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1章
28,藪をつついて
しおりを挟む「意外だったよ」
子どもたちに留守番を頼んだアンナの後をついていきながら、モネール川を目指していると隣にいたリュカがまたもからかうような態度で声をかけてきた。
「何がですか?」
リュカのこういう態度の時は必ず面倒なことになるから極力避けたい。そういう気持ちを一切隠さず顔に出しながら返答する。
「コハルさん子ども苦手なんだね」
それか。
さきほど、3人と別れるときに全力で手を振ってくれたのに対して、ぎこちない笑顔でぎこちなく手を振り返していたときにやたらリュカが見てくるなと思っていたがからかうネタを見つけたからだったらしい。
「得意ではないですね。あまり関わったことがないので」
「アルファ殿は大丈夫なのに?」
「あれを同じにするのはまた違うような気もしますけど……。まあ、なんというか子どもって純粋すぎて反応に困ったというか。そういう感じです」
あれ呼ばわりや子ども扱いを知れば、アルファはたちまち怒るだろうと思いながら苦笑する。
嫌いとかではないが、単純に経験値のなさが露骨に出てしまったと言えばいいのか。
「そっか。確かに純粋な子はコハルさんとは相性悪いかもね」
「……」
遠回しに小春が純粋ではなくひねくれているということを言っているともとれるリュカの言葉について、追求するのも面倒なので無言で流した。
「そういうリュカ様は慣れているようでしたけど?」
「そう?普通にしていただけだよ」
いちいち鼻につく言い方だ。
「もうすぐです」
前方からアンナの声がしたと思うと、その奥に川らしき土手が見えてきた。
地図で川の規模は見ていたが、実際に見てみると意外と大きい印象がある。反対側へ渡るには橋が必要なぐらいには横幅が大きく、水深もそこそこありそうだ。
そして、見た目だけでは川の水に有害なものがあるようには見えない。
「特に変わった感じはねぇっすね」
アルフレッドが川の中を凝視しながらそうつぶやく。
「水が有害なら、安易に飲むわけにもいかないか」
「ですね」
少量程度なら大丈夫だろうが、たぶん飲んだところで何もわからないだろう。
これまで、貧民街の住民の多くがここの水を使っているのに気づいていないとなると、少し飲んだところで気づけるようなものではないはずだ。
日本のように水質調査みたいなものができるレベルまで文明が進歩していてくれれば助かるが、この数日でそんなものはないということぐらいは分かる。
「アンナさん」
「はい」
どうすればいいかと考えているうちに、リュカがアンナに声をかけていた。
「アンナさんの魔法でこの水を蒸発させてもらえますか?」
「?あぁはい、わかりました」
リュカは近くにおいてあった桶で川の水をすくうと、アンナに見せながら言った。
アンナは不思議そうにしながらも了承すると、桶の水に手をかざした。
そうか、蒸発。
小春が少し予想していた通り、水魔法というのは水の状態変化に作用しているのかもしれない。気体から液体、液体から気体にできるのならば、もしかしたら水に含まれている別の物質が目に見えるかもしれない。
こういうのを何というんだったか。蒸留とか言ったか。
どうやらアンナが魔法を使ったらしいので、桶の方を覗いてみる。
「これ……」
桶の中になみなみに入っていた水はすでにどこにもなくなっていた。が、底には何か黒い固まりが残っていた。
「これ魔素廃棄物だね」
「マソハイキブツ?」
リュカは眉をひそめて呟いた。さすがに聞き覚えのない言葉に小春は首をかしげる。
「魔素廃棄物っていうのは魔法産業なんかででた人体には有毒な物質なんだよ」
「それって……」
となると、まるっきり工場排水の話と一緒ではないか。
「魔素廃棄物ってなんでんなもんが。あれって国の管轄っすよね?魔法管理課とかいう」
アルフレッドもまた、神妙な顔しながらそう言った。
アルフレッドの言っていることからして、案外国の法律や管理についてはしっかり整っているようだ。
統治者が優れているからだろうか。
ちらっとリュカを見ながらそんなことを考えていた。
「そのはずだよ。誰かが無許可の魔法産物をつくり、秘密裏にその廃棄物を見つからないよう川に流してなければ、だけど」
リュカが冷えた目で魔素廃棄物を眺めながら言った。穏やかじゃない話に小春も眉を顰める。
「じゃあ、その誰かさんのせいで貧民街の人たちはしなくていい被害を受けているってことですね」
「まだ確定じゃないけどその可能性は高いかな」
誰かの私情でやっていいことではない。
国に申請をしていないということはそれだけ後ろめたい代物を作っているということでもある。
藪をつついたらとんだ蛇がでてきた、といったところだろうか。
「しかも秘密裏に廃棄物を処理するのがモネール川ってのがまた姑息だよなぁ」
アルフレッドの言う通り、やっている人間はかなり周到であるといえるだろう。
魔素廃棄物は人体への影響があるらしいので、通常川へ流すことで多大な被害が出てしまうことになるだろう。そうなれば、国が動かざるを得なくなり、ばれるのは時間の問題になる。
しかし、今回はモネール川、人々から忌避された川に流したことで、人がその水を飲むことは考えにくく、人への影響はほとんどない。あるのは、地位も人権もないであろう貧民街に住む人々への影響だけだ。犯人はそういった人間へ影響があろうと、大したことととらえられず、捨て置かれるだろうと見込んで今日まで平気でやってきたのだ。
