兄貴、甘えすぎにご用心!

凪玖海くみ

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第2章 日常に潜む小さな違和感

03話「街中で交差する感情」

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 賑やかな街の中、蒼と響は並んで歩いていた。
 雑貨店や服屋を巡りながら、響はいつものように無邪気な笑顔を浮かべている。

「あっ。兄貴、これとかどう? 似合いそうじゃない?」

 響が棚からシャツを取り出し、蒼の前に掲げてみせる。

「……俺にそんな派手なのは無理だ」

 蒼は苦笑しながら断ったが、響は引き下がらず、シャツを手に試着室へ向かった。

「じゃあ、俺が試してみるから見ててよ!」
「……」

 数分後、響が試着室から出てきた。派手な柄のシャツを着て、得意げな顔を浮かべる。

「どう? 似合う?」
「へぇ……まぁ、悪くない」

 蒼はあくまで冷静を保とうとしたが、無邪気にシャツの裾を引っ張って見せる響の姿に、思わず視線が止まってしまう。

 彼が自分に向けている笑顔が、普通の兄弟のそれとは違うように感じられて――胸の中で何かがざわついた。


 そのとき、不意に背後から声がかかった。

「あれ? 宮瀬じゃないか」

 振り向くと、そこには蒼の大学の友人が立っていた。彼は二人の姿を見て、微笑みながら言った。

「そっちの子、弟? 休みの日に一緒に外出とか仲いいんだなぁ」

「……まぁな」

 蒼は素っ気なく答えながらも、その言葉が胸の奥に妙な違和感を残した。

 兄弟――そう呼ばれることに、以前は何の抵抗もなかったはずだ。しかし今、その言葉がどこか嘘くさく響いて感じられる。

「じゃあ、またな」

 友人は軽く手を振って去っていった。
 その場に残された蒼は、自分の心に生まれた違和感に戸惑いを覚えていた。


 店を出て歩き出すと、響がふと口を開いた。

「兄貴、どうしたの? さっきからずっと黙ってるけど」

「……別に、なんでもない」

 蒼が答えると、響はじっと彼を見つめた。

「――ねぇ、兄弟じゃなかったら、どうする?」

 唐突に放たれたその言葉に、蒼の足が止まる。

「……は?」
「もし、俺たちが兄弟じゃなかったら――兄貴はどう思うのかなって」

 響の言葉は冗談のように聞こえたが、その瞳の奥には、何か確かなものが潜んでいた。蒼は返答に詰まり、視線を逸らす。

「……変なこと言うな」

 蒼はそう言ってその場を収めようとしたが、自分の心が大きく揺れていることを隠せなかった。


 その後、二人の間には妙な沈黙が続いた。普段なら賑やかに響く会話も、今は一言も交わされない。

 蒼は心の中で自問していた。

 ――もし響が弟じゃなかったら……兄弟じゃなかったら、俺はどうする?


 ――さあ、わからない。

 その問いに、答えを見つけることができないまま、二人は無言のまま家路を歩いていった。



 家に着いたころには、空が薄暗くなり始めていた。玄関で靴を脱ぎながら、響がぽつりと言う。

「なんか、今日の兄貴、ちょっと変だったね」

 その言葉に、蒼は胸が痛むのを感じた。

 変だった、のは自分ではなく自分の中で芽生え始めた感情かもしれない――そう思いながらも、口にはできなかった。

「……別に。疲れただけ」

 蒼は短く答え、すぐに自室へと向かった。


§

 ベッドに横たわり、蒼は目を閉じたが、心は一向に落ち着かない。

 響の言葉が頭の中で繰り返される。

 ――もし、兄弟じゃなかったら、どうする?

 その問いに対する答えはまだ見つからない。
 しかし、それがただの冗談ではなかったことだけは、蒼にもはっきりと分かっていた。
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