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1章
33,聖女たらしめる何か※リュカ視点
しおりを挟む「川からあげたはいいですけど、こいつらどうするんすか??」
かなりの量の麻袋を動かしたにもかかわらず、汗も一切かいておらず涼しい顔をしているアルフレッドは、少し疲労が見える主君に尋ねる。
「すぐに魔法管理課に預けたいところだけど、さすがにこの量を移動するのは骨が折れるし。ルゥセラール卿に連絡して後始末してもらおうか」
転移魔法をすでに2回使っているので、この麻袋をすべて転移させるのは膨大な魔力のあるリュカとて難しい。
すでに川への浸食は阻止できているし、今すぐに対応することでもないだろう。
ここルイストンの領地を治めるルゥセラール卿は心有るお方で、領民を第一に考えたうえで港町としての機能を生かし、発展させてきた手腕の持ち主でもあるため、住民からの信頼も厚い。
魔素廃棄物についても領民に危害が加わると分かれば、すぐにでも対処するだろう。マルセルから連絡がないのもリュカの見当もつかないような指示をそのまま受け入れたからだ。
そういう意味でもこのままリュカが持ち帰るよりもルゥセラール卿と話し合った方が良さそうだ。
ついでにここに追跡系の魔道具でも設置しておけば、もしかしたら犯人への手がかりも見つかるかもしれない。
アルフレッドは、リュカの方を不服そうに見つめた後、洞窟の外につながっている方角に視線を流す。
「……リュカ様はなんでそんなにあの嬢ちゃんを気にかけてるんです?」
「そう?彼女は大切な客人なのだし当然だよ」
「しらばっくれんでください。確かにリュカ様は愛想はいいですからね、今までも優しくしてたと思いますよ。……ただ、あの嬢ちゃんに対しては明らかに今までと態度が違う。俺は馬鹿だけど、主人の様子の変化ぐらいには気づけます」
珍しく、リュカへ強い口調を向けるアルフレッド。
アルフレッドも聖女に対してはあまりいい感情を持ち合わせていない。それなのに仕えている主君がその聖女を必要以上に気にかけているのが気に食わないのだろう。
「気に食わない?」
「気に食わないって言ったら嘘になりますけど、それよりも理由の方が気になりますけど。……あんたがあの嬢ちゃんを気に入ってるのは分かるんすよ。でもそれとこれとは違うじゃないっすか。あれはいつ聖女の力が目覚めるかもわからないのに」
「……」
「それとも、あの嬢ちゃんの言う通り、嬢ちゃんは聖女ではないと思ってるんすか?」
その言葉はアルフレッドが小春を間違いなく聖女であると思っていると明言しているようなものだった。
今までの歴史上聖女は1人ずつしか召喚されてこなかった。そのことに一切の例外はない。小春には明言してはいないが、聖女召喚において聖女しか召喚されたことはないのだ。今回はそれこそ数百年続けてきた聖女召喚の中で初めての異例ではあった。必ず1人の聖女が召喚されてきた儀式において3人呼ばれたのだから。
それでもかの偉大な賢者が編み出した召喚術に穴があることは絶対にありえない。つまり小春含め招かれた少女たちは招かれた時点で聖女であると体現していると言っていい。
もちろん小春が言っている通り聖女ではなく、巻き込まれた一般人というのもあり得る事象だろう。なんらかのイレギュラーが召喚術に起きる可能性、召喚される側でイレギュラーが起きる可能性、そのどれもを完全に否定することはできないのだから。
だが。
「彼女は間違いなく聖女だ」
「なら──」
「アル。君は聖女は何を持って聖女たらしめると思う?」
「聖女たらしめる…?そんなの聖女の力を持ってるやつだろ」
アルフレッドは何を当然なことを、というように面を食らいつつ答える。
「もしそうなら、聖女の能力を発現させていないコハルさんは聖女ではないと言えるね」
「それは!…そうだけどよぉ。……だあぁーーー!!じゃあリュカ様はなんだっていうんすか!」
頭を使うことができないアルフレッドは考えることを放置した。
「聖女とは高潔で献身的であること、そしてなによりも偽善的であることだ、と俺は思う。つまりそういう性質を持つ者が聖女としての資格をもつのだと」
「そういうやつが聖女とは限らないんじゃないんすか。偽善者なんてこの世にいくらでもいるでしょ」
「そのとおり。理想を語るだけの人間は偽善者だ。しかし、聖女はその偽善的な理想を実現することのできる能力を有する。それはもはや偽善ではなく偉業だ。それを成せる性質と能力を持ってして聖女たらしめると考えている」
アルフレッドの思考が追い付かなくなっているのでこれ以上は話しても無駄だろう。頭上に大きな?マークが浮かんでいるかのように呆けた表情をしているアルフレッドにあきれて笑う。
「まあとにかくコハルさんはそういう意味では限りなく聖女的性質を持ち合わせていると思うよ」
「ほぅ……?じゃあ結局なんでリュカ様は聖女だと思っている嬢ちゃんを必要以上気にかけてんだ?さっきだってわざわざ転移魔法まで使ってたし」
