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1章
18,独白※リュカ視点
しおりを挟む先日視察した件についての報告書やら、申請書等の書類をあらかた整理し終え、すっかり温くなったコーヒーを口に入れた。
本来であればあと数日はかかる予定だった視察を2、3日近く巻いて終わらせたので、後始末が少し厄介だったわけだが、期日にはまだ余裕があるので十分だろう。
リュカは手元にあった書類に目を向け、徐ろにスケジュールを巻かなければならなくなった理由について思いを耽る。
「聖女か……」
書類は今回の聖女召喚に関する詳細な情報が載っていた。
“ ○月○×日
サナ・リンドウ、スズノ・アリスガワ、コハル・サガラ。
○回目の聖女召喚において「ニホン」という異世界から以上3名の人間が召喚された。過去に3名同時に召喚された事例がないため、経過観察とともに原因解明を進める。……………また、3名とも召喚時能力の発現は確認されなかったため、能力発現が確認され次第追って連絡する。
○月○×日
第一王子オリヴァー・ローランド付き聖女、サナ・リンドウの能力発現が確認された。現段階ではサナ・リンドウの能力は全属性の魔法の構築、また複数の魔法の合成が可能であると推察される。
サナ・リンドウの能力解明に伴い、魔力を行使せず魔法が再現可能となれば、さらなる軍事力、技術向上に繋がると考えられる。
……………よって今後、さらに詳細な計測を行ったのち、利用方法を検討する。
○月○×日…………"
下らない文字の羅列に人知れずため息をつく。
今回の聖女召喚は異例であった。いままで3人同時に聖女が呼ばれたことなどなかったのだから。
もちろん、王宮側も小春の言うとおり3人とも聖女ではなく、巻き込まれた一般人がいる可能性はあると考えているのだろうが。
そのせいで王宮側はこの状況に慎重になり、口を閉ざしている。リュカとて予想外の事態にどう扱えばよいか決めあぐねている。
(それもこれも俺の聖女殿が無駄に頭が回るからだけど)
リュカのもとに来た聖女は特に何か特徴らしい特徴はなく、普通に可愛らしい女性だった。
それだけなら扱いやすかったのだが、この聖女はそうもいかなかった。
リュカの印象では、小春はかなり聡明でものわかりの良い人間だ。しかも、洞察力もあり、すぐに相手の人間性を把握し距離感を瞬時に図る。そしてそれを相手に悟らせないように、あくまで凡人を振る舞う。
そう、リュカと同じ気質があるといえばよいのか。
ただ少し違うのはリュカがどんなときでもポーカーフェイスを保つのに対し、小春は割と表情や態度に分かりやすく出すところだ。
一見、どこからどう見ても普通に人間的なだけに思える。が、小春がリュカと対等な話ができるぐらいには頭が切れることや、同じ気質を持っていることを考慮すれば、そのいかにも普通すぎる態度は逆に不自然に映る。
普通の人間に見えるようにしているのに妙なところで達観しているのが垣間見える。おそらくだがそちらが小春の本質に近いのだろう。
とはいえ、聖女の存在には否定的なリュカにしては自身でもかなり意外だと思えるほど、小春自身を気に入っていると思う。
小春は初期からリュカの性質を見抜いていたようなので、明らかに話しかけると面倒くさそうにする。その反応は見ていてとても楽しいし、面倒くさがっているくせに会話が弾むと、つい楽しげに話すところも面白い。
リュカもまた、小春との会話は得られるものが多く、楽しんでいる自覚はある。良くも悪くも馬が合うのだろう。
だからこそ扱いづらいのが正直なところだ。ただ聖女として来た、それこそ林堂沙菜のような人間であれば適当に機嫌を取りつつ、距離感をもって関われただろう。小春に対しても本来はそのつもりだった。
(構いたくなるんだよね……。困るなぁ)
自虐げにフッと薄く笑うと、執務室の扉からノック音が聞こえてきた。
多分マルセルだろう。
「いいよ、入って」
「失礼します」
案の定、淡々と入ってきたのはマルセルだった。
リュカの正面までマルセルが来ると、普段と違い、何か複雑そうな顔をしていることに気づいた。
