一般人になりたい成り行き聖女と一枚上手な腹黒王弟殿下の攻防につき

tanuTa

文字の大きさ
上 下
40 / 92
1章

37,他人の色恋に口出しするのは野暮である

しおりを挟む

「コハル様」

 これまで小春を「お嬢さん」と呼んでいたモルガンが初めて名前を呼んだことに内心驚く。
 何だろうかと目を見張っていると、モルガンは静かにゆっくりと頭を下げた。

「え、あの……?」

 唐突に頭を下げられたことに動揺し、おろおろする。さっきまで領主を顎で使おうという豪胆さを見せていたにも関わらず。

「感謝を、言わねばなるまいな。わしが50年間一度も解決できなかったことを、あなたは一瞬でその糸口を与えてくれた」

「……いやぁ、感謝されるようなことはなにも」

「いいや、間違いなくあなたのおかげだ。わしがしてきたことは貧民街に融通を聞かせた店をおいたり、慈善事業と謳った水や食料の配布だけだよ。……なんの解決にもならない」

 もしかしたら。
 アンナが言っていた貧民街の人々に融通を聞かせた商人というのは、モルガンが手引きしていたのかもしれない。 

 小春は呆れたように笑みを浮かべた。

「やっぱり、私なんかよりルゥセラールさんはすごいと思います。私ならせいぜい理想を提示するだけで何一つ実行しようとは思わなかった。貧民街なんてとるに足らないと簡単に見過ごせてしまえますから」

 貧民街を実際に目にしても、同情こそすれど、結局は見過ごしてしまえる程度のものでしかない。
 モルガンに聞かれなければ、そもそも打開策なるものすら意見することもなかっただろう。

 モルガンがしたことは確かに問題そのものを解決するには至らなかったかもしれない。だが、間違いなく貧民街の人々たちの支えになっている。

 アンナ含め、食料を得られる場があるということがどれだけ彼らの拠り所になっていたか。

「もし私が打開策を出せたとしたら、それはルゥセラールさんが引き出したってことですよ」 

「……ふむ、ならばそういうことにしておこうか。だが、それを差し引いてもわしがあなたに感謝することは変わらないとも言っておこう」

 モルガンは満足したように笑顔を浮かべた。
 お互いに譲る気はないということだろう。ここら辺の引き際はやはり人生経験の差なのか。

「ルゥセラール卿。コハルさんの案に乗っかる気なら、治癒師数名と井戸を作るための指導者はこちらが手配しよう」

 話が落ち着いたことをいいことに、リュカは平然と提案した。

「しかし……、宜しいのですか?」
「今回のは魔法省の管理不足とウェルズリー侯爵を泳がせていた王家の不徳と致すところですので。それぐらいは貢献すると保証させてほしいかな」
「それでは有り難く協力をお願いしたい」

 この男、それぐらいの慈悲はあるのか、などと思いながらじとーっと見る。

 すると、その視線に気づいたらしい目ざといリュカは胡散臭そうにしている小春になにやら笑顔を向けた。 
 その笑顔の不気味さに居心地の悪さを覚え、サッと視線を外した。
 
「じゃあ詳しい取り決めなどは書面を送りますので、ルゥセラール卿はウェルズリー侯爵の動向を窺うのと貧民街のケアをお願いします」
「承知しました。コハル様も病み上がりに悪かったの」
「…、あ、いや全然」 

 話がまとまっていくなと他人事のように眺めていたら、モルガンが急に謝ってきたので、うまく返答できない。

「体調が落ち着くまではしっかりこちらで休養なさってくだされ」
「ありがとうございます」

 モルガンは目尻のシワを深くして微笑んだ。
 体調はもうそこまで不調ではないが、気遣いは素直に受け入れるほうが礼儀だ。

「コハルさん、王宮に帰るのは明日にするから、ルゥセラール卿の言う通りゆっくり過ごすといい」
「はい。リュカ様は?」
「俺は今回の件をまとめたりしないといけないから一回帰ろうとは思ってる。一応、アルフレッドは置いていくから」

