渇望の檻

凪玖海くみ

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第2章

04話「初めての相談」

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 駅前のファミレスのガラス越しに、街灯の明かりがぼんやりと映っている。

 優希は窓際の席に座り、カップに入った水を見つめていた。緊張した指先が、無意識にカップ、の縁をなぞる。

 ――話せるだろうか。すべてを。

 頭の中には、夏目の顔がちらつく。

 自分の状況を正直に伝えるべきか、迷いが胸の中で膨らんでいく。言葉にすることで何かが変わるのだろうか――それとも。

 ふと、入り口のベルが鳴り、ドアが開く音が響いた。振り向いた先にいたのは、ジャケットを羽織った夏目匠だった。

 彼は軽く手を挙げて、まっすぐ優希の席へと向かってくる。

「ごめん、待たせたね」

 夏目の声は、優希の胸に温かさをもたらすような柔らかさがありながら、どこか威厳を感じさせた。

「いえ、大丈夫です……ありがとうございます」

 優希は少し緊張しながらも、笑みを浮かべて答えた。

 夏目は自然な仕草でコートを脱ぎ、対面の席に腰を下ろす。

「まずは何か飲もうか? 話はその後にしよう」

 ウェイターにコーヒーを注文し、ふたたび優希に向き直る夏目。その姿は、まるで時間を気にする素振りもなく、相手の話を引き出すことに集中しているようだった。

「さあ、君の話を聞かせてくれないか」

 夏目の声には、急かすようなものはなく、ただ優希を包み込むような優しさがあった。

 優希は少し俯き、両手をテーブルの上で重ねる。言葉にしようとするたび、胸の奥に溜まった感情が絡まり、上手く話せない。

「……その場所は、僕を守るための場所だったって……言われたんです」

 ようやく口にした言葉は、途切れ途切れだった。

 それでも夏目は黙って優希の話を聞いていた。その視線には、鋭い洞察力とともに、相手を傷つけないようにする配慮が込められているように。

「守るための場所、か……」

 夏目はコーヒーカップを指でなぞりながら、静かに続けて呟く。

「でも、君はそこにいることが苦しかったんだよね?」

 優希は一瞬だけ目を伏せ、唇を噛んだ。

「……はい。僕があのままいたら、何もかもが壊れてしまう気がしたんです」

 夏目は静かに頷いたあと、ゆっくりと優希に問いかけた。

「これはあくまで探偵としての勘だが――君は、今も何かから逃げているんじゃないか?」

 その言葉に、優希の胸が締めつけられる。

 自分でも分かっていた――逃げているのは、零からだけではない。自分自身の弱さからも、目を背けようとしている、と。

「……分かりません。ただ、僕は……」

 優希は言葉を詰まらせたまま、拳を握りしめた。夏目はそれを見て、軽く微笑んだ。

「無理に答えを見つけようとしなくてもいい。君のペースで話せばいいんだ」

 優希は少しだけ安堵し、ふわっと息を吐いた。

「すみません……また、話してもいいですか?」
「ああ、もちろんだ。いつでも待っているよ」

 最後に、夏目は柔らかな笑みを浮かべて一言つけ加えた。

「君がもう少し素直になれる日を、楽しみにしているよ」


 ファミレスの窓越しに見える夜の街が、静かに瞬いている。優希は夏目に別れを告げ、冷たい夜風の中へと歩き出した。

 ――次は、きっともっと素直になれる。

 そう自分に言い聞かせながら、彼は新たな一歩を踏み出した。
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