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1章

40,馬に蹴られる前に

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「とまぁ、そんなわけなんだけどね」
「そんなわけって……。良かったんですか?リュカ……様に、王宮に来てること、言わなくて……」

 ルナの生存確認をしたあと、そのルナとともに薬草園にきて、プンスカしていたら鈴乃が顔を出したので思いの丈を語っていた。

 詳しい事情は話していないが、なんとなくの経緯を告げ、愚痴を溢していたのだが。

 鈴乃の言うとおり、離宮から出るときは声をかけろと言われていたのを無視して、出てきたのである。

 リュカの言う通りになりたくないのが一番の理由だ。
 とはいえ、さすがに狙われているという前提があり、迷惑をかけるのもまた違うので、リリアには伝えているし、ルナも連れてきたので小春が単独行動をしたわけでもない。

 なかなかのこじつけだと小春自身も思っているが、少しぐらいはリュカの予測を超える行動を取らねばこの苛立ちをどうにもできないのだ。

 本来狙われている状況なら、離宮から出るなといった指示が出されても可笑しくない。それなのに声をかければ制限なしにでても良いなどと、なんとも余裕そうなリュカの態度が一番腹立たしい。明らかに小春を利用して、敵をおびき寄せようとか思っていそうだ。

「リリア、侍女には伝えてあるし大丈夫だよ」
「………そう、ですか?」
「そんなことよりもさ、見てよこの子。かわいいでしょ?」

 不安そうに小春を見つめる鈴乃に、肩に乗っている子猫を見せびらかせる。
 ルナは、自分が紹介されているとわかっているのか、機嫌よさげに「にゃー」と一鳴きした。

 さすが、アニマルセラピー。鈴乃はたちまち目を輝かせると、触りたそうにうずうずとし始めた。

「か、かわいいです……!お名前は?」
「ふふん、ルナっていうんだぁ」

 得意げにルナを紹介すると、鈴乃はパァと満面の笑みを浮かべた。

「お、女の子なんですね!」
「……オスだけどね」

 あ。

「……え、でもルナって……」
「世の中には深堀してはいけないこともあるんだよ」
「はぁ……?」

 鈴乃がそれについて言及しようとするのを止め、取り付く島もない笑顔を浮かべると、鈴乃は困惑しながらも返事をし、それ以上は何も言わなかった。

 デジャブだ。あの男は人の揚げ足をとりたがるので当然だろうが、まさか、純真無垢な鈴乃に言われるとは。

 何事もなかったのようにルナを肩から降ろすと、鈴乃のほうにルナを渡す。

「はい、その子抱っこ好きだから」
「わ、わあ!!!かわいい……!!」

 そのもふもふの魅力からは誰も逃れられない、鈴乃も案の定、ルナに夢中になりおそるおそる撫でては目を輝かせていた。

 何か不都合な話題になったらルナで気を紛らせるのはなかなかに有効打かもしれない。

 それにしても猫と美少女はなんて素晴らしい組み合わせだろうか。絵になるとはこういうことだろう。もし、ここに携帯があれば間違いなく撮っていたに違いない。

