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1章
5,謂わば高待遇ニート
しおりを挟む「話を戻すと、今後のことについてコハルさんと少し話を合わせておこうと思ってるんだけど」
気を取り直したらしいリュカはスッと元の涼しい笑顔になる。
「聖女っぽい活動をしてく、みたいなことですか?」
「んー、コハルさんのいう聖女っぽい活動ってどういうのを想像している?」
「えーっと、浄化……とか?あとは…なんだろ、勇者パーティーに参加するとか?」
いざ聖女っぽいことは何かと問われると、聖女は何をする人なのかが曖昧であることに気づく。
聖女を清純で高潔な精神の持ち主だと定義するのであれば、何を持って聖女と呼ばれるのかはその国やら世界やらで違うだろう。
元の世界で聖女と呼ばれた人でいうと、ジャンヌ・ダルクとかだったか。
そして、そのジャンヌ・ダルクといえば、一説では闇討ちやら奇襲攻撃やらを平気で行うような結構苛烈な人物とも言われてたはずだし、実際聖なる女性かと問われると……。
「過去にはそういうことを行った聖女もいるけど、その聖女の能力に応じてやることは変わってくるかな」
「そうなると私は何をするんですか?」
リュカは小春と問いに静かに目を細め、口を開いた。
「何も」
「え?」
「何もしないでいいよ」
ナニモ。一応、なにかしてほしくて呼ばれてるわけだろうに、まさか何もしなくていいと言われるとは。予想だにしてなかった返答に思わず呆気にとられていた。
「能力に応じて、っていっただろ?そもそも能力が発現してない今はコハルさんに何かしてもらうことはないってこと」
「あぁ、なるほど……?」
確かに現状、小春は何の能力もないただの一般人だ。いきなり聖女の仕事をしろと言われてもできないだろうが。
だがなぜだろう、何もしないでいいとはつまり、小春は不要であると暗に示しているように聞こえる。
「当面の間、俺の君は客人として扱われるからそのつもりで。だから今は自由に過ごしてもらって構わない。まあ、悪評が広がるようなことさえしなければ特に口出しするつもりもないし、何か必要なものがあればこちらで用意もする」
「ほう」
なんて高待遇だ。何もしなくていいと言われた上、好きなことは何でもしていいと。これではまるであれだ。現代社会で問題になってるいわゆる自宅警備員とよばれる職業。
「あと、そうだな。王宮内は自由に行き来していいけど、もし街に出たいようなときは一応俺に話を通してほしい」
万が一街に出るとなったら護衛でもつけられるということだろうか。小春には仮にも聖女という肩書があるのだし当然なのかもしれないが、少々堅苦しそうだ。
街に行くのは当分遠慮しておこう。
「分かりました。ちなみにですけど、この王宮内の人や国民たちは聖女召喚のことや私達のことをどの程度理解してます?」
小春の何気ない質問に対して、リュカは意図を探るように目線を向け、面白そうに口角を上げた。
「聖女が召喚されたことはほとんどの人間が知らない。昨日召喚の場に居合わせた者と、上層部の一部の人間だけかな。追々は情報が公開されるだろうが今のところは聖女に関する情報はある程度秘匿させると思うよ」
妙だなというのが真っ先に出た感想。
聖女が召喚されたなんてビッグニュース、真っ先に国民にアピールしそうなものなのに。当然国民も皆活気づいて、国としては何かと都合がいいだろうに。
情報を秘匿し、なおかつ何の役割も与えないというのは、後ろめたい何かがあると言っているようなものだ。
「わざわざ情報を秘匿する意図はなんですか?なんの能力ももたない聖女を国民に大々的に公開するのを控えたいっていうなら、まあ分かるんですけど」
「一応聖女が3人召喚されるなんて過去にほとんどない案件だからね、公開するにもそれなりに考えないと混乱を招くだけだよ」
それらしいことを言っているが、真意はまた別にあるのだろう。
リュカはあくまで、聖女召喚について公開を保留しているだけ、というスタンスで答えた。それは、小春が言及した聖女召喚に関する情報の秘匿について明確な答えを言うつもりがないと、暗に示している。
「……分かりました、とりあえずはそういうことにしておきます。私としても知られてないほうが都合がいいですし」
「……」
何と言っても、特別扱いされたり、外を歩いてるだけで周囲から好機の視線を向けられたり、話しかけられたりされると居た堪れない。
小春はもともとただの一般人であり、そういう扱いは御免被るので、顔を知られてないこの状況は非常に助かる。
この国について情報収集していけば、自ずと国が聖女について秘匿するのはどういう意図があるのかが分かるだろうし、今すぐ知る必要性はないだろう。
「さてと。他に質問はある?」
「今はとりあえずないです」
「了解。また気になったことがあればその都度聞いて。俺でもいいし、今回紹介した人間と君の侍女は事情を知ってるから」
優しく微笑んだリュカに静かに頷いた。
今回の集まりはどうやら、顔合わせと小春に聖女について知っている人間を伝えていくためだったらしい。
「じゃあ俺からも1つ君に質問してもいいかな」
「はい、何でしょう」
「君には最低でも1年はここに居てもらうことになる。ただこの先、能力が一年以内に発現しなかった場合どうしたいか、コハルさんの意見を1度聞いておきたい」
