上 下
8 / 75
1章

6,どの世界でも女性に年齢を聞くものではない

しおりを挟む

 リュカとの話が終わり、小春は部屋に戻った。
 戻ったあとは暇を持て余してしまったので、リリアに離宮内を軽く案内してもらうことにした。

 離宮内もなかなかの広さがあり、午前中では回りきらず、昼食を先にとり始めていた。

「午後からは王立図書館とやらに行ってみようかなぁ」

 リリアに用意してもらった昼食を頬張りながらそんなことを言った。

「分かりました。では、午後は図書館にご案内しましょうか」
「あぁ、いや。図書館には一人で行くよ」
「よろしいのですか?」

 にこりと笑い、答えたリリアに小春は断りを入れた。
 神妙な顔で小春を見るリリアに対し、しっかりうなずく。

「うん。ここはともかく、王宮の方は聖女のこと知らない人も多いと思うから、下手に目立ちたくないっていうか」

 先日リュカに確認したとおり、聖女が召喚されていることを知っている人間は数少ない。さらに小春の顔を知っている人間はもっと少ないだろう。
 この離宮はリュカがある程度手を回してくれているだろうから、特に何もなかったが、王宮を見たこともない人間が侍女を連れて歩けば、不審がる連中もいることだろう。
 
 1年後にはフェードアウトしたい小春からすれば、少しでもそう言ったリスクは避けておくに越したことはない。

「王宮内はここよりも広いので迷われるのでは?」
「……それに関してはぐぅの音もでません」

 離宮内を散策している間にリリアにはしっかりと迷っている場面を見られてしまったので、目線を反らし、小声でそう言った。

 これに関しては小春が方向音痴というより、この建物が大きく、内装が全て同じようなデザインにしているのが問題だと思うのだが。
 そもそもの問題として、日本人である小春が、この西洋風の建物に慣れていないのは当然と言える。

 小春は、心のなかでそんな悪態をつきつつ、引き笑いで答える。

「まぁ、道に迷いながらでも一人で行ったほうが冒険感みたいなのが味わえるしね!」
「はぁ。それならまぁ良いのですが………ねぇ」

 このとき、リリアの忠告を素直に聞くべきだったと後に後悔することをしらない小春は、少し呆れた表情を浮かべるリリアになんなら得意げに笑ってみせたのだった。




  ✥    ✥    ✥    ✥




「………はぁはぁ………。………敷地内がこんな広いって、聞いて、ないんだけどっ」

 一人で悪態をついた小春は、少し上がった息を整えながら、

 もちろん、初日も少し通った事もあるし、リリアの忠告も聞き流していたわけでもなく、王宮は離宮よりも広いというのは承知の上であった。
 しかしながら、離宮から王宮が徒歩で歩いていくには少々離れて過ぎていることを失念していたのである。

 よくよく考えれば分かることだと思うが、馬車に乗ったことのない庶民の小春は、初めての体験にウキウキしていたし、なんなら王族(金持ち)は敷地内を移動するだけで馬車を使うなんて感覚が違うなぁ、などと関心していたせいで気づかなかった。

 敷地内を移動するのに徒歩で30分かかるとは何事だろうか。
 途中何故か森やら湖やらが見えたときは、本当に迷子になって王宮を出てしまったかと思ったほどだ。

(今にして思えば、わざとこのこと伏せてたなリリアめ………)

 リリアが馬車を手配します、の一言でも言えば、こんなことにはならなかっただろう。
 今頃、あの確信犯はしてやったりとでも思っているに違いない。

 まんまとしてやらてたことは致し方ないが、兎にも角にも少し休んで水分補給でもしたいものだ。

 キョロキョロと中を見渡し、休めそうな場所を探すものの、如何せん王宮内は殺風景なものだ。ショッピングモールなどのように通路の横に座れるスペースがあるわけでもなかった。

 これはやはり早急に王立図書館を見つけ出し、休む他ない。水分補給はそこら辺にいる侍女に声をかけるのが無難だろうか。

「………あら?コハル様?」
「へぁっ」

 考え事をしながらとりあえず歩いていた小春の後ろから、フワッとした声が耳に届く。
 心ここにあらずだった小春は、突然声をかけられたことに驚き、素っ頓狂な声を漏らしながら慌てて振り返った。

