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1章
25,善良な人間
しおりを挟む「あー!!リュカ様ー!!」
少し歩いた先、とある奥まった露店までいくと、なぜかアルフレッドは両手に溢れんばかりのジョッキを持っていた。
小春たちに気づくと、ニカァっと豪快な笑みを浮かべ、大声で出迎えた。
「てか、あんたも居たのか。嬢ちゃん」
近寄ると、リュカの横にいた小春にも気づいたのか虚をつかれたように声を上げた。
というか、嬢ちゃんと呼ばれるような年ではないのだが。
内心そう毒づきながら、リュカと待ち合わせをしていたはずのアルフレッドを見上げる。
「えぇと。アルフレッドさんこそ何してるんですか?」
「何って見たらわかんだろ?姐さんの店の手伝いよ~」
姐さん??初耳だが。
ビールジョッキを得意げに見せびらかしながら言うアルフレッドに首を傾げる。
すると、店の奥から少しハスキーな女性の声が発せられた。
「アル!何サボって………ってリュカ様じゃないか!」
よく見ると声の主は30代前半ぐらいの活気の有りそうな赤毛の美人だった。
リュカとも顔見知りらしく、アルフレッドの側にいたことに気づくと、すぐさま近寄ってきた。
「ミシェルさん、どうもご無沙汰しております」
「ほんとだよ、いつぶりだっけ。あんたが顔出すの」
「確かアルフレッドがこの店で一番高いワインが入った樽を壊したとき以来かと」
「あぁ!!あはは!あったあった!あんときはどうもね。お陰でもっといいワインが手に入ったよ」
リュカは相変わらずの外面の良さそうな笑顔で、ミシェルと呼ばれた女性に会釈をした。
一方のミシェルは相手が王弟殿下と知っていてかは分からないが、それにしても砕けた口調で話している。
お互いの口ぶりからするに、リュカはよくこの店に来るようだ。
先程ゲートを出てすぐの港で出会った第一町人であるラリーともかなり砕けた会話をしていたことや、小春を問い詰めてきた3人娘たちもリュカの毒牙にやられていたことから察するに、アルフレッドやリュカはよくこの街を訪れるのだろう。
ミシェルと言われた女性は、リュカの隣にいる小春に気付くと、意外そうな表情を浮かべ、リュカと小春を交互に見返す。
「リュカ様がノエルちゃん以外の女の子連れてくるなんて珍しいね。初めて見る顔だし」
ミシェルはそう言いながら、小春の方に興味深そうな顔を近づけた。
唐突に顔を近づけられたことに面を食らいつつ、愛想よく笑って見せる。
「は、初めまして。小春といいます。訳あって少しの間だけ、リュカ様に同行させてもらってます」
ラリーや3人娘のときもリュカにゆだねたことにより、面倒な勘違いをされたので、今回は小春自身がはじめから予防線を張っておく。はじめからこうしておけばよかった。
小春の自己紹介で満足したのか、ミシェルは近づけていた顔を離し、にかっという効果音が似合う活気の良い笑顔を見せる。
「コハルだね、よろしく!あたしはミシェル。ここの店主をしてるんだ。それとアルとは旧知の仲でね、それでリュカ様とも懇意にさせてもらってんだ」
アルフレッドとの旧知の仲というだけあって、ミシェルもまた、ノリがよく人の好さそうな人柄のように見える。
ふと給仕をしているアルフレッドの方に視線を向けて、ミシェルに尋ねる。
「それにしてもアルフレッドさんはなんでミシェルさんのお店で働いてるんですか?」
「ああ、あいつ昨日うちで飲んでたんだけどねえ、酔っぱらってた隙に手持ちを全部取られて金が払えなかったんだよ」
「あぁ……」
ミシェルはアルフレッドをあきれたように横目で見ながら、ため息をついた。
この様子から、はじめてのことではないのだろう。
アルフレッドは確か、近衛騎士の隊長とかだったはずだ。酔っぱらっていたとはいえ、どちらかといえば窃盗犯を捕まえる側であろう騎士がいとも簡単に金をとられるのはいかがなものだろうか。
しかし、それがアルフレッドであると思えば、そこまで不思議に思えないのがまた皮肉というか。
「だとは思ってた」
隣にいたリュカはあきれることすらなく、淡々とそう言った。
やはりこの男確信犯だったか。
涼しげな様子のリュカが気に食わず、横目で軽くにらんだように見上げる。
すると、何かを感じ取ったのか、勘の鋭いリュカは小春が目線を向けていることに気付き、にこっと甘く微笑んだ。何も知らない女性ならばその優艶な表情に思わず見とれてしまうことだろうが、小春からすれば、その笑顔の裏に込めた意味が分からずただ不気味なだけだ。
「どうしたの?そんなに見つめて」
「……イイエベツニナニモ」
よくできた作り笑いに対して、特大級の愛想笑いで対抗する小春。
その2人のやり取りをまじかで見ていたミシェルは、何やら含みのある顔を浮かべていた。
「へぇなるほどねぇ」
その様子になんとなく、小春にとってはあまりうれしくないことを考えている気がしてならない。
そう思い、すぐさまリュカから目をそらした。
