9 / 28
第2章
01話「逃亡の先での迷い」
しおりを挟む
夜の街は冷たく静まり返り、ビルの明かりが闇の中に浮かんでいた。
優希は一人、細い路地を歩き続けていた。振り返っても誰の姿もない。それなのに、心臓は鼓動を早め、不安が胸を締めつける。
――これでよかったんだ。逃げるしか選択肢がなかった。
そう自分に言い聞かせながらも、足がふらつく。全身が鉛のように重く、心の中には取り返しのつかない罪悪感がわだかまっていた。
「五十嵐先輩……」
思考の隙間に入り込むその後悔を、優希は頭を振って振り払った。零のもとに戻るわけにはいかない。そう強引に言い聞かせて……。
ふと足を止め、スマホを取り出した。画面に表示される時間は、深夜2時を過ぎている。路地に行き交う人はほとんどおらず、人気が途絶えたこの時間が、かえって彼の心に孤独をもたらしていた。
――どうしよう。帰って……いや、この時間で家に帰ったら誰かを起こしてしまうかも。
「それに……疲れたな」
浮かび上がる倦怠感と疲労に逆らえず、優希は近くのネットカフェを探し、その明かりを頼りにふらふらと歩みを進めた。
§
受付で手続きを済ませ、小さなブースに入り込むと、優希はようやく一息ついた。薄暗い照明の下、背もたれに体を預け、ため息をつく。
――これで自由だ……。自由になれたはずなのに。
だが、その実感はどこにもなかった。追われるように逃げ出してきた先には、解放感ではなく、深い虚無が広がっていた。
眠ろうとして目を閉じると、零の言葉が脳裏に蘇る。
「――お前を守るための場所だ。ここでは、何も心配しなくていい」
あの空間――外界から完全に隔離され、誰の目も届かない、零と二人だけの世界。
「――ここにいれば、お前は安全だ。俺が、お前を守るから」
零にとって、あれは優希を守るための正義の手段だった。
優希は目を開け、息を整えようと深く吸い込んだ。だが、胸の奥に詰まった不安は、呼吸を妨げるかのように彼を押しつぶしていた。
――あの場所に戻ってはいけない。絶対に。
そう自分に言い聞かせるが、彼の胸には少しの罪悪感がこびりついていた。
逃げ出してきたことへの後悔と、零を一人残してきたことへの自責――それが混じり合い、優希の心を締めつけていた。
ブースの中で体を起こし、スマホを確認する。
時刻は朝の5時。バイトの時間まではまだ少しある。ネットカフェで体を休めたと言っても、眠れたのはわずかな時間。体は重く、鉛のように足が動かない。
「はぁ……忘れよう」
そう呟くと、彼は改めて目を瞑る。
「大丈夫、大丈夫……普通に戻るんだ」
自分にそう言い聞かせながら、優希は再び夢の中へと落ちていく。
何もなかった、と言い聞かせながら……。
優希は一人、細い路地を歩き続けていた。振り返っても誰の姿もない。それなのに、心臓は鼓動を早め、不安が胸を締めつける。
――これでよかったんだ。逃げるしか選択肢がなかった。
そう自分に言い聞かせながらも、足がふらつく。全身が鉛のように重く、心の中には取り返しのつかない罪悪感がわだかまっていた。
「五十嵐先輩……」
思考の隙間に入り込むその後悔を、優希は頭を振って振り払った。零のもとに戻るわけにはいかない。そう強引に言い聞かせて……。
ふと足を止め、スマホを取り出した。画面に表示される時間は、深夜2時を過ぎている。路地に行き交う人はほとんどおらず、人気が途絶えたこの時間が、かえって彼の心に孤独をもたらしていた。
――どうしよう。帰って……いや、この時間で家に帰ったら誰かを起こしてしまうかも。
「それに……疲れたな」
浮かび上がる倦怠感と疲労に逆らえず、優希は近くのネットカフェを探し、その明かりを頼りにふらふらと歩みを進めた。
§
受付で手続きを済ませ、小さなブースに入り込むと、優希はようやく一息ついた。薄暗い照明の下、背もたれに体を預け、ため息をつく。
――これで自由だ……。自由になれたはずなのに。
だが、その実感はどこにもなかった。追われるように逃げ出してきた先には、解放感ではなく、深い虚無が広がっていた。
眠ろうとして目を閉じると、零の言葉が脳裏に蘇る。
「――お前を守るための場所だ。ここでは、何も心配しなくていい」
あの空間――外界から完全に隔離され、誰の目も届かない、零と二人だけの世界。
「――ここにいれば、お前は安全だ。俺が、お前を守るから」
零にとって、あれは優希を守るための正義の手段だった。
優希は目を開け、息を整えようと深く吸い込んだ。だが、胸の奥に詰まった不安は、呼吸を妨げるかのように彼を押しつぶしていた。
――あの場所に戻ってはいけない。絶対に。
そう自分に言い聞かせるが、彼の胸には少しの罪悪感がこびりついていた。
逃げ出してきたことへの後悔と、零を一人残してきたことへの自責――それが混じり合い、優希の心を締めつけていた。
ブースの中で体を起こし、スマホを確認する。
時刻は朝の5時。バイトの時間まではまだ少しある。ネットカフェで体を休めたと言っても、眠れたのはわずかな時間。体は重く、鉛のように足が動かない。
「はぁ……忘れよう」
そう呟くと、彼は改めて目を瞑る。
「大丈夫、大丈夫……普通に戻るんだ」
自分にそう言い聞かせながら、優希は再び夢の中へと落ちていく。
何もなかった、と言い聞かせながら……。
20
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。

初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています

ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。


男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる