セカンドraboラトリー

rabao

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私が起こした奇跡の行方

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昔、製品サポートの女の子が、心労と過労で深夜のオフィスで絶命した。
その後にも、何人かが過労で亡くなっていたが、最初の事件があったデスクで、何人も亡くなっていることが判明した。
明らかに死者の多いそのデスクは、不吉であると倉庫に入れられ、処分の申請も出されていた。
全員が部署を異動し、申請を出したことすら誰も知らなくなった頃に、処分の許可がおりた。
実物のデスクを見たことはないが、先輩達から嫌な話を聞いたことはあった。
作業を命じられた社員は、うわさのデスクを汚いものを触るように、いやいや運び出し乱雑に裏道に置き去った。
机は明日の朝に回収してもらう、業者のトラックの手配も済ませていた。

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街は驚くほどの発展を遂げた。
ただ一人の知識による、かなり異質な発展ぶりであった。
天を突くような建物が立ち並び、彼女の育った村の朗らかな土の要素は、完全に覆われ整備されている。
立ち並ぶ建物の中で、一際大きく高いビルこそが彼女の象徴であった。
この発展の何もかもが、彼女一人の力によってなされた奇跡であった。

オフィスでは、彼女の指示の元に数千人が動き、外部の数万人がその指示を受け、数百万人が製造し、数千万人が販売に関わっている。
端末まで含めれば、数億人の雇用を生み出している。
それほど大きくもないこの世界では、国家、いや全世界が彼女の支配下であると言っても過言では無かった。
全ては異世界からの知識を継承した彼女の、頭脳に蓄積された暗い記憶から湧き上がる産物であった。

『ドライヤー』から始まった彼女の奇跡は、今もなお生きた伝説のように、新しい発想と製品を生み出し続けている。
しかし、ここに来て彼女の製品に陰りが見え始めた。
才能の枯渇と囁かれることもあったが、その言葉を払拭するように彼女は新しい製品を発表していく。
そのため、世間では誤報であったと、彼女の名声を更に高く評価していく。

最上階直下の会議室で、役員たちが彼女の出社を待ち構えていた。
彼女は、最上階の窓から地平線を見渡す。
この王城よりも高いビルの最上階が、彼女の自宅でもあるが、役員達は彼女の出社をただじっと、それぞれが無言で待つしかなかった。

数時間後に彼女が出社をすると、中央部分に空間を設けた、楕円形の席の役員たちが、全員同時に立ち上がり、席の中央部分を通り、上座に歩を進める彼女に深く頭を下げる。
毎朝同じように繰り返される、無条件降伏を受ける敗戦国の奴隷と、戦勝国の司令官のように、くっきりと分かれた人物の差であった。

「今日は何?」
開口一番に、彼女が発する不機嫌な声をかけられた役員が、おずおずと立ち上がり、己の使命を果たすべく意を決して、若干早口になりながら答え始める。

「この度、当社の製品で、他社の特許を侵害する事実が発覚しております。」
「またそれが、製品内部の構造上の侵害ではなく、構造及び外観も含め極めて他社製品に近似しており、かなり悪質であると当局から通達がございました。」
「〇〇社では当社で発表する数ヶ月前より、当該製品を販売しております。」
「まぁ・・・、競合他社によるスパイが、当社の社員の中にまぎれている可能性も否定はできませんので・・・、」
彼女の特許侵害の事実を紛らわせるように、役員は最後の部分をもごもごと口ごもらせながら、自分の考えを盛り込んで締めにかかる。

「その〇〇社の長である〇〇氏は、常に ユニークな開発にも力を入れており、それがたまたま 当社の開発中の案件と重なった節もあります。」
恐縮しながらも、役員は自分の役割を早く終わらせるべく、言うべきことを一気に話し終えた。

彼女は何も言わずに、説明をする役員の顔を見つめていたが、話を聞くうちに彼女の目がさらに鋭く、彼の瞳を凝視し始めていた。

『〇〇氏・・・』
彼女は確かにその名前を聞いたことがあった。
ここではない、かつて誰かが存在していた世界で、彼女はその名を耳にしていた。
 『天才。』 
そう言われるのに最もふさわしい人間の名前だった。
瞳を見続けられ続けた役員は、腰を抜かしたように椅子に座り込んで、身動きすらできぬまま 冷房の効いた部屋で冷や汗を垂らしていた。

「〇〇氏・・・。」
役員が出て行った後で、彼女はその素性を調べ た。
顔が、彼女の中にある誰かの記憶と同一かどうかは判らないが、彼女の記憶が知る特徴と明らかに似通っていた。

今回の件はお金でどうにでもなるが、世間が彼女に追いつこうとしているようであった。
いや 、この世界が、あの世界に追いつこうとしているのかもしれない。
彼女の中の記憶が、彼女に決意を促す。
『私は、負けられない。』

彼女は細心の注意を払い、類似を嫌った。
しかし、彼女が新しい製品を作れば作るほどに、世間はそれを元にあの頃と同じ機能を持つ別の製品を作り上げていった。
もはや、彼女の知識では及びもつかないほどの、革新的な商品も発明され製造されている。

『まだまだ・・・、もっともっと・・・!』
彼女が過去に旅をしたであろう、前世の記憶を思い出し、全てを製品にしていった。
前世ではあれほど嫌っていたと思われる、あの頃の生活と知識、働いた苦しみ、辛さ、それだけが彼女のすべてだった。
その苦みを形にして、この世界では新しい製品を作り出していく。


彼女は風呂から上がると、一人で鏡の前に座り、乱雑に髪を梳かす。
ドライヤーで髪を乾かして、そのまま鏡に向けてドライヤーを投げつけた。
鏡は割れなかったが、ドライヤーの中の妖精達が暴れ、その先端から少し煙がかった熱風を勢いよく噴出してから止まった。

毎日が苦しかった。
もう覚えていることもほとんど無いように思えた。
そんな彼女の気持ちを知ることのない役員たちは、相変わらず、彼女の神通力のような製品開発の知識に期待を寄せている。

「〇〇社が大気圏突破できる『ロケット』を開発しました。」
「弊社では宇宙航空の部門が、いまだ未開発です。」
「これを機に、〇〇社に負けない製品の開発に力を入れるべきと思います。」
「つきましては社長には、新しくリブラと宇宙を自在に行き来することが可能な『スペースシャトル』の開発をお願いしたいのです。」

 連日の会議でも結局は今まで通り、彼女への依頼に帰結するのだが、最近では他社の製品のほうが機構が複雑であり、精度も勝っている。
外観と使用方法を知るだけの彼女と、彼女の開発した製品を調べ上げ、研究し分岐させ新たな可能性を模索し、失敗を繰り返しながらも、愚直に夢を追い続けている彼らでは、根本がまるで違う。
すでに彼女の知識は、彼らの研鑽を前にして明らかに不足していた。

役員の話した他社の『ロケット』も、彼女に創る事を進言した『スペースシャトル』も、彼女の記憶の中に確かに存在しているのだが、機構が分からない為に作ろうと思ったこともない。
そのため、彼女がその名前を口にしたことも無かった。
『ロケット』の開発者も、役員達もその名を平然と言い当てていた。

活動を止めていたリブラの大地が、今、自らの手で歴史を作り出そうとしていた。
女神が彼女の知識を糧として、徐々に成長させた手駒を使い、もはや異物となった彼女を排除し始めた感があった。

彼女は、毎日の報告を聞いて最上階の自室に戻ると、何も思いつくことのできない、ただ平凡なだけの頭を抱えながら悩み、嘆き苦しむ。
ストレスが彼女から睡眠を奪う。
風呂から上がって見る鏡の中で、彼女の顔は青白く、目の下が痩せて黒く見えた。
彼女が眠れようが眠れまいが、朝日は時間通りに登り彼女を見下ろす。
眠れないまま横たわった彼女の薄い眼窩に、他の誰よりも早く光が差し込んだ。
今日もまた朝日が登った。

会議ではまた、『新商品の開発をどうするのか?』と役員達が口を並べた雛のように 私に餌をねだるのであろう。
もう下の階に降りて行くのが嫌だった。
足取りが重かったが、なんとか自分を奮い立たせた。


まだ、朝日が顔を見せる前だった。
彼女は最上階の自室のさらに上に立っていた。
夜空に輝く月と、月が沈んだ後の星の瞬きが、暗い夜の輝きの全てであった。
今、女神の治めるこの世界は、夜の星々をかき消すほどの輝きが、人々の生活として現れている。

彼女の行く末に障害が無いように、彼女自身がデザインをした屋上のパラペットは、人の出入
りを想定していない。
せめて朝日が登る前の暗く、この世の人間がまだ誰も起きていない夜明け前にと考えていたが、彼女の叡智のお陰で、世界はこんなにも動き続けていた。 
パラペットを踏み越えた彼女は、たなびくドレスを大きく広げた姿で、ビルよりも道路側へと鳥のように流れていく。
天使のように見下ろした世界は、美しく輝き、キラキラと瞬く世界が広がっている。
全てはこの世界に愛された、彼女の手によって創られたものだ。

