21 / 23
21. さぁ、話をしようか
しおりを挟む
※前半はライル、後半はギルベルト視点となっております。
重苦しい空気の中、かちゃりと陶器の触れ合う音だけが響く。
僕は目の前にいる男には視線を合わせることなく、おやつのホットケーキを頬張る。僕の隣にいるお兄さんも何も言わずただ、じっと目の前の男―ローレンスを見つめている。
そのローレンスも涼しい顔でカップを傾けている。ローレンスの後ろには近衛兵が二人。僕の後ろにも兄ちゃんずが控えている。父ちゃんは僕の左隣。お兄さんは右隣になるね。
溶けたバターとシロップをたっぷり絡めてぱくりと一口で頬張る。んまーい! 目の前にローレンスがいなければもっとうまーい!
「迎えに来たぞ。ライル」
「僕はむふぁえなんふぁ頼んでまふぇん」
「ライ、食べるかしゃべるかどちらかにしろ」
「ふぁーい」
父ちゃんの言葉に僕は食べることにする。だって冷めちゃうじゃん。
ちなみにおやつは僕だけが食べてる。母ちゃんが焼き菓子を出そうとしたがローレンスが断った。なんだよ、母ちゃんのおやつはうまいんだぞ。食わなかったことを後悔するがいい。
むっむっとリスのように頬をパンパンにして食べていると、隣からナプキンで口元を拭かれた。あわ?! なんかついてた?! 恥ずかしい!
「…ライルは嫌がっていますが」
「お前には関係がないだろう。ギルバード…いやギルベルト」
お兄さんの言葉に冷たく言い放つローレンスの海色の瞳も深海のように冷たい。そして空気も冷たい。たぶん家だけ周りの気温と大分違うと思う。
ごっくん、と口の中のものを飲み込むとお茶でのどを潤す。それからローレンスを見れば「我儘を言うな」という視線を向けられた。
「あのさ、なんで僕が嫁に行かなきゃならないのさ」
「なんだ。婿がいいのか?」
「婿、嫁の問題じゃないって」
「なら何が問題なのだ。こちらはもう迎え入れられる準備は整っている」
「だーかーら! なんで僕なの! って話し!」
言葉が通じないローレンスに苛立ち、ドン!とテーブルを叩く。普通なら父ちゃんに怒られるんだけど、その父ちゃんもじっとローレンスを見ているだけ。でも何か言いたげだけどね。
がちゃんとカップが少し浮き上がるけど、中身は零れない。僕の力って弱いからね。せいぜい僕とお兄さんと父ちゃんおカップの中身が零れるだけだよ。
「あんたなら可愛いお嫁さんを選びたい放題だろ?! なんで僕なのってこと!」
「別に選びたい放題というわけでもないのだがな」
ローレンスがふむ、と顎に指を触れさせ考えるようにする。…なんか宇宙人と話してる気分になる。
「ああ、勿論ライルの言いたいことは分るが私もお前の保護を頼まれているからな」
「は?」
保護? この人、今『保護』って言った?
ぽかんとする僕に、バジル兄ちゃんが素早く反応する。
「保護…とは?」
「貴様! 陛下のお許しが…!」
「ああ、いい。気にするな。お前は確かバジル・リンウェル…だったか?」
「…覚えていらっしゃるとは光栄です」
海色が僕の後ろにいるバジル兄ちゃんに向けられると、すっと細められた。バジル兄ちゃんの名前初めて聞いた。
ほえーと間の抜けた表情をしている僕を置いて、バジル兄ちゃんがにこりと笑う。うわ、めっちゃ怖い。
「ああ、追放されたそこにいるユリウス・ミドゥワーにくっついて自ら国を捨てた魔導士がいると聞いていた。出ていかなければ今頃は宮廷魔導士のトップになっていると」
「そうですか。ですが宮廷魔導士よりもここの生活の方がよほど充実していますので」
にこにこと笑っているバジル兄ちゃんの目が笑ってない…。
ってかバジル兄ちゃんって元々追放された兵士さんとかじゃなかったのか。でもユリウス兄ちゃんに「くっついて」って所がめちゃくちゃ気になる…。聞いてもいいのかな? ダメだよね?
