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1章
21,デートではない、断じて
しおりを挟む「流行り病……?」
思わぬところで昨日の問答の正解が分かり、目を丸くさせる。
「そうそう!最近ルイストンで謎の病が流行ってるんですよー!なんでも痛みで動けなくなる病気だとか?」
ラリーは聞き返した小春に得意げに答えた。
「へぇ……」
一つの症状だけでは判断できないが、痛みで歩くなる類の感染症などあっただろうか。
チラリとリュカの方を見上げると、困ったように笑った。
「病の話は一旦おいといて。俺はこれからコハルさんを案内するから」
「え……」
いつの間にか手をとられていた
らしく、リュカに手を引かれながら、ラリーから遠ざかっていく。
小春はなんでこのようなことになっているのか分からず、呆然と手を引かれていくのだった。
「なんだよ、俺の言ったことあながち間違ってねーじゃん」
その場に残されたラリーがそんな二人を見ながら小さくつぶやいていたが、小春の耳に届くことはなかった。
◆ ◆ ◆ ◆
手を引かれたまま、ゲートの検問所を悠々と抜け商店街に入ると、人どおりが多く、リュカは小春を引き寄せ密着しそうになるほどの距離になる。
客観的に見ればこれはどう考えても恋人同士に見えるだろう。
そこでようやく、停止していた思考が動き始める。
「………ぇえっとリュカ様。そろそろ手を……」
慣れない感覚に戸惑いながら、リュカを見上げる。
あの場から小春を連れ出すことが目的ならもう、手を繋ぐ理由もないはずだ。
「ん?……あぁ、なるほど」
リュカは、小春が手を繋いでいることに対して言っているのをやけに白々しく納得する素振りをみせたあと。
一度その手を離し、今度は指を絡めるようにして握り返した。そう、いわゆるコイビトツナギである。
「は……」
「ごめんね、これのほうが良かった?」
意味が分からず、再度固まる小春に愉しそうな笑顔を向けるリュカ。
先程よりも密着した手と手と恐ろしく整った顔を交互に眺め、状況を整理する。
はて、「これのほうが良かった?」とはなんのことか。もしや、このコイビトツナギのことを言っているのか。
……つまりリュカは、小春がコイビトツナギを催促した結果とでも言いたいわけで。
理解が追いつくと、慌てて絡み合った指を離し、人だかりの中でできる限り後ろに仰け反った。
「な、な、なにが!?誰がコイビトツナギをしろと?!」
口早に言う小春の顔は、もちろん赤く染まっている。
「ん??違った??てっきりそういうことかと………」
「殴りますよ」
「それは怖いなぁ」
未だに悪びれる様子のない飄々としたリュカに握り込んだ拳をみせびらかすと、それを見ながら降参ポーズをするリュカ。しかし、その態度はなおも楽しげである。
そんな様子に深くため息をついたあと、気になったことを思い出し、話を軌道修正する。
「それで、わざわざここまで連れてきて何なんです??」
「案内しようと思ったからだけど?」
「そういう体裁の話じゃなくて。……さっきライリーさんが言いかけてたこと、この街の問題とやらですよ」
「……そういえばそうだね」
この街の問題、流行り病の話だ。リュカや小春はその問題を解決するために視察しに来たのだ。にもかかわらず、その話を聞かせないようにするのはおかしな行動だ。
「ご察しのとおり、俺たちが解決しなければいけない問題っていうのはその流行り病のことだ。ここ1ヶ月で急激に増えてる」
「急激に……。にしてはかなり商店街は賑わってるみたいですけど」
この世界の医療レベルは知らないが、流行り病が蔓延しているなら、通常であれば人との交流を避けたがるはずだ。
行き交う人々を横目に見ながら尋ねる。
「ここは商人が集まって発展した街だ。流行り病が蔓延した程度のことで怖気づかない………と言いたいところだけど。実際は実害が今のところないからってとこだろうね」
病気が流行っているのに実害がない。
「それって矛盾してないですか?その病とやらってライリーさんの話だと身体にかなり影響ありますよね。なのに気にしてないって………」
小春の疑問にリュカは困ったように微笑んだ。
「その病が流行っているのはほんの一部の人間だけなんだよ。…………ルイストンの貧民街のね」
「…………」
その言葉に押し黙った。
それならば合点がいく。流行り病が蔓延しているのはここより劣悪環境であろう貧民街だけ。ここにいる人間たちの活き活きとした表情は、他人事だからこそのものだろう。当然だ。貧民街などわざわざ行くような人間はそうそういないのだから。
そう思った瞬間、活気のある風景が途端に酷く色あせ殺風景なものに見えるのは何故だろうか。
「………貧民街なら納得できますね。劣悪環境は病原菌を蔓延させやすいし、貧民街の人たちは免疫力だって低いでしょうし」
薄っすら笑いながら肯定する。
「うん。今はまだ貧民街だけの話だけどこのまま放置すればルイストン全体に広がる可能性は高い。ルイストンはアリステッドの主要都市だから、経済面に深刻な影響を及ぼしかねない」
「となると、昨日のわたしの答えは当たらずとも遠からずってとこですかね」
