渇望の檻

凪玖海くみ

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第1章

02話「連れ去り」

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 タクシーの中、零は優希の手首を握ったまま、無言で夜の街を見つめていた。
 隣に座る優希は窓の外をぼんやりと見つめているが、腕の緊張が伝わってくる。その感触が零をわずかに落ち着かせていた。

 ――これでいい……。

 零は自分にそう言い聞かせた。これでようやく、あの不安から解放されるはずだ。優希がまた自分のもとにいる。それだけで大丈夫なはずだった。

 だが、心の奥底には、今も消えない小さな恐怖があった。優希がまた、自分の手から離れていくのではないかという、冷たい不安の残滓だ。

 二度と離さない──その想いを胸に、零は手の力を少しだけ強めた。


§

 タクシーが零の自宅に到着した。静かな住宅街にある彼の家は、夜の闇に溶け込むようにひっそりと佇んでいる。

「降りろ」

 零は短く命じ、タクシーのドアを開けた。優希は抵抗する様子もなく、静かに車を降りた。しかし、どこか震えるような息遣いが聞こえる。

 零はそのまま優希の手を引き、自宅の玄関へと向かった。夜風が二人の間をすり抜け、優希の肩がわずかに震えるのが見えた。

「……本当に、何をするつもりですか?」

 優希がぽつりと尋ねる声は、まるで霧のようにかすれていた。

「もう決まってる」

 零は淡々とそう答え、玄関の鍵を回した。

「――お前を守る。それだけだ」


 零は優希を連れて、家の中へと足を踏み入れた。暗い廊下を抜け、階段を下りていく。地下への扉を開けたとき、優希は一瞬だけ足を止めた。

「ここが……お前の場所だ」

 零はそう告げ、優希を室内に導いた。

 地下室は広く、清潔だった。ベッドや机、本棚が整然と配置されている。まるで「生活できるように準備された場所」だったが、窓は一つもない。外界から完全に遮断された空間だった。

 優希は部屋の中央に立ち、無言のまま室内を見渡している。その視線は冷たく、わずかに怯えを含んでいた。

 零は静かに扉を閉め、鍵を回す音が地下室に響く。その音は重たく、優希は心を縛る枷のように感じた。


「……もう、大丈夫だ。優希がここにいれば、何も怖くない」

 零は扉越しにそう呟いた。

 しかし、心の中の不安は消えなかった。

 ――これで本当に守れるのか?
 ――また離れてしまうのではないか?

 そんな疑問が、零の頭の片隅で囁いていた。

「俺だけが、あいつを守れる」

 その言葉を信じ、零は扉の鍵を再確認し、静かにその場を立ち去った。


§

 地下室の中、優希は一人取り残されたまま、ベッドに腰を下ろした。冷たい空気が肌にしみる。

 扉の閉まる音がまだ耳の奥に響いているような、晴れない気持ちが無邪気にも陥る。

「……五十嵐先輩、何でこんなことを……」

 優希はぽつりと呟いたが、その答えはどこにもない。
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