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1章

13,不可抗力である

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 翌日。

 いつもどおり王立図書館に向かおうと王宮に来ていた。ルナはお留守番だ。

 昨日、黒猫を拾ってきたのが普通にリュカにバレたが、飼うのを公認されたのであのあと、リリアに紹介した。もちろん、食器の件も謝った。余談だが、リリアの底しれぬ笑顔がものすごく怖かった。
 今朝も朝食の際、食べ終わるまで底しれぬ笑顔で一生見られ続けて、本当に食べづらかった。二度とやらないと心に誓った。

 というのはさておき、ルナは朝ごはんを食べたあとさっさとベッドで寝始めてしまったので置いてきたのだった。 
 猫は一日の大半を寝て過ごすらしいし、もともと気まぐれな生き物だ。リリアにも伝えてあるので、ある程度放っておいても問題ないだろう。

 既に肩が若干凝っているのか妙な違和感を覚えつつ、1日で読み切った数冊の本を持って歩いていると広い廊下から怒鳴り声が聞こえてきた。

「……貴様!……!お前の……ような……いや……下賤な女が……」

 小春は聞こえてくる言葉が不快なものばかりだったので眉をひそめつつ、近くの柱の影から声のする方を凝視した。

(……あの子は)

 2人の人影を見つけ、そのうちの1つがこの世界に来た初日、同じように召喚された部屋着少女のものだったのだ。
 今はあの部屋着ではなく、小春と同様にかなり上質な服を身にまとっていた。

 2人の人影の中に見覚えのある人間がいたため、そちらに気を取られてしまったが、改めて視野を広げてもう一人にも目を向けた。

 人影のもう1人は小太りの如何にもたちの悪そうな悪人面の中年男が顔を歪めて、少女に怒鳴りつけていた。
 少女はその男に完全に萎縮してしまい、顔をうつむかせて黙り込んでいた。

「お前のような生きてる価値のないような人間がこの侯爵であるこの私に向かってそのような態度をしていいと思っているのか!?本来であれば話をすることさえおこがましいのだぞ!この下賤な娘がっ!」
「……ご、ごめ……な…」
「謝ることすらまともにできんのか。ふん、生きている価値すらもない下等な人間が」

 少女の口はかすかに動いたが、そのか細い声は虚しく空に消える。

 何があったのかはあとから来た小春には分からない。
 しかし、どう考えても理不尽な行為で、許されざるものだ。

 小春であれば、「何言ってんだおっさん」と、口答えの1つや2つ言ってやるところだが、あの子は明らかにそんなことを言うような子ではないだろう。
 それをわかった上で、あの男は好き勝手に少女を貶めるような言葉を投げかけている。

 男は一通りの罵詈雑言を放って満足したのか、今度は少女の全身を舐めるようにみて、口角をあげた。

「ふむ、よく見れば貴様容姿は悪くないな……。そうだな今までの無礼を水に流してやるかわりに今夜──」
「これはこれは!こんなところでお目にかかれるなんて光栄でございます侯爵様」

 男が薄汚い言葉を吐く前に小春は意気揚々と2人の前に姿を現した。
 少女は小春の顔を見ると驚いたように目を見開いた。

「……なんだ貴様は」
「申し遅れました、私めはそこにいる子の同僚の者でございます。そこの者がいつまでも戻ってこないもので探しに来た次第です」

 堂々と嘘を語る小春に男は眉をひそめ、煙たがるような視線を送る。

「ふん、同僚か……。この娘は侯爵である私にぶつかったのにもかかわらず、謝罪の1つもない。そのような礼儀もなっていない下賤な者がいていい場所ではない。私はそのことでこの女に指導をしていたのだよ」
「それはそれは……。そのようなことで侯爵様の手を煩わせて申し訳ございませんでした。私からもその者に言っておきますのでこの場は……」

 ぶつかっただけであんなに罵詈雑言を吐かなくてもいいだろうに、と内心毒づきながら、この場を収めようとした。
 しかし、侯爵とやらは気分の悪くなるような笑みを浮かべていた。

「いいや、こやつは反省する様子がないのでな、お前は1人で仕事に戻るがいい。この女はもう少し教育する必要がある。………個人的にな」
「……っ」

 汚らわしい笑みを向けられ、少女が顔を青くし、震えているのが見えた。
 
 あぁ、もうまどろっこしい。

「いい年して何気持ち悪いことごちゃごちゃ言ってやがるこの変態クソジジイが」

 笑顔で淡々と告げた。
 小春の言葉に少女は呆気にとられたようにポカンと口を開けていた。

「き!きさまぁっ!!!この私に向かってなんと言った?!?!」

 案の定、男は今までの比にならないぐらい激怒した。
 その気迫に一切圧倒されることなく、小春はむしろ見下すように目尻を下げ、あざとく小首をかしげた。

「それはこちらのセリフです、変態クソジジイ様。私が穏便に済ませようとしているうちに引いてくれればわざわざ言わなくてよかったんですが。はぁ…、話が通じないなんて豚以下、いやそれでは豚が可哀そうですね。……ゴミ以下ですね変態クソジジイの侯爵様」

「貴様ぁぁ!!!」
「あ!危ない……!」

 男は少女を放置し、小春に殴りかかろうと向かってきた。
 と同時に少女が今まで聞いた中で一番大きな声を発した。
 
 小春は男が殴りかかろうとしていることより、初めて少女の声をしっかり聞けたことに嬉しく思いながら、口を開いた。

『動くな』
「?!」

 その一言に男の身体が微動だにしなくなった。

 そう、例の言霊の能力を使ったのである。ちょうど人間相手に使えるかどうかを確認したかったのだ。

 というのは建前で。
 むしゃくしゃしたので能力を行使した。なのでこれは誰がなんと言おうと不可抗力である。

 少女は何が起きているかわかっていないようで、瞬きすることすら忘れてこちらを見つめていた。男は体を動かせないことに狼狽えつつ、小春を睨みつけた。

「貴様何をした?!!この私にこんなことすればどうな……」
『黙れ』
「うぐっ」

 ついでに気分を害するうるさい口も塞いでおく。
 なるほど、こういう使い方なら悪くない。

『そこで正座して頭を床につけろ』
「?!」

 男は言ったとおりに正座をして頭を床にこすりつけるように下げた状態で固まった。

「それがジャパニーズ土下座です侯爵様。まあ、いつ解けるか分かんないけど当分そこで反省しててください」

 枕を浮かべるだけで1時間ちょっとだったから人間相手だとせいぜい30分程度が良いとこだろうかと考えながら、男にそう告げた。
 そのまま呆けている少女の前まで行き手をとる。

「いこっか」
「へ?!」

 混乱している少女の手を引き、薬草園の方へ歩き出した。
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