ピリピリとした空気を漂わせながらバジル兄ちゃんに興味を無くしたローレンスが「それで」と言葉を続ける。
「私としては大人しく保護されてもらえると助かるのだが?」
「どの口が『保護』なんて言うんですかね?」
僕以外の人たちを殺したこと、忘れてないからな。ギッと睨みながらそう言えば、はぁ、とまるで聞き分けのない子供に呆れているように溜息を吐く。
「お前のことを女神リリスから頼まれているんだ」
「おっと?!」
ここで女神リリス(僕的にはハロハロ女神と言った方が分かりやすい)が関わってるのか。
つかあの人見境なさ過ぎじゃない?!
「『運命の鍵穴』を保護せよ、と告げられている」
「『運命の鍵穴』?」
あれ?『運命の鍵』じゃない?
どういうこと?
ちらりとお兄さんを見ればお兄さんも分らない、と肩を竦めている。父ちゃんにも視線を移すけど、父ちゃんも分からないと首を振る。
「『運命の鍵』に聞き覚えは?」
「『運命の鍵』?」
おお? どういうとこだ?
僕とお兄さんは『運命の鍵』に対してローレンスは『運命の鍵穴』?
確かに鍵は鍵穴とセットみたいなもんだけど…。
うーん?
こくんと首を傾げるとローレンスの眉間にしわができる。やっぱり僕たちと同じように分からないみたい。
というかローレンスがここで女神リリスの名前を出したのは、ヴァルハード国の大半が女神リリスを信仰しているからだろう。つまり女神リリスの名前を出せば大半は従う、ということだ。
だが残念。僕はそのハロハロ女神とは茶飲み友達みたいなものだから、従う気は一切ない。
「悪いけど。僕に女神リリスの名前を出しても無駄だよ」
「何?」
「この村にずっといるからね。ここは信仰なんか殆どないよ」
残念でした。と言えば、ローレンスの眉がますます寄る。
まぁ、最終手段で出したんだろうけど僕はノーダメージ。寧ろローレンスがあのハロハロ女神から何か言われてることが分ったからこっちとしてはありがたい。
でもさ…。
「なんか…よく分んないから本人呼ぶ?」
「は?」
それに反応したのは意外にもお兄さんだった。
父ちゃんは目を見開いてる。落ちちゃう落ちちゃう。
「ライル、どういうことだ?」
「んー? だからハロハロ女神…女神リリス呼んじゃう?」
なんかここであーだこーだ言うより、本人に聞いた方が早くない? 決して面倒くさくなったとかじゃないぞ! 絶対!
「いや、待て、ライル。呼ぶといっても…」
「たぶんすぐ来るよ?」
「ライル…お前は…」
そこまで言って僕に何かを感じ取ったのかローレンスが口を噤む。
でもさ、嫌いな相手の話を聞くよりも第三者を挟んだ方が話しって聞きやすくない?
「…そんなことできるのか?」
「できるよ? あ、でもちょっと待って。母ちゃんにおやつ用意してもらわなきゃいけないから」
そう言って席を立とうとした僕をユリウス兄ちゃんに肩を押される。それに驚いてユリウス兄ちゃんを見れば「俺がいく」と視線が言っていた。それに頷けば、ユリウス兄ちゃんが離れた。
「ところで『鍵穴』って何?」
たぶん近衛兵さんを除いた全員が聞きたいであろうことを僕は質問する。父ちゃんも『鍵』は知ってても『鍵穴』は知らないからね。
「女神リリスに『運命の鍵穴』が現れたから保護をせよ、と。そう告げられた」
「ううーん…やっぱり僕たちとは違うな」
「僕『達』?」
「…俺も女神リリスから『運命の鍵』は『ローレンス』か『ライル』どちらか、と告げられた」
「何?」
「僕と父ちゃんは『運命の鍵』が現れたってだけ」
「どういうことだ?」
そこでようやくローレンスも何かがおかしいと気付いたみたいだ。まぁローレンスの場合は相談する人もいないからね。一人で『運命の鍵穴』を探してたんだろう。
「でもローレンs…じゃなかった陛下は…」
「ローレンスで構わない」
「あ、ありがと」
ひえええ!うっかり呼び捨てにしそうになったら近衛兵さんの目が光ったー! 怖いー!
