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1章
32,不毛
しおりを挟む何から何まで手厚い対応をされてしまった。
ここまで半場無理やり連れてこられたのはかなりの暴挙ではあると言えるが、それは差し置いても十分客人としての扱いをされていると言っていいだろう。
口では小春もどうこう言っているが、実際はリュカに頼りきりであることはもう言うまでもない。この関係性をどうにかしないことにはリュカと対等とは言えないし、いつまでたっても小春はリュカにかなわないだろう。
現状ではどうにもならないことにため息をつきつつ、リュカの消えた洞窟の方を眺める。
リュカもリュカだ。なぜ聖女(仮)でもある小春を気にかけるのか。いくらリュカが小春自身の推察力なんかを買っているといっても所詮は駒としてだ。ましてやその駒はリュカにとっていわく付き。客観的に見てもリスクとリターンが釣り合っていない。
リュカからすれば、小春は使い捨てる駒であるべきだ。
さっきで言えば、リュカよりアルフレッドの方が小春に近かったにもかかわらず、ある程度経ってから声をかけてきた。
これはアルフレッドの中で小春は魔素廃棄物を除去するよりも優先順位が低かったということだ。
主であるリュカが小春を気遣っているから義務感として、心配するという体裁をとっていたにすぎない。
リュカやアルフレッドが聖女に対して好印象を持っているのならば、聖女は敬い、丁寧に扱われることが正しいかもしれないが、実際のところは真逆だ。
この場合、アルフレッドのほうが正常な反応と言える。リュカの行動は非合理的と言っていいだろう。
リュカは合理的な人間である、というのが小春の総評だ。そのリュカが矛盾した行動をしているのは、彼の真意の一部を知った今でも分からない。
「………不毛だなぁ」
考えたって分からないことは、何をどうやったって分からないのだ。そのことをいつまでも考えるのは不毛でしかない。
保留だ。別にひどいことをされているわけでもないし、今は甘んじて受け入れておけばいい。
──バチっ!!!
「な、なに???」
突然、静寂に包まれていた森の中に不釣り合いな効果音が鳴り響いた。いつになくびっくりしてしまった小春は素っ頓狂な声を上げた。
音のする方をぎょっとした顔で見つめると、大きい黒い犬のような動物が結界に踏み入れようとしているのが見えた。
それはよく見ると、さきほど道中で見た魔獣の死体と見た目が合致していた。
死体にはなかったその威圧感に圧倒され、身体が石のように硬直してしまう。
「……やばいよね……、これ……」
無意識にそんな言葉が口から溢れていた。
ここ周辺の魔獣はすでに事切れていたし、生きている魔獣と鉢合わせにならなかったので、結界をわざわざ張るなんてリュカの杞憂だと思っていた。
しかし、どうやら少し無理をしてでも結界を張ったリュカの判断は正しかったというわけだ。
リュカの想像通りの展開に何とも言えず半笑いになりながらも、睨むように魔獣を見つめる。
抜かりないリュカのことだ。結界が簡単に抜けられるようなことはないと言いたいところだが、なんだか魔獣の様子がおかしい。
魔獣が結界にぶつかるたびに電流のようなものが走っており、血飛沫が上がっているのがみえる。入ろうとするだけでかなりの苦痛を伴っているはずだ。
にもかかわらず、何度も強行突破しようとする執念さが異様だ。
魔獣が何度も結界を破ろうと無理やり巨大な体躯をねじ込む異様な様子からは、そう悠長に構えてられないような気がしてならない。
洞窟の中まで走って助けを呼ぶか。結界の外に出ないといけないが、ここからならたどり着けなくもない。
問題は小春が暗闇と狭い空間が苦手だということ。
足がすくんでいる間に簡単に追いつかれそうだ。
そんなことを考えてはうーむと唸っていると。
パリーンッ
明らかにまずい音がした。
考えたくもない想像に苦笑いを浮かべるとともに恐る恐る魔獣を見つめる。
