渇望の檻

凪玖海くみ

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第1章

01話「再会」

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 カフェの窓の外には、夕暮れのオレンジ色が薄く街を照らしていた。早坂優希はエプロンを整え、最後の注文を取り終えたところだ。店内には常連客が数人、ゆったりとした時間を過ごしている。

 そう、彼と再会を果たしてしまった、この瞬間までは――。

「お客様、ご注文はお決まりですか?」

 優希が声をかけ、顔を上げた瞬間、その言葉が喉に詰まった。目の前に座っていたのは──五十嵐零だということに。

「……久しぶりだな」

 零は静かに口を開いた。まるで時間などなかったかのように、自然な声だった。一方で、優希は動揺を隠しきれない。

「五十嵐、先輩……」

 懐かしさと不安が一気に胸に押し寄せる。
 高校時代、あまり人付き合いが得意でなかった優希にとって、零は数少ない心を許せた相手だった。しかし、その関係はいつの間にか途切れ、もう二度と会うことはないと心中で潜めていた、だのに……。

「お前の顔、しばらく見てなかったな」

 零の声は穏やかでありながら、どこか冷たく感じられた。優希は微かに笑い、できるだけ自然な声を装おうとした。

「そうですね……まさかここで、お会いするなんて」

 零は小さく頷いた。それだけで、彼の存在感が優希を圧倒する。
 高校時代もそうだった。五十嵐零は、人を寄せつけないような雰囲気を持ちながらも、不思議と優希には心を開いてくれた。それが、嬉しくもあり、少し怖くもあった。

「今日のシフト、何時までだ?」

 零の言葉はあまりにも自然で、まるで久しぶりの再会を喜ぶ友人のようだった。と、同時にその声には言い知れない圧力があった。

 優希は一瞬、答えに迷ったが、逃げることもできずに口を開いた。

「……あと少しで終わります」

 零はそれを聞いて、満足そうに微かに笑った。そして、短くなら待ってる、とだけ言い残して席を立った。


§

 店が閉まり、優希は最後の片付けを終えた。鍵を掛け、外に出た瞬間、背後から聞き覚えのある声が響く。

「優希」

 その声に、全身が硬直する。振り返ると、予想通りの人物──五十嵐零が立っていた。薄暗い街灯の光が、彼の冷たい目元をわずかに照らしている。

「タクシー、呼んである」

 淡々と告げられるその言葉に、優希は逃げ出したい衝動を抑えられなかった。しかし、足は一歩も動かない。零の目が、まるで出口のない暗闇を示すかのようだった。

「すみません、五十嵐先輩……何のつもりですか?」

 ようやく絞り出した声は、自分でも情けないほど震えていた。

「つもりも何も、もう決まってる」

 零は一歩前に出て、優希の手首を掴んだ。その力は強くもなく、弱くもない。ただ、確実に――逃がさないという意思を伝えていた。

「俺のところへ来い。……それだけだ」

 零の言葉は、夜の静寂に溶けていく。

 優希は心の中で何度も逃げろ、と叫んでいたが体は動かなかった。


 気づけば、タクシーの中に押し込まれていた。ドアが閉まる音が、まるで二度と開かない扉のように重たく響く。

 零は無言で優希の隣に座り、視線を窓の外へ向けている。

 優希は何か言おうと試みるが声は出ない。全身を包むこの静かな圧力に、ただ飲み込まれていくしかなかった。

 タクシーは夜の街を走り出し、優希の日常が静かに崩れていく音が、頭の中で鳴り響いていた。
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