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13. そうだ、王都へ行こう
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「なん…で? なんで?!」
「ライ! 落ち着け!」
「だって…! 白蛇様がこの箱を開けたかもしれないんだよ?! もしかしたらハロハロ女神が言ってたネズミさんって…? でもなんで?!」
箱に手を翳したまま僕が叫ぶと、背中からお兄さんに抱き締められた。
「落ち着け。ライル」
「―――っ?!」
ぎゅうと、首に腕を回して耳元で僕を諭すように優しい声で囁かれれば、ゆっくりと動揺が治まっていく。父ちゃんの視線も感じるけど、ただじっと僕を見守ってくれてる感じだ。
しばらくお兄さんに抱き締められて呼吸が楽になると、ふと身体の力が抜けた。その僕の身体を受け止めてくれたお兄さんが「大丈夫か?」と聞いてくれる。それにこくりと頷けば父ちゃんが動いた。
「ライル、しばらくここにいなさい」
父ちゃんの言葉に「え?」と声を上げれば「いいね?」と強い口調で言われた。それに僕は頷くしかなくて。
「ライルを…頼みます」
「…分っている」
父ちゃんとお兄さんの会話から、父ちゃんは既にお兄さんが第二王子だということを知っているんだろう。敬語を使う父ちゃんは初めてかもしれない。
キイ、とドアが開く音がしてすぐにパタンと閉じられた。しん、とした収納庫には僕とお兄さんの二人きり。
けれど、ちっとも嬉しくなんかなくて。
白蛇様がこの箱を触って蛇になっていたとしたらその人は…。そこまで考えてぶぶぶと頭を左右に振る。
この家に入れるのは父ちゃんが信用してた人たちだけ。もしかしたらそのうちの誰かが魔物を封印できるカードを持ち出した、となるとその目的が分からない。強い魔物をカードに封じ込め杖を使って呼び出せば、王都を襲わせるくらいなんてことはないのだ。
僕が作ったものが悪用されるだなんて考えもしなかった。もし、5年前のベヒモスの王都襲撃にそれが使われていたとしたら…?お兄さんに影を落としたそれが僕のせいだとしたら怖くなった。
「――んなさ…」
「ライ?」
「ごめんなさい…ごめんなさい…っ!」
ぼろぼろと零れ落ちる涙は罪悪感から逃げたい僕の心だろうか。死んでしまった人はもう二度と会えない。そんなことは分っているのに。もしそうなら間接的に僕が殺してしまったようなものだ。
僕は、人を殺してしまったのだ。
「どうして泣いてるんだ?」
「だ、だって…! ベヒモス…もしかしたら…ひっ、ぅぐ…ぼくのせい…かも…だから…っ!」
泣いたって過去が変わるわけがないのに僕はただお兄さんに背中から抱かれながら、情けなく嗚咽を上げる。頬を濡らす涙をお兄さんの大きな手がちょっとだけ乱暴に拭ってくれる。けれど涙はどんどんと溢れ出して止まらない。ひっくひっくとしゃくりをあげながらただ泣きじゃくる。
そんな僕をお兄さんは「大丈夫」と囁きながら耳にキスを繰り返してくれる。涙でぐしゃぐしゃになった顔も手で拭いてくれる。
「なぜライのせいだなんて思うんだ? ベヒモスだってもしかしたら本当に偶然だったかもしれないのに」
「うぐ…っ、らって…らって…ぇ!」
「もしも仮にベヒモスがライのせいだとしても、俺はライを責める気はないよ」
「なんで…? だって…」
ひっひっと情けなく呼吸を乱しながら会話を続けると、ちゅっと目元に唇が押し付けられ涙を吸い取ってしまった。
「俺たちは『騎士』だからね。王都に住まう人を守るのが俺たちの仕事だ」
「だからって…おにいさんの…っ、っひ…なかま…っ」
「うん、それは悲しいけど騎士と言う仕事には危険の方が多いからね。その覚悟はいつでもできているんだ」
「だから…って…ぅあ…っ」
「ライのせいじゃないよ」
「うー…っ」
お兄さんの言葉に涙腺が壊れたように次から次へと涙があふれて止まらなくなる。するとお兄さんの身体が少し離れたかと思えば、くるりと反転させられた。そして顔を厚い胸へと押し付けられ、トントンと背中を撫でられる。
もう、それだけでダメだった。ただただお兄さんの胸でわんわんと泣く。
服が僕の涙で濡れて冷たいだろうに、お兄さんは何も言わずただ僕の頭にキスを落としながら背中を擦ってくれる。
もう体中の水分が涙に変換されたんじゃないかってくらい泣いて、落ち着きを取り戻すと「もう、大丈夫?」と優しく声をかけてくれた。それにこくりと頷くと「よかった」と頭を撫でてくれた。
お兄さんの服、涙と鼻水と涎で大変なことになっちゃった…。
申し訳なさ過ぎて浄化魔法で服を綺麗にすると「っふふ」と笑われた。いいんだよ。僕の自己満足だから。
お兄さんの膝に乗せられ、ぎゅうと抱き締められたまま、ひっくひっくとしゃくりを上げる僕の声だけが響く収納庫。
泣くのなんて何年ぶりなんだろう。
前世でもある年齢をこえた辺りから感情がごっそり抜け落ちちゃったからな…。
すんすんと鼻を鳴らしながらお兄さんの胸に頬を押し当ててぼんやりとしていると「ライ?」と名前を呼ばれる。あまりの静かだから寝ちゃったと思ったかな?
