上司命令は絶対です!

凪玖海くみ

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01話「再会の衝撃」

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 転職初日。三十路手前にして新しいスタートを切ることになった夏井光一は、緊張しながら会議室へ向かっていた。

「夏井さん、お疲れ様です! 新しい環境、どうですか?」

 明るい声で話しかけてきたのは同じ部署の松本拓海。人懐っこい笑顔で、初対面にもかかわらずフレンドリーに接してくれるおかげで、光一の緊張感も多少は和らぐ。

「お疲れ様です。えっと……さすがにまだ慣れてないですが良い雰囲気の職場、ですね」
「そう仰って頂けて何よりです! それじゃあ、うちの部長を紹介しますね。――瀬尾部長、新入社員を連れてきました」

「っ、どうぞ」
「失礼します」

 松本が会議室の扉を開けた瞬間、光一は固まった。
 理由は無論、何か居た人物の正体に。きっちりとスーツを着こなした若い男――。

「……瀬尾……湊?」

 無意識に名前を口にしていた。相手もこちらを見て、小さく笑う。

「お久しぶりです、夏井さん。覚えていますよね?」

 真っ直ぐな視線と穏やかな声。その瞬間、光一の記憶が一気にバイト時代へと引き戻される。


 ――あの生意気だった後輩が、どうしてこんな場所で?

 あらゆる疑問が吹き出る中、まず真っ先に浮かぶ素朴な疑問。しかし、その動揺を隠したまま湊が席に着くと、冷静な口調で自己紹介を始めた。

「改めまして、瀬尾湊です。皆さんが仕事に集中できる環境を整えるのが私の役目です。夏井さんも、分からないことがあれば遠慮なく聞いてください」

 涼しげな声。無駄のない動き。そして、一切の揺れを見せない視線。

「……はい、よろしくお願いします」

 光一は返事をするものの、心の中では動揺が収まらなかった。


 その日の午後、湊から個別に仕事の進め方について説明を受けることになった。

「夏井さん、この案件ですが、締め切りが近いので優先的に進めてください。それから……」

 淡々と説明を続ける湊を見ながら、光一は心の中で呟く。

 ――本当にあの瀬尾なのか? バイト時代、ミスばかりで俺に助けられてたガキが……こんなにしっかりするなんて――。

「……以上です。理解できましたか?」
「え? あ、ああ、大丈夫、です……たぶん」

 急に話を振られ、慌てて返事をする光一に、湊が小さく笑う。

「……夏井さん。昔からそうですが、返事が適当なときがありますよね」

「なっ、そんなことまで覚えてるのかよ。って、失礼。……すみません、つい」
「いえいえ、大丈夫ですよ。……夏井さんは印象に残る先輩でしたから」

 さらりと口にする湊に、光一は言葉を失った。


 定時が近づくころ、湊が声をかけてきた。

「夏井さん、今日の進捗ですが、初日で仕方ないとはいえ少し遅れてますね。もっと効率的に進められると思います」

 冷静な口調に苛立ちを覚えた光一が、少し意地の悪い言葉を返す。

「……お前、俺の上司って自覚してるのか?」
「はい、もちろんです」

 湊は微笑みながら続けた。

「だからこそ夏井さんには期待しています。年齢に関係なく、能力で評価するのが私の方針ですから」

 完璧な態度。それがかえって光一の気に障る。

「はぁ……若造が随分偉そうだな」

 周囲が聞き取るのが困難なくらい、小さな声音で呟く。

 帰宅途中、光一は今日一日を振り返っていた。

「あいつ、随分成長したもんだな」

 過去の瀬尾――彼がまだ学生の頃のイメージが頭に浮かぶ。

 ――バイト時代、失敗ばかりしてたあいつが上司に……。

 その事実に複雑な思いを抱きながら、光一は小さくため息をついた。

「期待してる、か……あいつにそんなこと言われてもな」

 どこか悔しいような、けれど少し誇らしいような気持ちを抱えたまま、光一は家路についた。
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