一般人になりたい成り行き聖女と一枚上手な腹黒王弟殿下の攻防につき

tanuTa

文字の大きさ
上 下
17 / 92
1章

15,お友達第一号

しおりを挟む
 
 小春の淹れたお茶を飲み終わったあと。
 王立図書館に行くことを鈴乃に伝え、一緒に行くのはどうかと誘ったところ、「ぜひ」と言われたので2人は図書館に向けて歩いていた。

 その頃には鈴乃も落ち着いたらしく、泣きそうだった顔ももとに戻っていた。
 
「あの…、言おうか迷ってたんですけど……」
「ん?」

 並んで歩きながら、前の世界の話で盛り上がっていたとき、遠慮がちな声で鈴乃が言った。

「さっきの……あの人、小春さんになにか言われた途端、その……動かなくなったり、土下座……してました……よね」
「………」

 やっぱり気になるか。
 むしろ薬草園にいたときによく聞いてこなかったものだ。小春のことを気を遣っていたか、そんなとこだろう。
 
 聖女の能力が発現したことは本来周囲にはバレたくないことだった。にもかかわらず使ったのはあの男に腹が立った。それがほとんど理由だ。
 
「もしかして……その、せいじょ……」
「しー」
「っ!!」

 鈴乃が言葉を紡ぐ前に人差し指を口元まで持っていき、言葉を遮った。

「さっき見たこと、内緒にしててほしいな」

 作ったような笑顔で優しく告げると、鈴乃は少しの間考え込んだあと、小さくうなずいた。

「分かりました」

 自分から内緒にするように頼んだ小春は、鈴乃の返答に思わず目を見張った。

「……意外だなぁ、気にならないの?」
「それは、その……気には、なります……けど。小春さん……ならきっと……なにか、考えがあって……のこと……なのかなって」

 小春は言葉を選ぶようにゆっくりと話す鈴乃に対して、内心呆れてしまった。
 たかが1時間も話していないような人間を、尊敬し信頼できるとまで思っているとは。もはや純粋などという言葉では片付けられない。

「鈴乃ちゃんはもう少し疑う気持ちを持ったほうがいいと思うな」
「へ………」
「まあ、でもあたり。考え……というか予防線、かな」
「予防線……?」

 鈴乃は同郷の人間でなおかつ純粋で真っ当な人間だ。それに小春の好みなかわいい儚げ美人だ。
 可愛くて真っ当な人間が良いように利用され、壊されるなんてことはあってはいけない。善良な人間は楽しく幸せに生きるべきなのだから。

「そう、鈴乃ちゃんはまだ能力が使えるようになったりしてない?」
「………は、はい」
「そっか、ならまだいい。で、もし、能力が発現するようなことがあったとしても、周りにはバレないようにしたほうがいい」

 念の為、声のボリュームを下げて近くにいる鈴乃にしか聞こえないように配慮する。

「……なぜ……ですか?」
「まだ、この国の人たちの目的が見えない。ただでさえ、私たちが発現する能力はこの国の人達にとって貴重かつ、強大だと思われている。なら、能力がバレたとき、こちらが何も知らないことをいいことに利用されかねない」

 アルファに前に言った小春の仮説は伏せておいた。まだあれは仮説の域をでない。事実かわからないことで不安にさせる必要性はないだろう。

「利用されるだけならまだいい。でももし、こちらに不利になるような利用のされ方だったら?でもそれを判断できるほど私達はこの世界のことを何も知らない」
「……だから、そのことがわかる……まではとにかく隠しておく……べき…ということですね」

 鈴乃は小春の言いたいことを理解したのかそうつぶやきながら思案していた。
 いきなり小春が能力を使ったことを聞いてこなかったことといい、鈴乃はそれなりに頭は回るらしい。

「そう思ってる」
「小春さん、の言いたい……ことはわかりました。……じゃあわざわざ、あの場で使ったのは……なんでですか?……周りにバレる可能性だって……」
「あぁ………と」