 ニマニマと1人と1匹を見つめながら手元に持っていた本を開こうとする。 

 ──スッ

「あっ……」

 よそ見をしていたことで見事に本のぶ厚めの紙で人差し指を切ったのだった。
 みると、じんわりと血が滲んでいる。

「どう、しましたか?」

 ルナと戯れていた鈴乃も小春の様子が気になったのか、撫でるのを止め、小春をじっと見つめていた。

「あぁうん、紙で手を切っちゃってさ。こういうのって地味に痛いよねー」

 完全に小春の落ち度でできた傷を笑いながら見せる。
 しかし、なぜか鈴乃が真剣な顔をしたまま、見せびらかした小春の手に触れ、じぃと傷を見た。

 ただ単に紙で切っただけなのだが。

 予想していた反応とは異なる鈴乃の反応に困惑していると。
 
 突然、小春の手に触れていた鈴乃の手から柔らかい光が溢れ出した。

「え」

 その光景に目を丸くしたまま固まっていると、たちまち小春の手を包んでいた光は消えていった。
 
 何が起きたのだろう、と自分の手を凝視する。

「……傷がない……?」

 傷が小さい上、痛みも大したことはなかったため、気づくのに時間がかかってしまった。

 つまり、鈴乃が放ったであろう光が傷を消してしまったということであり、そんなことができるということは。

「もしかして、」
「……はい。私も、能力が発現……した?みたいです」

 言い淀んだ小春の言葉を代弁するかのように、鈴乃が言葉をつなげる。
 
 予想していたこととはいえ、急なことで小春は面を食らっていた。
 聞きたいことは山ほど思い浮かぶ。けれど、結局口から溢れたのは。   

「……誰かに言ったりした?」
「いえ、こ、小春さんが……はじめて、です」
「そっか」

 前に隠すよう忠告しておいたのは正解だったなと息をつく。
 
 しかし、腑に落ちないのは彼女の能力についてだ。

「傷を直せるってことは治癒能力みたいなものかな?」

 治癒魔法はこの世界に元々存在しているのだ。珍しくもなんともない。

「おそらく……。……へ、部屋に、あった花が……、枯れかけていて。……気にしてたら、急に」

 小春の問いに自信なさそうに答える鈴乃。小春のように自分の能力について調べようなどとしていないのだろう。当然だ。

 文脈からして、枯れた花を元のきれいな花に戻したということだろう。
 となると、治癒能力と一括りにするのは早計やもしれない。

 枯れた花ということはその花にとっての寿命が来たということだ。何か怪我したわけでも病気になったわけでもあるまい。
 つまり、鈴乃がやったことは治癒というよりも逆行、あるいは再生といったものだ。

 小春の予想が当たっているなら鈴乃の能力は少し厄介かもしれない。

 再生能力、それはきっと傷の治療にとどまらない。言ってしまえば、ことすら可能であるということだ。

 死者蘇生などという夢物語が可能だと気づかれれば、利用されないはずがない。厄介というのはそういう話だ。

 鈴乃の言葉を聞いてから、小春が黙り込んでいるのが不安なのか、おどおどし始める鈴乃。

「鈴乃ちゃん」
「……はい!」
「治癒できる能力っていうのがどれぐらいこの国に価値があるか分からない以上、これまで通り隠しておいたほうが良いと思う」
「そう、ですね」