『愛されていたはずであった・・・。』
いつの間にか私は、自分を捨てて欲望の奴隷に成り下がっていた。

落下していく最中に太陽の気配が顔を見せ、まだ私の威光が届いていない細い裏道もうっすら
と照らし出していく。
彼女の落下するであろう場所には、製品サポートの女の子の使用していたデスクが、回収される時を待っていた。
机の上に乱雑に載せられた椅子を避けるように、彼女の顔がデスクの上に落ちていった。
デスクに落下した私の顔は潰れ、デスクの角で、勢いよく潰れた皮が剥がれた。
落下した身体が、デスクの脇で仕事から異次元に逃げ込むように、顔を地面に突っ込んでいた。


机に描かれた木目の、少しいびつに歪んだ模様。
地上に落ちていく彼女が最後に見たもので、私は全てを思い出した。
 転生し、私はやり直すきっかけを得たが、私は一体何をしようとしていたのであろうか。
私は、他人の成功を自分のものとし、優越感に浸っていたが、それが本当に自由で幸せだったのか。
私は自由に人の真似をして、他人になりきって、自分の存在を少しずつ消していただけだったのかもしれない。
自分の人生ではなく、答えを知っている他人の人生を繰り返しただけだった。
女神に使われ他人を生きて、自分を持たない私は、演じるべき他人が無くなった時に、あの世界からも必要とされなくなってしまった。

深夜のオフィスで、羽虫のように私を見下ろしていた魂が、私の中に戻っていく。
私は、倒れた椅子をもとに戻し、いびつな木目のあるデスクに向かい、途中まで打ち込んだ謝罪文を完成させてからパソコンの電源を落とした。
誰も居ないオフィスに鍵を掛けて、星も見えない暗い道を歩き出す。

熱いお風呂に入って、人生を考えよう。
本当に自分がやりたいことは何かを。

転生はもうしたくは無いが、この人生を自分で満足できるほどに楽しむ気持ちが生まれていた。
他人のためではなく、私自身の満足ができる生き方をしよう。
ようやく入社出来た名の通った会社だったが、明日辞表を出そう。

私の未来は、誰にも自由にはさせない。
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みんなの感想(3件)

脂蟲
2024.05.29 脂蟲

最後の彼女と言うのは妻のことですか?
それとも元いた世界の誰かのことですか?

rabao
2024.05.29 rabao

妻と君とあなたと彼女は同一です。
夢から覚める前に、夢を忘れる状況を表したかったのですが、難しいものです。
もっと死んだつもりで、転生の勉強をしなくてはですね。

解除
脂蟲
2024.05.29 脂蟲

最初の文章は臨場感が有ってとても素敵な言い回しでよかったです。
一つの命の誕生と喪失が対比となってしまった悲劇。ただ、失われたと思われた命は元あるべき所に戻っただけど言う、優しい世界観に感動しました。
最後の方で君とあなたは同一人物で妻のことですか?

rabao
2024.05.29 rabao

妻と君とあなたと彼女は同一です。
夢から覚める前に、夢を忘れる状況を表したかったのですが、難しいものです。
もっと死んだつもりで、転生の勉強をしなくてはですね。

死んでから転生しています。
もとの世界には、死んでいるので居場所はありません。
遺骨になって本土の土を踏ませるイメージでした。

解除
脂蟲
2024.05.24 脂蟲

荒削りですが、ラバヲ独特な表現に惹かれる。能面を無表情の例えとする事は多々あるが、つるりとしたと表面の光沢を表現に使う事で沢山の同じく冷たい表情が思い出され、とても良いと感じました。
この作品の題は(神の教義と私と石)ですがテーマは愛であると感じました。愛の無い世界に生まれて育ち、愛を求めて踠く内に同じく愛の無い人間になっていく。幸せになりたくて人の不幸を顧みない物に変わってしまう。
ラバオ流の皮肉が効いた良い作品でした。

それと最後に読者へのサプライズ。
感銘しメッセージを書いた次第です。

陰ながら応援しています。
次回作楽しみにしています。

以上

rabao
2024.05.24 rabao

やべー、本当にきちゃった。
誰も見てないと思ってました。
すいません。

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