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1章

23,理知的な行動原理

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「おかしいと思ったんですよ。図書館の文献やらマルセルさんに聞いた話によると聖女召喚は100ですよね」

 図書館で得た情報が間違っていない場合、聖女が召喚されるのは100年に一度。しかも、毎回成功するとは限らず実際に聖女が現れるのは数百年に一度のペースであるらしいのだ。
 なんでも召喚に使われる魔力やら魔素やらは100年かけて貯める必要があるぐらい膨大であるという理由だったはず。

 しかし、実際こうして街をみてみれば、過去の偉大な聖女はこの国の食文化に大きく関わっているではないか。それもほんの数年前に。

 この矛盾点に気付かされたことで、今までなんとなく感じていた違和感の一つ一つが関連づいていると嫌でもわかる。

「史実上では、聖女は数百年に一度現れ、この国に恩恵を与えるとありますが、実際には数年前にも聖女は召喚されている。これでは辻褄が合わないですよね。……この国の上層部が事実を隠していなければ、の話ですけど」
「………」
「まぁ、もしかしたらほんとうに時間軸がズレている可能性は否めないですよね。例えば、私達の世界では数年前でもこちらに呼ばれたのは数百年前なのかもしれない」

 一人でひたすらに言葉を続けるが、相変わらずリュカはそれに対してうんともすんとも言わない。ただ、小春のほうを無言で見つめているだけだ。

 別に小春はリュカの反応が見たいわけではないので構わない。なぜなら端からリュカはこれに対して明確な返答できないことを知っているからだ。

「ですが不思議なことに、時間軸がずれてなくて、私の感じた矛盾が正しいのだとしたら、今まで疑問に思ったものがすべて矛盾なくつながるんです」
「……例えば?」

 今まで真顔で押し黙ってきたリュカは、少し表情を緩め、小春を推し量るように見つめ直し、声を発した。

「まずは何故聖女として呼ばれた3人は別々の場所へ連れて行かれたのかという点ですね。普通召喚のことを隠したいなら3人共まとめて1つのところに連れて行くほうが関係者は少なくて済むと思うんです。なので、これに関しては外部への情報漏洩のためではなく、私達が万が一真実を知ったあと、徒党を組んで反抗ができる機会を奪った。と考えると自然ですね」

「……つづけて」

「あとはノエルさんについてです。ノエルさんは聖女に何らかの恨みがあるように見えました。過去の聖女が何かしたのであれば、それはあくまで数百年前の出来事であって、直接的に何かされたのではないはずです。なのに当事者でもない聖女候補わたしに対しての彼女の憎悪は、聖女に直接的に何かされたとしか思えないほどのものだった」

 ノエルについて話すと、あのリュカも申し訳なさそうに眉尻を下げて聞いていた。

 ちなんでおくと、別にノエルが如何に小春を恨もうとも、小春は当事者ではないのだから痛くも痒くもない。多少は居た堪れなくなるが。
 なので、そこまで本人でないリュカに申し訳なさそうにされると逆に居心地が悪い。

「ノエルに関しては一応言い聞かせてはいるんだけど、迷惑をかけるね」
「まあ、自分の感情をそう簡単に割り切れる人間は少ないと思いますよ。それに、自分の気持ちに素直なのはむしろ美徳ではないですかね」
「……そうかもね。美徳というなら、コハルさんも自分の気持ちに素直になったほうがいいんじゃない?」

 適当にノエルをフォローした結果、なんとも面倒くさい返答が返ってきた。この男相手だとちょっとした発言が揚げ足取りの材料になるのだということを失念していた。

「………私は割と自分に素直に生きてるほうですけどね」
「ふーん?」

 リュカはパッとしない答えに訝しげにしつつも、それ以上は追求してこなかった。
 こういう話はどうも苦手なので、追求される前に元の話を進める。

「それで話を戻すと。これらに関しては、私の中であくまで可能性の話に過ぎなかったわけです。こじつけと言っても差し支えない。考えすぎだと言われればそうだと言わざるを得ない。……ですが、この国が聖女について偽りの伝承を残しているという根拠をリュカ様自らが私に示した」
「俺?」

 未だすっとぼけたように小首をかしげるリュカの白々しさに、はぁと息をつく。この状況を作り出したであろう超本人がとんだ猿芝居をするものだ。

「あなたはこの国の大多数の人間とは異なる思想を持っていて、聖女について快く思っていない節がある。これはあなたの態度とマルセルさんから聞き及んでます」
「………」
「具体的に聖女をどう思ってるかは知りませんし、興味もないです。ただ、この国の王族でありながら、あなたとこの国は水面下で対立しているという構図ができます。この国の上層部が必死に隠している事実を一番知られたくない当事者わたしにバラしてしまうぐらいに」

「ただ、あなたは仮にも王弟であり、表向き国を裏切る行為は難しい。そこであなたは昨日のくだらない試験を私に仕掛けた。私が断片的な情報から如何に正解までたどり着けるのかをみるために」
「そして君はこの街で起きている問題を見事に当てたわけだ」 