 予想通りリュカは先に王宮へ帰るようだ。
 別にアルフレッドも帰ってもらって良いのだが。本人も胡散臭い聖女もどきより主人のもとにいたいだろうに。

「というわけで、ルゥセラール卿。コハルさんをお願いします」
「あぁ、もちろん。恩人2人へ報えるのならいくらでも」

 という感じで、半ば小春の意志関係なく、小春はモルガンのもとで居残ることが決定したのだった。





「こちらが中庭です」

 小春は今、先ほど混乱させてしまった侍女二人に中庭に案内されていた。
 そう。ちょうど、一人で部屋を出たときに窓から見えた中庭である。
    
「王宮の庭ほど豪華ではないかもしれませんが、このルイストンでしか咲かない花々もあって結構素敵だと思うんです!」

 溌剌として全体的に幼めの侍女が得意げに笑う。

「コハル様は花がお好きですか?」

 もう一人、物静かで背の高めの侍女が尋ねる。

「まあ人並みには好きかな。この中庭もとてもきれいだと思う」
「それは良かったです」

 近くで咲いているコスモスのような花を眺めながら小春は言った。
 
 あの後。リュカは言った通り、王宮へ帰っていき、小春とアルフレッドは残った。アルフレッドは一応主人に頼まれたことということで、不服そうにしつつも視界の端あたりに控えている。

 真横にいられても嫌だが、視界の端というのもまた何か監視されているような感じがして、絶妙に気が散るので困るのだが、今は侍女二人に屋敷を案内されているので放っておくことにした。

 ちなみにこの2人の侍女はマーガレットとユリという名前だ。元気な方がマーガレット、落ち着いている方がユリで2人とも花の名前だったので大変覚えやすかった。

 そして、初めは一応年上そうな二人に敬語で話していたが、ほぼ強制的に気さくに話すよう言われてしまったので、砕けた口調になっている。

「私、自分の名前にもなっているマーガレットが一番好きなんですけど、コハル様は何のお花が好きですか?」
「好きな花……」
「はい!」

 好きな花なんて考えたことがなかったのですぐさま出てこない。もちろん目の前のコスモスもかわいいと思うし、マーガレットやユリだってきれいだと思う。しかし、どれか一つを選ぶというとなると違うと言わざるを得ない。

「うーん、どれが1番好きってなると分からないかも」
「確かに考える機会がないとなかなか難しいですものね。じゃあ例えば、コハル様は名前にハルという響きがありますのでハルに咲く花なんかはどうでしょうか」
「いいねそれ!だったら、なんかはどうですか?ここら辺では咲かないのですが、山間部の村ではハルに見られますよ!」

 こちらにも四季はあるのか。桜も。
 楽しそうにユリに同調するマーガレットの言葉を聞きながらそんなことを思った。

 桜か。異世界に来て、その響きを再び聞くとは思わなかった。
 もしかしたら、過去の聖女が名付けたのだろうか。



『───春に、君の季節になったら、桜を見に行こう!ね、小春』



 そんな声が聞こえた気がした。

「……桜は、あまり好きじゃないかな」

 心ここにあらずといった表情でコスモスに触れながら、静かにそう告げた小春を唖然と見つめる2人の侍女。

 少し後ろにいるはずの2人の声が聞こえなくなったことで我に返った小春は慌てて笑う。

「や、桜って、きれいだけどすぐ散っちゃうからなんか悲しいよねっていう」
「あぁ!確かにあれだけの花びらが落ちると思うと後々が大変かもですね!」
「ふふ、花びらの散る様もそれなりに美しいものでしたよ」
「それはそうかも。桜吹雪とかいうよね」

