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1章

15,お友達第一号

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 小春の淹れたお茶を飲み終わったあと。
 王立図書館に行くことを鈴乃に伝え、一緒に行くのはどうかと誘ったところ、「ぜひ」と言われたので2人は図書館に向けて歩いていた。

 その頃には鈴乃も落ち着いたらしく、泣きそうだった顔ももとに戻っていた。
 
「あの…、言おうか迷ってたんですけど……」
「ん?」

 並んで歩きながら、前の世界の話で盛り上がっていたとき、遠慮がちな声で鈴乃が言った。

「さっきの……あの人、小春さんになにか言われた途端、その……動かなくなったり、土下座……してました……よね」
「………」

 やっぱり気になるか。
 むしろ薬草園にいたときによく聞いてこなかったものだ。小春のことを気を遣っていたか、そんなとこだろう。
 
 聖女の能力が発現したことは本来周囲にはバレたくないことだった。にもかかわらず使ったのはあの男に腹が立った。それがほとんど理由だ。
 
「もしかして……その、せいじょ……」
「しー」
「っ!!」

 鈴乃が言葉を紡ぐ前に人差し指を口元まで持っていき、言葉を遮った。

「さっき見たこと、内緒にしててほしいな」

 作ったような笑顔で優しく告げると、鈴乃は少しの間考え込んだあと、小さくうなずいた。

「分かりました」

 自分から内緒にするように頼んだ小春は、鈴乃の返答に思わず目を見張った。

「……意外だなぁ、気にならないの?」
「それは、その……気には、なります……けど。小春さん……ならきっと……なにか、考えがあって……のこと……なのかなって」

 小春は言葉を選ぶようにゆっくりと話す鈴乃に対して、内心呆れてしまった。
 たかが1時間も話していないような人間を、尊敬し信頼できるとまで思っているとは。もはや純粋などという言葉では片付けられない。

「鈴乃ちゃんはもう少し疑う気持ちを持ったほうがいいと思うな」
「へ………」
「まあ、でもあたり。考え……というか予防線、かな」
「予防線……?」

 鈴乃は同郷の人間でなおかつ純粋で真っ当な人間だ。それに小春の好みなかわいい儚げ美人だ。
 可愛くて真っ当な人間が良いように利用され、壊されるなんてことはあってはいけない。善良な人間は楽しく幸せに生きるべきなのだから。

「そう、鈴乃ちゃんはまだ能力が使えるようになったりしてない?」
「………は、はい」
「そっか、ならまだいい。で、もし、能力が発現するようなことがあったとしても、周りにはバレないようにしたほうがいい」

 念の為、声のボリュームを下げて近くにいる鈴乃にしか聞こえないように配慮する。

「……なぜ……ですか?」
「まだ、この国の人たちの目的が見えない。ただでさえ、私たちが発現する能力はこの国の人達にとって貴重かつ、強大だと思われている。なら、能力がバレたとき、こちらが何も知らないことをいいことに利用されかねない」

 アルファに前に言った小春の仮説は伏せておいた。まだあれは仮説の域をでない。事実かわからないことで不安にさせる必要性はないだろう。

「利用されるだけならまだいい。でももし、こちらに不利になるような利用のされ方だったら?でもそれを判断できるほど私達はこの世界のことを何も知らない」
「……だから、そのことがわかる……まではとにかく隠しておく……べき…ということですね」

 鈴乃は小春の言いたいことを理解したのかそうつぶやきながら思案していた。
 いきなり小春が能力を使ったことを聞いてこなかったことといい、鈴乃はそれなりに頭は回るらしい。

「そう思ってる」
「小春さん、の言いたい……ことはわかりました。……じゃあわざわざ、あの場で使ったのは……なんでですか?……周りにバレる可能性だって……」
「あぁ………と」

 むしゃくしゃしてやったなんて小春を尊敬している鈴乃には言えるはずもなく。
 なんて言おうかと顔を反らして出た一言は。

「あの場面ではバレなかったと思うよ?」

「え………?」
「まずあの場にいたのは私達だけだった。いたらきっと騒ぎになってたと思うよ」
「あ……」

 虚を突かれたようにぽかんと空いた口から声が漏れた。

「それにこの世界には魔法があるみたいだし、侯爵に能力を使ったところで聖女だと気づかれる可能性はほぼない」
「そもそも、聖女が……召喚されて、いることすら……知らないから……ですか」
「そう。あのクソジジイが王宮の中枢の人物だとしたら、そもそも私達の顔を見ればわかるだろうし」

 小春が鈴乃を発見した時点であの男が聖女のことを知らない人間だということはほぼ確定していた。知っていたら、聖女に対してあんなあからさまに侮辱したりなどしないだろう。

