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1章

27,原因究明

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「早速ですが、現在ここ、貧民街で流行っている病について何か知っていることがあれば教えていただきたいです」

 名前を覚えるのが苦手な小春が、内心子どもたちの名前を連呼しながら難しい顔をしている中。
 リュカが早速本題を振ると、アンナは少し申し訳なさそうに目を伏せた。

「そのことですが………。私自身もあまり詳しくはないのです」
「というと?」
「この通り、私たちは流行り病になっていません。水も私の魔法で事足りますし、お金や食品などはミシェルさんの厚意のおかげでここで暮らしている中では楽させてもらってる身なので…」

 ミシェルは確か食器などはこのアンナに作ってもらっていると言っていた。それに関連して報酬という形で生活費等を工面しているのだろう。
 そこらへんがアンナの子どもたちが純粋な目をしている要因なのかもしれない。人の汚いところではなく、きれいなところを知っている。

「あんたらがなってなくても、他の奴から病のことをきいたりしないのか?」
「……そ、それは。病が移るかもしれないと貧民街同士での付き合いが減ってしまったんです。私だけでしたらいいのですが、子どもたちもまだ小さいのでリスクを負いたくないのはお互い様というか」

 アルフレッドが何気なく尋ねた一言は、アンナからすれば、問い詰められたように思ったらしく、若干声色が上ずりながら答えた。
 やはり第一印象は大事なのだ。

「ただ、家族誰一人、病にかかってないのはこの近場には私たち以外ほとんどいないと思います」
「……」

 アンナは大した情報を提供できないということに後ろめたさがあるようだが、今の一言はなかなかにいい情報だ。

 アンナの言ったことをわかりやすく言えば、アンナたちは病にかからず生活できているのに対して、アンナたち以外は病にかかっているということだ。言い換えれば、アンナたちが他の住民たちが行っていないことを行っている。または、他の住民がしている何らかの行為を行っていないことで病にかかっていないという話だ。

 現在ある情報の中だけでもほかの貧民街の住民とわかりやすく違う点は2つある。1つは、ミシェルというパトロンがおり、食事面や金銭面においてのサポートがあること。2つはアンナ自身が水魔法を使うことができ、水に困ることもないということ。

 特にこの2点は衣食住に関連しており、生きていくためには切っても切り離せない側面だ。となると病との関連性も必然的に高くなる。それにこの2つのどちらかが問題である場合、今回の病は貧民街の環境自体に問題があるという予測にも通ずる。

「アンナさん、あなたたちは基本的に食材を手に入れる際、ミシェルさん経由であることが多いですか?」
「……?ミシェルさんから頂くこともありますが、基本的には比較的安く買える市場を使っています。貧民街に顔が広い商人がいるので少し値引いてくれるんです」

 小春の質問の意図がいまいちわかっていない様子のアンナが、不思議そうにしながらも答えた。
 横では、ポカンとしたアルフレッドと、何を考えているのか無表情のリュカが小春をじぃと見つめていた。

 アンナの答えから、食材等が原因ではないということが確認できた。
 貧民街に顔の広い商人ということは、ほとんどの住民がそこから食材を仕入れているとみていいだろう。
 案外、善人も多い街だ。ミシェルだけでなく、その商人とやらも。

「では、アンナさんは生活に使っている水は魔法で補っているという話でしたが、魔法以外の水を使う場面はありますか?」
「……いえ、ほとんど私の魔法を使ってます。水を使うとなると川から運んでこないといけないのですが、ここはそこからちょっと距離も遠いので」

 ここだ。病にかかる住民とかかっていないアンナの違いは。
 となると断定はできないが、おそらく病に関連しているのは”水”である可能性が高い。
 
 水が原因となると感染症というよりも、不衛生による病気であると見た方がいいだろう。小春のいた世界においても水の不衛生によってなる病気も多くあった。
 もし、それが今回の流行り病の原因だとしたら、局所的すぎることにも納得がいく。

 脈絡のない質問をした後、急に思案し始め、黙り込んだ小春の様子を困惑しながらうかがっていたアンナ。
 もう一声確信の欲しい小春は再度アンナを見つめなおす。

「アンナさん。病の症状で知っていることがあれば、できる限り教えてもらえますか?」
「……症状、ですか?」
「はい。例えば、下痢や嘔吐がおきるとか」
「いえ、そういった症状が出たという話は聞いたことはありません。聞いた話だと、膝や肩の痛みだったり、ひどいと歩けなくなったり…」
「痛み……?」

 港でラリーが少し言っていた症状と同じだ。
 しかし、その症状が事実ならば、小春の想像している病気とは異なる。
 そう。まるで、社会の授業で習った日本でかつてあった工場排水による川の汚染の時の……。

「工場排水……」
「え」

 突然聞き覚えのないであろう言葉を聞いたアンナやアルフレッドは首を傾げる。それに対し、リュカは小春の方を見つめたまま、ようやく口を開く。

「水に原因があるってことだよね?」
「……はい。おそらくですけど」
「それでいい。今のところの君の考えを教えてほしい」

 いつになく、小春を真剣な眼差しで見つめるリュカは本来の顔の良さが際立って思わず呆気にとられる。
 いつもからかうような態度でいるリュカだがこういう部分を見ると、上に立つものとしての気品や佇まいというのだろうか、マルセルたちが敬愛しているのもわかる。

