35 / 92
1章
32,不毛
しおりを挟む何から何まで手厚い対応をされてしまった。
ここまで半場無理やり連れてこられたのはかなりの暴挙ではあると言えるが、それは差し置いても十分客人としての扱いをされていると言っていいだろう。
口では小春もどうこう言っているが、実際はリュカに頼りきりであることはもう言うまでもない。この関係性をどうにかしないことにはリュカと対等とは言えないし、いつまでたっても小春はリュカにかなわないだろう。
現状ではどうにもならないことにため息をつきつつ、リュカの消えた洞窟の方を眺める。
リュカもリュカだ。なぜ聖女(仮)でもある小春を気にかけるのか。いくらリュカが小春自身の推察力なんかを買っているといっても所詮は駒としてだ。ましてやその駒はリュカにとっていわく付き。客観的に見てもリスクとリターンが釣り合っていない。
リュカからすれば、小春は使い捨てる駒であるべきだ。
さっきで言えば、リュカよりアルフレッドの方が小春に近かったにもかかわらず、ある程度経ってから声をかけてきた。
これはアルフレッドの中で小春は魔素廃棄物を除去するよりも優先順位が低かったということだ。
主であるリュカが小春を気遣っているから義務感として、心配するという体裁をとっていたにすぎない。
リュカやアルフレッドが聖女に対して好印象を持っているのならば、聖女は敬い、丁寧に扱われることが正しいかもしれないが、実際のところは真逆だ。
この場合、アルフレッドのほうが正常な反応と言える。リュカの行動は非合理的と言っていいだろう。
リュカは合理的な人間である、というのが小春の総評だ。そのリュカが矛盾した行動をしているのは、彼の真意の一部を知った今でも分からない。
「………不毛だなぁ」
考えたって分からないことは、何をどうやったって分からないのだ。そのことをいつまでも考えるのは不毛でしかない。
保留だ。別にひどいことをされているわけでもないし、今は甘んじて受け入れておけばいい。
──バチっ!!!
「な、なに???」
突然、静寂に包まれていた森の中に不釣り合いな効果音が鳴り響いた。いつになくびっくりしてしまった小春は素っ頓狂な声を上げた。
音のする方をぎょっとした顔で見つめると、大きい黒い犬のような動物が結界に踏み入れようとしているのが見えた。
それはよく見ると、さきほど道中で見た魔獣の死体と見た目が合致していた。
死体にはなかったその威圧感に圧倒され、身体が石のように硬直してしまう。
「……やばいよね……、これ……」
無意識にそんな言葉が口から溢れていた。
ここ周辺の魔獣はすでに事切れていたし、生きている魔獣と鉢合わせにならなかったので、結界をわざわざ張るなんてリュカの杞憂だと思っていた。
しかし、どうやら少し無理をしてでも結界を張ったリュカの判断は正しかったというわけだ。
リュカの想像通りの展開に何とも言えず半笑いになりながらも、睨むように魔獣を見つめる。
抜かりないリュカのことだ。結界が簡単に抜けられるようなことはないと言いたいところだが、なんだか魔獣の様子がおかしい。
魔獣が結界にぶつかるたびに電流のようなものが走っており、血飛沫が上がっているのがみえる。入ろうとするだけでかなりの苦痛を伴っているはずだ。
にもかかわらず、何度も強行突破しようとする執念さが異様だ。
魔獣が何度も結界を破ろうと無理やり巨大な体躯をねじ込む異様な様子からは、そう悠長に構えてられないような気がしてならない。
洞窟の中まで走って助けを呼ぶか。結界の外に出ないといけないが、ここからならたどり着けなくもない。
問題は小春が暗闇と狭い空間が苦手だということ。
足がすくんでいる間に簡単に追いつかれそうだ。
そんなことを考えてはうーむと唸っていると。
パリーンッ
明らかにまずい音がした。
考えたくもない想像に苦笑いを浮かべるとともに恐る恐る魔獣を見つめる。
無情にも、小春の周りにあったはずの結界が跡形もなく消えている。
無理やり結界を突破したせいか全身から血を滴らせながら、こちらへゆっくり向かってくる魔獣の姿が嫌にも目に入る。
「あらまぁ……」
満身創痍になってまで魔獣が結界に入ってきたのはなぜか。メリットなどせいぜい小春を餌食にするぐらいのことだ。それにしては対価が大きすぎる。釣り合っていない。
魔獣がどの程度知性があるのか知らないが、この魔獣は明らかにまともとは思えない。──いや、実際まともではないのだろう。
結界に穴があったとは思えない。あのリュカなら結界の強度が低いと言っても、なんだかんだ魔獣1匹も入れないようにしているはずだ。
とすると、なんらかの影響でまともではなくなった魔獣が暴走してこんな強硬に出たと考える方が自然だ。人為的なものかまたは……。
「グルル……」
ただそんなことを考えている余裕もなさそうだ。魔獣はすでにすぐ近くまで来ていた。
あの牙や爪、角なんかにやられたら引きこもり予備軍の小春はきっとひとたまりもないだろう。
とにかくまずはすぐにでも逃げられるようにしなければならない。
小春は体を動かそうと足に力を入れ、立ち上がろうとする。と、意識がふわっと遠のくような感覚がして、その場で跪く。
まだ、眩暈が完全に治ったわけではないのだと他人事のように理解した。
体調は万全でなく逃げられそうにない。
近くにリュカたちがいるのであまり気乗りはしないが、あの力を使わざるを得ないだろう。
小春は再び魔獣の方を見据え、口をひらこうとした。
そんな束の間。
『……サガラコハル、………セ……セイジョ』
「は……」
何処からともなく聞こえてきた声。耳から音を拾ったわけではなく、頭に直接語りかけられているような気持ち悪い感覚。
『さ、サガラ……コハル………シハイノノウリョク、モツ……セイジョ』
目を見開く。
名前や聖女であることだけでなく、能力のことまで知られている。
どういうことだ。
そもそも誰が小春に語りかけているのか。
今この場には目の前で魔獣と小春しかいない。この魔獣が小春に話しかけているのか。
「……誰、ですか」
『セ、セイジョ……。オマえㇵ……、アのカタがショモウ……シテイル』
「……あの方……?どういう意味?」
『……ツレテク、オマェ……アノカタ…トコロツレテク……』
会話は成り立っていない。
だが、何者かがこの魔獣をけしかけてきたことはわかる。小春の能力を知る誰かが小春が1人になるタイミングを見図らい、どこかに連れ去ろうとしている。
魔獣の森なら、小春が忽然と姿を消しても不自然ではないだろう。相手はかなり用意周到らしい。
相手が誰かわからない以上、連れて行かれるわけにも行かない。
「悪いけど、君には手ぶらで帰ってもらうから」
この魔獣を追っ払うことだけ考える。殺したら後でリュカたちに怪しまれそうだし。
言霊の能力。何度か検証してわかったことだが、不覚的要素が多い分、できる限り具体的且つ小春自身が頭で考えている事象との整合性が高いことが重要だ。
幸い、転移はリュカが使っていたのを2回も見ているし、ゲートについてもマルセルから教わっている。
『森の反対側に転移しなさい』
小春の2周りも大きい魔獣は、その一言で揺らぎながら目の前から消えていった。
それを静かに眺めた後、安堵の息をつく。
魔獣が消え去り危険が去ったことと、リュカたちに聖女の能力を使ったところを見られずに済んだこと。そのことで思ったよりも安堵している小春自身に少し驚く。
「あ……あれ……」
安堵したことで気が抜けたせいか急激に体から力が抜け、意識が遠のいていくのを自覚した。
しかし自分の意志ではどうにもならず、瞼の重さに逆らえなかった。
どさっ。
小春の意識がなくなったことで、支えるものも何もない小春の身体はそのまま横に傾いていき、その場に倒れてこんだ。
26
お気に入りに追加
1,273
あなたにおすすめの小説

