一般人になりたい成り行き聖女と一枚上手な腹黒王弟殿下の攻防につき

tanuTa

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1章

3,とりあえず解せない

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 小春のあっけらかんとした態度に対し、リュカは瞬きを何度かして苦笑いを浮かべた。

「あーと……、それはどういう意味か聞いても?」
「意味も何もそのままですよ、私は聖女じゃないので」
「……仮にそうだとして、何を根拠にそう思っているのかな?」
「根拠と言われると難しいですね、証明できることはなにもありませんので。しいて言えば今までの経験上…?から総合的に3人の中で一番聖女でない確率が高いというか。要するに勘です」

 今まで読んだ本の傾向でいえば、異世界転移、それも聖女ものとなると容姿は美人で何より人のために動けるような性格の持ち主が対象だろう。確か国語辞典とかで聖女について調べれば、「清純高潔な」「神聖な」「慈愛に満ちた」といった単語が出てくるはずだ。

 小春は打算的に考えて行動する方なので人のために動けるような行動力がそもそもない、典型的なサトリ世代だと自負している。まちがいなく、清純高潔やら神聖やらの言葉とは無縁の存在だ。
 
 ほかの2人についてはあまり知らないので何とも言えないが、とにもかくにもトンデモ美少女なのだ。聖女といえば、美人というのが定石なのだし、他2人はその時点で聖女とやらの土俵に立てているのだ。ならそのうちのどちらか、あるいは両方が聖女だろう。というかオリヴァーも出会ってすぐ沙菜を聖女だとか言っていたのだ。そういうことに違いない。

 その際リュカはなんとも言えないような名状しがたい表情を浮かべているだけだった。

「まあ、ということなので私としてはお節介になるつもりは特にないです。せめて勝手に召喚された慰謝料として、好条件の住む場所と仕事先を紹介してくださればなぁ、とは思いますけど」

 小春はついでに最低限譲れないことはちゃっかり伝えておく。
 こういうときは、一被害者として主張するところは主張せねば。ときに貧乏くじを引かされる可能性もある。
 
 それに対してリュカは急に肩を震わせ始めた。どうやら笑っている、らしい。そのせいで先ほどまとっていた冷たい空気は消え、リュカの周りは元の柔らかい空気になっていた。
 何がおかしかったのか全く分からない小春はその様子に首をかしげる。

「ははっ、なるほどちゃっかりしている。コハルさんの主張はわかった。もちろん、と言ってあげたいところなんだけど、そういうわけにもいかないんだよね」

 なるほど、小春の現金な態度がおかしかったのか。失敬な。
 すると、リュカは笑うのをやめ、申し訳なさそうに眉尻を下げた。

「君にとって勝手に連れてこられて迷惑なことだろうけど、開放してあげるわけにも行かなくてね」

 予想できていたことだったため、驚くこともなくその事実を受け止める。
 国からすれば、このまま小春を世に放てば、国の機密情報をばらまくようなものだろう。

「ならしょうがないですね。でも口封じに殺されるのは勘弁願いたいかな」

 小春の遠慮のない言葉にリュカはわずかに目を見開いた。 
 こういう腹黒そうな人間には、相手の腹の読み合いをするよりかは、堂々としたていたほうが案外良かったりする。

「口封じ、ね。なるほど、やはり君は賢いようだ」
「……どうも?」

 あまり褒められているように聞こえず、眉を顰める。それに対し、リュカは楽しそうなものだ。

「聖女は貴重な存在だし、そう簡単には殺されないよ。君の危惧しているようなことにはならないだろうね」
「……そうですか」

 含みがありそうな物言いに、小春は目を細めた。隠していることは多そうだ。
 
「じゃあ話をもどすね。……現状、聖女召喚に、一般人も召喚されるっていう可能性は否定できないから、君が聖女でない可能性は十分に考えられる。でも、確証はない。特殊な力が発現すれば聖女であると証明できるが、その逆はそう簡単じゃない」
「存在しないものを証明する方法がないから、ですか」
「そう。過去の召喚された聖女の中には能力の発現に1年以上かかった者もいるという事実もある。つまり、今のところ、3人とも聖女である可能性はあるから、能力が発現しないからと言って聖女でないと判断し、お払い箱にするのは時期尚早ってことだよ」

