一般人になりたい成り行き聖女と一枚上手な腹黒王弟殿下の攻防につき

tanuTa

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1章

19,くだらない問答

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「あは、ごめん聞こえなかった~!なんて言ったのー?」
「今日も夕食はリュカ様がお待ちです」
「んん??なんだって?おかしいな、もしかして難聴……??」

 なんというかこれはあれだ。
 
 既視感デジャブだ。 

 こんなやり取りつい昨日にでもやったような気がする。
 おかしい。今日は何も約束していない。だからこれはきっとなにかの間違い………。

「そろそろ白々しいです、コハル様。いきますよ」

 人の気も知らないリリアは面倒くさそうに顔を反らしながら言った。
 普段と一切変わらない様子のリリアに首をすくめる。

「………昨日の今日で可笑しくない??」 
「おかしいも何もまたご一緒に夕食をとりたいと思われたのでは?素敵なことではありませんか」
「素敵なこと……ねぇ……」

 心なしかキラキラした表情のリリアに苦笑いを浮かべる。

 粘るのはやめても疑問はある。
 リリアの言うとおりただただ昨日楽しかったから今日も、ということはあり得るだろう。

 相手がリュカでなければ。

 そう、あの腹黒王弟殿下のことだ。昨日の今日で、しかも今日はマルセルが家庭教師として現れた日だ。なにか企んでるに違いない。
 そうじゃなければ昨日別れ際にでも「明日もどうか」と誘えばいいだけのことだ。

「今回は約束してないんですけど………」
「ですが昨日、コハル様だって楽しそうにリュカ様とお話しておられたみたいでしたが」
「う………」

 ぐうの音も出ないとはこのことだろうか。
 小春も気にしていたところをまんまと言われてしまい、恨めしげに飄々としているリリアを見つめた。

「ということで案内しますね」
「ああぁぁ、ルナぁ!助けてーー」 

 小春の背中に回ったリリアはためらいもなく扉の方へ押していく。
 小春はベッドに寝転がる黒猫に助けを求めるが、起きる様子もなく。

 あっさりと連れて行かれていくのだった。




「それで今日はなんの用でしょうか、王弟殿下殿」
「そうかしこまらないでよ、コハルさん。ただ君とまた話がしたかっただけなのになぁ」
「ははは、ご冗談を」

 キラキラと神々しいオーラが見えるほど美しく柔らかな笑顔がひどく憎らしく見えるのは、果たして小春の目が濁っているからだろうか。
 真顔で乾いた笑いをしながら、相変わらず豪華な食事に手を付ける小春。

 近くに控えているだろうリリアに恨めしい念を送りながら引き笑いしている小春を見ながら、リュカは細めていた目を開く。

「……コハルさんはルイストンという名前に聞き覚えはあるかな?」

 その一言で小春は引き笑いを辞める。
 やはり何か企んでいることがあるらしい。

「ルイストンといえば、この国の一番の港町だとか」
「へぇ、よく知ってるね。まだこちらに来て数日なのに」

 どの口が言っているのだか。

 今日、マルセルにこの国の主要都市についていくつか教えてもらったのだ。その中の一つにルイストン、この国の有する最大の港町のことも説明された。
 マルセルを小春のもとに送り込んだのはこの目の前の男だ。知らないわけもない。

「そのルイストンとやらがなにか?」
「明日、俺が視察することになってるんだよね」
「へー」
「ここで問題」

 興味のなさそうに生返事をする小春に構うことなく、リュカはニッコリと笑った。
 とても嫌な予感がする。

「何故、俺はルイストンを視察することになっているのでしょうか?」
「は……?」
「ルイストンは今、とある問題を抱えていてね。それを解決しにいかねばならない。ではそれはなぜか」
「知らんです」

 即答。一刀両断である。

 いきなり抽象的すぎる問題を出されて答えられるわけがない。そもそもこの世界に来て数日で国の問題など分かるはずもない。

「別に難しく考えなくていい。問題なんて腐るほどあるし、当てられなくてもいいよ」

 妙に気に障る言い方だな、などと思いながら面倒くさそうに口を開いた。

「当てなくていいなら答える必要ないのでは?そんなことのために呼ばれたのなら帰りますけど」

 小春のふてぶてしい態度に周囲の人間が眉をひそめるなか、リュカは何を考えているのかフッと笑みを浮かべた。

「潔いのは嫌いじゃないよ」
「………はぁ、どうも」

 好かれたいわけではないので棒読みで答えた。
 すると、リュカはスッと小春を見つめ直した。
 口は笑っているがその蒼い瞳の真剣な眼差しに、思わず引き込まれそうになり、静かに息を呑んだ。

「ただ。俺は君と謎解きがしたいんじゃない、がしたいからここに呼んだ」

 一切表情の変わらないリュカをじぃと見つめるがその真意はやはりわからない。

 意味のある話。その意味とは何かわからない。
 面倒なことはしたくない。しかし、引き込まれそうになるほどの眼差しを向けられて居たたまれないのもまた事実。

 ………食事が美味しいことに免じて付き合うか。

「………ルイストンは港町だから、まあいくらでも問題は山積みでしょう。その中でも一番多いものはやはり流通だとか金銭的な問題とかでしょうね」
「そうだね、ルイストンはこの国の流通の一端を担ってる」
「だけどさきほどリュカ様はとある問題とやらを解決しにいかねばならないと言いました。恐らく緊急を要することです」

