兄貴、甘えすぎにご用心！

第2章 日常に潜む小さな違和感

04話「静かな夜、近づく距離」

　夜の静かな家の中、蒼はベッドに腰を下ろし、考え込んでいた。

　――もし、兄弟じゃなかったら。

　響が投げかけたその問いが頭を離れない。単なる冗談として流すには、その言葉はあまりにも心の奥深くに刺さっていた。

　自分の中で芽生え始めている感情が、単なる「兄弟愛」ではないことを蒼は認めたくなかった。

「……こんなこと、考えるのは馬鹿らしいな」

　蒼は小さくつぶやき、ため息をついた。そのとき、不意に部屋のドアが静かに開く音がした。


「兄貴、まだ起きてたんだ」

　振り返ると、そこにはパジャマ姿の響が立っていた。蒼は驚いた顔を見せたが、すぐに眉をひそめる。

「……はぁ。またお前は」
「えへへ、なんか寝れなくてさ。……兄貴と一緒にいてもいい？」

　無邪気に尋ねる響の顔を見て、蒼はため息をつきながらも断れなかった。

「……好きにしろ」

　響は嬉しそうに蒼のベッドに飛び乗り、蒼の隣に座り込んだ。

「兄貴の部屋って、なんか落ち着くんだよね」
「……それ、前も聞いた」

　蒼は苦笑しながらも、響を追い出すことはしなかった。響はさらに近づき、自然な動きで蒼の肩に頭を預ける。

「こうしてると、ほんとに兄貴と家族なんだなって思うんだよ」

　響のその言葉に、蒼の胸がざわついた。

「……何が言いたいんだ？」

蒼が少し警戒しながら問いかける。

「んー……別に。ただ、一緒にいるのが落ち着くってだけ」

　響はそう言いながら、蒼の肩にさらに体重を預けた。その無防備な姿が、蒼の理性をじわじわと試しているように感じられた。


　しばらく無言のまま、二人はその場に座り続けた。部屋の中に漂う静けさが、二人の間に何か特別な空気を生み出していた。

「ねぇ、兄貴……俺のこと、どう思ってる？」

　不意に響が問いかける。その声は、いつもの無邪気なものとは少し違っていた。

　蒼は返答に詰まり、口を開こうとして閉じる。

「……前も言ったろ。弟だよ。お前は俺の弟だ」

　精一杯の言葉を絞り出したが、その言葉が空虚に響いた。

「そっか……でも、それだけなのかな」

　響の言葉に、蒼は胸が痛むのを感じた。

「……何が」

　蒼はそう言いながらも、響を振り払うことができなかった。響は笑顔を浮かべたまま、静かに蒼に寄り添い続ける。

「俺、兄貴と一緒にいるのが一番安心するんだ。だから、こうしていられるのが嬉しい」

　その言葉に、蒼は心の奥で何かが崩れていくのを感じた。


　蒼は、自分の心が今どこへ向かっているのか、もう止めることができないのではないか――そんな予感が胸に広がっていくのを感じていた。