最強の先輩攻略法

02話「猛アタック開始」

　昼休み、遼太は校舎裏のベンチに腰を下ろし、持参した文庫本を開いた。
　この場所はあまり人気がなく、静かに過ごせる。彼にとって、束の間の平穏を味わう時間だった――。

「先輩、また会いましたね！」

　その声を聞いた瞬間、藤崎は本を閉じる。再会と言わんばかりにニコニコとして現れたのは、昨日図書室で突撃してきた後輩、やはり佐伯航平だった。

「またお前か」

　低い声で呟く遼太に、航平は満面の笑みを向ける。

「はい！　今日も攻略を進めに来ました！」

「……その言い方をやめろ。俺はゲームのキャラじゃない」
「けど、俺の中では先輩はレアキャラなんですよ。しかも超ウルトラレアクラスの！」

　遼太は深い溜め息をついた。この後輩のテンションには、何を言っても無駄な気がする。彼は本をカバンにしまい、立ち上がる。

「帰れ。俺は一人で静かに過ごしたい」

　素っ気なく言い放ち、その場を去ろうとする遼太。しかし、航平は後を追いかけてきた。

「先輩、逃げても無駄ですよ！　俺の根気はすごいんですから！」
「根気の方向を間違えてるんだよ」

　振り返らずに言う遼太の言葉に、航平はそうですかね、と明るく返す。

　遼太は再び深いため息をつき、足早にその場を立ち去った。


　その日から、彼の平穏な日常は完全に崩れた。
　昼休みの屋上、遼太が一人で弁当を食べていると、航平がやってくる。

「先輩、今日も一緒に食べましょう！」
「いや、俺は一人で――」

　言い終わる前に、航平は自分の弁当箱を遼太の前に置いた。

「これ、俺の手作りです！　食べてみてください！」
「いらない」

　遼太は素早く断るが、航平は全く気にしない様子で弁当を開けた。

「俺、料理得意なんですよ！　先輩も得意そうですけど、どうですか？」

「はぁ……黙って食え」

　遼太は呆れながら自分の弁当を再び開く。
　航平の軽快な話しぶりをラジオ感覚で聞き流すようにして。


　放課後の廊下でも、航平は現れる。

「先輩、一緒に帰りましょう！」
「断る」
「じゃあ、俺は先輩の後ろを歩くだけでいいです！」

　遼太は冷たく返事をするが、航平は嬉しそうにじゃあ決まりですね、とついてくる。

　なんとか一人になるために角を曲がるが、航平はすぐに追いついてくる。

「先輩、足早いですね！　運動してるんですか？」
「お前のせいでな」

　遼太は心底疲れた表情で答えるが、航平はまるで気にしていない。


　ある日、遼太が廊下で教科書を落としてしまった。拾おうと屈むよりも早く、航平が手早く拾い上げる。

「どうぞ、先輩！」

「……ありがとう」

　不本意ながら礼を言う遼太に、航平はにっこり笑う。

「俺、こう見えて気配り上手なんですよ！」
「自分で言うな」

　遼太は呆れながらも、小さく笑みを浮かべた。

「あれ？　今、先輩笑いました？」

「……気のせいだ」

　素っ気ない対応をする遼太だが、内心では佐伯のことを少しだけ認め始めている自分がいた。


　その日の帰り道、遼太は一人で歩きながら考えた。

　――あいつ、ただの面倒な奴じゃないのかもな……。

　だがすぐに首を振り、自分の考えを否定する。

　――だが、関わらないほうがいい。

　そうつぶやくと、溜め息をついた。


☆　☆　☆

　一方、校舎の片隅では航平がにこやかに目標達成を喜ぶ。

「今日も一歩前進ですね！　へへ、明日はもう少し踏み込んでみようかな！」

　その言葉が、遼太にとってさらなる嵐の予兆であることを、まだ本人は知らない。