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1章

38,ハリボテ

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 モルガンの屋敷は王宮や離宮ほど規模ではないため、小春でも部屋までの道のりはなんとなくわかる。

 つまりは2階に行けば何とかなるのだ。階段を見つけてそれを上がれば、あとは中庭を囲うような作りになっているため、一周すれば必ずたどり着けるという方向音痴などにも優しい設計だ。
 別に小春が方向音痴だと言っているわけではないが。例えで言っているだけで。

「お嬢さん」

 階段を上ったところで、厳かな声が聞こえた。

「ルゥセラールさん。どうも」

 声のした方にいたのはこの屋敷の主、モルガン・ルゥセラールだ。
 小春が軽く会釈すると、モルガンは満足げに目を細めて笑った。

「屋敷案内は終わりましたかな」
「はい、つい先ほど」
「ふむ。ならば、少しこの老骨とたわいない話をせんかの」
「話、ですか?別にかまいませんが……」

 チラリとアルフレッドの方を見ながら、そう答えるとアルフレッドは肩をすくめ後ろに下がる素振りを見せる。
 この反応は別にかまわないということだろう。

「ではこちらに」

 モルガンは近くにあった部屋の扉を開く。中は客間のようだ。
 そのまま促されるまま小春は中に入った。

「好きなところに腰かけてくだされ」

 大きすぎるふかふかのソファに気後れしつつも、モルガンに従い腰かけた。
 モルガンも小春の対面にすわるのを待ってから、小春は口を開く。

「それで話とは」
「はは。そう、身構えなくずとも良い。大した話ではないよ。わしが単にお嬢さんと話がしてみたかっただけでの」
「はあ。暇つぶしでもなればいいのですが」

 相変わらず、柔らかい雰囲気のモルガンの様子から、モルガンの言う通り本当にちょっとした世間話だろうか。

「先程はお見事でしたな」
「え」
「貧民街のことじゃ」
「あぁ」

 話を、とモルガンが持ちかけてきた時点でなんとなく、その話になるのではないだろうかとは思っていた。

「こういう言い方は失礼かもしれぬが、あれは、コハル様が1から考えたものですかな?」
「あれは……、まぁ私の国では実際に行ってたことを受け売りしただけです。期待外れかもしれませんが」

 アレのせいでモルガンから過剰に評価されているような感じがあったので素直に答えておく。

「いや、例え受け売りだとしても期待外れなどと評価を変えるつもりはなかった。ただ確認したかっただけじゃよ」
 
 自嘲したようにも見える小春の言葉に頭を横に振りながら優しげに微笑むモルガン。

 何を、とそう尋ねる間もなく、モルガンは単なる世間話のようなニュアンスで言葉を紡ぐ。



「コハル様は、ですかな」



「……!」

 これには小春も思わず目を見開いた。
 そんな小春を見てもモルガンの方は相変わらず、雰囲気は変わらない。

 ごまかすのもありだが、相手は確信づけて言っている以上あまり意味はないだろう。そう思い、あっさり認めることにした。

「驚きました、何でわかったんでしょうか?」 

「決め手はコハル様の提案ですかの。あれは素晴らしいだといえよう。それは、あなたの考え方が実に素晴らしいからだと言えるが、それだけでは導き出せまい。あれはそもそもの根本的な考え方が違うからこそできるもの。それこそ、住む世界が違うほどの」

「………それは、そうかもしれないですね。確かに私の考えは私のいた世界で実際に行われているもの受け売りみたいなものなので」

 そこで異世界から来たと確信づけていたのなら、やはりモルガン相手にごまかすのは難しかっただろう。それに小春の提案が「決め手」と言っていたことから、それ以前に小春のことを聖女だと見抜いていたはずだ。

「初めから私が聖女だとあてはあったんですか?」
「まあ、リュカ様が連れてきた時点である程度はの」

 聖女だとばれていたことで少し居心地の悪さを覚えていると、モルガンが不思議そうな顔をした。
 
「そうバツの悪そうな顔をしなさるな。聖女であるということはそれだけで誇っていいことですぞ」

 誇っていい。
 確かにそうだ。聖女は本来人々から敬われるべき存在だった。最近は周りに聖女を煙たがる人間しかいなかったから、一般的な評価を忘れていた。
 モルガンは聖女のことをわるく思っていないのだろう。


「あぁ……、まあなんというか。聖女とかいう大それた存在に思われるの、身の丈に合ってなくて後ろめたいんですよねぇ」
「そんなことはない。今回貴女がしたことは大それたといっても過言ではないのだから」

 モルガンの小春に対する評価が高くなりすぎていて苦笑いしか出てこない。小春からしてみれば、モルガンのほうが偉大な人であり、評価すべきだと思うのだが。そもそもの話、小春は言い出しっぺなだけであとは全部丸投げしたようなものなのだから。