 小春が聖女であると判断できるわけではないが、だからと言って聖女ではないという証拠もない。王宮側としては小春がこのままリュカのもとからいなくなったあと、「実は聖女でした」となったところで後の祭りなのだ。そうならないための予防線として、3人とも聖女として扱う、ということだろう。端的に言えば、聖女様(仮)ということか。

「その対応は納得できますけど、そうなると例え聖女でなくても、少なくとも1年間はリュカ様にお世話にならないといけないってことですか……?」
「ご明察。だから俺やコハルさんの意思に関係なく、君はとりあえず今日からってことだね」
「ははは、どうしよう全くうれしくない」
「奇遇だね、俺も同意見だ。さすがは
「さっきから嫌味っぽく俺の聖女(仮)言うのやめてください」

 なんだかんだ面白がってないかこの人、と少し睨みながら抗議すると、小春の反応もまた面白いらしく声をあげて笑い始めるリュカ。解せない。

「とまぁ、そういうわけでこれからどうぞよろしく。俺の聖女殿」
「……」

 リュカの不意打ちの柔らかい笑みについ頬を赤らめてしまい、小春は何かに負けたような気がして口をムスッとさせた。やはり解せない。


   ◆   ◆   ◆   ◆


 小春は1人で寝るには大きすぎる天蓋のあるベッドに転がっていた。ベッドは程よく体が沈むし、布団は柔らかく肌触りも良い。その寝心地の良さに眠気が誘われそうになる。

 そんな中、今日あった出来事を頭で整理する。

 まず聖女召喚によって唐突な異世界転移。
 なおかつ召喚された肝心の聖女は3人。これはこちらの世界の人々の様子からイレギュラーのようだ。
 そしてなぜか、その3人聖女(仮)たちはバラバラにされたわけだが。

 ここで少し気になるのは、成り行きとはいえ、聖女を3人ともまとめて連れていくのではなく、わざわざ1人ずつにしたことだ。
 3人が一緒にいることで何か不利益があるということだろうか。

 例えば、聖女が誰につくかで権力やら勢力の集中を避けるとか、王位継承権的な問題とか?
 だとしたらよく知らない国で、よくわからない政治的問題に巻き込まれるのは正直御免被るが。国にとって不利益だと判断され、殺されるのも避けたい。

 そしてなにより気になるのは、小春はリュカからあまり歓迎されていないことだ。マルセルの様子からもリュカの側近辺りからも歓迎されていないことが容易に想像がつく。
 正直これに関しては、現状全く理由が思いつかない。
 まあ、これについては小春が能力を発現しなければ、彼らも小春を邪険に扱えないわけで。それにせいぜい期間は1年。

 つまり、小春は彼等に目をつけられないようにしつつ、1年の間に聖女でないと証明し、1年後に向けて独り立ちできるように身支度を整えば解決する問題だ。

 となると、当面は目をつけられないようこの世界の常識を身に着けることと、独り立ちのために手に職をつけるのが無難か。

 知らぬ間にこの国の政治やらに利用される可能性も考えられるし、早めに情報収集していきたいものだ。

 あと、予想通り小春が聖女でないならそれでいいが、万が一聖女の能力が発現した場合は……。

 そこまで考えて、思考が止まる。今日はいきなり異世界に召喚されたことで身体的にも精神的にも疲弊しているのか、かなり睡魔が襲ってきていた。
 あと本音で言えば、この天国にいるかのような気持ちになれるベッドにダイブしてからというもの一歩たりとも動きたくないという思いがあることは否定しない。
 
 それにあと1年しかこのベッドを堪能できないのだ。ならこの思いに従っておいても損はない。
 1年後、新居にこのベッドだけでも持っていけないだろうか……。などと思いつつ、重くなったまぶたが下がっていくのを感じ、身を委ねた。
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