 クソジジイとはいえ、男に殴りかかってこられたら戦闘能力のない一般女性はどうしても不利なわけで。
 別に能力を使おうと思ったわけではないが、使ったとしても問題ないと思ったのでついでに使わせてもらったにすぎない。

 ということにしておこう。うん。

 鈴乃は上手いことそのことに合点がいったようで、神妙な表情になった。

「とっさに……そこまで考え……て、行動するなんて……やっぱり、すごい………ですっ」

 いたたまれない気持ちになるが、もはやそういうことにしておくしかない。

 面倒な流れになってきたので話題を代える。

「ま、まあ、結構後付けなんだけどね!とにかく、そういうことだから私の能力に関係することは周りには伏せておいてほしいな」
「も、もちろん……ですっ!」

 鈴乃が返事をしたあたりで王立図書館の入口にたどり着く。

「ここが……?」

 王宮図書館の仰々しい扉を前に鈴乃は呆気にとられている様子だ。
 小春はそんな鈴乃を置いて、一歩前に出て躊躇なく扉を開いた。

「わあ………!」

 中の様子に思わず感嘆詞が口からこぼれた鈴乃に小春は少し得意げに笑って見せる。

「ここには2億冊あるらしいよ」
「に、におく?!!」

 アルファから聞いた話だが。確か日本の国立図書館の2倍近くの蔵書数だったはず。一体ここにある本をすべて読むのにどれぐらいかかることか。できれば1年後、王宮から出ていってもここには通わせてほしいものだ。

「何じゃ騒々しい」

 いつもどおりすぐ隣から憎らしげな幼い声が聞こえてきた。
 小春はすでに慣れつつ光景だが、初めてきた鈴乃からすれば、この光景も初めてなわけで。

「きゃっ!!!」

 なんとも女性らしく可愛らしい悲鳴を小さくあげると後ろに後ずさる鈴乃。小春とは雲泥の差である。

「そうやって毎回人驚かすのどうかと思いますよ」
「今のが普通の反応じゃ!!お主といい、あの腹黒王子といい……『あ、いたの?』みたいな反応をするのが悪いのじゃ!!」

 理不尽な文句を訴えられて、肩をすくめる。
 あの腹黒王子と一緒にされるのも大変不服である。

 2人のやり取りにさっきまで驚いていた鈴乃は困惑した様子で瞬きを繰り返していた。

「あぁ、こちらのこの小生意気そうな男の子は歩く蔵書庫ビブリオテーカのアルファ」
「はぁ?!そんな紹介の仕方あるかぁ!」
「んで、こちらのものすごく可愛らしい女の子は鈴乃ちゃんです」
「無視するな!!」

 合いの手のごとく横でギャーギャー文句を言っているアルファを無視しながらお互いの紹介をした。

「よ、よろしく……おねが……いしま…す」

 またアルファとは初対面のせいもあるのか、先程より小さな声でそう言うと、頭を深く下げた。
 鈴乃の声に怒りを鎮め、値踏みするように目を細めて見た。

「ふーむ。………コハルより良い子そうじゃの」
「まあ、それには同意です。今の時代こんな純真な子なかなかいないですよ」
「え、や、あの!」

 珍しくアルファと意見が合ったため、うんうんと大きくうなずきながら同意する。
 それまで言い合っていた2人が急に同調し始め、なおかつ鈴乃を褒めることに関してということで鈴乃は顔を真っ赤にして慌てふためいていた。

「それで?その者とはどういう関係じゃ?」

 訝しげな目線を小春に向けるアルファ。
 それに対して不敵な笑みを浮かべて鈴乃の肩に手を乗せた。

「それはもう、どこからどうみてもお友達じゃないですか!」
「ほう?」

 あまり深く詮索されても面倒なので、言い逃れようと笑顔で無言の圧をかける。子供とはいえ、相手はあの腹黒王子ことリュカのお墨付き、歩く蔵書庫ビブリオテーカ様だ。
 恐らく小春が聖女であることは知っていそうなので、鈴乃のことも同様に察してそうだが、他に誰かが聞いている可能性や体裁などを考えておきたい。

「お友達………」

 小さめの弾んだ声に気づき、声の発せられた方を見る。
 鈴乃は今しがた小春が発した言葉を噛みしめるかのように何度も反復させ、目を輝かせていた。

 都合が良い。

 そう思った瞬間、鈴乃にニッコリと笑いかけた。

「私たち
とても仲良しなお友達だよね!」
「は、はい!!……私たち……ものすごく………、お友達です……っ!!」

 思った通り、純粋な目を輝かせていた。
 こんな素直で真っ直ぐな子に対して深く詮索できる人間などおるまい。

「………まあいいか、好きにしろ」

 面倒くさそうに手をひらひらさせるとアルファはカウンターの奥に姿を消した。

 もつべきものは天然記念物のかわいいお友達である。
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