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1章

17,やんごとなき家庭教師様

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 次の日。

 小春は個室でルナと一緒にとある人物を待っていた。
 というのも具体的に誰を待っているかはわかっていないのだ。 
 今分かっているのは、小春の家庭教師がこの部屋に来るということ。

 昨日リュカとの食事を終え、別れる前に小春が前に頼んでいた家庭教師が明日来るということだけ伝えられていた。
 なので今日の朝にでも詳しく説明があるかと思ったのだが、特に何もなく、リリアにこの部屋に案内だけされたというわけだ。

 構えて待っているのも疲れるので個室で一人(と一匹)でのんびり図書館で借りている本を読みながら待っていると、控えめにノックの音がなった。

 「はーい」

 読んでいた本に栞をはさみ、顔を上げながらノックに応えた。
 すると、ガチャリとドアを開ける音とともに家庭教師であろう人影が姿を現した。

 小春はその人物に注視し、顔を見た瞬間目を見開いた。

「………マルセルさん??」
「はい」

 怪訝な声に対し、淡々と返事をするさまは紛れもなくリュカの側近、マルセルだった。
 
 この状況からするに、マルセルが家庭教師なのだろうか。しかし、マルセルは外交官やら秘書やらで忙しい身分のはずだ。
 とすると、なにか別の用事か。

「えぇと、マルセルさんはなぜここに??」

 真相を知るべく、困惑しながら尋ねる。

「もちろん、コハル様の家庭教師として参りました」
「………マルセルさんが??」
「はい、そうですが?」

 何度も尋ねる小春にさすがのマルセルも怪訝そうに眉をひそめる。

「マルセルさん、他にも色々仕事があるのでは?わざわざ家庭教師なんて……」
「はい。一応他にも仕事はありますので週に1回程度になると思いますが」
「それは全然問題ないですけど」

 そういう問題ではない気がするが。

「それでコハル様はこの国の歴史や常識等を知りたいということでお間違い無いですか?」
「はい」
「承知いたしました。では歴史な方から。コハル様は今どの程度この国の歴史についてご存知ですか?」

 あれ、もうはじまるのか……。

 前置きすらなく、唐突に始まった授業に戸惑いつつ、とりあえず口を開いた。

「ええと、建国はおよそ3000年前で建国当初から聖女の力を借りて発展したとか、アリステッド王国は鉱山が豊富で資源も多く、潤沢な土地のおかげで農作物の生産も豊富とか。そういうおおまかなことだけですね」

 今まで借りた本から得た知識は、もう少し詳しいのだが、いちいち言うのも面倒なのでおおまかに伝える。

「分かりました。では建国時から説明させていただきますね。今から3102年前、当時アリステッド王国のあるこの土地は…………」

 すでに授業モードマルセルに面食らいつつ、小春は紙とペンを握り、マルセルの話に耳を傾けた。



   ◆   ◆   ◆   ◆



 1時間後。

 小春は大変満足そうにずっと書き込んでいた紙を眺める。ぎっしり文字が書かれた紙が5枚も手元にある。

 つまり、1時間でこれだけの情報が手に入ったということだ。やはり自身で地道に本を読み漁るより効率が良い。

 この国の歴史についてざっと1000年ほどの出来事やそれに関連した知識、マルセル自身の見解も含め、実に充実した内容を学べた。 

 ちなみにこの1時間、完全に放置されていたルナは机の上で丸くなってすやすや寝ていた。

「マルセルさん、教師適正高いですよ!ものすごく分かりやすいし、タメになりました」

 正直、マルセルの印象的に淡々と本に書いてあることを述べてくスタンスだと思っていた。
 だが実際のところ、マルセルは本にある歴史的出来事のみならず、それに関連した教科書に載っていないことを混じえて教えてくれたので、想像の何倍も面白い授業だった。

 しかも、ところどころ小春の見解も尋ね、それに対する意見なども的確に言ってくれた。もはや教師の鑑である。

「それはどうも。コハル様も想像以上に頭の良い方のようで教える側としても楽しめました」
「いやぁ、一応これでも大学まで行ってますからね」
「大学というと、コハル様の世界における最高の教育機関といったところでしょうか」
「んーと、私のところは基本的に中学校か高等学校までで一般的な知識は身につけられるんですよ。なので高等学校の上の大学は、さらに勉強したい人とか、良い就職先に入るために学歴をほしい人が行く感じですね。ちなみに大学の上には大学院とかもあるので最高ってことではないんですが」
「なるほど。コハル様の世界では教育機関が充実してるのですね、とても興味深いです」