人の生死に関わる問題であり、緊急を有する問題であるという点は当てはまっていた。1から考えたことを考慮しなくても余裕で及第点だろう。
「当たらずともっていうか、あんな無理難題から導いたとすれば十分優秀だけどね。俺がルイストンに出向いた目的の8割はその流行り病の早期解決ってわけだ」
「8割……ですか??」
リュカの言葉に引っかかり聞き返すと、当のリュカは再び小春の手をとって上品に笑って見せた。
突然のことでその整った顔に一瞬気を取られた矢先、リュカはさも自然に小春の手を引き歩き始めた。
明らかに話を逸らされたことに気付いた小春は、少し前を歩くリュカに不平を言う。
「……話の途中なんですけど!いきなりなんですか??」
その一言で軽くふり返ったリュカは悪びれる様子もなく小さく笑った。
「せっかく初めて王宮をでたわけだしね、いろいろ楽しんだほうがいいでしょ?」
「確か待ちあわせしてるんじゃなかったでしたっけ?」
整った顔を憎らしげに見上げながらぼやく。
先ほどリュカは待ち合わしてるふうなことを言っていたはずだ。
「あぁ、あいつなら大丈夫。どうせ2時間ぐらい遅れてくるから」
「……方向オンチなんですか?」
「そうそう、方向オンチに加えて脳筋だからすぐ道草食ってるんだよ」
さも当然のように答えるリュカ。
多分いつものことなのだろう。
「時間とか大丈夫なんですか?」
「まぁなんとかなるよ」
「はぁ」
特に気にしていないリュカを意外そうに見つめる。小春の印象では、リュカはしれっとしながらも抜かりない性格だと思っていた。
しかしながら、今回についてはどうしてかどっちつかずな答えが返ってきた。一体何を考えているだろうと色々と憶測してしまう。
が。
「デートみたいだね」
「はぁ?んなわけないじゃないですか」
と、聞きづてならないセリフを吐かれてしまい、思考よりも否定をするほうが優先されたのだった。
「そんなすぐ否定する?傷つくなぁ」
「よくもまあ思ってもないことをいけしゃあしゃあと……」
嘘くさいほどしょんぼりし、眉をさげているリュカを横目にみながら、口から本音が溢れる小春。
「はははっ!手厳しいねコハルさんは」
「ははは、ほんといい性格してますね、王弟殿下さまは」
さきほどの悲しんでいる演技から打って変わって、楽しそうに手を叩く王弟殿下に失笑しながら、嫌味げに返した。
「それはどうも。……それで、小春さんは何か見たいものとか食べたいものとかある?」
さっきまでの話がなかったようなリュカの話題の転換にもはや突っ込むのも面倒なので、小春はざっとあたりを見渡す。
「そうですね………。今はどちらかといえば、お腹が空いてきたのでお腹の足しになるものがほしいですかね?」
見渡しながら食欲を誘うような匂いが発せられている露店を目で追うと……
「あれ……、」
異国の料理やらが並んでいる中、目に入ったのは既視感のあるもの。
「たこ焼きっ……?!」
幾度となく、日本で見てきたし食べてきたものだ。まさか異世界で拝めるとは思わず、驚きを隠せず目を見張る。
「ん…?あぁ、タコヤキかぁ。たしか、コハルさんの国の料理だよね」
「知ってるんですか?!なんで………あっ」
たこ焼きをリュカが何故知っているのか、この世界に何故あるのかと思った瞬間、理由に気づく。
「歴代の聖女様からの入れ知恵ってところですか」
「入れ知恵は人聞き悪いなぁ。けどまあ、そういうこと」
「ふーん。過去の聖女様方はなかなかに素晴らしい功績を残しているとみた」
歴代の聖女たちは様々なところで活躍したとのことだが、そのなかには人間の3大欲求である食欲において活躍した者でもいたのだろう。
意識してみてみれば、所狭しと並ぶ店の中には明らかに小春の世界の料理が紛れていた。
焼きそばに綿あめ、焼き鳥、かき氷、クレープなどなどお祭りの定番フードもあれば、ラーメン、おでんなどもあるではないか。
このラインナップからして、食の革命を起こした歴代聖女殿も日本人で間違いないだろう。
「何食べたいか……、焼き鳥もいいし、最近ご無沙汰のおでんもいいなぁ」
この世界に来てから、洋食じみたものばかりだったのでやはり、ふるさとの味、和食を食したいものだ。
食べることに関してはなかなかの強欲さを持ち合わせている小春としてはここは是が非でも日本食は食べておきたい。
そこで、小春はおでんを指そうとしたとき、ふとその隣を見て一瞬固まった。
「ん?どうしたの?」
「あぁ、いや。なんでもないです。とりあえずおでんにします」
その一瞬の変化に目ざとく気づいたリュカの声で我に返り、おでんを指さした。
「………わかった。買ってくるからそこのベンチで座ってて」
小春の様子を窺うように少しの間見つめていたリュカを無言で見つめ返すと、にっこりといつも通りの無駄に甘い笑み浮かべ、近くの空いているベンチを差した。
いつも強引なリュカに素直に頷くと、「じゃ」とだけ言うとおでんを売っている露店の方へ歩いていったので、小春もベンチの方へ向かった。
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