「え…と、ローレンス…陛下、はなんで僕が『鍵穴』だと?」
えーっとえーっとと口をもごもごさせながらそう言えば「ああ」と僕を見た。
「初めはブリジットがそうだと思っていた。彼女もまた珍しい魔法を使うと聞いてな」
「そうなの?」
こくんと首を傾げお兄さんを見れば「悪い」と困ったように笑う。そっか。産まれて直ぐ養子に出されちゃったんだっけ。
それじゃあ、と父ちゃんを見れば「そう言えば」と何かを思い出したようだった。
「ブリジット様はライルと同じような魔法を使う、と聞いたことがあ…る」
ああ、そっか。父ちゃんにとってはローレンスって元ご主人様だもんなー…。言葉遣いそうしたらいいか分んないよねー…。変になるのも分る。
「いい、普通に話せ」
「はっ」
ああ。癖ってなかなか治らないよねー…。接客の仕事して辞めても癖が残っちゃう奴。あれ結構無意識にやっちゃうんだよなー。怖いよねー。
そんな父ちゃんをバジル兄ちゃんが苦笑して見てる。
「ギルベルトを産んだ後、後宮にいたことが幸いしてそのまま保護していたのだが…」
「ちょっと待て」
「どうした?」
「まさか…おれが養子に出されたのは…」
「彼女が保護対象だと思ったからだな。それに保護というくらいだ。何か危険なことに巻き込まれると思ったからお前を引き離した」
ローレンスの言葉にお兄さんの綺麗な空色が大きくなってる。まぁそうだよねぇ…。訳も分らずいきなり養子に出されて、しかも理由が王位を争わないようにって聞かされてたんだもんね…。衝撃の方が大きいよね…。
ってことは。
「えと…ローレンス…陛下はそれをいつ頃聞いたの?」
「陛下はいらんと言っているだろう」
「でも怖いんだもん」
「……………」
素直に後ろの近衛兵さんが怖いといえば、ローレンスがくるりと後ろを向いた。それにびくっと肩を震わせたのは僕を睨んでた人。イヤ、ずっと睨まれるの怖いんだよー…。
「ここはいい」
「ですが…!」
「聞こえなかったのか? ここはいい」
「…はっ」
えええええ。二人とも下げちゃうの?! 仮にも現国王が背後無防備にしちゃっていいの?!
「ライ、少し時間がかかるって」
「ちょうどいい。お前、そこに立て」
「はい?!」
ちょうどキッチンから戻ってきたユリウス兄ちゃんを捕まえてローレンスがそう言えば、困惑するユリウス兄ちゃん。そりゃそうだよ。元近衛兵に近衛の仕事しろって言ってるんだもん。
「なんだ。前までやっていたんだから問題はないだろう」
「あ、いや…まぁ」
「面倒だ。ユリウス・ミドゥワー。お前を臨時の近衛兵とする」
「はっ!」
びしっと敬礼をしてからハッとする兄ちゃんに苦笑いを浮かべると、剣はどうするんだろう?と首を傾げると「ここは剣が必要なことがあるのか?」と問われちゃった。あるわけないじゃない。
しぶしぶユリウス兄ちゃんがローレンスの背後に立つと「それで…ああ」とさっきの続きを始める。
「私が聞いたのはギルベルトが生まれた年…そうだな。22年前か」
「そんな前から?!」
それに驚いたのは僕だ。だってそうでしょ? そんな前から決まってたってこと?! ってかローレンスって30歳だったの?! 全然見えない!
「だから私はブリジットが『そう』だと思っていた。だがまさか…」
そう言って海色の瞳が僕を見た。
「ライルとは思わなかった」
「僕もまさかそんな前から言われていたとは思わなかった…」
ほえー…と瞬きを繰り返すと父ちゃんが口を開いた。
「だから我々を国外追放としてライルを守らせていたわけですか?陛下」
はい?
父ちゃんの言葉に、ローレンスは「何のことだ?」と聞き返す。
「7年前、我々は女神リリスにこの村に来るように言われました。それはライルを保護するためではありませんか?」
じっとローレンスを見つめる父ちゃんの瞳は真剣だ。その瞳にローレンスは肩を竦めると「さあ?」と口にした。
「私のやり方に口を出したからお前たちを追放しただけだ」
「…そうですか。ではそうしておきましょうか」
「ちょ、ちょっと待ってよ! じゃあ父ちゃんや母ちゃんは…!」
なんで殺されなきゃならなかったの?!
「そのことだが…」
「ライル。すまない」
「え?」
父ちゃんの言葉に、ばっと視線を向けるとそこには頭を深々と頭を下げている父ちゃんがいた。
「なに…何してるの? 父ちゃん!」
「すまないライル。実はな…元々いた村の人たちは密かに王都へ避難させている」
「は?」
どういうこと?