 正確には小春はリュカの出した問いに正解したわけではない。だが、リュカが小春に求めたのは答えではなく、答えを導くための観察力、思考力だ。それらがリュカの真意を見抜くだけに足るのかを見ていたのだ。
 そして、小春は皮肉にもそのお眼鏡にかなったがゆえ、今ここに連れてこられている。

 こうしてみると、アルフレッドの迷子も想定した上で、小春に街の様子をみせるつもりだったのだろう。

「見事にリュカ様の手のひらの上で踊らされた私は、ルイストンの街並みを見ただけで聖女に関する国の隠し事を、1人で勝手に見抜いてしまった、というシナリオなわけですが」

 そこまで言うと、リュカは満足そうに笑い、控えめに拍手をした。

「お見事。ほんとに君みたいな頭の良い子が来てくれてよかったなぁ。ここまで完璧に思い通りにことが運ぶとは思わなかった」

 そんなリュカの発言に小春はムッと顔をしかめる。

「どうせ、私はリュカ様の手のひらの上で踊らされるぐらい単純な思考回路しか持ち合わせてませんよーだ」
「飛躍的な考えだね」
「いえ、そうでもないです。──事実は導けても、あなたの真意については確信が持てないのだから」
「………俺の真意かぁ、なんだろうね?」
「不思議なんですよ、あなたは聖女が少なからず要らないものだと思っている。そして、その聖女を利用するこの国のやり方も気に食わないときた。ではなんであなたはわざわざお嫌いな聖女わたしに助力するような回りくどいことをするのか」
 
 小春は、続けざまにはぐらかそうとしているリュカに追い打ちをかけるように少しばかり食い気味で訴えた。

 暗に殺してしまう方が早いだろうと、そういう意味を込めて。
 リュカならば、きっと小春たちを上手いこと策略にはめて、殺すべき存在だと国に示し排除することなども可能だろう。なぜそれをしないのか。

 そんな小春に動じる様子もなく、淡々とした表情のまま目線を合わせてくるリュカ。

「さきほど君は俺がどう考えているか興味もないと言ったはずだけど?」
「興味はないですよ。ただ、今後楽して生きていくためにはあなたの行動原理が読めないことには難しいと気づきまして」
「ものすごく明け透けだね。まぁそういうことを本人に言うとこも俺は好きだよ」

 てっきり呆れられると思った小春の直球すぎる本音になぜか嬉しそうにするリュカ。

「コハルさんは俺に興味を持ったってことだよね、うれしいな」

 なるほどそうとったか、ポジティブなことで。
 いちいち癇に障るような反応をしてくるリュカにうんざりしながら無言を貫く。
 こういうのは変に反論するからめんどくさくなるのだ。

「俺の真意といったけど、大したものは何もないよ。俺はこの国のやり方に否を唱えたいと思っているだけだ」
「当事者かもしれない人間を巻き込んでまで、ですか?」
「んーと、そうだな。まず前提が違う。俺はコハルさんを買ってるんだよ。聖女としててはなく、君自身をね」
「………?」

 あまりピンとこない言葉に押し黙る。

 小春はこれまで、自身を聖女の立場として物事を考えてきた。
 これは何も意図的ではない。小春がこの世界に呼ばれ、必要とされているのは聖女としての立場があるからだ。この国にとって重要なのは相楽小春という人間ではなく、聖女である人間だ。ゆえに、無意識のうちにリュカの中でも小春は聖女として見られていると認識していた。
 
 しかし、リュカは聖女ではない相楽小春という人間に対して言葉を放った。買っているというと、頭の回転が速いとかそういった話だろうか。
 
「もし、君が聖女でないならその能力を買って、ぜひとも側近にしたいと思ってる程度にはね」
「しっかり私に牽制し線引しているくせになかなかのご身分ですね」
「痛いとこつくなぁ。うん、だからこれは俺の希望ってだけだよ」

 困ったように眉尻を下げながら笑っていうリュカ。そんなリュカを見て、小春は目を細める。
 
 なかなかに卑怯な言い方だ。
 リュカは、小春をこれまで散々聖女として扱い、聖女を忌避する素振りを堂々と見せつけてきた。あからさまな線引だ。
 にもかかわらず、今度は小春自身の能力がほしいなどという。
 しかも、それを人当たりのいい笑みを浮かべながら自然にやってのける様を卑怯だと言わずして何になるのか。

「じゃあリュカ様は、お嫌いな聖女かもしれない私に利用価値を見出したから、国へ反発するためのコマにしようということですか。とんだハングリー精神ですね」
「うん、ごめんね。結果的にそうとってもらって差し支えない」

 一切の躊躇もなく、淡々と事実だと認めるリュカ。まるで小春に対して何も悪いことはしていないというように。
 いや、きっと心の底からそう思っているのだろう。

 これまで小春が見てきたリュカは、根本的に悪い人ではない。
 今回のことも聖女という、たかがこの世界とは無関係の人間と守るべき何百万人の国民を天秤にかけ、至極真っ当に取捨選択をしているに過ぎない。
 実に王族らしく正しい考え方だ。