小春をよく思っていない側近を集めた状態で聞くには意地の悪い質問だ。
小春に複数の鋭い視線が刺さるのをひしひしと感じる。小春はその圧に内心ヒヤヒヤしつつ答える。
「昨日も少し言ったんですけど、基本的には安定して収入が入る職場を紹介していただきたいのと、ちゃんとトイレとお風呂が分かれてる物件に住めるようにしていただければと」
「あーと、それだけ?」
「そうですね……、できれば福利厚生が充実したホワイトな職場で働きたいです。住むところは職場に近くて周りに美味しいご飯が食べれるお店とかがあるところがいいですね。あ、あとここのベッドぐらい寝心地がいいベッドがほしいかもです!」
「……うん、それぐらいはいつでも用意できるできるかな、うん」
予想外の返答だったのかリュカは困ったように眉を顰めながら応えた。
「ほんとですか?!助かります!!」
小春はこの世界に来てから一番の笑みを浮かべ、目が爛々と輝かせながら言った。
来年辺りから就活を視野に入れねばならないと思っていたのだ。ニート生活を一年したあと、なんの努力もせずとも良い職場に就職できるなんて願ってもないことだ。
コネ入社バンザイ!しかも王族という超特大級のコネである。最高の楽した異世界ライフが過ごせること間違いなしだろう。
「……まあ、この国のことを知っていくうちに他にしたいことや欲しいものができるだろうから、また改めて聞こうかな」
リュカは小春の様子に苦笑いを浮かべながらも頷く。他のメンツも小春の斜め上の要求にどちらかといえば困惑や戸惑いのような表情を小春に向けていた。
別に質問の大筋を反れた回答はしてないが。
「ちなみに今欲しいとか必要なものはある?言ってくれればすぐ手配するけど」
「今すぐってわけじゃないですけど、家庭教師が欲しいですかね。この国の歴史とか常識とか教えてくれるような」
「了解、用意しよう。数日は待ってもらうことになるだろうけど」
こちらの答えは予想を外れてなかったのか、マルセルに目配せしながら言った。
「十分です、助かります」
「よし、あとは……」
リュカはそう言うと、ある意味胡散臭い笑顔を浮かべながら手招きをし始めた。この状況から察するに、小春に対しての手招きだと考えられる。が、あの嫌味なほどの笑顔と周りの視線が痛いのも相まって、近くまで行くのがかなり躊躇われる。
数秒間無言で見つめ合ったのち、根負けし小さくため息をついてからリュカの近くまで寄った。
その様子に満足げに目を細めたリュカは、手に持っていたカードのようなものを小春に差し出した。何か全く想像つかなかったが、とりあえず受け取ると、カードには紋章のようなものが描かれていた。
「王宮内はコハルさんのことを知らない人が多い。どこか行こうとしたときに止められたりしたらそれを見せるといいよ、それがあれば大体どこでも入れるだろうから」
「へー、通行手形みたいなものですか。便利ですね」
「まあそんなところかな」
確かに見たこともない人間が王宮内を普通に歩いていたら客観的にみてとてつもなく怪しい。そこまで考えが至らなかった小春はカードをじっくり見ながら感心する。
すると、小春の持っているカードを見て、ノエルが血相を変えて顔をリュカに向けた。
「リュカ様?!そのような貴重なものを信用できるか分からない者に与えるのは反対です!!ましてやこの者は聖女なのですよっ!?」
ノエルの態度からこのカードは通行手形レベルのものではなく、かなり高価なものか何かだということを勘付く。この紋章はもしや王家の紋章とかそういう類のものではないだろうか。つまり、これを持っているということは王家と同等の位を有するのと同じということ。
というか。もしそうならそれを簡単に渡すのもどうかと思うし、通行手形と小春が言ったときに否定もせず面白そうにしているのもおかしい。ノエルのような反応が正当だと小春でも思う。
「まあいいんじゃない?別に減るもんでもないし」
「何をのんきなこと言ってるんですか?!もしこの者が悪用したらどうするんです??」
「んーそうなんだけどさ」
「もう少し危機感をもってください!過去の聖女が何をしたか……」
「そこまで」
それまでリュカをまくしたてるように声を荒らげていたノエルに対し、リュカは聞き流すようにしていたが、突然リュカの声のトーンが下がり、視線が鋭くなる。
部屋に緊迫した空気が一瞬で広がると、ノエルはハッとし、目線を下げた。
「……申し訳ありません。失言でした」
リュカは、ノエルの謝罪にため息をつくと、何が起きているのかいまいち理解できず茫然と立っている小春に目線を向け、申し訳なさそうに眉を下げた。
「突然ごめん、混乱させたね」
「いえ、それは別にいいんですけど……。これ、ほんとに私もらっていいんですか?」
「いいよ。……それともコハルさんは悪用するつもりある?」
「そりゃ悪用はしないですけども」
「なら持ってて」
なんだかんだ小心者の小春としてはせいぜい通行手形として使うぐらいしか使い道がないだろう。
そもそもこの中で一番身分の高い王弟殿下が許可しているのだし、ここはありがたく頂戴するべきか。
「じゃあありがたく使わせていただきます」
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