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02話「年下の猛攻」
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午後、七時過ぎ。いつものように仕事を終えた啓介は駅へと向かう道を歩いていた。
――この時間じゃ、あのパン屋は閉まってしまってるか。……最近、行けてないな。
疲れた体を引きずるようにして歩いていると、遠くから元気な声が聞こえてきた。
「安藤さん!」
振り返るとパン屋の制服姿を着飾った直人が駆け寄ってくる。思わず足を止めた啓介は、その姿に驚いた。
「え、高槻君……? どうしてこんなところに」
「これ、パンの売れ残りなんですけど……。よかったら、どうぞ!」
直人は紙袋を差し出しながら笑顔を見せる。その眩しい笑顔に啓介は少し戸惑いながら受け取った。
「わざわざここまで持ってきたの? そこまでしなくてもいいのに」
「でも、安藤さん。最近、帰りに寄ることもないくらい忙しいのかなって」
「あ……」
「だから、お節介かもしれないですけど! 少しでも元気になってほしくて。あ、お代はいらないですよ」
「ええっ、そういうわけにはいかないよ。売り物だったんでしょう?」
「まあ……。けど、どのみち捨てちゃう予定らしいので。ほら、フードロスの削減だと思って貰ってください! 父さん――店長にも、ちゃーんと許可もらってるんで」
そう言う直人の言葉に啓介は一瞬言葉を失った。疲れている自分を気遣ってくれるその気持ちが、妙に胸に響いたのだ。
「……そういうことなら。有り難く家で頂くよ。店主さんたちにもお礼を」
「はい! 伝えておきますね」
真っ直ぐな笑みを啓介は向けられる。その笑顔は時に眩しくて、そしてどう対処していいのか、わからなかった。
刹那、青年は自身より年上の男性の顔色を伺いながら問う。
「それで、一つお願いがあるんですけど……」
直人が少し緊張した面持ちで啓介を見上げた。その視線に啓介は警戒しながら問いかける。
「お願い?」
「ええっと……。次のお休み、少しだけお話しする時間をもらえませんか?」
啓介は思わず目を見開いた。これはあの告白の続きだろうかと、ふと浮かぶ。
「……高槻君。それは――」
「強引かもしれませんけど! ……俺、安藤さんともっと話したいんです!」
まっすぐな視線に啓介は苦笑いしながら小さくため息をついた。
「……一度だけなら。それでいいかい?」
「本当ですか? ありがとうございます!」
直人の嬉しそうな顔に、啓介は困惑しながらその日は去った。
☆ ☆ ☆
約束の日、啓介が待ち合わせ場所に着くと直人はすでに待っていた。
カジュアルながらも清潔感のある服装に身を包んだ直人が明るく手を振る。
「安藤さん! お待たせしました!」
「いや、俺の方が少し遅れた。申し訳ない」
「いえいえ、とんでもないです! こうして安藤さんとデート……じゃなかった、一緒に外出できることが夢みたいですから」
「……」
穏やかに答えながらも啓介は少し戸惑っていた。こうしてプライベートで会うと、直人の若さが際立って見える。
「今日は公園に行って、その後近くのカフェでお茶しませんか?」
「いいけど……カフェ、か」
「はい! 安藤さんが疲れてるかなって思って、少しでものんびりできる場所を選びました」
その気遣いに啓介は小さく微笑んだ。
公園でベンチに腰掛け、しばらく話していると啓介がぽつりと仕事の愚痴をこぼした。
「――最近、上司からミスを押し付けられることが多くてね。周りに迷惑をかけないようにって思うんだけど……あ、ごめん。こんな話つまらないよね」
「そんなことないです。……けど、これだけは言わせてください。安藤さんは頑張りすぎですよ。周りのことを考えすぎちゃうから、自分がしんどくなっちゃうんです」
直人の真剣な表情に啓介は驚いた。その言葉が予想以上に核心を突いていたからだ。
「……そう、だね。聞いてくれてありがとう。少し楽になったよ」
穏やかに答える啓介の顔には、自然と笑みが浮かんでいた。
カフェでの楽しいひとときを過ごし、帰り道。直人が少し照れたように口を開いた。
「今日は本当にありがとうございました。安藤さんさえよければまた誘ってもいいですか?」
啓介は一瞬間を置き、微笑みながら答えた。
「……まあ、考えておくよ」
直人の顔がぱっと明るくなるのを見て、啓介はどこか不思議な気持ちになる。