【完結】わたしは大事な人の側に行きます〜この国が不幸になりますように〜
彩華(あやはな)
恋愛
一つの密約を交わし聖女になったわたし。
わたしは婚約者である王太子殿下に婚約破棄された。
王太子はわたしの大事な人をー。
わたしは、大事な人の側にいきます。
そして、この国不幸になる事を祈ります。
*わたし、王太子殿下、ある方の視点になっています。敢えて表記しておりません。
*ダークな内容になっておりますので、ご注意ください。
ハピエンではありません。ですが、救済はいれました。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完結】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と言っていた婚約者と婚約破棄したいだけだったのに、なぜか聖女になってしまいました
As-me.com
恋愛
完結しました。
とある日、偶然にも婚約者が「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言するのを聞いてしまいました。
例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃっていますが……そんな婚約者様がとんでもない問題児だと発覚します。
なんてことでしょう。愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。
ねぇ、婚約者様。私はあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄しますから!
あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。
※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』を書き直しています。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定や登場人物の性格などを書き直す予定です。

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?
長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。
王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、
「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」
あることないこと言われて、我慢の限界!
絶対にあなたなんかに王子様は渡さない!
これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー!
*旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。
*小説家になろうでも掲載しています。

姉妹同然に育った幼馴染に裏切られて悪役令嬢にされた私、地方領主の嫁からやり直します
しろいるか
恋愛
第一王子との婚約が決まり、王室で暮らしていた私。でも、幼馴染で姉妹同然に育ってきた使用人に裏切られ、私は王子から婚約解消を叩きつけられ、王室からも追い出されてしまった。
失意のうち、私は遠い縁戚の地方領主に引き取られる。
そこで知らされたのは、裏切った使用人についての真実だった……!
悪役令嬢にされた少女が挑む、やり直しストーリー。
【完結】「私は善意に殺された」
まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。
誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。
私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。
だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。
どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※他サイトにも投稿中。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

あなたへの恋心を消し去りました
鍋
恋愛
私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。
私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。
だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。
今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。
彼は心は自由でいたい言っていた。
その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。
友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。
だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。
※このお話はハッピーエンドではありません。
※短いお話でサクサクと進めたいと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる