渇望の檻

第1章

06話「焦りの中での決断」

　リビングの静けさが、零の頭の中でじわじわと不安をかき立てていた。無意識に指先が震える。さっき、優希の部屋から感じ取った小さな違和感――それが胸にこびりついて離れない。

　――やはり、優希は逃げようとしている……。

　机の位置が少しだけ変わっていた。わざとらしくない程度に物が動かされていた換気口への視線。僅かに小さな違いだが、それらが示す意味は一つしかなかった。

　優希は、チャンスを狙っている――と。

　零は深く息を吸い、拳をぎゅっと握りしめた。心の奥で、焦りが冷たい棘のように胸を突き刺している。

「逃げられたら、もう二度と取り戻せない……」

　その考えが頭を離れず、呼吸が乱れそうになるのを必死に抑え込んだ。


　――束縛をもっと強めるべきか……？
　――それとも、ただ見守るべきなのか……。

　どちらにせよ、これが最後のチャンスかもしれない。

　零は頭の中で何度もシミュレーションを繰り返し、さらに監視を強化するべきか、心の中で葛藤を続けていた。

「もっと縛れば優希はここに留まる。でも、それで優希の心まで縛れるわけじゃない……」

　心の奥底では分かっていた。優希が自由を奪われたままでは、かつてのような穏やかな関係に戻ることはない。

　しかし、それでも手放せない――彼を失う恐怖のほうが、遥かに勝っていた。


　零はそっと窓の外を見つめた。遠くで街灯が静かに揺れている。その光景が、あの高校時代の記憶を思い出させた。

　――二人で過ごした校舎裏の時間。

　誰もいない放課後のブランコで、優希と無言のまま並んで座っていた。あの頃、優希の存在はただ静かで、暖かい風のようなものだった。

「どうして、あの頃に戻れないんだ……」

　零は呟き、目を閉じた。過去はもう戻らない。それは分かっている。だが、どうしても優希を手放せなかった。


　彼を束縛するのではなく、今度こそ自分のもとに留まってもらえるようにする。そのためには、優希に逃げる隙を与えないようにしなければならない。

　夜が明けるころ、零は立ち上がり、地下室へと向かう準備を整えた。扉を開く瞬間が訪れる――そのとき、全てが決まる。


「優希……頼むから、俺のそばにいてくれ」

　零は心の中で祈るように呟き、扉の前に立った。重たく感じられる鍵に手を伸ばし、最後の決断を下す。