この年下の青年が自分の心に入り込んでくるのを止められない予感がした。
――この時間じゃ、あのパン屋は閉まってしまってるか。……最近、行けてないな。
疲れた体を引きずるようにして歩いていると、遠くから元気な声が聞こえてきた。
「安藤さん!」
振り返るとパン屋の制服姿を着飾った直人が駆け寄ってくる。思わず足を止めた啓介は、その姿に驚いた。
「え、高槻君……? どうしてこんなところに」
「これ、パンの売れ残りなんですけど……。よかったら、どうぞ!」
直人は紙袋を差し出しながら笑顔を見せる。その眩しい笑顔に啓介は少し戸惑いながら受け取った。
「わざわざここまで持ってきたの? そこまでしなくてもいいのに」
「でも、安藤さん。最近、帰りに寄ることもないくらい忙しいのかなって」
「あ……」
「だから、お節介かもしれないですけど! 少しでも元気になってほしくて。あ、お代はいらないですよ」
「ええっ、そういうわけにはいかないよ。売り物だったんでしょう?」
「まあ……。けど、どのみち捨てちゃう予定らしいので。ほら、フードロスの削減だと思って貰ってください! 父さん――店長にも、ちゃーんと許可もらってるんで」
そう言う直人の言葉に啓介は一瞬言葉を失った。疲れている自分を気遣ってくれるその気持ちが、妙に胸に響いたのだ。
「……そういうことなら。有り難く家で頂くよ。店主さんたちにもお礼を」
「はい! 伝えておきますね」
真っ直ぐな笑みを啓介は向けられる。その笑顔は時に眩しくて、そしてどう対処していいのか、わからなかった。
刹那、青年は自身より年上の男性の顔色を伺いながら問う。
「それで、一つお願いがあるんですけど……」
直人が少し緊張した面持ちで啓介を見上げた。その視線に啓介は警戒しながら問いかける。
「お願い?」
「ええっと……。次のお休み、少しだけお話しする時間をもらえませんか?」
啓介は思わず目を見開いた。これはあの告白の続きだろうかと、ふと浮かぶ。
「……高槻君。それは――」
「強引かもしれませんけど! ……俺、安藤さんともっと話したいんです!」
まっすぐな視線に啓介は苦笑いしながら小さくため息をついた。
「……一度だけなら。それでいいかい?」
「本当ですか? ありがとうございます!」
直人の嬉しそうな顔に、啓介は困惑しながらその日は去った。
☆ ☆ ☆
約束の日、啓介が待ち合わせ場所に着くと直人はすでに待っていた。
カジュアルながらも清潔感のある服装に身を包んだ直人が明るく手を振る。
「安藤さん! お待たせしました!」
「いや、俺の方が少し遅れた。申し訳ない」
「いえいえ、とんでもないです! こうして安藤さんとデート……じゃなかった、一緒に外出できることが夢みたいですから」
「……」
穏やかに答えながらも啓介は少し戸惑っていた。こうしてプライベートで会うと、直人の若さが際立って見える。
「今日は公園に行って、その後近くのカフェでお茶しませんか?」
「いいけど……カフェ、か」
「はい! 安藤さんが疲れてるかなって思って、少しでものんびりできる場所を選びました」
その気遣いに啓介は小さく微笑んだ。
公園でベンチに腰掛け、しばらく話していると啓介がぽつりと仕事の愚痴をこぼした。
「――最近、上司からミスを押し付けられることが多くてね。周りに迷惑をかけないようにって思うんだけど……あ、ごめん。こんな話つまらないよね」
「そんなことないです。……けど、これだけは言わせてください。安藤さんは頑張りすぎですよ。周りのことを考えすぎちゃうから、自分がしんどくなっちゃうんです」
直人の真剣な表情に啓介は驚いた。その言葉が予想以上に核心を突いていたからだ。
「……そう、だね。聞いてくれてありがとう。少し楽になったよ」
穏やかに答える啓介の顔には、自然と笑みが浮かんでいた。
カフェでの楽しいひとときを過ごし、帰り道。直人が少し照れたように口を開いた。
「今日は本当にありがとうございました。安藤さんさえよければまた誘ってもいいですか?」
啓介は一瞬間を置き、微笑みながら答えた。
「……まあ、考えておくよ」
直人の顔がぱっと明るくなるのを見て、啓介はどこか不思議な気持ちになる。
この年下の青年が自分の心に入り込んでくるのを止められない予感がした。
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