 取り繕った言葉に同調するマーガレットと、優しく笑うユリ。

「これで一通りは案内できたと思いますがどうされますか?」
「うーんと、じゃあごはんまで部屋に戻ってゆっくりします」

 話題をかえるようなユリの提案に小春が言う。

「じゃあ部屋までご一緒に!」
「あーいや、一人で全然戻れるので大丈夫ですよ」

 景気よくそう告げたマーガレットにやんわり断りを入れる。何も2人に部屋まで同行してもらうのが嫌だったというわけではないが。

「え、ですが…」
「大丈夫。アルフレッドさんもいるしね…」

 後ろの方で控えているアルフレッドのほうへと視線を向けながら言うと、他2人が「あぁ…」と微妙な顔をして小春の視線の先へ意識を向ける。

「では、お言葉に甘えて私たちはこれで。また何かありましたらいつでもお呼びください」
「はい、お仕事中ありがとうございました」

 2人が申し訳なさそうに小春に頭を下げ、チラリと後ろの方にいる大男を控えめに見ると、心なしか颯爽と踵を返した。
 
 小春は、なかなかにあからさまな嫌いようだと、ユリとマーガレットの後ろ姿をあきれ顔で眺めた。

 そう。小春が2人に部屋まで同行してもらうのを断ったのは、別に2人と一緒にいたくなかったとかではなく。
 
 2人はアルフレッドを避けているようだったからだ。アルフレッドもさすがに避けられているのは察していたらしく、2人がいる間は小春の視界の端に控えて存在感を消していた。

 少しでもアルフレッドが近づくと、すぐさま距離を置いたりとかなりわかりやすく嫌がっていたので、これ以上一緒に来てもらうのもユリとマーガレット、それからアルフレッドが気の毒だと思ったので、小春は気を遣ったわけだ。

「……なあ、なんで俺あんな嫌われてんだと思う?」

 いつの間にか小春のすぐ近くまで来ていたアルフレッドが心なしか落ち込んだような声色で尋ねる。
 どうやら本人にも覚えがないらしい。

「さあ?圧を感じるんじゃないんですか?」
「……あつ……?」

 心当たりがないのか、そう呟きながら呆けるアルフレッド。

 正直、貧民街での対応を見る限り、初対面でアルフレッドが何か圧を感じるような何かをした線が濃厚ではないだろうかというのが小春の読みだが。

 小春からしてみれば、アルフレッドが嫌われていることよりも、そのことをアルフレッドが気にしていることの方が意外というかなんというか。勝手な想像だが、興味のない人間にどう思われようと気にもしない無神経なタイプかと……。

 興味のない……。つまり、彼女らはアルフレッドにとって、少なくとも興味のない人間ではないということではなかろうか。とすると、アルフレッドは──。いや、これ以上根拠のない邪推は野暮というもの。

「さてと、戻りますか」

 ピンと来ない様子のアルフレッドに声をかけると、微妙な顔をしながらも頷き、小春の後に続いた。
しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

【完結】わたしは大事な人の側に行きます〜この国が不幸になりますように〜

彩華(あやはな)
恋愛
 一つの密約を交わし聖女になったわたし。  わたしは婚約者である王太子殿下に婚約破棄された。  王太子はわたしの大事な人をー。  わたしは、大事な人の側にいきます。  そして、この国不幸になる事を祈ります。  *わたし、王太子殿下、ある方の視点になっています。敢えて表記しておりません。  *ダークな内容になっておりますので、ご注意ください。 ハピエンではありません。ですが、救済はいれました。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完結】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と言っていた婚約者と婚約破棄したいだけだったのに、なぜか聖女になってしまいました

As-me.com
恋愛
完結しました。  とある日、偶然にも婚約者が「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言するのを聞いてしまいました。  例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃっていますが……そんな婚約者様がとんでもない問題児だと発覚します。  なんてことでしょう。愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。  ねぇ、婚約者様。私はあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄しますから!  あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。 ※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』を書き直しています。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定や登場人物の性格などを書き直す予定です。

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

姉妹同然に育った幼馴染に裏切られて悪役令嬢にされた私、地方領主の嫁からやり直します

しろいるか
恋愛
第一王子との婚約が決まり、王室で暮らしていた私。でも、幼馴染で姉妹同然に育ってきた使用人に裏切られ、私は王子から婚約解消を叩きつけられ、王室からも追い出されてしまった。 失意のうち、私は遠い縁戚の地方領主に引き取られる。 そこで知らされたのは、裏切った使用人についての真実だった……! 悪役令嬢にされた少女が挑む、やり直しストーリー。

【完結】「私は善意に殺された」

まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。 誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。 私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。 だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。 どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿中。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

処理中です...