「俺には俺なりの目的がある。その目的のためには邪魔なものは退場してもらうし、この国の在り方すら否定するつもりだ。そして、そこに聖女きみ
「…………」
 
 君、という言葉は小春に向けられたものではない。正確には小春を通して聖女という存在に向けて言っていた。

 リュカの言い分はこうだ。
優秀な異世界人コハルをリュカの目的のためのコマとして活用し、不要な聖女コハルをこの国から排除する。』

 リュカの卑怯なところといえば、聖女である小春を否定しながらも、1人の人間としての相楽小春を利用しようという厚かましさぐらいなものだ。 

 不要なものだと思われるのは初めてではないが、真っ向から言われると堪えるものだ。
 リュカはこれまで浮かべていた外面の笑顔を辞め、冷たい目をして、小春を見据えていた。

「俺は聖女きみらを利用し、淘汰しているにも関わらず、そのことから目を背けのうのうとその恩恵を受ける王族も国民も嫌いだ。そして、利用されていることすらも知ろうともしない聖女も」
「………」
「君は知識は宝だと言っていた。君のように知を得ようとするのは素晴らしいことだと思うよ。………無知は罪じゃない。けど、無知でありながら知ろうともしないのは罪だ」
「………なるほど。私はあなたにとって非常に都合が良かったわけですね。聖女についての真実を知ろうとするものが目の前に現れた。しかもあなたの目的に利用できそうな人間だった。奇しくもそれは、あなたが忌み嫌う聖女自身だったというのは皮肉な話ですが」

 リュカの目的のためにはこの世界に聖女は不要である。が、それと同時に不要な聖女を利用するこの国にも反発していた。
 だから、この国に利用されないように振る舞う小春が真実にたどり着けるよう誘導した。

 小春は聖女候補でありながら、これまで真実を知ろうともしなかった聖女とは違い、真実を探っていた。そして事実を知れば、小春はきっと国に利用されないよう計らう。それは恐らくリュカの目的に必要な過程なのだろう。

 それが果たしてどういう意味を持つのか。

 利用されていることすら知ろうともしない聖女が嫌いだとリュカは言った。
 ならば、今の小春はどう見えているだろうか。リュカの目的のために思い通りに動くコマか、あるいは。

「………もう1つ確かめたいことがあるんです」
「……なにかな?」
「たいしたことじゃない。そしてあなたが答える義務もないし、きっと答えられないだろうから。ここから先はただの私の独り言です」 
「………」

 小春の言い分にリュカは無言で答えた。きっと話しても良いということだろう。 

「私は先日、図書館であるものを見ました。それは動物に後天的に魔力を組み込み、魔獣にするという実験の結果報告書です。結論から言うとその実験は成功していました。……ただし、人工的に創られた魔獣は欠陥品だった。魔獣たちは実験直後、暴走または死亡してしまったからです」

 以前アルファに軽く確認したものだ。
 なぜかはわからない。なぜか今言うべきだと思った。この憶測が酷く現実味を帯びてきているからか。それとも関わりのなかった聖女仲間の1人、鈴乃と関わってしまったから見過ごすことができなくなったのか。

「まるでこの実験、聖女の能力の発現を体現しているのでは、と思いました。なんの力もない一般人だった女性が、この世界に召喚されることによって後天的に能力を付与されているのだとすれば、聖女たちの末路はその実験の人工魔獣と同じになる」

 リュカはわずかに瞳が移ろいだが、やはり何も言わない。
 答えを求めていないと言いながらも、その様子が妙に腹立たしく見え、畳み掛けるように口を開く。

「これもあくまで私の中で可能性の1つに過ぎなかった。ですが、あなたが意図的に私にこの国が隠している事実に気づかせてきたことで、その可能性は可能性ではなくなった」
「………」
「聖女が召喚されることで後天的に能力を発現し、その力を国の有益のために利用し、酷使したならば。かのじょたち過去の聖女が、能力の暴走おこし、命をすり減らしたとしたなら!」
 
 それまでリュカを捉えていた小春の瞳は下を向き、それと連動するように俯いた。

「………今、も説明つきます」

 自身の安泰な生活を得るためにこの国がどのような国なのか、なぜ聖女を必要としているのか知るべきだと思った。
 リュカのほうが上手ではあったが、おかげでその隠させていた事実に気づいた。
 でも、これに関しては気づかないほうがきっとマシだった。

 ──あくまで可能性の1つならば、黙って見過ごせたのに。

「過去の聖女がそれこそノエルさんにあそこまで恨まれることをしたというのは、その暴走によるものだ、とすると自然と頷ける」

 もはや勝手に口からこぼれ落ちるのは、可能性を裏付ける根拠としては十分だった。
 
「……1年程度で聖女の能力が発現するから保護しておくんじゃない、1年程度あれば聖女は自らの力で自滅するんじゃないんですか」
「…………」
「さっきあなたは知ろうともしないことは罪だと言ったけど。ならば、その知ろうとする意思すら与えなかったのはこの国の罪ではないのですか」
「……きみは」

 それまで小春の吐露をただ黙って聞いていたリュカが静かに口を開いた。
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