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1章
閑話,感情より優先すべきこと※リュカ視点
しおりを挟む小春が魔獣に襲われたあと。
倒れていた小春に怪我がないことを確認し、モルガンのもとにすぐ転移した。
さすがに魔力量が人より多いリュカも転移魔法を3回と結界魔法を短時間で使ったことで魔力がほとんど枯渇した。
そのため、小春をモルガンに託したあと、自身も少しの間休ませてもらっていた。
「貴方が魔力切れでダウンしてるところ、久しぶりに見ました」
「魔力はまだありますよ、ただ少し大技を連発して疲れただけで」
「はっはっは。そうですか、それは失礼」
幼い頃からの付き合いのあるモルガンにはついつい気が抜けてしまい、普段の余裕さを失って拗ねるリュカ。
それがまた面白いのか、モルガンは愉快そうに笑った。
しかし、モルガンの言う通り、魔力をほとんど使い果たすようなことはここ最近一切なかった。
「あのお嬢さんはリュカ様の大切な方なのですな」
モルガンはリュカを慈愛に満ちた目で見つめるので、それが少しこそばゆい。
「……さぁどうでしょう」
モルガンの言葉に明確な答えを見いだせず、目を伏せた。
リュカは小春を自分の目的のために利用しやすいと思って、手元においているに過ぎない。
何かと有能なところはもちろん、彼女は何かと理由をつけたがっているが、お人好しで押しに弱い。そういうところは非常に都合がよいと思ったのだ。
小春を丁重に扱うのは当然だ。彼女ほどの都合がよい人材はそう手に入らない。
ただ、小春への関わりの中に、アルフレッドに指摘されたような私情も少なからず入っているのは気づいている。
その結果がこの魔力切れである。
「良いことですな」
「……え?」
「殿下は幼い頃から自分を制しているところがおありだった。あなたには色々なしがらみがあって、そうするしかなかったのかもしれんが、わしはそれがずっと気がかりでの」
突然、昔を懐かしむように語るモルガンを不思議に思いながら見つめる。
「最近は殿下が感情のない人形のようにすら見えておりました」
「……」
「ですが、今回会えて安心しました。あの頃の殿下はまだおられたようで」
モルガンにはそう見えていたのか。昔の無邪気だった頃のリュカを知っているからだろうか。
確かにあんなことがあってからは常に気を張っていたし、いつの間にか目的のために取り繕った仮面を貼り付けたままいることに慣れてしまっていたように思う。
その仮面を問答無用で取っ払う存在が現れたことを、モルガンは純粋に喜んでいるのだろうか。リュカはその代えがたき存在を自分の手で壊すかもしれないというのに。
「……ルゥセラール卿、魔獣よけを付与した結界を破る魔獣について聞いたことはありますか?」
「魔獣、ですか」
これ以上、自身の気持ちを暴かれたくなくて、話を変える。
「結界をはっていたはずなのに、魔獣がそれを破って侵入していたんです。普通ならあり得ない」
「わしもそのような規格外な魔獣については聞いたことありませんな」
「……人為的なものの可能性は?」
直接的なリュカの問いに、モルガンは一瞬、固まる。そして、何かを考えるように目を閉じ顎に手をやる。
「魔獣を無理やり従わせ、お嬢さんを襲わせようとした人間がいると?」
「いままでも似たような報告はあったんですよ、聖域に魔獣が踏み入ったとかいうね。でもそれらは全てあくまで噂程度のものだったけど」