 と、以前のマルセルとのやり取りでは考えられないぐらい会話のキャッチボールがこの一時間でできるようになった。

 こうして話をしてみると、マルセルは生真面目だが案外気さくで分かりやすい性格で、思っていたよりとっつきやすかったのだ。
 失礼だろうが、偏見でお固く融通の効かないタイプかと思っていた。しかし、実際はまじめなだけで、意外と柔軟な対応ができる実に優秀な人間という印象に変わった。

「そうですかね?この世界の技術も面白いですよ、魔法産業とかすごく楽しそうだし」

 魔法産業とは、マルセルからこの国の歴史をいろいろと教えてもらう中で興味を持った分野だ。

 というのも来た当初は、この世界の文明レベルは小春のいた日本より低いと思っていたからだ。
 数日過ごしてみてもその印象は基本的に変わらない。所要な移動手段は馬車で、情報管理は書類でアナログ。他にあげたらきりがないが、生活しているだけでわかるぐらいには文明レベルは低い。

 しかし、マルセルの話を聞いてその印象は少し変わった。
 文明レベルは明らかに劣っているが、技術力はかなり進歩しているのだ。

 例えば、物流を効果的にするために開発されたというテレポートゲートなるものは、日本ではフィクションの話だが、この世界では魔法を取り入れることでそれを可能にしている。

 他にも、日本で言えばパソコンやスマホといった情報管理するような媒体はないものの、魔法の存在によって、情報通信技術は日本とほぼ差異がないほど発展している。

 魔法という存在があるゆえにこのような発展した技術が生まれているが、それと同時に魔法の存在が偏った技術の発展と相反するように文明レベルを停滞させてしまっているといったところだろう。

「いえ、まだ課題も多いのが現状ですので。コハル様からは魔法産業のことに限らず、是非ともご意見を聞きたいと思っております」
「えぇ……?そんな大したこと言えないと思いますけどね私」

 マルセルからの意外な言葉に、面倒くさそうに苦笑いを浮かべる小春。

「そんなことはありません。外部の方からの率直な意見は参考になりますので。こう、自分でやっていることというのはどうしても客観的にみれないもので」

 一見、至極真っ当な言い分ではあるが、マルセルの声色は妙に薄っぺらいように思えた。
 嘘ではないが本心ではない、といったところか。

「外部……ねぇ。そういえば、私の家庭教師にマルセルが選ばれたのも私の存在を知られたくないから、ですよね」

 マルセルの眉がピクリと動いた。

「……そのとおりです。今あなたの存在が公になるのは都合が悪いので」
「そう、それ。私はマルセルさんにとって……というよりリュカ様かな。ともかく都合が悪い人間なわけだ。なら下手に知識を付けられるのはマルセルさんの本意じゃないのでは?」

 さきほどの薄っぺらく聞こえた言葉はマルセルではなく、おそらくリュカの一存だ。そして、その一存にマルセルは同意していないように見える。
 さすがに理由までわからないが。

 こうして話して見ればわかる。マルセルもまた合理的な人間だが、リュカとは違い、割と分かりやすいタイプだ。
 マルセル自体は小春に対して敵意のようなものはない。出会った当初からなんとなく棘を感じていたのはマルセル自身の私情ではない。

「リュカ様は異端分子である私を利用できないかと画策している。けど、マルセルさんは一応聖女である私が、リュカ様の側にいることをよく思ってないんですよね?できればすぐにでも排除したいと」
「そんなことは………」

 視線をわずかに反らし言いよどむマルセルをみて、小春の予想が確信に変わり、つい笑みをこぼす。
 小春の的はずれな態度にマルセルが目を見はるのをみて口を開く。

「マルセルさんって表情筋は死んでるけど、結構わかりやすいタイプですよね」
「………」
「外交官もやってるってことでしたけど交渉とかには向いてなさそうだ」

 楽しげに言う小春にバツの悪そうな顔をするマルセル。
 図星らしい。

「私は分かりやすい人好きなのでいいと思いますよ?………あなたの主さんが私を都合のいい駒として使おうとしてるだけって言うならまあ勝手にすればいいと思います。けど、私以外の子は、右も左も分からない状況に晒されてる純粋でかわいい女の子なんですよね」
「………状況はコハル様も同じですが」