「……えっと、オレーリアさん?」

 そこにいたのは、透明感のあるグリーンアップル色の人間離れした美人。
 昨日、リュカの執務室にいたうちの一人で、確かオレーリアと名乗った唯一小春に友好的に見えた宮廷医だったはずだ。

「そう!覚えててくれて嬉しいわ!」

 小春が名前を呼ぶと、それに比例してオレーリアは顔をほころばせた。対して、小春は少し後ろめたい気持ちになり、顔をそらす。
 というのも人の名前を覚えるのは苦手なのだ。オレーリアのことも名前が一瞬出てこなかった。

「まあ、今日聞いたばかりなのでなんとか……?」
「それでも嬉しいわよぉ!……というか、コハル様はこんなところに何か用?」

 王宮をこんなところって。

「あぁ、いや。王宮図書館なるものを拝んでおこうと思いまして。そういうオレーリアさんはどちらへ?」
「私?私は薬草を取りに来たのよ」

 オレーリアは左手に持っていた籠を掲げながら、得意げに笑った。

「薬草……?ということはここって薬草園もあるってことですか?」

 先程、森に湖も見たのだ。この広大な敷地であれば、薬草園もあって不思議でない。

「そのとおり!薬草園は離宮の方になくてわざわざこっちに来なきゃいけなくって」
「へぇ、それは難儀ですね………」

 不満げに語るオレーリアに、小春が適当に相槌を打っているのをジィと見たオレーリアは、なにかひらめいたように満面の笑みを浮かべる。

「そうだ!コハル様今から薬草園に一緒に行かないかしら」

 その提案の意図が分からず、小春は少しの間思案し、首を傾げた。

「それは別に構わないですが………、?」

 よく分かっていない小春に対して、オレーリアは何故か得意げに口角を上げた。

「なんと、薬草園にはテラスがあってね、お茶とかもおいてるのよ」
「……なんと!」

 なんと僥倖だろうか。
 まさに小春が今最も求めている事を当ててみせ、餌をちらつかせて見せるとは。このおっとりしたエルフ、なかなかのやり手であるとみた。

「それで、どうかしら」
「ぜひともお供させていただきます」

 是が非でもない。即答である。
 潔い小春にくすっと笑ったあと、オレーリアは小春を連れて薬草園へと足を進めた。




   ✥    ✥    ✥    ✥




「ここよ」

 オレーリアにひたすら付いていくと、ガラスのようなもので覆われた建物にたどり着いた。
 ガラス越しに中で育てられている植物たちが見える。
 想像していたより、ずっと高級そうな薬草園である。

 オレーリアはガラス調の扉を開くと、中から少し暖かな空気が流れてきた。 
 きっと温室なのだろう。
 天井もガラス調でできており、日光が園内を照らし、明るく澄んだ空気感が漂っていた。 

「わぁ………」

 そのなんとも言えない優美さに、思わず気の抜けた声が漏れた。

「素敵なとこでしょう?私も気に入ってるのよ」
「はい、ここで本とか読んだり、昼寝したりしたら最高でしょうね」
「良いじゃない!ここは宮廷薬剤師と私ぐらいしか来ないからぜひ来たらいいわ」

 小春の何気なく言ったことに共感したらしいオレーリアは目を輝かせながらそう言った。
 軽い気持ちで言ったが、もしそれが可能ならなんと素晴らしい異世界スローライフだろうか。

「でもいいんですか?」
「もちろんよ!ここにはあまり人も来ないし、もし何か言われたらリュカ様に渡されたあれを見せれば良いしね」
「あぁ、あれ……」 

 そういえばそのような大層な代物を渡されていたなと、思い出した。

 しかし、あれはできれば使いたくはないのが本音だ。あんな大層なものを見せれば、変に勘ぐられそうというか。誰かもわからない人間があんなもの見せれば、むしろ逆に怪しくはないだろうか。