似たような話は報告されたことはあったが、直接的な被害は今のところなく、調査しても事実確認までには至っていなかった。
だが、小春がその使役された魔獣に襲われたのだとしたら、襲わせた人物を一刻も早く突き止めた方がいい。
万が一でも、その魔獣を使って内乱や他国へ戦争を仕掛けようとしているとすれば恐ろしいことだ。
「もしそれが本当なら今回の事件とその噂の主犯は無関係ではありますまい。何せお嬢さんがおそわれたのは、魔獣の森だ。何かしら煙たいものが出てきそうですな」
モルガンの言葉に同意するように頷いた。
ちょっとした流行り病の解決に来たはずがとんだ当たりくじだ。
小春には悪いが、小春はどうやら尻尾を掴めていなかった相手を表舞台に引きずり出す丁度いい餌だ。
小春を襲おうとするということはおそらく、相手は聖女の存在を知っている人間だ。そして、聖女がいるのは都合が悪いと考える人間、または利用しようとしている人間だ。
とすると、他の聖女のほうにも同様のことがあったか確認もしたほうが良いだろう。あと、今回の件で怪しい人間、ウェルズリー侯爵についても監視する必要がある。
やっと相手がボロを出したのだ。必ず尻尾をつかむ。
リュカは王宮に帰るとすぐローランを呼びつけるのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
モルガンの屋敷から離宮に戻った日。
山積みな書類やら手続きを片付けて、ルイストンへの治癒術師等の派遣するよう計らったりしていたら、辺りはすっかり暗くなっていた。
一息ついたところで、怪しいと判断したウェルズリー侯爵の動向を見るように指示していたローランを執務室に呼びつけた。
「それで、どうだった?」
「そうそう、あいつ、早速コハル様に接触したよ」
相変わらず緊張感のない態度のローランは、世間話でもするようなトーンでそう言った。
「……予想より相当早いね。ウェルズリー侯爵が離宮にやってきたってこと?」
ウェルズリー侯爵は短絡的なところはあるが、基本的に狡猾な男だ。わざわざ目につくような奇をてらったことをするだろうか。
「いや?コハル様が王宮のほうに行ってたから」
「………」
小春がリュカの忠告を聞かずまんまと王宮に勝手に行っていたことに、思わずため息が出そうになる。
小春は馬鹿じゃない。頭もよく回る方だ。自分が狙われているということはよく分かっていたはずだ。
おそらく、リュカに言いくるめられたことを腹立たしく思い、反抗してやろうとかそんな事を考えたに違いない。
確かにリュカは小春を少し煽るような言い方はした自覚はある。
ただ、自分が殺されるかもしれないと分かっていたうえでする行動とは思えないが……。
「それで、コハルさんは大丈夫なの?」
「うーん、あとちょっとで殺されるとこまでは行ってたね。僕が助けてなかったら死んでたよ」
「……」
なぜそんなことになる。
例え、ウェルズリー侯爵と接触したとして、小春ならそれなりに上手く立ち回ることができるはずだ。
「あの子、馬鹿だよね。侯爵をわざわざ自分で怒らせるんだから」
本当になぜそんなことになる。
顔には出さないが内心頭を抱える。
殺されるかもしれない相手をわざと怒らせるだなんてどういう……。
わざと怒らせることで、ウェルズリー侯爵にボロを出させ、表舞台に無理やり引きずり出そうとしたとか?