なんでそんな…だって…。あんなに血が出て…。
「ライル」
ぎゅっと後ろから抱き締められて僕はハッとする。ぎゅうぎゅうと抱き締めてくる腕にほっとしつつ、父ちゃんの言われたことが理解できない。
「ギルベルト。ライルを離せ」
「お断りします」
僕が混乱してる間に変な所でも火花が散ってるー! けどそれどころじゃない僕は、ただただ父ちゃんを見つめるだけ。
「幼いお前には酷なことだとは分かっていた」
「え…それじゃ…」
「ああ、ここにいた人たちは全員王都にいる」
「父ちゃんも…母ちゃんも…いるの?」
「ああ。だが残念だが今は会わせることはできない」
「ううん…ううん、いい。生きてるって…わか…っ、うぐ…っ」
ふるふると首を振りながら生きてるという言葉に安心して、涙がぼろぼろと零れ始める。ずっとずっと僕のせいだと思ってた。
僕が殺してしまったと。
だからもう誰も死なせたくないって思って…。
「うあああっ!」
「すまない、ライル」
父ちゃんに抱き付いて感情のまま泣くじゃくると、大きな手が頭を撫でてくれる。それにも安心して泣く。よかった。本当に良かった。今会えなくても生きてるなら会えるから。
◆◆◆
「はぁ…なんでこんな回りくどいことを…」
「8歳のライルに「王都で保護する」と言った方が早かったか? 女神リリスのお告げだからと?」
「…説得すればどうにかなったでしょうに」
「女神リリスを信仰していない者達にそんなことを言っても信じると思うのか?」
「…………」
はぁ、と溜息を吐きながら告げるローレンスに、俺はぐっと言葉が詰まる。だからこそ強引に村人から親から引き剥がし保護をする事にした、か。
王族じゃなきゃできない事だと肩を竦めれば、気になることを聞いてみることにした。
「ライルを襲ったのは必要だったのか?」
俺の質問にユリウスとバジルの空気が張り詰める。
「あれは…」
そういって口ごもり視線を逸らすローレンスに何となく嫌な予感がした。
「自制が効かなった」
「最低」
「最低だな」
「最低ですね」
泣いているライルとレイナードを除く俺を含めた三人の言葉が重なった。年端もいかない少年を襲うなどあってはならないことだ。
その辺りは本当に反省しているのだろう。ローレンスは何も言わず言葉を受け止めている。
「だがお前なら何となくわかるんじゃないのか?」
そう言ってちらっとユリウスを見るローレンスに、ユリウスは7年前の…8歳のライルを思い出しているのだろう。途端鼻の下が伸びた。
「お前も最低だな」
「なっ! 違うぞ! 今でも天使のようだが頬の丸みがあったころはもっと…!」
「それが最低だというんだ!」
バジルとユリウスの口喧嘩にローレンスはふっと小さく笑い、俺も肩を竦める。8歳の頃のライル。時は戻らない事が今は少し悔しい。
「ユリウスー! バジルー! 手伝いな!」
キッチンから聞こえたマリーさんの声に二人が口喧嘩をやめると急いでキッチンへと向かっていった。
マリーさんには逆らえないからな。
「さて、ライルが落ち着いたら我々も落ち着かなければな」
「…なるほど」
女神リリス。
本当にそれは神なのか、という疑問を持つがライルのことだ。
きっと本物が現れる。そう確信しテーブルに次々に置かれていく菓子を見つめていた。
重苦しい空気の中、かちゃりと陶器の触れ合う音だけが響く。
僕は目の前にいる男には視線を合わせることなく、おやつのホットケーキを頬張る。僕の隣にいるお兄さんも何も言わずただ、じっと目の前の男―ローレンスを見つめている。
そのローレンスも涼しい顔でカップを傾けている。ローレンスの後ろには近衛兵が二人。僕の後ろにも兄ちゃんずが控えている。父ちゃんは僕の左隣。お兄さんは右隣になるね。
溶けたバターとシロップをたっぷり絡めてぱくりと一口で頬張る。んまーい! 目の前にローレンスがいなければもっとうまーい!