「ところでミシェルさん、ここ最近気になる情報はありませんか?」
「気になるねぇ……。それって例の流行り病についてかい?」
リュカが本題に入ると、ミシェルは特に不思議そうにするでもなく、こちらの意図はすでに察していたらしくこちらの欲しい情報について見事に当てて見せた。
「よくわかりましたね」
「まあ、あのバカが昨日口を滑らしていたのもあるが、リュカ様がわざわざそうやって聞くときは大概面倒な案件を抱えてるときだしね。ルイストンの最近の面倒な案件といえば、それしかないからさ」
そういえば、ラリーも確か、アルフレッドが口を滑らしていたと言っていたなと思い出す。
やはり、アルフレッドには偵察などやらせない方がいいと思う。口が軽いというより、単純すぎて隠し事などできないに違いない。
「リュカ様に同行しているってことはコハルちゃんもその件を調べてるってことかい?」
「ああ、はい。一応そういう話にはなってますね」
大変不本意ではあるが。
本当はそう一言付けたしたかったが、ややこしくなるのも嫌なので心の中で呟いた。
「あの件についてはなあ、私も大して詳しくはないんだが、個人的な感想だが、どうも流行り病といっていいのかわからないんだよ」
「流行り病じゃないと?」
歯切りの悪いミシェルの様子に、リュカは何か思うことがあるのか、少し考えこみながら尋ねた。
「そこまではわからないんだけどねぇ。いくら貧民街で流行っているとはいっても、これだけ人の流通が多い街だ。それなのに流行っている範囲は貧民街の連中だけだから妙な話だと思ってるんだよ」
「それについては俺自身も思っていたところです。流行り病と括るには、局所的すぎる」
2人の言っていることは、小春も今回の件に関して、少し違和感を感じていた要因だった。
貧民街に住んでいる人が一切貧民街からでないということならありうるだろうが、中には、港の方に働きに出ている人間もいるだろうし、なんなら、外部から貧民街に訪れる人もいるかもしれない。
貧民街の人にしか起こっていないとなると、貧民街自体の環境に問題があるといった方があり得そうなものだが。
「コハルさんはどう思う?」
「私も聞いてる感じ、流行り病とはあまり思えないですね。まあ、実際に行ってみないことにはわかりませんが、貧民街自体に問題があるような気がします」
「俺も同感」
小春に意見をもとめてきた割にはあっさりと同意してくるリュカ。流行り病に対する意見も、小春の考えも全てわかっていたような口ぶりがまた憎らしいものだ。
そして多分この流れは。
「あんたら、貧民街に行く気かい?」
「そうですね」
やはり。そういうことになるらしい。
まあ、ここまで来たのだ。今更どこに行こうが構わないが。
「そうかい。……ならアンナも安心だね」
「アンナ……?」
また新たな登場人物に首をかしげる。ミシェルは近くにおいてあったジョッキを手に取ると、それを見ながら小さく微笑んだ。
「あぁ。アンナはね、うちが使っている食器を作ってくれているんだよ。……貧民街に住んでる」
「……!」
貧民街に住んでいる人と交流があることに少し驚き、目を見開いた。
少し意外だったのだ。
飲食店となると、店のイメージはとても重要であり、特に衛生面などに関してはかなり繊細にしないといけないはずだ。店の料理がのっている食器類を作っているのが貧民街の住民というのが知られれば、それを非難する輩は少なからずいるだろう。そうなれば、店のイメージにも影響がでることは容易に予想がつく。
果たして、そのリスクを負ってまで貧民街と住民と付き合う必要があるのか。
「……病が流行ってからもあたしは何回か顔を合わせてるからわかるんだ。人から人へ移るものじゃないってね」
小春が内心考えていたことに相反するように、ミシェルは何一つ曇りのない声色で笑って見せた。
──あぁ、この人は善良な人間だ。
気づけば、小春は心の中でただそうこぼしていた。
打算的な思考を常にしている小春からしてみれば、善良な人間の思考を理解しても共感することはないだろう。
「貴重な情報をありがとうございます。貧民街に行ってみようと思います」
「あぁいいってことよ。……おーい、アル!もういいよ、こっち来な!」
「あーい」
もはや、この店の店員として風景になじんでいたアルフレッドにミシェルが大声で呼ぶと、若干名残惜しそうな表情をしつつも返事をして、小春たちのもとへ戻ってきた。
一応、お金が払えなかった対価として労働をさせられていたようだが、アルフレッドからしてみればそれすら楽しんでいるらしい。おめでたい頭なことだ。
「あんたの主さん、これから貧民街にいくとさ」
「貧民街?なんでそんなとこに?」
絶対にこの男に偵察は向いてない。
これに関しては、小春と話をする時間を設けるためにしろ、リュカの判断ミスといっても過言ではないのではなかろうか。
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