「実際に私が見たことあるものではないので何とも言えませんが、私のいた国で過去におきた病気に類似したものがあるんです」
「「え!」」
「昔、工場ででた廃棄物とかをそのまま川に流していたことがあるんですよ。それを工場排水っていうんですけど」
「その工場排水と同じものが貧民街の人が使っている川に流れていると?」
「あくまで可能性があるってだけですけど。ただ、そのときその川の水を使っていた住民が同じように身体の痛みを訴えて多く亡くなっていた、はずです」

 社会の授業で習った程度なのでそこまで詳しくはないが、アンナの言っていた症状にかなり近しかったのは覚えている。
 小春の話を聞いて少し、考えるように目線を下げるリュカ。

「ここら辺の川ってことはモネール川だったよね。上流にシュバルツの森がある」
「シュバルツか、確かにあそこならなんかありそうだな」

 聞きなれない用語を言われ、一瞬頭の中にはてなマークが現れたが、あのアルフレッドが受け答えできていることに焦りを覚え、小春は記憶の中にその言葉を探そうと目をつむる。

 前日にマルセルが意図的にルイストンの話をしていたということは、ルイストンの主要な場所の名称も言っていてもおかしくない。というか、リュカのことだ。マルセルが小春に仕込んでいること前提で話しているだろう。

 となると、昨日マルセルがルイストンについて何を話していたか思い出せばいいのだ。特に地形について話していたあたり。




『ルイストンの港町から少し奥に行くと森があるんですが、この森は住民から忌避されているんです』
『忌避って……もしやこれが出る、とか?』

 少しふざけ、幽霊のポーズをしながら言う小春に対し、特に反応することなく淡々としているマルセル。

『いえ、そんな不確かなものではなく。端的に言えば、魔獣の森なのですよ』
『魔獣っていると魔力持った動物ってことですよね。魔力持った人間は普通に許容されているだろうに動物ってだけでそんな敬遠しなくとも』
『まあ、そこには歴史的な因縁みたいなものがありますので。ともかく、魔獣は人々から忌避される存在なわけで、魔獣の巣窟である森自体も気味悪がられてます』
『それでその森とやらがどうしたんですか?』

 なんも意味もなく、たかが森の話題を出さないだろう。
 小春の問いにマルセルはルイストンの地形が乗っている地図を広げてシュバルツの森と書かれたあたりを指で刺した。

『この辺りを見て何か気づくことはありますか?』
『気づくって、ただの森って感じですけど……。んーと、森からこのモネール川?っていうのが港町に続いてるから、そこから魔獣がどんぶらこってするとか?』
『それはよっぽどのことがない限りはないですけど。発想はそんな感じです』

 軽い気持ちでいったが、意外にも否定しないマルセルに目をパチクリとさせる。

『発想……?』
『コハル様が考えたような発想をルイストンの人々も考えるってことです』

 あぁ、なるほど。実際どうかはおいて、薄気味悪い魔獣の森から流れる川にも何かあるかもしれないと考えるのは当然と言えば当然か。外部の人間である小春ですらそう考えたのだから。

『確かにそうなるとその川の水なんかは使いたくないでしょうね。でも、せっかく近くに水源があるのにもったいないですけど』
『そういうことです。モネール川をルイストンの住民は避けているので水の多い街にも関わらず、水の値段が高騰している』

 利益をとるか、尊厳をとるかというか。そういう問題なのだろう。そういうことが可能な時点でルイストン自体は経済面はかなり良いのかもしれない。

『ただ悪いことばかりではない。これによって利益を得ている人間も一定数います』
『……困窮している住民とか?』
『っ!よくわかりましたね』

『貧民層の人たちが集まりやすい場所って傾向として都市部の近郊、尚かつ水辺の近くが妥当なんですよね。困窮している人はお金が欲しいわけだから出稼ぎに都市部に出てくる。そして、生活するうえで必要な水が得られる場所に定着しますよね。それにルイストンは貴重な水源であるモネール川を見放しているわけだ。生死にかかわる人種からしてみればこの状況は非常においしい』

『その通りです。ルイストンは栄えているもののこうした貧困層も一定数いるのである意味ではこの状況は悪くはないと言えるかもしれないですね』




 とまあ、マルセルとのやり取りを思いだした限りではそんなことを言っていた。
 思い出したことでいろいろと納得がいくことも多い。

 通常であれば、原因となる川が流れているルイストンは貧民街に限らず港町の人々にも影響がでるはずだ。それなのに貧民街に限定されているのは、この国の魔獣に対する印象のおかげであると言っていいい。マルセルが言っていた通り、魔獣を忌避している現状は皮肉なことにある意味で良い方向性に働いている。

「とはいってもモネール川にいってみねぇと分かんねーしな」
「そうだね。一度見ておいた方がいいか。コハルさんはどう思う?」
「私も気になるので行きたいです」

 どちらにせよ、原因解明にはモネール川の上流へたどっていく必要があるだろうとうなずいた。

「なら、私が案内しますね」
「いいんですか?」

 小春たちのやり取りを聞いていたアンナは初めてふわっと笑って見せた。

「はい。リュカさんたちは私たちのために動いてくれているわけですからこれぐらい」
「ではおねがいします」

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