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1章

8,腹黒王弟殿下の手下

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「おお、ほんとにあった」

 言われた通りに薬物園を抜けると渡り廊下のつきあたりに装飾の施された大きな扉があった。その横の窓の隙間からは、自分の身長をはるかに超える高さの本棚が並んでいるのが見える。全貌は定かではないが、小春が今まで見たことのある図書館のなかで明らかに大きい建物だとわかる。
 
 間違いない、ここは王立図書館である。

 静かに息をつくと重厚な扉を開けた。
 

 そこは天国だった。

 見渡す限り本、本、本。
 自分の身長の2倍以上の高さの本棚が所狭しと並び、各本棚に分厚い本たちがずっしりと収められている。何より、吹き抜けになっているデザインで2階にも1階同様の本棚が並んでいるのが見えるのがポイントが高い。
 
 果たしてこの本たちを読み終えるのには何年かかるのだろうか。1年しかこの王宮にはいられないのだし、ある程度読む本を選する必要があるな、などの考えが瞬時に頭を駆け巡ったが、もともとの目的を思い出し、一旦自分を自制する。

 そう。ここへはこの世界のことやこの国のこと、それから聖女についての文献を探るのが目的で、異世界の本を読みたいというのはあくまで副次的な目的だった。



 さてどこから攻めるかと周囲を見渡していると、入り口近くのカウンターから声が発せられた。

「はじめてみる顔じゃの」

 声をたどって目線を向けると、カウンターには小さな男の子が座っていた。先ほど図書館に入ってきたときはいなかったような気がするのだが。それにせいぜい10歳ぐらいの少年がこんなところにいるのも妙である。

 その状況に違和感を覚えながら、カウンターに座る少年に軽く会釈した。

「どうも初めまして。コハルと言います」
「ふーむ?コハル……?聞き慣れん名じゃの」

 聴き慣れない名前に眉を顰める少年。まさかの老人口調である。
 それはまあ、純日本人のような名前が、この洋風チックの世界で聞きなれているはずもないのだが。

 小さいこどもとはいえ、怪しまれるわけにはいかないので、疑われないよう適当にいいわけでもしておこう。

「まあ、両親が他にはいない面白い名前にしたいって付けた名前なので」
「ふーむ?……まあいいか。しておぬし、何をしに来た?ここは王宮が管理しとるので貴重な書物も多い。許可なくここには入れんぞ」

 少年は疑わしそうな表情で小春を一瞥する。その様子は年端のいかない子供にはとても似つかわしくない。
 それにしても貴重な書物もあるのにここに入るまで警備どころか誰一人いなかったが。

 そもそも少年の言い分はブーメランではなかろうか。
 そう思いつつ、ポケットから今朝リュカからもらった通行手形代わりのカードを取り出し、得意げに少年の顔に近づけた。

「はあ?!そ、それ!!あの腹黒の?!?!もしやおぬし、あやつの手下か何かか?!」
「は?腹黒?手下??」

 想像していた反応と大幅に違い、小春は思わずたじろぐ。
 予想では、水戸○門のごとく「この紋章が目に入らぬか」のお約束な展開になるはずだったが。
 予想の斜め上の反応に首を傾げる。

 そしてこの少年、仮にも王弟殿下を腹黒呼ばわりするとはなかなかの強キャラとみたが、その意見には軽く賛同できる。
 あの腹黒王弟殿下の手下認定は少し不服ではあるが、聖女(仮)であることはうまく誤魔化せそうなので、否定はしないでおくほうがいいだろう。嘘は言っていないのだし。

「リュカ殿下とお知り合いなんですか?えっと……」

 そういえば名前を聞いていなかった。
 少年はというと、少し落ち着いたのかため息をついたあと、さも気に食わないと言いたげな視線を小春に向けた。

「ふむ、わしはアルファじゃ。皮肉なことにあやつの顔はよく知っておるがの、知り合いと言われると不服じゃ……」

 どうやら知り合いであることは間違いないらしい。
 しかも、本人の前ではないが、あの王弟殿下に対してこの態度ができること言うことは、それなりの身分をもっているかただのバカのいずれかだろう。

 見た目はどう考えても10歳満たないような子どもにもかかわらず、王立図書館のカウンターに座っているのだ、よっぽどのバカかもしれない。アルファの見た目を抜きに考えれば立派な王立図書館の司書の可能性も否めないが。

「それで私はここの本読んでもいいんです?」

 話が脱線していたので本題にも戻す。

「そんなもん出されたら許可せざるを得んわ。たく、弱みさえバレてなければあやつなど……」

 ブツブツと文句を垂れるアルファ。
 なるほど。あの腹黒王弟殿下に弱みを握られているのかお気の毒に。

 兎にも角にも王立図書館の利用は許可されたので、その後もグチグチと不平を言っているアルファをそのままにし、本棚の方へ足を進めることにした。



 その後、気になる本を10冊程度ほど目を通したあたりで集中力が切れた。
 徐ろに窓の方に目を向けると、外の風景はすっかり赤く染まっていた。

 ちらりと壁にかけられた時計に目を向ければ、もうすでに3時間近く立っていることに気づく。
 なかなか興味深いことが多く、ページをめくるのがやめられなかった結果、気づけばすっかり日没。我ながら素晴らしい集中力である。