 珍しく真面目なことを言っているのだからマジレスはしないでほしい。

「細かいことはいいんです。とにかく、聖女を都合の良い駒として扱うのがこの国のやり方なら、私といたしましても看過できないことだって話です」

 言っていることに対し、小春の表情や声色はひどく穏やかだ。

 国に恩恵をもたらすはずの聖女の存在を秘匿している理由。それと、図書館で小春の立てたあの仮説。あまり考えたくもないがあの仮説が正しければ、この国の人間は非人道的なことをしていると邪推しなければならない。

「………もし、コハル様がリュカ様とこの国の考えが同じと考えておいでならそれは違います」

 それまで黙りこんでいたマルセルが放った言葉にはほんの少し、憤りのようなものが含まれていた。

「リュカ様はこの国の体制、在り方に異議を唱え、変革しようとされています。リュカ様をこの国の在り方と同様だと判断なさるのなら、あなたが聖女であろうと、たとえリュカ様の意志と反しようと、俺はあなたを排除することもやぶさかではない」

 それは明確な敵意だった。初めてマルセル自身が小春に向けたそれに対して、再び笑みを浮かべる。

 マルセルはマルセル自身ではなく、リュカのことを第一に考えて動いている。極力リュカの意には沿いたいが、リュカにとって邪魔な存在であれば、意に反したとしても躊躇なく排除しようという心持ちだ。
 だから、マルセル自身から小春への嫌悪は感じられないにも関わらず、よく思われていなかったのだ。聖女である小春はリュカにとって、いつ毒に転じても可笑しくないから。

 ただ、そこまで聖女が悪印象と決めつけられているのは甚だ疑問だが。

 マルセルが直情的になってくれたお陰で、少なくともこの国が聖女を良からぬことに利用しているという見解はほぼ間違いないと分かった。
 
「別に私、リュカ様がこの国の意思と同じかどうかなんてどうでもいいんですよ」
「………それは」
「ようは、かわいい女の子が都合良く使われるのを危惧してるだけです。それが同郷の女の子となるとなおさら。なんなら私自身はマルセルさんの意見に同意ですし」
「………?」 

 小春の言葉に毒気が抜け、意図がわからず困惑するマルセル。

「初日も言いましたけど、私、ここに長居したいわけじゃないんですよね。できれば一年も居たくないのが本心というか。なのでマルセルさんがリュカ様の前から私を排除してくれるならそれに乗っかるのは全然ありなんですよねぇ」
 
 小春の言葉で、以前小春が言ったことを思い出したのか、マルセルは「あぁ」と言葉にならないほど小さく口をつく。

「だからマルセルさんが、私がこの宮殿から追い出されるよう手回ししてくださると非常に助かるのですが」
「………何か対応に至らぬ点があったということでしょうか?」

 この期に及んで小春に配慮するような真面目な発言をするマルセルに呆れたように失笑する。

「別にないですよ?はっきり言ってめちゃくちゃ良いですね、今まで経験したことないぐらい」
「……ならなぜ」
「んー、強いて言うならですかね。居心地が良いからこそ居心地が悪いんです」
「………?」

 あぁ、そうか。

 なんて表現しようかと考えながら言った自分の言葉に小春自身も納得する。

 ここに来てから感じているこの妙な感覚、焦燥感。それらの要因となっているのはここの居心地の良さだ。ここに居続ければ、自分の何かが変わってしまいそうな。そう無意識に感じているからこそ、この状況に焦燥感を感じ、居心地の悪さを感じているのだ。

 小春とは違い、言葉の意図がわからないマルセルは次の言葉を待っているのか、小春の方を見つめたまま固まっていた。

「あれですよあれ。居心地いいとこっていつまでもいたら飽きる……みたいな?新天地で新しい挑戦したい……みたいな?」
「………はぁ」

 小春はとりあえず適当な理由を言うが、案の定やや納得いかないといった顔のマルセルは生返事で答えた。
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