「迎えに来たぞ。ライル」
「僕はむふぁえなんふぁ頼んでまふぇん」
「ライ、食べるかしゃべるかどちらかにしろ」
「ふぁーい」
父ちゃんの言葉に僕は食べることにする。だって冷めちゃうじゃん。
ちなみにおやつは僕だけが食べてる。母ちゃんが焼き菓子を出そうとしたがローレンスが断った。なんだよ、母ちゃんのおやつはうまいんだぞ。食わなかったことを後悔するがいい。
むっむっとリスのように頬をパンパンにして食べていると、隣からナプキンで口元を拭かれた。あわ?! なんかついてた?! 恥ずかしい!
「…ライルは嫌がっていますが」
「お前には関係がないだろう。ギルバード…いやギルベルト」
お兄さんの言葉に冷たく言い放つローレンスの海色の瞳も深海のように冷たい。そして空気も冷たい。たぶん家だけ周りの気温と大分違うと思う。
ごっくん、と口の中のものを飲み込むとお茶でのどを潤す。それからローレンスを見れば「我儘を言うな」という視線を向けられた。
「あのさ、なんで僕が嫁に行かなきゃならないのさ」
「なんだ。婿がいいのか?」
「婿、嫁の問題じゃないって」
「なら何が問題なのだ。こちらはもう迎え入れられる準備は整っている」
「だーかーら! なんで僕なの! って話し!」
言葉が通じないローレンスに苛立ち、ドン!とテーブルを叩く。普通なら父ちゃんに怒られるんだけど、その父ちゃんもじっとローレンスを見ているだけ。でも何か言いたげだけどね。
がちゃんとカップが少し浮き上がるけど、中身は零れない。僕の力って弱いからね。せいぜい僕とお兄さんと父ちゃんおカップの中身が零れるだけだよ。
「あんたなら可愛いお嫁さんを選びたい放題だろ?! なんで僕なのってこと!」
「別に選びたい放題というわけでもないのだがな」
ローレンスがふむ、と顎に指を触れさせ考えるようにする。…なんか宇宙人と話してる気分になる。
「ああ、勿論ライルの言いたいことは分るが私もお前の保護を頼まれているからな」
「は?」
保護? この人、今『保護』って言った?
ぽかんとする僕に、バジル兄ちゃんが素早く反応する。
「保護…とは?」
「貴様! 陛下のお許しが…!」
「ああ、いい。気にするな。お前は確かバジル・リンウェル…だったか?」
「…覚えていらっしゃるとは光栄です」
海色が僕の後ろにいるバジル兄ちゃんに向けられると、すっと細められた。バジル兄ちゃんの名前初めて聞いた。
ほえーと間の抜けた表情をしている僕を置いて、バジル兄ちゃんがにこりと笑う。うわ、めっちゃ怖い。
「ああ、追放されたそこにいるユリウス・ミドゥワーにくっついて自ら国を捨てた魔導士がいると聞いていた。出ていかなければ今頃は宮廷魔導士のトップになっていると」
「そうですか。ですが宮廷魔導士よりもここの生活の方がよほど充実していますので」
にこにこと笑っているバジル兄ちゃんの目が笑ってない…。
ってかバジル兄ちゃんって元々追放された兵士さんとかじゃなかったのか。でもユリウス兄ちゃんに「くっついて」って所がめちゃくちゃ気になる…。聞いてもいいのかな? ダメだよね?
ピリピリとした空気を漂わせながらバジル兄ちゃんに興味を無くしたローレンスが「それで」と言葉を続ける。
「私としては大人しく保護されてもらえると助かるのだが?」
「どの口が『保護』なんて言うんですかね?」
僕以外の人たちを殺したこと、忘れてないからな。ギッと睨みながらそう言えば、はぁ、とまるで聞き分けのない子供に呆れているように溜息を吐く。
「お前のことを女神リリスから頼まれているんだ」
「おっと?!」
ここで女神リリス(僕的にはハロハロ女神と言った方が分かりやすい)が関わってるのか。
つかあの人見境なさ過ぎじゃない?!
「『運命の鍵穴』を保護せよ、と告げられている」
「『運命の鍵穴』?」
あれ?『運命の鍵』じゃない?
どういうこと?
ちらりとお兄さんを見ればお兄さんも分らない、と肩を竦めている。父ちゃんにも視線を移すけど、父ちゃんも分からないと首を振る。
「『運命の鍵』に聞き覚えは?」
「『運命の鍵』?」
おお? どういうとこだ?
僕とお兄さんは『運命の鍵』に対してローレンスは『運命の鍵穴』?
確かに鍵は鍵穴とセットみたいなもんだけど…。
うーん?