 むしゃくしゃしてやったなんて小春を尊敬している鈴乃には言えるはずもなく。
 なんて言おうかと顔を反らして出た一言は。

「あの場面ではバレなかったと思うよ?」

「え………?」
「まずあの場にいたのは私達だけだった。いたらきっと騒ぎになってたと思うよ」
「あ……」

 虚を突かれたようにぽかんと空いた口から声が漏れた。

「それにこの世界には魔法があるみたいだし、侯爵に能力を使ったところで聖女だと気づかれる可能性はほぼない」
「そもそも、聖女が……召喚されて、いることすら……知らないから……ですか」
「そう。あのクソジジイが王宮の中枢の人物だとしたら、そもそも私達の顔を見ればわかるだろうし」

 小春が鈴乃を発見した時点であの男が聖女のことを知らない人間だということはほぼ確定していた。知っていたら、聖女に対してあんなあからさまに侮辱したりなどしないだろう。

 クソジジイとはいえ、男に殴りかかってこられたら戦闘能力のない一般女性はどうしても不利なわけで。
 別に能力を使おうと思ったわけではないが、使ったとしても問題ないと思ったのでついでに使わせてもらったにすぎない。

 ということにしておこう。うん。

 鈴乃は上手いことそのことに合点がいったようで、神妙な表情になった。

「とっさに……そこまで考え……て、行動するなんて……やっぱり、すごい………ですっ」

 いたたまれない気持ちになるが、もはやそういうことにしておくしかない。

 面倒な流れになってきたので話題を代える。

「ま、まあ、結構後付けなんだけどね!とにかく、そういうことだから私の能力に関係することは周りには伏せておいてほしいな」
「も、もちろん……ですっ!」

 鈴乃が返事をしたあたりで王立図書館の入口にたどり着く。

「ここが……?」

 王宮図書館の仰々しい扉を前に鈴乃は呆気にとられている様子だ。
 小春はそんな鈴乃を置いて、一歩前に出て躊躇なく扉を開いた。

「わあ………!」

 中の様子に思わず感嘆詞が口からこぼれた鈴乃に小春は少し得意げに笑って見せる。

「ここには2億冊あるらしいよ」
「に、におく?!!」

 アルファから聞いた話だが。確か日本の国立図書館の2倍近くの蔵書数だったはず。一体ここにある本をすべて読むのにどれぐらいかかることか。できれば1年後、王宮から出ていってもここには通わせてほしいものだ。

「何じゃ騒々しい」

 いつもどおりすぐ隣から憎らしげな幼い声が聞こえてきた。
 小春はすでに慣れつつ光景だが、初めてきた鈴乃からすれば、この光景も初めてなわけで。

「きゃっ!!!」

 なんとも女性らしく可愛らしい悲鳴を小さくあげると後ろに後ずさる鈴乃。小春とは雲泥の差である。

「そうやって毎回人驚かすのどうかと思いますよ」
「今のが普通の反応じゃ!!お主といい、あの腹黒王子といい……『あ、いたの?』みたいな反応をするのが悪いのじゃ!!」

 理不尽な文句を訴えられて、肩をすくめる。
 あの腹黒王子と一緒にされるのも大変不服である。

 2人のやり取りにさっきまで驚いていた鈴乃は困惑した様子で瞬きを繰り返していた。

「あぁ、こちらのこの小生意気そうな男の子は歩く蔵書庫ビブリオテーカのアルファ」
「はぁ?!そんな紹介の仕方あるかぁ!」
「んで、こちらのものすごく可愛らしい女の子は鈴乃ちゃんです」
「無視するな!!」

 合いの手のごとく横でギャーギャー文句を言っているアルファを無視しながらお互いの紹介をした。

「よ、よろしく……おねが……いしま…す」

 またアルファとは初対面のせいもあるのか、先程より小さな声でそう言うと、頭を深く下げた。
 鈴乃の声に怒りを鎮め、値踏みするように目を細めて見た。

「ふーむ。………コハルより良い子そうじゃの」
「まあ、それには同意です。今の時代こんな純真な子なかなかいないですよ」
「え、や、あの!」

 珍しくアルファと意見が合ったため、うんうんと大きくうなずきながら同意する。
 それまで言い合っていた2人が急に同調し始め、なおかつ鈴乃を褒めることに関してということで鈴乃は顔を真っ赤にして慌てふためいていた。