案の定というべきか、このことは流行り病と誤認されたまま放置されていたわけで。ルイストンの住民ですら他人事かのようにいつも通りの生活を続けている。
その犯人にとって想定外なことは、とるに足らない流行り病にあろうことか王弟が目をつけたこと、そして異世界人という異端な存在によって露見が早まってしまったことだろう。
なんだかんだ、リュカが昨日言っていた異世界人からの意見を得ることは功を奏したということだろう。
人を見る目があるとオレーリアも言っていたが、それに加えて、活用の仕方もうまい。今回、不覚にもリュカが小春の能力をうまいこと引き出した形になったわけだが。
「原因は分かったけど、どうします?」
「まあ、今流れているものもどうにかしないとだけど、まずは原因元を抑えないと意味がないかな」
リュカは川上の方を見つめながら言う。
小春も同意見だ。発生源を押さえないことにはどうにもならない。
ただどうしてか何か引っかかるような。
発生源を抑えるよりも先にやらないといけないことがある気がするのだ。
「アンナさん、ここまでありがとうございました。俺たちはこれから上流に向けて調査しますので」
小春がどこか腑に落ちないでいると、リュカは不安そうにしているアンナに声をかけ始めていた。
それを上の空で眺めつつ、上流という言葉に促されるようにその方角を見つめた。
川から「ピチャッ」と音がしたと思うと、小魚が水の上を跳ねるのが見えた。
──あ。
その光景を見たことで一つ見落としていたことに気付いた。
「リュカ様」
「ん?」
神妙な表情の小春を見て、深刻なことだということを察したのかアンナとの会話を切り上げて小春の方へ向き直った。
「私の杞憂だったらいいんですけど。……最近ルイストンで漁獲量が減ったとかありませんか?」
「!」「何で知ってんだ?!」
小春が控えめに尋ねたとたん、2人の様子が明らかに変わった。アルフレッドはあからさまに驚き、リュカもめずらしく目を丸くしていた。
この様子だと小春の言ったことは現に起こっているのだろう。
「なら、いますぐにでもルイストンで漁獲した魚の流通を止めた方がいいと思います」
「……魚にも影響がでているってことか」
頭の回転の速さはさすがと言わざるを得ないリュカ。小春の言いたいことを瞬時に理解している。
「はい、場合によっては汚染された水を摂取するよりも、魚を摂取する方が致死量はかなり高まるはずです」
「なんでだ?水のが魔素廃棄物いっぱい入ってるだろ」
「確か生物濃縮とかいう原理です。えーっと、簡単に言うと、人間も含めて生物っていうのは摂取した物質を体の中で分解して、一部をを蓄積、それ以外を排出するっていう機能があるわけです。しかし、その魔素廃棄物含め、有害な物質なんかはうまく体外に排出できないんですね。そうなると、有害な物質はどんどん身体に蓄積されていき、その濃度は元の物より格段に高いものになる」
アルフレッドは小春の話に途中からついていくことができなくなったのか、呆けたまま動かなくなった。
小春としてはリュカが分かってくれれば問題はないので、アルフレッドを放置したまま話を続ける。
「生物濃縮はもとの何倍とかでは済まないんです。例えば、有害物質を摂取した微生物を小魚が食べるとこれだけで元の何十万倍に濃度が上がります。さらに市場に出るようなサイズの魚がその小魚を食べれば何百倍、人間が食べるころには何千倍にも有害物質の濃度が上がります」
「なるほど、ね。それが本当なら貧民街の非にならない速度で被害者は増えるってことだね」
リュカはそういうと、すぐさま服のポケットから何やら小型の機械を取り出し、耳元へもっていった。
「マルセル、ルイストンでの魚介類の流通をすぐに止めるよう指示してもらえる?」
『……何かわかったのですか?』
「詳細は追って連絡する。ルゥセラール卿ならすぐ動いてくれると思うし」
『わかりました。それでは』
小型の機械は通信機の類だったらしい。
話には聞いていたが実際に見るのは初めてだ。
機械からわずかに聞こえてくるマルセルの声は機械越しのせいか若干低く感じた。
「いいんですか?そんなすぐ指示しちゃって」
小春の話を聞き、特に悩む様子もなくすぐにマルセルに魚の流通を止めるよう指示してしまったリュカに狼狽えつつ尋ねる。
簡単に言ったが、港町で魚の流通を止めるのはかなりの損害を生むはずだ。
部外者であり、なおかつリュカが疎ましく思っているであろう聖女(仮)の一存を鵜呑みにしてしまうのはいささか早計にみえる。
「なんで?ことは早いほうが被害が少ないんでしょ?」
「それは………まぁそうなんですけど」
小春の心配は杞憂であるとでも言うように、リュカは不思議そうに小首をかしげた。
そんなリュカの様子に目を見張りながらも小春は答える。
「俺はこれでも君を信頼してるんだよ。だから気にせずコハルさんは思うように発言していいから」
「はあ」
小春を信頼しているというより、小春の洞察力とか能力面を信頼しているという方が正しいような気はするが。
それにリュカのことだ。小春の意見を鵜呑みにするというよりは、小春の話と自身の考えが一致しているからこその判断の速さだろう。
「じゃあ、気持ち急ぎ目に上流を調査しようか。流通規制を早く解くのに越したことはないしね」
何とも言えないでいる小春を横目にリュカは普段通りの涼しい笑顔を浮かべた。
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