何やら面白いことが聞けるかもしれないと思い、目を細める。
「それで?俺の聖女殿はどうだった?」
マルセルを小春のもとへ寄越したのはリュカ本人である。
理由は聖女の存在を知る人間を増やさないというのが一つ。
「とても優秀な方です。聖女であることが勿体ないぐらい」
「マルセルがそういうってことはやっぱりかなりのものだねコハルさんは」
マルセルが率直に褒めるのは珍しいことだ。小春が聖女であることを考慮すればなおさら。
マルセルからの小春の印象をみて、小春を今後どういう立ち位置にするか、参考にしようと思っていたのがもう一つの理由である。
そして、その成果は期待通りだ。マルセルの言葉を借りるわけではないが、小春は聖女であることが勿体ないほど優秀な人材だ。
万が一能力が発動しなかった場合、リュカの手元に置いておきたいと思えるぐらいに。
「マルセル、コハルさんに今日も夕食を一緒にとろうって伝えてくれる?」
リュカは面白そうに口角をあげながら、マルセルを見つめた。
マルセルとは長い付き合いだからだろう、なんとなくリュカの考えていることが分かるのか小さく息を吐きながら見つめ返した。
「承知しました。………お戯れもほどほどに」
「ああ、それは心得てる。聖女はこの国にとって忌むべき存在だからね」
「………」
マルセルは何かを見据えるような空虚な藍色の瞳をしばらく何が言いたげに見つめていた。
ピー
一時の沈黙を破ったのは机の上に常備されている通信機の無機質な音だった。
『あ、リュカ様ー?俺です俺』
「アルフレッド、まずは自分の名前ぐらい名乗りなよ」
通信機から緊張感のない馴染みのある声が聞こえてきたことでマルセルは面倒くさそうに息を付き、リュカは呆れながら答える。
『あ、すんませーん!あんまり慣れてないもんで!』
アルフレッドは見た目どおり割と脳筋なところがあり、こうした機械には疎い。そのためいつもなら彼の部下が連絡係になったりするのだが、今回は現地にはアルフレッドが単独調査に出向いている。
「はぁ、まあいいや。で、そっちはどう?」
『はい。あー、今んとこはさっぱりわからんですね!』
全く悪びれもせず、堂々としているアルフレッド。
これも全くもって予想通りだ。
「うん、まあそうだろうね。じゃあアルの見たもの聞いたことを何も考えずにそのまま教えてくれる?」
『はい……?あーっと、まずは港にいたじいさんに話を聞いたら、最近魚が減っちまって値段が高騰してるって言ってました。あと、やっぱり貧民街で結構流行り病に罹ってるやつが多いのは言ってたな、なんでも体の節々が痛くなって、歩けなくなったりしてるらしいです。あとは…………』
アルフレッドは聞き込みやらの記憶をそのまま辿るように一つずつ情報を言っていった。リュカはそれを静かに聞く。
「おっけー、ありがとう。マルセルはどう思う?」
「流行り病……、としては少し引っかかります。症状が過去の流行り病とは大きく異なるかと」
「だね、魚の件も妙だ。食べ物とか環境とか外的要因によるもの……と踏んでみたほうがいいかもしれない。魔法が絡んでたら厄介だし」
『おぉ!確かに!』
難しい顔を浮かべながら意見し合うリュカとマルセルに対し、やはり緊張感のないアルフレッド。
割といつものことなのでリュカもマルセルも全く気にしていない。
「とにかく実際見ないことには何とも言えないし予定通り明日俺も行く。万が一魔法が絡んでたらアルフレッドだけじゃ対応できないしね。アルフレッドは引き続き調査を頼むよ」
『了解でーす』
気の抜けた声が聞こえてきたのを確認し、通信を切った。
無言で次の指示を待つマルセルに視線を向けて、含みのある笑みを浮かべた。
「というわけでコハルさんによろしく伝えといてね」
呆れを通り越したのかマルセルは特に反論する様子もなく、小さく首肯し執務室を出ていった。
(さてと、明日までの書類を片しておくか)
このあとまた、小春と話をすると思うと、煩わしい書類の量が半減して見えた。小春を気に入っているらしくない自分に思わず苦笑を浮かべながら、再び書類に手を伸ばすのだった。
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