 全く分からないけどとりあえず適当にそれっぽいことを言っておけば満足するだろう。と口からでまかせで話を始めた。

「となると、流通や金銭的な話ではありませんね。そういった問題ならわざわざリュカ様が赴くこともないし緊急を有することもない。では忙しい身分のリュカ様がわざわざ急ぎで赴く理由はなぜか。………それは人命がかかっているから、です」

 リュカは何も言わず表情も変わらない。
 そのため正直、この見解が的を得ているかはよくわからない。

 小春はグラスをもち、口に水分を含め一息をついたあと、再び話し始めた。

「人命が関わっているとすればある程度問題は絞れます。例えば、集団テロリズムだったり、未曾有の災害。あとは……魔物による被害とかもありそうですね」
「コハルさんはそのなかだとだと思う?」
「さあ?そこまでは知らないですけど、とりあえず集団テロと魔物被害は“ない”とだけ」

 神妙な表情を浮かべているリュカは口を開かず、無言で小春を見つめていた。
 もう少し話せということだろうか。

「テロリストや魔物だったら問題解決をしに視察をするという表現だとおかしいと思います。それなら討伐のほうが適切だ」
「それが言葉の綾だとしたら?」
「情報が少ないのでそれ以上はなんとも。ただまあ、もしテロとか魔物とかなら大人数で対応することになるだろうし、視察というには大げさになるのでは、というだけです」

 さすがにこれかだけ言えば満足するだろうと、リュカをじぃと見つめ無言の圧をかけると、リュカはニッコリと笑い、大げさに拍手をし始めた。

「お見事だ、ほとんど合ってる。ほぼなにもない状況からよくそこまで推察できるものだね」
「……結局何が言いたかったんですか?こんなくだらないことやらせて」

 小春の言葉にわざとらしく小首をかしげるリュカ。ひたすらに顔が良いため妙に様になっているのが腹立たしいものだ。

「くだらない?そんなことはないよ。今のコハルさんの話を聞いて、ますます俺は君がほしくなったことだしね」
「ほし………、……はぁ??!!」

 国宝級の顔面の男から突然のトンデモ発言をうけ、一時、脳の整理がつかず放心状態だったが、理解した瞬間、素っ頓狂な声が漏れ、目を見開いた。
 
 急に何を言い出すかこの男!?

「ふふっ。……あははっ」

 誰しもを魅了する甘い笑みを浮かべていたリュカは、小春の反応にこらえきれなくなったのか肩を震わせ破顔した。

 そこでようやくからかわれたのだと気づき。
 またペースを簡単に乱されたことへの腹立たしさと、リュカのたちの悪さを再び実感されられ顔をムッとさせる。

「今回に関しては悪趣味です、思わず王弟殿下に対してブチギレそうなんですけど」
「もうそれなりにブチギレてるでしょ」
「はい、そのきれい顔面を殴り飛ばしたいです!」

 純粋な裏表ない笑顔で自分の今感じていることを包み隠さず伝えた。

「そっか。じゃあ楽しみにしてるよ」

 怒りモードの小春に対し、何故かご機嫌なリュカ。
 殴られるのが楽しみだというのか。全くもって理解不能である。

 リュカのズレた答えに少し冷静になり、今度スキがあるときにでも狙ってみようと思案する。
 間違ってもノエルとかの前でやらないよう気をつけねば。やれば殺されるかもしれない。

「余談はさておき」

 余談という言葉で片付けるのは少々腹立たしいが、とりあえずリュカの方を見返した。

「この話を振ったのは明日の視察に同行してもらおうかと思ってね」
「……同行、ですか」
「そ。なかなかに困った案件だから、異世界人からの意見が聞きたい」

 つい今朝にもマルセルからそんなことを聞いたような気がする。
 先程のやり取りは小春を視察に連れて行くことに価値があるかを判断するためといったところか。

「大したことは言えないしお力になれるとは思えないのですが」

 乗り気になれない小春の様子を見ても、リュカに動じた様子もなく、むしろ予想通りだとでも言いたげな顔で口角をあげた。

「君にとっても悪いことじゃないと思うけどな」
「というと?」
「君はこの前知識は宝だといった。俺もそう思う」
「はい」
「知識は人の主観が混じった無機質な読み物から得るなのも大事だけど、一番手っ取り早いのは実物を見ることだよね」

 わざとらしく説明的な言い方に流石に何が言いたいのか察するが、相変わらず癪なので黙りこんだまま次の言葉を待つ。

「視察に行けばこの国の情勢や価値信条、ありとあらゆる情報が五感を通して味わうことができる。どうだろうか」
「……確かに。不服ことに悪い話じゃないですね」

 本当に悪い話じゃない。むしろ願ってもいなかったことだ。それを分かっているであろうリュカは余裕綽々の笑みを浮かべている。
 全てリュカの手のひらの上に動かされてるような気がして、素直に認めるのにためらわれる。

「じゃあ明日よろしく」

 そんな小春の葛藤を知ってか知らずかリュカはすでに決定事項のように言った。
 雰囲気は穏やかそうだが、さすが腹黒。かなり強引で取り付く島もない。

「行く、とは言ってないんですけどね………。まあいいですけど」

 この世界に来てからこんなのばっかだ。
 全てはこの目の前の息が止まるほどの美しい男のせいで。
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