こくんと首を傾げるとローレンスの眉間にしわができる。やっぱり僕たちと同じように分からないみたい。
というかローレンスがここで女神リリスの名前を出したのは、ヴァルハード国の大半が女神リリスを信仰しているからだろう。つまり女神リリスの名前を出せば大半は従う、ということだ。
だが残念。僕はそのハロハロ女神とは茶飲み友達みたいなものだから、従う気は一切ない。
「悪いけど。僕に女神リリスの名前を出しても無駄だよ」
「何?」
「この村にずっといるからね。ここは信仰なんか殆どないよ」
残念でした。と言えば、ローレンスの眉がますます寄る。
まぁ、最終手段で出したんだろうけど僕はノーダメージ。寧ろローレンスがあのハロハロ女神から何か言われてることが分ったからこっちとしてはありがたい。
でもさ…。
「なんか…よく分んないから本人呼ぶ?」
「は?」
それに反応したのは意外にもお兄さんだった。
父ちゃんは目を見開いてる。落ちちゃう落ちちゃう。
「ライル、どういうことだ?」
「んー? だからハロハロ女神…女神リリス呼んじゃう?」
なんかここであーだこーだ言うより、本人に聞いた方が早くない? 決して面倒くさくなったとかじゃないぞ! 絶対!
「いや、待て、ライル。呼ぶといっても…」
「たぶんすぐ来るよ?」
「ライル…お前は…」
そこまで言って僕に何かを感じ取ったのかローレンスが口を噤む。
でもさ、嫌いな相手の話を聞くよりも第三者を挟んだ方が話しって聞きやすくない?
「…そんなことできるのか?」
「できるよ? あ、でもちょっと待って。母ちゃんにおやつ用意してもらわなきゃいけないから」
そう言って席を立とうとした僕をユリウス兄ちゃんに肩を押される。それに驚いてユリウス兄ちゃんを見れば「俺がいく」と視線が言っていた。それに頷けば、ユリウス兄ちゃんが離れた。
「ところで『鍵穴』って何?」
たぶん近衛兵さんを除いた全員が聞きたいであろうことを僕は質問する。父ちゃんも『鍵』は知ってても『鍵穴』は知らないからね。
「女神リリスに『運命の鍵穴』が現れたから保護をせよ、と。そう告げられた」
「ううーん…やっぱり僕たちとは違うな」
「僕『達』?」
「…俺も女神リリスから『運命の鍵』は『ローレンス』か『ライル』どちらか、と告げられた」
「何?」
「僕と父ちゃんは『運命の鍵』が現れたってだけ」
「どういうことだ?」
そこでようやくローレンスも何かがおかしいと気付いたみたいだ。まぁローレンスの場合は相談する人もいないからね。一人で『運命の鍵穴』を探してたんだろう。
「でもローレンs…じゃなかった陛下は…」
「ローレンスで構わない」
「あ、ありがと」
ひえええ!うっかり呼び捨てにしそうになったら近衛兵さんの目が光ったー! 怖いー!
「え…と、ローレンス…陛下、はなんで僕が『鍵穴』だと?」
えーっとえーっとと口をもごもごさせながらそう言えば「ああ」と僕を見た。
「初めはブリジットがそうだと思っていた。彼女もまた珍しい魔法を使うと聞いてな」
「そうなの?」
こくんと首を傾げお兄さんを見れば「悪い」と困ったように笑う。そっか。産まれて直ぐ養子に出されちゃったんだっけ。
それじゃあ、と父ちゃんを見れば「そう言えば」と何かを思い出したようだった。
「ブリジット様はライルと同じような魔法を使う、と聞いたことがあ…る」
ああ、そっか。父ちゃんにとってはローレンスって元ご主人様だもんなー…。言葉遣いそうしたらいいか分んないよねー…。変になるのも分る。
「いい、普通に話せ」
「はっ」
ああ。癖ってなかなか治らないよねー…。接客の仕事して辞めても癖が残っちゃう奴。あれ結構無意識にやっちゃうんだよなー。怖いよねー。
そんな父ちゃんをバジル兄ちゃんが苦笑して見てる。
「ギルベルトを産んだ後、後宮にいたことが幸いしてそのまま保護していたのだが…」
「ちょっと待て」
「どうした?」
「まさか…おれが養子に出されたのは…」
「彼女が保護対象だと思ったからだな。それに保護というくらいだ。何か危険なことに巻き込まれると思ったからお前を引き離した」
ローレンスの言葉にお兄さんの綺麗な空色が大きくなってる。まぁそうだよねぇ…。訳も分らずいきなり養子に出されて、しかも理由が王位を争わないようにって聞かされてたんだもんね…。衝撃の方が大きいよね…。
ってことは。
「えと…ローレンス…陛下はそれをいつ頃聞いたの?」
「陛下はいらんと言っているだろう」
「でも怖いんだもん」
「……………」
素直に後ろの近衛兵さんが怖いといえば、ローレンスがくるりと後ろを向いた。それにびくっと肩を震わせたのは僕を睨んでた人。イヤ、ずっと睨まれるの怖いんだよー…。
「ここはいい」
「ですが…!」
「聞こえなかったのか? ここはいい」
「…はっ」
えええええ。二人とも下げちゃうの?! 仮にも現国王が背後無防備にしちゃっていいの?!