「コハル様ー!こっちこっち!」

 苦い顔をしながらそんなことを考えていた小春を置いて、いつの間にか薬草園の少し奥のほうへ進んでいたオレーリアに手招きされる。

 よく見るとそこには少しこぢんまりとしたテラスがあり、ゆっくり腰を伸ばせそうだ。

「ここに座ってて」 
「ありがとうございます」

 小春がテラスまで来ると、椅子に座るよう誘導したオレーリアは、上機嫌に鼻歌を歌いながらテラスの横にある小部屋に入っていってしまった。

 なんだろうかと思いながら、疲れた足を休ませていると。

「お待たせ!」 

 と、元気よくオレーリアが出てきたと思うと、手にティーカップやらシフォンケーキやらを乗せたトレイを持っていた。

 なぜ、薬草園にそんなものが。

「はい、どうぞ」
「……えぇと、わざわざありがとうございます」

 困惑しながらも、準備してくれたオレーリアに軽くお礼を述べると、反対側の椅子に腰掛けたオレーリアはニコニコしながらティーカップに口をつけた。

「私ね、薬草を採るついでによくお茶してるのよ。だからひとしきりのセットは常備してるのよ~。なんなら薬草がいっぱいあるし、薬草でお茶とかも作れるしね」
「なるほど。それは確かに建設的ですね」
「でしょ!だから、コハル様もここ好きに使ってくれていいからね」

 関心している小春に満足げに笑うオレーリア。

「……え、でもいいんですか?」
「もちろん!コハル様はとても可愛らしい方で嬉しいから。お近づきの印、みたいなものよ」

 成人した小春に対して可愛らしいは少々気恥ずかしいものではあるが。

「……可愛らしいかは置いといて。ではありがたく使わせていただきます」

 そう言って、用意してもらった紅茶を口に含めた。

「疲れた身体に染み渡るぅ……」
「コハル様もおばあちゃんみたいなこと言うのね。気持ちはわかるけれど」

 紅茶をしかと味わいながら、吐露した小春にオレーリアは苦笑しながらそう言った。

「20歳なんてもう夢も希望もありませんからね。輝かしいのは10代までですって」
「あら、コハル様は20歳なのね。まあ、私からしたら10代でも20代でも若々しいことには変わりないけど」

 小春は、何気なく言ったであろう言葉の意味が一瞬分からず、唖然と目の前のエルフを見つめた。

 今彼女はなんと言っただろうか。
 そう、彼女からしたら20代でも若々しいと言った。
 その言葉どおりに受け取れば、オレーリアは30代より上ということだ。

 彼女はどう見ても20代後半が良いところだ。なんなら小春と同い年と言ってもそこまで違和感もない。

「……オレーリアさんは何歳なんですか」
「女性に面と向かって年齢を聞くのはマナー違反よ?」
「あっ、いや。……すいません」

 思考が追いつかなくてついついそのまま聞いてしまった。
 オレーリアは、慌てて謝る小春を一瞥したあと。

「私、エルフなのよねぇ」
「はぁ」
「エルフって寿命どれぐらいか知ってる?」
「…………あぁ」

 小春は、含みを持ったオレーリアの発言に目を見張った。

 そうか。ここは異世界だ。そして、オレーリアは種族すら違う。それにエルフはどの物語においても長寿の種類だったはず。ならば、人間の20歳など幼子同然かもしれない。

「というわけで、私からしたらコハル様はとても可愛らしい女の子というわけよ!」
「……納得はしませんが、理解はできました」

 どことなく、話を逸らされたことから、オレーリアの実年齢についてはあまり触れないほうがいいかもしれない。

 自信満々に訴えるオレーリアに苦笑いで返しながらそう考える。

「もうー!謙虚なのも美徳だけど、あまりに過ぎると返って嫌味にもなるんだから」

 イマイチ不服な小春の様子にムスっと顔をしかめるオレーリア。

 コロコロと表情が変わる人だ。
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

勇者になった幼馴染は聖女様を選んだ〈完結〉

恋愛 / 完結 24h.ポイント:142pt お気に入り:73

異世界じゃスローライフはままならない~聖獣の主人は島育ち~

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:9,040pt お気に入り:9,077

待ち遠しかった卒業パーティー

恋愛 / 完結 24h.ポイント:298pt お気に入り:1,307

黒薔薇王子に好かれた魔法薬師は今日も今日とて世界を守る

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:540pt お気に入り:14

聖獣がなつくのは私だけですよ?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:34,599pt お気に入り:2,164

処理中です...