「それで?その者とはどういう関係じゃ?」

 訝しげな目線を小春に向けるアルファ。
 それに対して不敵な笑みを浮かべて鈴乃の肩に手を乗せた。

「それはもう、どこからどうみてもお友達じゃないですか!」
「ほう?」

 あまり深く詮索されても面倒なので、言い逃れようと笑顔で無言の圧をかける。子供とはいえ、相手はあの腹黒王子ことリュカのお墨付き、歩く蔵書庫ビブリオテーカ様だ。
 恐らく小春が聖女であることは知っていそうなので、鈴乃のことも同様に察してそうだが、他に誰かが聞いている可能性や体裁などを考えておきたい。

「お友達………」

 小さめの弾んだ声に気づき、声の発せられた方を見る。
 鈴乃は今しがた小春が発した言葉を噛みしめるかのように何度も反復させ、目を輝かせていた。

 都合が良い。

 そう思った瞬間、鈴乃にニッコリと笑いかけた。

「私たち
とても仲良しなお友達だよね!」
「は、はい!!……私たち……ものすごく………、お友達です……っ!!」

 思った通り、純粋な目を輝かせていた。
 こんな素直で真っ直ぐな子に対して深く詮索できる人間などおるまい。

「………まあいいか、好きにしろ」

 面倒くさそうに手をひらひらさせるとアルファはカウンターの奥に姿を消した。

 もつべきものは天然記念物のかわいいお友達である。
しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

聖女としてきたはずが要らないと言われてしまったため、異世界でふわふわパンを焼こうと思います!

伊桜らな
ファンタジー
家業パン屋さんで働くメルは、パンが大好き。 いきなり聖女召喚の儀やらで異世界に呼ばれちゃったのに「いらない」と言われて追い出されてしまう。どうすればいいか分からなかったとき、公爵家当主に拾われ公爵家にお世話になる。 衣食住は確保できたって思ったのに、パンが美味しくないしめちゃくちゃ硬い!! パン好きなメルは、厨房を使いふわふわパン作りを始める。  *表紙画は月兎なつめ様に描いて頂きました。*  ー(*)のマークはRシーンがあります。ー  少しだけ展開を変えました。申し訳ありません。  ホットランキング 1位(2021.10.17)  ファンタジーランキング1位(2021.10.17)  小説ランキング 1位(2021.10.17)  ありがとうございます。読んでくださる皆様に感謝です。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

私の妹は確かに聖女ですけど、私は女神本人ですわよ?

みおな
ファンタジー
 私の妹は、聖女と呼ばれている。  妖精たちから魔法を授けられた者たちと違い、女神から魔法を授けられた者、それが聖女だ。  聖女は一世代にひとりしか現れない。  だから、私の婚約者である第二王子は声高らかに宣言する。 「ここに、ユースティティアとの婚約を破棄し、聖女フロラリアとの婚約を宣言する!」  あらあら。私はかまいませんけど、私が何者かご存知なのかしら? それに妹フロラリアはシスコンですわよ?  この国、滅びないとよろしいわね?  

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

〈完結〉毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

実は私が国を守っていたと知ってましたか? 知らない? それなら終わりです

サイコちゃん
恋愛
ノアは平民のため、地位の高い聖女候補達にいじめられていた。しかしノアは自分自身が聖女であることをすでに知っており、この国の運命は彼女の手に握られていた。ある時、ノアは聖女候補達が王子と関係を持っている場面を見てしまい、悲惨な暴行を受けそうになる。しかもその場にいた王子は見て見ぬ振りをした。その瞬間、ノアは国を捨てる決断をする――

処理中です...