気にかけているというのはリュカも自覚しているところだ。たかが聖女ごときのために転移魔法や結界を張るといった高等魔法を連発することは今までになかった。
もちろん、小春自身はリュカと似ているところもあるせいか話していて楽しいのも事実で、気に入っているのも事実だ。しかし、アルフレッドも言っていた通り、これはあくまで個人的感情でしかない。リュカ個人が小春を気に入っていたとしても、所詮聖女は捨て置くものであり、小春とて例外ではない。きっと、残念だと多少嘆ける程度のものでしかない。
「アルは切れ味の良くて手にもよく馴染む剣は1回使って満足する?」
「……?ま、切れ味が悪くならねぇなら使い続けたいですかね」
「そういうことだよ。切れ味の良くて手にもよく馴染む剣はそう多くない。ならば、うまく管理して長持ちさせたいというのが心理だよね」
「それはそうっすね。良い剣をすぐダメにするのはもったいないか」
リュカがアルフレッドにも分かりやすい例えをしているので、納得いかないものの頷いている。
「うん、もったいないんだ。優秀な人材を燻ぶらせておくほど余裕はないからね」
「……」
「悲劇はこの代で終わらせる。……そのためなら俺は悲劇すらも利用するよ」
川のせせらぎ以外何の音もない洞窟の中で、リュカの真の通った声が静かに響き渡っていく。
アルフレッドはその言葉を聞いた後、にかっと笑い出口の方へ歩き出した。
「なら俺は主の意思に従うだけだ!」
後ろを振り返ることなく、声高々に宣言したアルフレッドの背中を見送りながら、リュカは口角を上げた。
「てか、リュカ様が聖女さんにやさしくしてんなら俺もそうした方がいいんすかねぇ」
「あぁ。それは別に今までどおりで大丈夫かな」
アルフレッドに続いて洞窟の外に向けて歩きながら話を続ける。
「そういうのって対応を統一させるのが良いって前言ってませんでした?」
「へー、意外だな。アルのことだからだいたい聞き流してるもんかと」
アルフレッドは基本的に簡単なことと自分にとって重要だと思ったこと以外は そもそも聞いてすらいない質だ。つまり、リュカの言ったことは、本人的には重要だと思ったらしい。
なので、今回みたいに調査したり、聞き込みしたりなんてことは本来ならアルフレッド単体にさせることはない。アルフレッドにとって馴染みのある街であり、小春に怪しまれないように時間稼ぎするうえでちょうどいい言い訳を作るのに適任だったのだ。
「酷いじゃないっすか!俺だってたまには聞いてますぜ!」
「たまに、ね」
普段聞いていないということは本人も自覚しているところらしい。
「まあ、普通ならアルの言う通りなんだけどさ。コハルさんは無駄に察し能力が高いからな。多分急にアルの態度が変わった時点で俺の入れ知恵だと思われるだろうし、今以上に警戒されかねない」
「警戒されてんのか……?」
困り顔を浮かべながら話すリュカに対し、アルフレッドは首を傾げる。
これは別にアルフレッドの頭が弱いから、というわけではない。おそらく、小春がこちらの様子を窺っていることに明確に気付いているのはリュカぐらいだからだ。それぐらいに小春は人との関係性や距離感を図るのがうまく、自身の真意を隠してしまうのがうまい。
マルセルなんかには小春自身が探りを入れている節はあるのでマルセルも思うところはあるようだが。
「うーん、まあ当然ではあるからね。彼女からすれば、知らない世界で知らない人たちに囲まれている状況で何を信じるべきか決めあぐねているんだと思うよ。特にあの子は頭が回る分よけいに」
「ふーん、大変だな冴えてるやつも」
考えすぎる、というのとは縁遠いであろうアルフレッドはピンと来ないのか、曖昧に相槌をうった。
逆にリュカからしてみれば、小春と考え方が似ている分、小春の心中が誰よりも見えているのだろう。
「なぁ、リュカ様」
「……ん、どした?」
洞窟の出口前で急に立ち止まり、振り返ったアルフレッドの表情は少し緊張しているように見える。
「あー、リュカ様、聖女さんを大事にするっつう話してたと思うんすけど」
「うん」
「あれ、手遅れじゃないっすか」
言いにくそうに視線をウロウロさせながら、アルフレッドがそう告げた。
なんのことだ、とリュカも洞窟の出口へと足を進める。急激に光が差し込み、一瞬目が眩むので顔をしかめる。
視界が開けていくと同時にまず気づいたのは、リュカの張った結界がなくなっているということ。
リュカ自身が解いた記憶はないし、こんな短時間で自然に消えるような軟弱なものは作っていない。
嫌な予感がする。
そう思った瞬間、自然と小春を探していた。結界がなくなっているということは結界が守っていたものにも何か起きている可能性が高い。
小春を下ろした木の根元に視線を移す。すると。
小春らしき人物が倒れているのが見えた。
「コハルさんっ!!」
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