無情にも、小春の周りにあったはずの結界が跡形もなく消えている。
無理やり結界を突破したせいか全身から血を滴らせながら、こちらへゆっくり向かってくる魔獣の姿が嫌にも目に入る。
「あらまぁ……」
満身創痍になってまで魔獣が結界に入ってきたのはなぜか。メリットなどせいぜい小春を餌食にするぐらいのことだ。それにしては対価が大きすぎる。釣り合っていない。
魔獣がどの程度知性があるのか知らないが、この魔獣は明らかにまともとは思えない。──いや、実際まともではないのだろう。
結界に穴があったとは思えない。あのリュカなら結界の強度が低いと言っても、なんだかんだ魔獣1匹も入れないようにしているはずだ。
とすると、なんらかの影響でまともではなくなった魔獣が暴走してこんな強硬に出たと考える方が自然だ。人為的なものかまたは……。
「グルル……」
ただそんなことを考えている余裕もなさそうだ。魔獣はすでにすぐ近くまで来ていた。
あの牙や爪、角なんかにやられたら引きこもり予備軍の小春はきっとひとたまりもないだろう。
とにかくまずはすぐにでも逃げられるようにしなければならない。
小春は体を動かそうと足に力を入れ、立ち上がろうとする。と、意識がふわっと遠のくような感覚がして、その場で跪く。
まだ、眩暈が完全に治ったわけではないのだと他人事のように理解した。
体調は万全でなく逃げられそうにない。
近くにリュカたちがいるのであまり気乗りはしないが、あの力を使わざるを得ないだろう。
小春は再び魔獣の方を見据え、口をひらこうとした。
そんな束の間。
『……サガラコハル、………セ……セイジョ』
「は……」
何処からともなく聞こえてきた声。耳から音を拾ったわけではなく、頭に直接語りかけられているような気持ち悪い感覚。
『さ、サガラ……コハル………シハイノノウリョク、モツ……セイジョ』
目を見開く。
名前や聖女であることだけでなく、能力のことまで知られている。
どういうことだ。
そもそも誰が小春に語りかけているのか。
今この場には目の前で魔獣と小春しかいない。この魔獣が小春に話しかけているのか。
「……誰、ですか」
『セ、セイジョ……。オマえㇵ……、アのカタがショモウ……シテイル』
「……あの方……?どういう意味?」
『……ツレテク、オマェ……アノカタ…トコロツレテク……』
会話は成り立っていない。
だが、何者かがこの魔獣をけしかけてきたことはわかる。小春の能力を知る誰かが小春が1人になるタイミングを見図らい、どこかに連れ去ろうとしている。
魔獣の森なら、小春が忽然と姿を消しても不自然ではないだろう。相手はかなり用意周到らしい。
相手が誰かわからない以上、連れて行かれるわけにも行かない。
「悪いけど、君には手ぶらで帰ってもらうから」
この魔獣を追っ払うことだけ考える。殺したら後でリュカたちに怪しまれそうだし。
言霊の能力。何度か検証してわかったことだが、不覚的要素が多い分、できる限り具体的且つ小春自身が頭で考えている事象との整合性が高いことが重要だ。
幸い、転移はリュカが使っていたのを2回も見ているし、ゲートについてもマルセルから教わっている。
『森の反対側に転移しなさい』
小春の2周りも大きい魔獣は、その一言で揺らぎながら目の前から消えていった。
それを静かに眺めた後、安堵の息をつく。
魔獣が消え去り危険が去ったことと、リュカたちに聖女の能力を使ったところを見られずに済んだこと。そのことで思ったよりも安堵している小春自身に少し驚く。
「あ……あれ……」
安堵したことで気が抜けたせいか急激に体から力が抜け、意識が遠のいていくのを自覚した。
しかし自分の意志ではどうにもならず、瞼の重さに逆らえなかった。
どさっ。
小春の意識がなくなったことで、支えるものも何もない小春の身体はそのまま横に傾いていき、その場に倒れてこんだ。
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