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1章
◯,これはただの余談
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そこは暗くて狭いところだった。
微かに隙間から青白いような薄明かりが見えるので多分夜だろうか。いつからここにいるのか分からないので時間間隔も不確かだ。
なぜ自分がこんなところにいるのか、ここはどこか一瞬分からなかったが、思い出そうとした途端、フラッシュバックのようにこれまでの経緯が頭を駆け巡った。
『あんたがいなければこんなことにはならなかったのに!!!なんでなのよっ!!!ふざけないでよ!!』
『なんであんたは生きてるの???あたしをこんなに不幸にしたのになんでいるのよ??』
『何その目はぁ?!!気持ち悪い……、悪魔みたいね。………あんたなんかいなくなればいいのよ』
記憶の中の女性はヒステリックに叫びながら、自分を別の生き物を見るように睨みつけながら、そんな事を言っていた。
体中が痛い。そうだ。そのとき何度も蹴られたり殴られたような。
気づけばぼんやりとした意識のまま、この狭くて暗いところに入れられたのだ。
その後すぐ家を出ていったような音が聞こえてきたので女性は今ここにはいない。
とても静かだ。
この世界には自分一人しか存在していないような、そんな静寂。
そんな静寂がとても心地よかった。
別に何も思わない。
暗くて狭いところはとても息苦しくてしようがないけれど。殴られたり蹴られたところは痛くてしようがないけれど。
………ただ、それだけのことだ。
何度も何度もあの人から呪いのように植え付けられてきた言葉たちは、いつからから心を傷つけるほど鋭いものでもなくなった。そうして何も思わなくなった。
簡単なことだ。そういうものなのだと受け入れてしまえば、特に何も感じなくなるのだから。
体の節々が痛い。口の中が切れているのか錆の味がする。いつもよりなんだか身体が重たく、呼吸をすることすら億劫だ。瞼もなんだか重いような気がする。
このまま誰の目にも触れぬまま、死んでいくのだろうか。
別に誰かに気づいてもらえたところで何だという話だが。1つだけ願わんとするなら、死ぬ瞬間ぐらいは、或いは死んだあとぐらいは誰かに存在を認めてもらいたいだけだ。
でもきっと、このまま誰もいないこの小さな世界で、静かに消えてしまったほうが正しいことなのだ。
正しいならしようがない。しようがないことだ。
自分がこのまま居なくなった方があの女性も幸せになれるのかもしれない。
もう、そんなことすらもどうでもいいけれど。
ただただ終わりを待つだけ。
その一つ一つに心を痛めるほうが不毛なのだ。
ほんとうにどうでもいい、あの女性のことも、自分のことすらも。
何かを考え行動したところで何かが変わるわけでもない。正しい選択をして、より良い未来を目指したとしても不条理を目の当たりにするだけ。この世のものは全てそういうもので出来ている。
自分がこのまま死んでしまうのだとしたら、そうあるべきだっただけの話。
そう、ただそれだけの話だ。
──そう、これはただの余談だ。生産性のない昔話でしかない。何も産まない出来事はなんの意味も残さず、時効となって忘却されていくだけのことだ。
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