 しかしながら、持ってきて読めてない本が数冊まだ机の上に重ねられている。 
 小春がどうしようかと悩んでいると、ふと横からあどけない声が耳に入る。

「おぬし、まだおったのか。気づかんかったわい」
「アルファくんじゃないですか。君こそまだいたんですね」

 声の主が先程の幼い少年だとわかると、年下(?)に対する話し方でいいかわからず、一応ですます調を挟みながら答える。

「その気持ちの悪い呼び方は辞めろ!わしはそんな年じゃないわ!」

 アルファはげっそりした顔を向けながら訴えた。

「はぁ、じゃあアルファって呼びますね」
「ふん、今度は呼び捨てか……。まあさっきよりかはマシじゃが」

 まだ不満そうなアルファは、小春が手元に持ってきていた本を一瞥する。

「聖女について……か?そのようなもの読んでどうするのだ?」
「あーいや、最近聖女様の召喚について小耳に挟みまして、聖女様ってどんな人なのかなぁと……」

 すでになにか聞かれたときのために当たり障りのない理由をいくつか用意しておいて正解だった。

「ふーん?それで?知りたいことは知れたのか?」
「そうですね……。あくまで概要はってかんじですけど」
「まぁそうじゃろうな。聖女について事細かに記載されとるものは禁書庫のほうじゃろうしな」

 持っていた本をパラパラめくりながらアルファの話を聞いていたが、「禁書庫」というワードに思わず顔を上げる。

 とんでもない量の本を抱える王立図書館に加えて禁書庫まであるのか。

「言っておくが禁書庫にはその紙切れ如きでは入れんからのぉ」

 目の色を変えた小春をみて、アルファは上機嫌になりながら嫌味げに言った。
 
「まあそりゃそうですね」

 相手にするのも面倒なので適当に同調した。
 アルファは面白くなさそうにジロっと小春を見ていたが、小春の持ってきていた本を見ると首を傾げた。

「この本………魔法に関する研究について書かれておるやつじゃな。それの何が聖女と関係するのじゃ?」

 アルファが不思議そうに積んでいた本の一つを指差したので、それを見る。

「ああ、これですか」

 少し気になることがあり、先ほど読んでいたものだ。
 パラパラとページをめくり、気になっていたところを開く。

「直接聖女と関係するわけじゃないんですけど、なんか関連性がありそうな研究が載ってて気になったんですよねぇ」
「ほぉ、関連性とな」

 小春の持つ本を見ながら意外そうな顔をしていたアルファは、小春の言葉を聞くと面白そうに目を細めた。

「はい、なにやらこの世界には魔獣?と言われる魔力を持つ生き物がいるそうじゃないですか。で、この本に載ってるのは魔力を持たない動物に魔力を付与することで人工的に魔獣を作れるかって実験です」
「………」
「で、この実験は結論から言うと……」
「失敗した」

 相槌すらもしないアルファを放置し話を続けようとした瞬間、小春の言葉を遮るようにしてアルファが声を発した。
 意表をついたアルファの言葉に小春は目を見開く。

 見た目に似つかずこの実験について知っているような口ぶりだ。どうやら天才少年だったらしい。

「……驚きました。この実験について知ってたんですね」
「あぁ、よく知っておるよ」
「ふーん……。それにしても言い過ぎだと思いますけどね。確かに失敗なのかもしれないけど、大目に見れば成功ではあると思いますよ」

 アルファは面白くなさそうにそっぽを向く。
 どうやらこの話題はつまらないらしい。アルファは大人びたところがあるとしても子供なのだから当然といえば当然だが。

「魔力を付与することで人工的に魔獣を生成ができ、実際に魔法を使用できたことも確認されてますし成功は成功でしょう。まあ、そのあとが問題だったみたいですが。……えぇと、『後天的に魔力を付与された動物は個体差はあれど、総じて短期間で絶命した。魔獣化した物の一部は暴走し、その後自滅を確認した。』とあります」

 研究結果の該当する文を指でなぞりながらその内容を口にする。
 この実験はどういう目的で行われたかは良く分からないが、実現は可能だったらしい。ただ、欠陥が大きく実用には至っていない。魔獣化の技術など、実用するとしたらそれこそ戦争に使うぐらいしか思いつかないが。

「……それで?その研究と聖女になんの因果関係があると?」
「あくまで私の想像ですけどね。聖女の能力の発現について、私なりに色々考えて2つほど仮説を立てました。1つ目が聖女は本来能力を所持していたが、元の世界は能力を発現できる環境ではない、もしくは概念すら存在していなかったことで能力が潜在されていた場合。2つ目はこの世界に来ることで後天的に能力が付与される場合です」
「………」
「そこでこの研究です。もし聖女の能力発現が後者のタイプだった場合、この研究と共通する点が多いな……と」

 子供に対してこんな難しい内容を真面目に話すなど、一体何をやっているんだと思い、失笑する。
 アルファの言葉遣いや醸し出す雰囲気のせいだろうか、ついつい大人と話している気分になっていた。

 アルファは目をパチクリとさせたあと、意味ありげにニンマリとした表情を浮かべた。

「ぷはは!なるほど!おぬし面白いのぉ。まず初めに気になったことがこれとは、なかなかに見どころがある!」
「はぁ、それはどうも」

 今の会話の流れで何が楽しいのか分からないまま、とりあえず相槌を打つ。

「おぬし、名前はなんじゃ?」
「先程名乗ったはずですけど……。コハルですよ、コハル」

 つぶやくように文句を入れ、再度名乗る。
 やはり子供の記憶力では名前まで覚えられないか。まあ、人の名前を覚えるのが苦手な小春が言える立場でないのだが。

「コハル!そうじゃったそうじゃった。……よぉし!おぬしのことが気に入った!他に気になることでも言ってみぃ、今ならなんでも答えてやろう!」

 いっそ清々しいまである態度の大きさで、小さな胸を張り、図書館に似つかわしい大声で言うアルファ。

「じゃあ、ここの本借りたいんですけどどうすればいいですか?」
「む……、そんなことか……。まぁいいじゃろう、こっちへ来い。貸出カードを作ってやる」
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