一般人になりたい成り行き聖女と一枚上手な腹黒王弟殿下の攻防につき

tanuTa

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1章

4,前途多難

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 目が覚めると、今までのファンタジックな出来事はすべて夢でした。

 ということは一切なく、無情にも視界に広がっているのは、昨日寝心地の良さに感動したベッドの天蓋だった。

 「夢オチ展開はないかぁ……」

 聞こえるか聞こえないかのボリュームでそうつぶやくと、ゆっくり上体を起こした。
 部屋はすでにカーテンの隙間から差し込む光で明るくなっていた。

 小春は小さくあくびをするとベッドから降りて、カーテンをひき、窓を開ける。視界に心地よい日光の光と澄んだ青色が広がった。小鳥のさえずりもかすかに聞こえてくる。もともといた世界では田舎ぐらいでしか見かけないだろう光景と、質の良いベッドで寝たことにより、生き返ったのではないかと思うぐらい目覚めが良い。

 小春が顔を洗ったり髪を整えていると、控えめなノックの音が部屋に響いた。

「はーい」

 ノックに返事をすると、扉が開き、昨日部屋まで案内したり、身の回りの世話をしてくれた侍女が入ってきて、上品に頭を下げた。

「おはようございます、聖女様。昨日はよく眠れましたか?」
「おはようございます。このベッドの寝心地が良すぎて人生で一番熟睡できました」
「ふふ、そうでしたか。それは何よりです。朝食のご用意ができているのですが、食欲のほうもありますでしょうか?」
「ぜひ!昨日の夕食も美味しかったですし、めちゃくちゃ楽しみです」

 手際よく用意された朝食を味わいながら、食器を整理している侍女を見つめる。
 ……やはり顔面偏差値が高い。

「……あの、」
「はい」
「おきれいですね。名前はなんて言うんですか??」
「へ……」

 侍女は目を丸くしたまま固まってしまった。
 いかんいかん、またナンパ癖が出てしまった。
 異世界に召喚されて、少し気が緩んでいるらしい。

 侍女はというと、呆けたまま固まっている。
 
 もしや、侍女にまで名前を教えたくないほど敬遠されているのか。
 侍女ということは、こうして身の回りの世話をしてくれる人ということだろう。その侍女にまで嫌われるとなると、早々に居づらくなるのだが。

 いよいよこの世界で暮らしていくのが辛くなるのでは、引き笑いを浮かべる。

「はは、言いにくかったら全然……」
「い、いえっ!そうではなく、その…」

 今までの淡々とした様子とうってかわって、侍女は整った顔を少し赤らめながら、しどろもどろし始めた。

「まさか聖女様に口説かれるとは夢にも思っておりませんでしたので、少々驚いてしまいました。申し訳ありません」
「あはは……。いやぁ!すいません。可愛い女の子に目がないものでして……って、これはこれで語弊があるか……。まあともかく!これから1年近くお世話になるのに名前すら知らないでいるとか厚顔無恥ですし……」
「コウガ……??」

 場を和ませようと試みたが、どうやらこの世界には「厚顔無恥」という言葉は無いらしい。四字熟語トークはこの世界では通じないということか、残念だ。日本でもそんなに盛り上がる話題でもなかったが。

「私はリリアと申します、聖女様」

 リリアは朗らかな表情を浮かべた。その様子から敬遠されているわけではないのだと実感し、自然と笑顔になる。

「リリアさんですね!これからよろしくお願いします」
「はい。ですが私は聖女様から見れば使用人になりますので、そのように丁寧な口調でなくてよいのですよ」
「ですけどリリアさんは私より年上ですよね?私がいたとこはなんだかんだ年功序列的な思想と言いますか…」

 これでも元の世界で20年生きているわけなのでそう簡単に刻み込まれた価値観とか考えが変わるものでもなく、年上のリリアを呼び捨てにするのは気が引ける。

「そこはあきらめていただかなくてはいけませんね、聖女様にさん付けされていると、私は不敬罪で解雇されてしまうかもしれません。それにもしかしたら私の家族にも迷惑をかけてしまうかもしれませんね、うちにはまだ10歳にも満たない妹もいますし。それに……」
「あぁーー!はいはいわかりましたぁ!リリアね!おっけい、これからそう呼びますよ!」

 見た目や雰囲気に反してなかなかの押しの強さに気圧され、もうどうにでもなれと思いながら答える。
 小春の反応に対して、リリアは今までで一番の笑みを浮かべ満足そうな様子だ。

 人のことを言えたものではないがなんともしたたかな……。

「そうでした、聖女様。リュカ様のほうからお名前はお聞きしているのですが、聖女様からお名前を改めて伺ってもよろしいでしょうか」
「あー、私は小春、相楽小春です。私も聖女様って言われるのなんか嫌なんで名前で呼んでください」

 先ほどからあくまで聖女(仮)な立場なのに聖女様と呼ばれるのは気が引けていたのだ。

「わかりました。改めてよろしくお願いします、コハル様」

 兎にも角にもリリアとは上手くやっていけそうでひとまず安心する。
 いい性格しているとは思うが。

 小春はそんなことを思いながら再び朝食に手を付けた。



   ◆   ◆   ◆   ◆
 


「おはよう、コハルさん」
「はぁ、おはようございます」

 相変わらず誰もを魅了する顔で誰もが魅了されるような笑顔を浮かべているリュカに若干苦笑いをしながら答える。

 小春は現在、昨日リュカと謁見した執務室に来ていた。

 朝食を終えたあとリリアにあっという間に身支度をされ、もともとカジュアル系の服ばかり着ていた小春には分不相応な綺麗めなワンピースを着させられた。

 もともとどこの舞踏会に行くんだとツッコミたくなるドレスを選ばされそうになったが、全力で拒んだ結果、お互いの妥協点としてこのワンピースである。

 ほんとは元々来ていた服みたいな動きやすいほうがよかったのだが。

 昨日、詳しい話は明日と言われていたので、ここに呼ばれたのだろう。
 昨日と違う点といえば、リュカと小春以外に人がいるということ。
 
 かなりの筋肉美で軍服のような服を来ている誠実そうな青年。
 ファンタジーにはつきものであるあのエルフの耳を持ち、腰まで伸ばしたアップルグリーンの髪の清楚な女性。
 頭にケモ耳、背後にはふさふさの尻尾を持ち、少しツリ目で気が強そうな女性。
 ローブをまとい、黒髪の中性的な顔のどこか浮世離れした雰囲気を持つ青年。
 