「ライ、少し時間がかかるって」
「ちょうどいい。お前、そこに立て」
「はい?!」
ちょうどキッチンから戻ってきたユリウス兄ちゃんを捕まえてローレンスがそう言えば、困惑するユリウス兄ちゃん。そりゃそうだよ。元近衛兵に近衛の仕事しろって言ってるんだもん。
「なんだ。前までやっていたんだから問題はないだろう」
「あ、いや…まぁ」
「面倒だ。ユリウス・ミドゥワー。お前を臨時の近衛兵とする」
「はっ!」
びしっと敬礼をしてからハッとする兄ちゃんに苦笑いを浮かべると、剣はどうするんだろう?と首を傾げると「ここは剣が必要なことがあるのか?」と問われちゃった。あるわけないじゃない。
しぶしぶユリウス兄ちゃんがローレンスの背後に立つと「それで…ああ」とさっきの続きを始める。
「私が聞いたのはギルベルトが生まれた年…そうだな。22年前か」
「そんな前から?!」
それに驚いたのは僕だ。だってそうでしょ? そんな前から決まってたってこと?! ってかローレンスって30歳だったの?! 全然見えない!
「だから私はブリジットが『そう』だと思っていた。だがまさか…」
そう言って海色の瞳が僕を見た。
「ライルとは思わなかった」
「僕もまさかそんな前から言われていたとは思わなかった…」
ほえー…と瞬きを繰り返すと父ちゃんが口を開いた。
「だから我々を国外追放としてライルを守らせていたわけですか?陛下」
はい?
父ちゃんの言葉に、ローレンスは「何のことだ?」と聞き返す。
「7年前、我々は女神リリスにこの村に来るように言われました。それはライルを保護するためではありませんか?」
じっとローレンスを見つめる父ちゃんの瞳は真剣だ。その瞳にローレンスは肩を竦めると「さあ?」と口にした。
「私のやり方に口を出したからお前たちを追放しただけだ」
「…そうですか。ではそうしておきましょうか」
「ちょ、ちょっと待ってよ! じゃあ父ちゃんや母ちゃんは…!」
なんで殺されなきゃならなかったの?!
「そのことだが…」
「ライル。すまない」
「え?」
父ちゃんの言葉に、ばっと視線を向けるとそこには頭を深々と頭を下げている父ちゃんがいた。
「なに…何してるの? 父ちゃん!」
「すまないライル。実はな…元々いた村の人たちは密かに王都へ避難させている」
「は?」
どういうこと?