 鈴乃は小春の言葉に頷き返し、同意する。
 確証はない。一先ずはこれで様子見していこう。そう決めて小春はにこっと安心させるように笑った。

「さっきは言い忘れたけど、怪我を直してくれてありがとう」
「……いえっ!そんな…、こと!」

 感謝されると思っていなかったのか、鈴乃は目を丸くしたあと、嬉しさと照れくささが混じったような表情ではにかんだ。



「──こんなところにいた」
 


 突如、聞き慣れない声が薬草園に響いた。
 誰か入ってきたのだと理解すると同時に、声がしたほうへ顔を向ける。

 プラチナブロンドのふわっとした髪が薬草園を照らす暖かな陽光に反射しているせいか、神々しいオーラを纏ったやたら整った顔立ちの青年が入口の方に立っていた。

 小春はその青年を見て、僅かに目を見開いた。精巧すぎる顔立ちだからではなく、その顔立ちには見覚えがあったからだ。

「せ、セルジュ様……!」

 鈴乃の方を見れば、小春の比にならないぐらい驚いた様子で青年を見つめる。

 セルジュ、確か第二王子の名前だ。見覚えがあったのは召喚した際に一瞬話したからか。

 セルジュは鈴乃を見つけて安心したように息をつくと、横に座っていた小春を見て、目を見張った。

 イケメンにじぃっと見つめられ、居たたまれなさを覚える。その居たたまれなさを軽減しようと、とりあえずセルジュに会釈をする。

「ご無沙汰してます」

 小春の反応で我に返ったのか、セルジュは深く頭を下げた。

「先日はご厚意ありがとうございました、コハル様」
「……頭を上げてください。別に感謝させるようなことはしてないので」

 セルジュが感謝するようなことではないはずだ。
 深々と頭を下げていたセルジュは、小春の言葉でゆっくりと体勢を正した。

 どちらかといえば鈴乃が小春に感謝するなら理解できる。それをセルジュが感謝するのは、まるでセルジュが鈴乃を……。

「それでどうしてここに?」
「ええ。スズノ様を探していたもので」

 セルジュの目的である人物を見ると、あからさまに気まずそうに顔をそらす鈴乃の姿があった。

「鈴乃ちゃん……?」
「……いえ、その……」

 言いづらそうにしていた鈴乃は、迷いながらも少し小春に顔を近づけ、耳打ちした。

「わ、私も、その……ここに来てること、い、言ってなくて………」
「ふむふむ」

 つまり、鈴乃も人のことを言えないから言いづらかったというわけだ。

 まぁ、正直どこに行こうがこっちの勝手だろうと思うわけだが、あちら側としては大事な聖女としてVIP対応しなくてはならないわけで。

「スズノ様、せめてどこに行かれるのかだけでも伝えるよう言っていますよね。でなければ姿がないと心配になります」
「……ご、ごめんなさい……。……その、ちょっと散歩しようと……思っただけ、だったので……」

 なんのやり取りを聞かされてるんだと思いつつ、そのやりとりを興味深そうに見る小春。

 セルジュがこうして探しに来たのは、聖女を保護している立場上の体裁のためかと思っていたが、どうやら本心から心配しているらしい。
 
 根拠は簡単。薬草園に入ってきたときもそうだが、今も挨拶し終えた小春にそうそう興味をなくし、完全に鈴乃に意識が向いているからだ。

 どこかの腹黒さんと違い、分かり易いお方だ。
 鈴乃のほうも案外満更でもないようだし、美男美女お幸せにと言いたいところだが。

「あーっと、取り込み中すいません。鈴乃ちゃんには少し私の愚痴に付き合わせてもらってたんです」
「……そうですか。コハル様のことはスズノ様よりお話を聞いております。素晴らしい方だと」

 ん?空耳か?
 2人に割って入って見れば、セルジュはなぜか複雑そうな顔をしながら妙なことを口にしたではないか。

「あはは、それは誇張表現が過ぎるかもしれませんね。私はしがない異世界人ですよ?」
「いえ、俺もスズノ様から聞く前から貴女のことは尊敬に値する方だと思っていましたので」
「なにゆえ……」
「貴女は突然、誰も知り合いもいない、どこともしれない世界に連れてこられ、不安や恐怖に苛まれていたでしょうに、気丈に振る舞い、他人を思いやって行動していました。それだけでも尊敬に値すると俺は思います」

 何やら大げさな脚色をされた小春についての人物像を悔しそうに語るセルジュにポカンと固まる小春。
 鈴乃と言い、セルジュと言い、過大評価が過ぎる。

 引き笑いを浮かべるしか無い小春だが、セルジュがなぜ複雑そうに小春を賞賛しているかは大体察した。

 恐らく、鈴乃が憧れのような感情を小春に向けていることに嫉妬しているのだ。だが、小春のことはセルジュ自身も尊敬できると思っており、そこは認めざるを得なかった。ゆえにあの複雑そうな顔を浮かべているのだろう。

 なんともまあ難儀な性格なことだ。

「それはどうも。まぁ、それにしてもセルジュ様には申し訳ないことしたなぁ」
「へ……」
「セルジュ様の大切な大切な鈴乃ちゃんを無断で借りちゃって」
「な!?!?そ、それは!……語弊があるというか」

 これ以上、無駄な嫉妬の対象にならないよう、セルジュの気が逸れるような切り返しをすると案の定、セルジュは動揺を隠せず狼狽える。

 鈴乃の方はと言うと、セルジュのあからさまな態度よりも小春の言葉の方に動揺しているようだった。
 
 これはおそらく、というか確実にお互いを意識していると言っていいだろう。

「じゃあ私はこれで」

 なんたらは馬に蹴られるとかいうし、早々に退散してしまおう。

「こ、小春さん……!!」

 鈴乃が名残惜しそうに上目遣いでじっと見つめてくることに少し優越感に浸りつつ、笑顔で手を振り薬草園をあとにした。
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