「あは……は、そんなことは……」
「殿下はコハル様を必要としていると思うがの」

 突然のモルガンの切り返しに表情が崩れた。

「………それはどういう意味でしょうか」

 相変わらず穏やかに微笑む人物に、どういう意図でいったのか探るように静かに告げる。

「あの方も難儀な方ですからの。聖女と言う存在を素直に認めるわけにはいかんのでしょう。わしは付き合いも長いですから、殿下の事情も少しは分かるのです。……ただ。あなた方を見る限り、リュカ殿下は少なくとも、貴女を取るに足らないとは思うとらんように見受けられる」
「………」

 モルガンが何を思っているかは分からないが、リュカの聖女に対する態度等は察しがついているらしい。
 この話題を出したのも、小春が聖女であることを後ろめたく思っている背景にリュカの態度があるとでも思ったのか。

 それをわざわざ言うというのは、小春に対する同情か、あるいはそれに近しい何かか。
 どちらにせよ、小春にはすぎた話だ。

 どう捉えたところでとどのつまり、小春はリュカにとって体の良い駒でしかない。駒として扱っているからこそ、あの男の中で取るに足らない存在にはなっていないだけで。

 今更そうでない可能性など考えるだけ無駄だ。あの男の本心を見出すのはかなり骨が折れる。分からないことを考えるのは不毛なのだから。

「……ルゥセラールさんが何を危惧して言っているのか知りませんが、それは杞憂だと思いますよ。この世界で必要とされようとされまいとそれこそ私には取るに足らないことですから」

「ふむ、そうかもしれませんなぁ」

 小春の答えに目を細めるモルガン。そして言葉を続ける。

「………ただ。人は脆く弱い。常に人は自身の存在意義を無意識に求めている。人は人に必要とされなければ生きていけぬものです。……わしは烏滸がましくも、貴女様が存在意義を見失うことを危惧しているのでしょうな」

 まるで他人事のように話すモルガン。
 そう語るモルガンの瞳は小春を捉えているようで違う。小春の近い将来、モルガンの危惧する小春の成れの果てを見ていた。

 核心に触れられたような気がしてならない小春は、頭の隅にあった焦燥感を打ち消すように口角をあげた。

「おかしなことをおっしゃりますね。あなたはまるで、私が近い将来必ず存在意義を見失うと言っている。そんな確証もないのにも拘らず」

「確証は確かにないでしょうな。しかし、それなりに老いぼれたこの目には、コハル様がそう見える。わしは存在意義を見失って身を滅ぼしていく人間を何度も見た」

 的確だ。
 この人はそれだけ長く、いろんな人間を見てきたのだろう。

 小春は確かに存在意義を求めていた。なんで生きているのか、そんなを考えていたことはあった。
 でも、そんなものはとうに無い。存在しない意義を問いかけたところで無駄なことだと知ったから。

 だからモルガンの言っていることは的確ではあっても杞憂にすぎない。
 
「コハル様。貴女は恐らく誰しもが持っているはずのものを持ちあわせおりませんね。貴女はそれでいいと思っとるようですが、それは人には必要なものです」

 ただただ優しく微笑むだけのモルガン。
 小春は本当に見透かされているようだと、自嘲するように笑みを浮かべた。
 
「……存在意義なんていう不確かなものに振り回されるのは確かに人間の性でしょうね。でもそれは私には要らないものですし、無くても生きている人なんていくらでもいる」

 淡々とした口調で語られた小春の言葉を聞き、初めてモルガンは酷く物悲しげに目を伏せた。

「存在意義を自身にも他者にも求めていない。それはすなわち生きながらにして死んでいる、そういうことですかな」
「……そうですね。そういう人はきっと死んだように生きているんでしょうね」

 モルガンの言葉を肯定し、他人事のように語る小春。

 生きながら死んでいる。
 死んだように生きる。

 小春はこの言葉の指す意味合いの差異に気づかないふりをしたまま哂う。
 気づいているだろうモルガンは何も言わず、息をついた。
 
「ふむ、話が逸れましたな。兎も角、貴女の考えが一理はあるとしても、今居るのはあなたの居た世界ではないことを心に留めておくことだ」
「……肝に銘じておきます」

 前の世界では気にならなかったことがこの世界に来てからやたらチラついてくるのは、きっとそういうことだ。

 確かに、ここに来てからというもの、小春の調子はおかしい。
 きっとそれに呑まれれば、何もない小春はたちまち自分を見失い、身を滅ぼすのだと。それがモルガンの言いたいことなのだろう。
 
 けれど、今は20年間培われてきたものを払拭するほどの変化に戸惑っているだけだ。
 小春は、小春のまま。変わらなければそれで良い。世界が変わろうと、周りの人間が変わろうと、小春は今までどおりの相楽小春を振る舞えば良い。

 本質が変わらなければ、これから先も自分の存在意義を他人に求めるなどという非生産的なことはしない。

「………あまり、自分を責めないことじゃ」
「……?それはどういう、」

 先程のような哀愁のある表情ではなく、孫を見ているような、そんな親しみを込めたような瞳を向けたモルガン。

 モルガンがどういう意図で言ったのか分からず、首を傾げながら尋ねるが、当のモルガンは何も返答せず、ただ微笑むだけだった。


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