なんでそんな…だって…。あんなに血が出て…。
「ライル」
ぎゅっと後ろから抱き締められて僕はハッとする。ぎゅうぎゅうと抱き締めてくる腕にほっとしつつ、父ちゃんの言われたことが理解できない。
「ギルベルト。ライルを離せ」
「お断りします」
僕が混乱してる間に変な所でも火花が散ってるー! けどそれどころじゃない僕は、ただただ父ちゃんを見つめるだけ。
「幼いお前には酷なことだとは分かっていた」
「え…それじゃ…」
「ああ、ここにいた人たちは全員王都にいる」
「父ちゃんも…母ちゃんも…いるの?」
「ああ。だが残念だが今は会わせることはできない」
「ううん…ううん、いい。生きてるって…わか…っ、うぐ…っ」
ふるふると首を振りながら生きてるという言葉に安心して、涙がぼろぼろと零れ始める。ずっとずっと僕のせいだと思ってた。
僕が殺してしまったと。
だからもう誰も死なせたくないって思って…。
「うあああっ!」
「すまない、ライル」
父ちゃんに抱き付いて感情のまま泣くじゃくると、大きな手が頭を撫でてくれる。それにも安心して泣く。よかった。本当に良かった。今会えなくても生きてるなら会えるから。
◆◆◆
「はぁ…なんでこんな回りくどいことを…」
「8歳のライルに「王都で保護する」と言った方が早かったか? 女神リリスのお告げだからと?」
「…説得すればどうにかなったでしょうに」
「女神リリスを信仰していない者達にそんなことを言っても信じると思うのか?」
「…………」
はぁ、と溜息を吐きながら告げるローレンスに、俺はぐっと言葉が詰まる。だからこそ強引に村人から親から引き剥がし保護をする事にした、か。
王族じゃなきゃできない事だと肩を竦めれば、気になることを聞いてみることにした。
「ライルを襲ったのは必要だったのか?」
俺の質問にユリウスとバジルの空気が張り詰める。
「あれは…」
そういって口ごもり視線を逸らすローレンスに何となく嫌な予感がした。
「自制が効かなった」
「最低」
「最低だな」
「最低ですね」
泣いているライルとレイナードを除く俺を含めた三人の言葉が重なった。年端もいかない少年を襲うなどあってはならないことだ。
その辺りは本当に反省しているのだろう。ローレンスは何も言わず言葉を受け止めている。
「だがお前なら何となくわかるんじゃないのか?」
そう言ってちらっとユリウスを見るローレンスに、ユリウスは7年前の…8歳のライルを思い出しているのだろう。途端鼻の下が伸びた。
「お前も最低だな」
「なっ! 違うぞ! 今でも天使のようだが頬の丸みがあったころはもっと…!」
「それが最低だというんだ!」
バジルとユリウスの口喧嘩にローレンスはふっと小さく笑い、俺も肩を竦める。8歳の頃のライル。時は戻らない事が今は少し悔しい。
「ユリウスー! バジルー! 手伝いな!」
キッチンから聞こえたマリーさんの声に二人が口喧嘩をやめると急いでキッチンへと向かっていった。
マリーさんには逆らえないからな。
「さて、ライルが落ち着いたら我々も落ち着かなければな」
「…なるほど」
女神リリス。
本当にそれは神なのか、という疑問を持つがライルのことだ。
きっと本物が現れる。そう確信しテーブルに次々に置かれていく菓子を見つめていた。
11
お気に入りに追加
368
あなたにおすすめの小説


美形×平凡の子供の話
めちゅう
BL
美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか?
──────────────────
お読みくださりありがとうございます。
お楽しみいただけましたら幸いです。

美人王配候補が、すれ違いざまにめっちゃ睨んでくるんだが?
あだち
BL
戦場帰りの両刀軍人(攻)が、女王の夫になる予定の貴公子(受)に心当たりのない執着を示される話。ゆるめの設定で互いに殴り合い罵り合い、ご都合主義でハッピーエンドです。

春を拒む【完結】
璃々丸
BL
日本有数の財閥三男でΩの北條院環(ほうじょういん たまき)の目の前には見るからに可憐で儚げなΩの女子大生、桜雛子(さくら ひなこ)が座っていた。
「ケイト君を解放してあげてください!」
大きなおめめをうるうるさせながらそう訴えかけてきた。
ケイト君────諏訪恵都(すわ けいと)は環の婚約者であるαだった。
環とはひとまわり歳の差がある。この女はそんな環の負い目を突いてきたつもりだろうが、『こちとらお前等より人生経験それなりに積んどんねん────!』
そう簡単に譲って堪るか、と大人げない反撃を開始するのであった。
オメガバな設定ですが設定は緩めで独自設定があります、ご注意。
不定期更新になります。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

付き合って一年マンネリ化してたから振られたと思っていたがどうやら違うようなので猛烈に引き止めた話
雨宮里玖
BL
恋人の神尾が突然連絡を経って二週間。神尾のことが諦められない樋口は神尾との思い出のカフェに行く。そこで神尾と一緒にいた山本から「神尾はお前と別れたって言ってたぞ」と言われ——。
樋口(27)サラリーマン。
神尾裕二(27)サラリーマン。
佐上果穂(26)社長令嬢。会社幹部。
山本(27)樋口と神尾の大学時代の同級生。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる