すれ違う星の形

第2章 近づく距離

06話「孤独な時間」

　天城は、自宅のソファに沈み込み、頭を掻きながら深いため息をついた。
　透也とのすれ違いが頭から離れず、もやもやとした感情が胸に渦巻いていた。

　――どうしてこんなに素直に話せないんだろう……。

　これまで二人で仕事を進める中で、信頼関係は築けていると思っていた。だが、昨日の透也の冷たい態度が、胸に小さな棘のように刺さり続けていた。

　天城はスマホを手に取り、ためらいながらも遠山綾香にメッセージを送った。同じチームにいる彼女なら、透也の心情を少しは理解しているかもしれない。

『最近、真柴くんの様子が変なんだ。僕、何か嫌われるようなことしたかな？』
『うーん、どうだろう？　彼、割と自分の感情を隠しちゃうタイプだから』
『それは分かるんだけど、何か距離ができた気がして……』
『それ、多分ね……君に対して特別な気持ちがあるんじゃない？』

　綾香のその言葉に、天城は一瞬驚いた。

『特別なって？』
『んー、上手く言えないけど、親しくなった分、距離感をどう取るべきか分からなくなってるんじゃないかな』

　天城はその言葉を胸に刻み、次のメッセージを打った。

『ありがとう。次こそは、ちゃんと話してみるよ』


§

　一方その頃、透也もまた、ベッドの上で天井を見つめながら思い悩んでいた。

　――誰かと……天城さんと話すのが、こんなに難しいなんて……。

　これまではただの仕事の相棒だったはずが、今は天城のことを考えるだけで胸がざわつく。それがなぜなのか、自分でも答えが見つからない。

　何度も浮かんでくるのは、天城が自分に優しく接してくれた時の記憶だった。彼の温かい笑顔や、自分を気にかけてくれる言葉が心に残り続けている。

「僕は……天城さんのことが……」

　言葉の続きを呟こうとしても、声にならない。
　透也はその曖昧な感情に戸惑い、心の中で何度も自問した。


　翌朝、オフィスのエントランスで天城と目が合った瞬間、透也は軽く頭を下げた。

「おはようございます」

　天城も同じように頷き、少し寂しげな笑顔を見せる。

「おはよう、真柴くん」

　その笑顔に透也は心が揺れたが、何も言わずに自分の席に向かった。


　午前中、二人は静かに仕事を進めた。
　これまでのような自然な連携は戻らず、会話は必要最低限にとどまっていた。

　周囲の同僚たちも二人の様子を気にしているようだったが、誰も深く口を挟もうとはしなかった。

　――このままじゃ、ダメだ……。

　透也は自分でも分かっていた。天城との距離を縮めるためには、自分からも素直になる必要があると。しかし、その一歩がどうしても踏み出せなかった。


　夕方、退勤時間が近づくと、天城が透也のデスクにやって来た。
　透也が顔を上げると、天城は真剣な表情で言った。

「真柴くん、今日少し話せないかな？」

　透也は一瞬戸惑ったが、天城の真剣な眼差しを見て、やがて小さく頷いた。

「……はい、分かりました」

　天城は安堵の表情を浮かべ、軽く笑った。

「ありがとう。じゃあ、少し歩こうか」

　二人は静かにオフィスを出て、夕焼けに染まる街を並んで歩き始めた。


　歩きながらも、二人はしばらく無言だった。だが、その静けさは重たさを伴わない、どこか心地よい沈黙だった。

「ねえ、真柴くん……」

　天城がふと口を開いた。

「僕、君ともっとちゃんと話したいんだ。何かあったなら、僕に言ってほしい」

　透也は足を止め、天城の方を見た。彼の瞳に映るのは、心からの誠実さだった。

「……僕も、天城さんとちゃんと話したいと思ってます」

　その言葉に、天城は微笑んだ。透也の胸の中には、小さな希望の光が灯っていた。