

 当事者であるはずのリュカはというと、小春の横で肩を震わせ、笑いをこらえていることがまた腹立たしい。

「……なにか?」
「ふっ……いや、なんでもないよ」

 なんでもないと言うならもう少し取り繕うべきだろう。
 楽しそうなリュカに無言の圧を向けるが、本人は気にしていない様子。もう何も言うまい。

「それじゃあ、貧民街に行こうか」
「はい。……ていうかルゥセラールさんとかには会わなくていいんですか?」

 そのまま歩き出そうとしたリュカに尋ねる。
 ルゥセラールが会いたがっていたというのは体の良い口実なのだろうが、公式に領地に赴いておいて挨拶しないと言うのも妙な話だ。

「もちろん会うよ。だから行くんだよ」
「?」

 イマイチ話が見えないが、小春はおまけで来ているだけなのだし、それ以上追求することもなく、リュカのあとを追って歩いた。
 
 多少の疑問を残したまま、リュカに続くように貧民街に続く狭い路地に足を踏み入れる。
 するとどうだろうか。一週間前はそこら辺にゴミが捨ててあったりと、やたら入りづらい雰囲気のあった路地が心なしかすっきりしている。

 井戸を作るに当たって業者が入ったときにある程度綺麗にされたのだろう。

 以前と違う点はもう一つ。
 路地の奥の方からにぎやかな声が聞こえてくることだ。明らかに活気づいている。

「あ!!コハル様ー!!」

 ふと。複数の人の気配がする方から、聞き覚えのあるハツラツとした声が小春を呼んだ。
 声の主を確かめようと、こちらに全力で手を振る人影を凝視する。

「あ」

 わかる。あのシルエットや、あのハツラツとした感じ、全て見覚えがある。あるのだが、咄嗟に名前が出てこない。1週間も前のこととなると記憶は薄れていくばっかりなのだし、名前を忘れてしまうのは致し方ないと思う。
 もちろん、昨日、リュカから名前を聞いたという事実は目をつむっての話だが。

 名前が出てこないので申し訳程度に手を振り返して微笑んだ。

「コハル様!一週間ぶりですね!来てくださってありがとうございます!」
「あ、あぁはい。久しぶりですね、えぇと」

 嬉しそうに再会を喜んでくれている相手の名前が出てこない小春は、罪悪感を募らせながら言葉をつまらせた。
 すると、いきなり耳元に直接声が響く。

「……マーガレットさんだよ」
「っ」

 予想だにしていなかったリュカの行動に思わず声が漏れそうになるのを小春は必死でこらえた。 
 耳元で小さく掠れた低音が聞こえてくるとか、どこぞのチープな女子向けASMRだ。

 絶対に面白がってやったであろうリュカの方は見ず、名前が出てこなかった侍女、改めマーガレットに笑みを向ける。

「マーガレットさんも元気そうで何よりです」
「もちろんですよ!それが私の取り柄なので!ていうかその他人行儀な喋り方やめてくださいよー!距離ができた感じがしてイヤです!」
「あーごめん」

 マーガレットの様子から、小春が名前を忘れていたことはバレていないようだ。
 純粋に気になったことを口にする。

「ところでマーガレットはなぜここに?」
「なぜって、主様の付き添いですよ?」

 小春の問いに何を当然なことを、というようにキョトンとしながら答えるマーガレット。

 つまり、モルガンがわざわざ出払っているということだ。口調から察するに珍しいことでもないらしい。
 リュカもなんだかんだ頻繁に視察しに来ているようだし、この世界の偉い人たちでは責任者が毎日出払うのは常識なのか。いや、単にリュカやモルガンは責任感が強いだけだろう。

 先程、リュカがモルガンに会いに行くから貧民街に行くのだと言っていたことも、つまりはモルガンが貧民街に来ているからだったというわけだ。

「ルゥセラールさんのところまで案内お願いしても良いかな?」
「はい!お安い御用です!」

 とりあえず挨拶をしようとマーガレットに申し出ると、マーガレットは胸を張ってにっこりと笑みを見せた。





 マーガレットに案内されると、モルガンはちょうどアンナと話しているようだった。
 アンナにも世話になっていたので2人共に声をかけられるのは都合がいい。

「ルゥセラールさん、アンナさん」

 小春が話し込んでいる2人に声をかけると、2人はこちらに顔を向けた。声をかけたのが小春だとわかると、2人共嬉しそうに表情が緩んだ。

「コハル様、来てくださったのですな」
「お久しぶりです」
「はい、お二人ともにまた会えて光栄です」

 小春は一気に歓迎ムードの二人につられるように微笑んだ。

「リュカ様も毎日来てくださりありがとうございます」

 モルガンは小春の横で静かにしているリュカにも目を向けそういった。

「まだ当面は解決してない問題もあるしね」
「問題……??」

 リュカの言い方に違和感を覚え、ちらっと見上げた。
 昨日はそんなこと言わなかった。むしろ順調だと言わんばかりの話だったような。

「あぁ、それについては今アンナさんと話しておったところです」
「あ、はい」

 状況を把握していないのは小春だけらしい。

「あのあと、水の提供について打診が ありまして、私はそちらの方に尽力してたのです。特に病になった者は体内の毒素を体外に出すために、治癒術師の方に基礎体力を向上させる魔法を乗せてもらった水を提供しています」

