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爽やかな君の潮味 ⑤

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国王の言うように、僕は自分の運の良さに感謝しながら小舟に乗り込んだ。
オールがないので、森で拾った木を櫂の代わりにして、沼地の底を突きながらゆっくりと進んでいく。
沼の泥が絡みつき、思うように進むことが出来ない。
すでに炎天下の中で、何時間も舟を漕いでいるかのように感じられた。
ようやく門が見えてきたが、こちら側は裏門なのかもしれない。

裏門近くに漕ぎ着いて、愕然とした。
岩山に沿って、洞穴が通っているようであった。
多分、あの草原のどこかと繋がっているのではないだろうか。
一気に力が抜けたが、この町にたどり着いたことは事実だった。

沼沿いの道に舟を停めて、小高い崖を這い上がった。
長年足で踏み固められて、獣道のように自然に発生した細く岩の多い道であった。
しかし、道には草が生えており、蟻が巣穴を作っていた。
もう何年も、この道を通る者がいない感じの荒れ方であった。
僕は、高く伸びた草を踏み分けながら街の裏門へと歩いて行く。

閉じられた都と、国王は言っていた。
その裏門は、やはりひっそりとしていた。
衛兵の姿もなく、シンと静まり返っていた。
都市を囲む壁に生気はなく、国家の威信である旗すらも破れ、欠けて無くなっている箇所もあった。

放棄されてた町の空気が、裏門からすでに感じられた。
閉ざされた門の下には土がかぶり、長年開かれていないことを如実に示していた。
僕は開かないことを想定しながらも、扉を引っ張ってみた。
ゴグッ・・と音を立てながら、その大きな扉はゆっくりと揺れたが、長年積み重なってきた土に行く手を阻まれて動きを止めた。

「開くのか!?」
意外な手応えに少し興奮しながら、門の下に溜まっている土を素手で掻き出す。
道だった地面に両手を這わせて掻き出すが土は固く、インドアな僕の柔らかい素手はすぐに痛くなった。
門の傍らに放棄された、荷台だけの馬車から使えそうな棒を取り出し門の下の土をほじる。
ウォーキングについで泥沼での舟乗り、そして、ここに来て土木作業が僕の体力を奪っていく。
もはやヘトヘトで喉も渇いていた。
僕はタイヤーズ ハイになっているように、無心で作業を続けた。
かなり大きな扉だったので、僕の力で開くかは、はなはだ疑問であった。 

しかし、片方の扉側の土を取り除くと、ギッ、ゴグッ、ググッ、と音を立てながら片側の扉が身体の通れる範囲ぐらいに開いた。
気力、体力共にもはや限界だった。
フラフラと入ったその街で、水と腰を下ろせる場所を探したが何もなかった。
噴水の水は、沼と同じ色と匂いがしていた。
誰もいない街の中で、僕は水を求めて彷徨い、適当な建物の一軒に足を踏みいれた。

やはり誰もいない。
水瓶の水は噴水と同じく、どうにも危険な香りがする。
僕は棚に並んでいる瓶に入った液体の栓を開けて、 恐る恐る口に含んでみた。
毒や酒だった場合には、すぐに吐き出せるように、少しだけ 口に含んだ・・・。

『・・・うまい、』
甘みの中に微炭酸のような爽やかさがあり、少しだけとろりとした舌触りが何とも癖になる。
何よりも喉が渇いていた。
渇いた喉にその液体を一気に流し込むと、細胞の一粒一粒が争い求めるように、舌から、喉から、腹から各細胞に水分が送り込まれていくようだった。
「もう一杯・・・。」
急いで栓を開けて流し込んだ。

・・・、~~~、・・・、~~~。
 壁がぐるぐると揺れていた。
立とうとする足に力が入らなかった。
僕は何とか立ち上がろうとして、柱に手をかけると、バランスを失った棚が倒れた。
上に乗っていた瓶がガチャン、ガチャン、と床に落ちて割れていく。
大量の瓶が割れて僕に襲いかかってきたのは、強いアルコールの匂いだった。
立ち込める臭いを嗅いでいるだけで酔いが回る気がした。
僕が飲んだ物も、軽い酒の一種に違いなかった。

転がるように外に飛び出して、沼の放つ臭気がうっすらと香る、新鮮な外の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
多少気持ちは良くなったものの、まだグラグラと地面が揺れている妙な感覚が続いていた。
僕は気力を振り絞って街を歩き、何らかの痕跡を探し始めた。
かなり広い街ではあったが、人っ子一人いない廃墟だった。
裏門から入ったが、もうすぐ正門に着きそうであった。

僕が表門を開こうとした時に、街を囲む壁の上から、何かとてつもなく重いものがドスンと落ちる音が後方で響いた。
ハッと、身構えながらそちらに目を向けると、そこには人間の形をした堅そうな土、いやレンガ作りの鬼が、落下の衝撃でへこんだ土の上に立って、こちらを見つめていた。

!!
ゴーレム!!
女神と国王の言葉が同時に頭の中に蘇っていた。



つづく

次回は今日の夜、10/14の21:00です。
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