渇望の檻

第4章

04話「再出発」

　朝の静かなカフェに陽光が差し込み、柔らかな光がテーブルを照らしている。
　優希はエプロンを身につけ、深呼吸しながらカウンターに立っていた。あの出来事から数ヶ月が経ち、彼はこの場所に戻って新たな生活を始めている。

　カフェの準備を整えながら、優希は少しずつ、自分の心が癒えているのを感じていた。かつてはあれほど傷ついていた記憶が、今では心の一部として静かにそこにある。

　過去を完全に忘れることはできないが、その記憶に囚われることなく生きていける――そう感じられるようになった。

　ふと、ドアが静かに開き、聞き慣れた足音が響く。夏目がカウンターに歩み寄り、穏やかな笑顔を浮かべていた。優希はその姿を見て、少し照れくさそうに微笑んだ。

「夏目さん、おはようございます」
「おはよう、優希くん。元気そうで何よりだ」

　夏目はカウンター席に腰を下ろし、優希が淹れた珈琲を置くと彼はゆっくりと口に運んだ。その穏やかな仕草を見ていると、優希の胸にふわりと温かい気持ちが広がる。


　あの日、彼が救い出してくれたおかげで、今の自分がここにいるのだと実感する。

　夏目は優希の表情を見つめながら、静かに言葉をかけた。

「どう、あの時の傷は少しは癒えたかな？」

　優希は少しだけ考え込み、そしてうなずいた。

「ええ……最初は、いろいろなことを思い出してしまって……正直、辛かったです。でも、今は前を向いて生きていこうと思えるようになりました」
「それが君の強さだよ。過去は変えられないけど、それをどう受け止めるかは自分次第だ。君がその道を選んだこと、私はとても誇らしく思うよ」

　優希は夏目の言葉を胸に刻み、心の奥に新たな決意が湧き上がるのを感じた。もう二度と、自分を閉じ込めるような生き方はしたくない。

　自分の力で未来を切り拓き、自由に生きていく――それが、今の彼の望みだった。

　ふと、夏目は優希の肩に手を置き、まっすぐに彼を見つめて言った。

「優希くん、君がこうして自分の道を歩もうと決意したこと、それはとても大きな一歩だ。これからも、自分を大切にしてほしい。そして、もし何か困ったことがあれば、いつでも頼ってくれていいんだ」

　優希はその言葉に胸が温かくなり、深くうなずいた。夏目に支えられたおかげで、彼はここまで来ることができた。そして、今度は自分自身の足で歩き出すときが来たのだ。

「本当にありがとうございます、夏目さん」

　優希は感謝の気持ちを込めてそう告げ、エプロンの紐をもう一度引き締めた。店内の準備が整い、彼は少しずつ入ってくるお客様を笑顔で迎えながら、未来への一歩を確かに踏み出していく。

　朝の光が、カフェの大きな窓から差し込み、彼の新たな決意を優しく照らしていた。