 この初対面の4人に加えて、昨日この執務室まで案内してもらったマルセルがリュカの横に控えていた。

 エルフに亜人とは。画面の中とかコスプレとかでしか見たことのない存在が目の前にいる。
 小春は今この瞬間だけは、異世界転移して良かったと思うのだった。
 
 強いて言えば、リュカとエルフの女性以外の視線が明らかに良好とは言い難い思いを含んでいることが気にはなる。
 確かに昨日のマルセルやリュカの態度からなんとなく察してはいたが。改めてその状況に立たされると、なんとなくいたたまれない気持ちがあるというもの。

 そんな空気が読めているのかいないのか、リュカは朝からさわやかな笑顔で小春の方を見た。

「昨日はよく眠れた?」
「あぁはい、それはもう。今世紀一眠れたといっても過言はないぐらい眠れました」
「ふ……、満足していただけたようで何よりだよ」

 リュカは口元を抑え、笑うのを我慢しながら小春に応じる。
 小春の何がリュカのツボに刺さっているかは謎だが、正直この気まずい空気が和らぐのでありがたい。

「それで今日はコハルさんに俺の側近を紹介しておこうと思ってね。マルセルにはすでに昨日会っているからわかる?」
「はい」
「マルセルは俺の秘書兼外交官みたいなものかな。とっつきにくいと思うけど、優秀だし面倒見もいいから、何かあればすぐマルセルに言ってくれればいいよ」
「……はぁ、わかりました」

 面倒見がいいにしてはその人、先ほどより雰囲気が険しくなっているのだが……。
 と、内心苦笑いを浮かべる。

「で、そこのでかいのが第1騎士団の団長のアルフレッド」
「は、でかいは余計でしょ、リュカ様」

 アルフレッドと呼ばれた青年は見た目通り騎士団長であるらしい。王弟殿下であるリュカと軽口を言い合っているところを見ると、それなりに長い付き合いなのだろう。リュカの紹介でアルフレッドは表情を和らげたものの。相変わらず小春に向ける視線は鋭い。

「アルフレッドだ。だろうがよろしく頼む、聖女様」

 アルフレッドは気さくな態度で小春に声をかけたが、その言葉にはしっかり棘があり、釘をさされたと気づく。
 元々威圧的な雰囲気をまとうアルフレッドに敵意を向けられると、さすがの小春も身構えそうになる。
 あたりがきついことで。

「それから、その亜人は第8騎士団団長のノエル」

 リュカに紹介され、ノエルは軽く頭を下げた。
 アルフレッドと同じ軍服を着ていたことから騎士団所属かと思っていたが、まさか団長だとは思わずケモ耳美少女をじぃと見つめた。
 
 耳と尻尾から狐の亜人だと予測できるが、華奢でスラッとした身体からは戦闘系のキャラを想像していなかったたため、内心驚いていた。亜人というのは見た目に関係なく戦闘能力が高い種族なのだろうか。

 つり目がちの眼から向けられる鋭い視線が居心地の悪さを増長させる。ここまであからさまに敵意を向けているのはノエルだけだろう。美人が睨むと怖いというのは本当だったらしい。

「そこのあくびしてるのが宮廷魔術師のローラン」
「あっれ、ばれた?……よろしくねー、聖女ちゃん」

 浮世離れした雰囲気からは想像できないような軽薄な態度に思わず目を見張る。その表情からは何を考えているかわかりにくい。現状小春に対して、敵意があるのかないのかがあまり読みと取れない。
 真意がわかりにくいのは苦手なタイプだ。なんだかんだノエルのようなわかりやすく敵意を向けてくるほうが対応しやすくて助かるのだが。

「最後に宮廷医のオレーリア」
「はーい、オレーリアです。聖女様が可愛らしい方で光栄だわぁ。もし体調悪くなったり怪我したらいつでも言ってね!………もちろんちょっと悩みにも乗れるわよ、恋の相談とかね」

 エルフ耳の美人、オレーリアは小春に近寄り、耳元でささやいた。
 先ほどからリュカ以外で小春に対して好意的な態度だと思っていたが、今までのメンバーと正反対に表面的には歓迎モードで拍子抜けする。

「てことで、コハルさんからも自己紹介してもらってもいいかな?」
「あ、はい。小春といいます。一応聖女として呼ばれたみたいで、昨日からこちらでご厄介になってます。ご迷惑をかけますが何卒よろしくお願いします」

 小春は頭を斜め45度に下げて丁寧に挨拶した。
 何事も第一印象が大事だ。ここは丁寧に挨拶をしておいて少しでもマイナスイメージを払拭しておいたほうが後々のために良い。

「君、そんな真面目な態度もできたんだ、ぷっ」
「……何がそんなに面白いのか全然理解できないのですが、いちいちそうやって笑うの失礼だと思います」
「いや、ごめん。そんなつもりはないんだけどね……ふふ」

 本当に悪いと思っているのだろうかこの人は。
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