例えそうだとしても、自身の命が天秤にかかってまでするだろうか。
「ただまあ、これでコハル様を殺そうとしたのは侯爵だったことはわかったわけだし、魔獣との関係性も監視してれば自ずとでてくるかな」
「……ローラン」
ローランは、話を切り上げて執務室を出ていこうとする素振りがあった。
普段の怠けた態度に比べ、妙に潔よいその行動に違和感を覚え、引き止める。
「どしたの、リュカ様」
「……ウェルズリー侯爵は聖女召喚の件についてなんの関わりもない人間だ」
「………、そうだね。あいつがその件について知れば、利用しようとかろくでもないことを考えるだろうから」
ローランは、リュカの意図を探るように目を細めながら、返答する。
リュカの言わんとする事をすでにわかっているだろう相手の、言葉を濁すような言い方に珍しく苛立ちを覚える。
「じゃあなんで侯爵はそのことを知っている?」
「………さぁ?何処かで聞き耳でも立ててたんじゃ──」
「いや、率直に言う。ローラン、君が侯爵に機密情報を漏らした。違う?」
はっきりとした物言いでそう言うと、ローランは目を見開いた。
そして、何を思ったか、笑い声を上げ始めた。
「あはは!リュカ様らしくない、そんなド直球な問い詰め方。……なに、あの子に絆されちゃった?」
愉快そうに笑ったあと、声のトーンを落としてリュカを見た。
「何が言いたい?」
ローランは、元々純粋な敬愛の気持ちでリュカに従っているわけではない。目的が一緒だったからリュカの下についたにすぎない。それに加え、ローランの軽薄な態度は本心を探りにくいところがある。
何を考えているのだろうと、軽薄な男を見返す。
「あの子、僕は面白くて好きだよ。聖女らしくないからかな、わかんないけど。……けどさ、それでも事実は変わらないんだよ。あの子は悲劇の象徴だ。それに主が惹かれて道を踏み外すとしたら僕はそれを止めるべきじゃない?」
「……それが俺の問に対する答えってことか」
リュカの、しいてはローランの目的の邪魔になりかねない存在をあわよくば消そうとした。いや、現在進行系で消すべきだと伝えているのか。
リュカの今の状態は確かに今までと違うのだろう。ローランにも、あのアルフレッドにすら指摘されたのだ。もう少し、気を引き締めるべきなのだろう。
「……ローランの気持ちは分かった。けどこれ以上独断専行するつもりなら見過ごせない」
「へーい」
例え、彼女がリュカの毒になるのだとしても、それ以上に利用価値のある人間だ。
ローランたちに危惧されているのは分かる。だが、彼らが思っているほどリュカは優しい人間でもなければ、慈悲深くもない。リュカはロボットではないし、当然小春を排除する選択をすれば、その選択をしたことを後に悔やむだろうし、罪悪感だって生まれるだろう。
だが、ただそれだけのことだ。
自身の感情よりも優先すべきことがあることをよく知っている。自身の感情とは反対のことを散々やってきたのだから、今更感情に振り回される気はない。
彼女は酷く物分りが良い。リュカがこう思ってることすら見透かしている。だから必要以上に距離感をつめてこようとしないし、逆も然り。
だから、口裏を合わせたわけでもないのに、お互いに深入りしようとせず上辺だけの関係性でいるのだ。
彼女自身が何かを抱えていることも理解している。が、それに踏み込むことはリュカ自身も、そして何より小春自身が良しとしないだろう。
「はぁ……嫌な役回りだな、これ」
独り言のように吐露した言葉にローランは目を丸くした。
「リュカ様でもそんな事言うんだ」
「あのさ、俺をなんだと思ってんの?俺も普通の人間だよ。……まぁ、最近は感覚が麻痺していたし、散々後回しにしていたツケかな」
あのときから聖女と関わることを避けていたから、忘れていた感覚を小春に引き出されてつつあって非常に困っている。
珍しく情けない顔になっているリュカをぽかんと見ていたローランは、次の瞬間、愉快げに声を上げた。
「はははっ!!いいね。……うん、良いと思う!いやぁ、曲者のリュカ様がこうも弱っていたとはねぇ。コハル様はなかなかにやり手だね」
「……面白がらないでいいよ」
「いやいやぁ~。別に僕は面白がっているわけじゃないよ、……くく。えー、コホンっ。」
ニヤケ面を隠すつもりもなさそうなローランはわざとらしく咳払いをした。
面倒くさそうにそれを見ていると、ローランは軽薄な顔から一変して、真剣な眼差しをリュカに向けた。
「……どちらにせよ、いずれ向き合わねばならないときが来る。そのとき貴方が何を選ぶのか、コハル様が何を為すのか、楽しみにしてるよ」
「……」
「だから僕みたいにはなるなよ、王弟殿下様」
「……あぁ」
願いを込めたような複雑な声色で放たれたローランの言葉に、ゆっくりと首肯した。
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