 アンナは目を伏せながら小春に説明をした。
 話題からして、問題というのは井戸の方ではなく、魔素化合物によって被害を受けた者たちの治療の方らしい。

「……ですが、一週間近く経っても回復の見込みはなく、より衰弱していく方たちまでいる状態でして」

 歯がゆい様子で語るアンナ。
 隣りにいたモルガンは小春をじっと見つめた。

「コハル様はこの病についてご存知のようでした。何かわかることはありませんか」
「知ってるといっても、私は医療についての知識は乏しいので分かりかねます。………ただ、水に魔法を乗せるというのは効率的ではないかと」

 被害を受けた者たちは痛みを訴え、動けなくなるというものだった。ならば、いくら免疫力が向上したところで痛みの原因となるものをなんとかしなければ意味がない、気はする。

 パッとしない小春の答えにモルガンも曖昧な笑みを浮かべる。

「そうでしょうな。現に効果が見られていないのが良い証明だ。……しかし、現状それ以外の手段がないのでな」
「治癒術師が直接治したりはできない、ということでしょうか」

 治癒術師は言葉通り治癒魔法を使う者たちのことなのだろうに治癒魔法を使えない、というのはどういうことなのか。
 すると、隣で口を挟んでこなかったリュカが口を開いた。

「治癒魔法ってコハルさんが思うほど万能じゃないよ」
「というと?」
「治癒魔法ってさ、要するに怪我を再生させたりするわけだけど、人間はある程度時間をゆっくりかけてなら傷を再生させる機能をもともと持ち合わせてるよね。だからちょっとした怪我なら治癒魔法で治すことは可能なわけだ」
「……つまり、魔法っていうのはあくまで事象化されていることしかできないってこと、ですか?」

 リュカの言いたいことを噛み砕くとリュカは肯定するよう頷いた。

 以前、アンナの水魔法についてどういったメカニズムなのか気になったので、図書館でそういった文献を読み漁っていた。

 この世界における魔法の解釈は、元々ある事象を魔法という魔素を介した事象で再現しているに過ぎないのだと。
 要するに、魔法ですら不可能なことを可能にすることはできない、ということだ。

「例えば、何かの戦いで腕を欠損した。欠損した腕が生えてくることもくっつくこともこの世界ではあり得ない事象だ。ならば、魔法であろうとその事象を変えることなどできない」
「……今回の病気も治るような類のものではないってことですね」
「そういうこと」

 難しい顔をしながら言った小春に微笑し、首肯するリュカ。
 すると、正面にいたモルガンもまた静かに頷く。
 
「そうですな。あとは、そもそもの話、身体のどこに問題があるかすらわかってないっていうのもあります」
 
 確かに原因がわからないのに治すのは難しいだろう。この世界において魔法はかなりシビアであり、使い手がどういう事象を起こすのかを理解していないとうまくできないのだ。

 そういう意味では、第一王子といる林堂沙菜がそういった事象関係なく、見た魔法を再現できてしまうのは異端であるのだが。

「治癒魔法は転移魔法ほどじゃないけど魔力量がかなり消費されるからね、原因がわからないものを治そうとするとすぐに魔力切れになるんだよ」
「へぇ」

 この男、自然な流れでマウントを入れてくるな、と思いつつ返事をする。
 
 さすがにこう聞くと、治癒術師によってすぐさま解決、というわけにはいかないということが嫌でもわかる。
 
 ──鈴乃はどうだろうか。

 一瞬そんな考えが頭を横切った。が、すぐさまその考えを打ち消す。
 
 聖女である鈴乃の能力は治癒だ。治癒自体は何の変哲もない能力かもしれないが、おそらく、鈴乃のは他のものとは一線を画すものだろう。
 枯れた花を再び咲かせる、なんてのはこの世界には存在しない事象なのだから。

 そんなことが可能な鈴乃ならあるいは。と考えた小春はなんと非情なことか。

 確かに貧民街の問題は解決するだろう。が、間違いなく国に鈴乃の有用性に気付かれ、さんざん利用され壊れるのがオチだ。
 誰かの犠牲の上で成り立つ救いなどクソ喰らえだ。そんなものは救いなどではなく、もっと醜悪でおぞましい何かだ。
 そんな考えが思いつく小春もまた同類と言えるが。

 ──トントン。
 ふと、肩を優しく叩かれた。
 小春はなんだ、とゆっくり後ろを振り向くと、肩を叩いた人物は嬉しそうにふわっと笑みを浮かべた。

「小春さん」

 その人物を視認した小春は、対象的に息をするのも忘れて、目を丸くしたまま固まった。

「鈴乃ちゃん……」

 彼女は悠然としたまま、これまでの小春の思考を妨げた。
 どれだけ小春が先を見据えて考え、行動したところで、いつだって現実は望まない方向へ進んでいく。

 ──彼女、鈴乃がここにいるのはきっと。
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