「なぁに…?」
「眠いのなら寝ていいよ?」
「ん…平気。ありがとう」
「…無理はするなよ?」
「ん。大丈夫」
頭を撫でられながら微睡む僕はさながら大きい赤ん坊だ。泣いて、疲れて、あやされて。うん、本当に大きな赤ん坊だ。
そんな事を思いながら指先に疑似魔力を込めるとくるりと円を描く。するとそこから現れたのはミニテーブルにティーポットとカップ。それにちょっとしたおやつが乗せられている。
さっきは僕の鳥頭が処理しきれなくて泣いちゃったけど、冷静になって考えてみよう。その為のティーセットだ。
「おやつ…たべて、おちつく」
「分かった」
椅子もない床に座ってお茶をするなどお兄さんにとっては初めてだろうに、付き合ってくれるの嬉しい。
「でも、このままな」
「うん?」
それってどういう…?という疑問は直ぐに回答が与えられた。腋に手を差し込まれ身体を持ち上げられると、くるりと再び反転させられる。
「よし」というお兄さんの満足した声に瞬きをすると、お腹に腕が回された。
あれ? これって?
「ライル、口あけて」
「やっぱり?!」
ううう…。恥ずかしい。
両手で顔を覆って耳まで赤くするとお兄さんから「恥ずかしい?」って聞かれる。それにこくこくと頷くと肩の上に顎が乗せられた。
ぴゃああぁぁっ?!
「木の実を食べた時は、その小さいお口を開けてくれたのに」
「あばばばば」
「今はダメなの?」
「んぐっ」
「そのちっちゃいお口にこれ、入れたいな」
耳元で囁かれながら、手にしたアモーンドクッキーをちらちらと見せてくるお兄さん。
「ダメ?」
「ダメじゃない! いただきます!」
ふっと、吐息を付きながらえっちな声で言われれば口を開ける以外選択肢がないじゃないか!
あんぐと口を開ければ、すぐさま小さく割られたクッキーの欠片を入れられる。むぐむぐと口を動かし、こくんと飲み込めば今度はティーカップが口に添えられた。
え。なに。どうしたの?!
というか王族に何させてんの僕?!
「熱いからゆっくり、ね?」
「ん」
人からティーカップでお茶を飲ませてもらうことなどなかったからやっぱりちょっと怖い。だからティーカップに手を添えてゆっくりと傾ければ、口の中に液体が流れ込む。
こくんこくんと少しずつ飲み込んで、はふ、と息を吐けば「クッキー食べる?」との問いにまたもや頷く。なんか赤べこになった気分。赤べこってこういう気持ちなんだな…。
「はい、どうぞ」
「んむ」
「おっと」
はい、と口へと運ばれたクッキーを離す際にお兄さんの指先が唇に触れた。あ、ごめんねと顔を上げたらその指をぺろっと舐めてるお兄さんがいて。
思わずクッキーを白蛇様のようにそのままごくんと飲み込めば、当然詰まらせるわけで。
「んぐ?!」
「ライ?!」
どんどんと胸を叩き、なんとかクッキーを落とそうとする僕と、なぜかティーカップを傾けているお兄さん。
え?! ちょ?!と思ったら、そのままお兄さんの顔が近くなる。そしてそのまま唇を塞がれると、ゆっくりと生ぬるくなった液体が口に流される。
「ん…ぐぅ…っ」
それをゆっくりとゆっくりと飲み込みながらどんどんと胸を叩き、大きな手が背中をさすってくれる。紅茶が無くなって口腔から去るお兄さんの舌が寂しくて、ちょっと絡める悪戯をすれば背中をさすってくれていた手がぴくりと跳ねた。
するとその悪戯を咎めるように舌が絡まり、唾液を送られる。それを飲みながら舌を絡め合い、唇を重ねる。
「ん、ふ…ぅっ…んむ!」
最後にじゅるっと紅茶とお兄さんの物が混ざったものを吸われると、絡まった舌が解けていく。
てろりと唾液が垂れ、ぷつんと切れるのをはぁはぁと上がった呼吸を整えながらぼんやりと見ていた。すると濡れた唇をお兄さんの指が拭ってくれた。あ、端から零れてたのか。ありがとう。
「今度悪戯したら、キスだけじゃ済まさないからな」
「ふぁい…」
めっ、とお兄さんに咎められ僕はふわふわとした頭のまま答えると「本当に分かってる?」と聞かれちゃった。大丈夫、今度悪戯する時は覚悟をしながらするから。
「ライ、聞こえてるか?」
「聞こえてるよ。どうしたの?」
こくりと首を傾げてお兄さんを見れば「よかった。まだ話せそうだね」と一人呟いてる。キスだけでもふにゃふにゃになっちゃうからね。僕。
よっこいせ、と身体を抱え直したお兄さんが甘い空気を消して僕をじっと見つめてくる。綺麗な空色は今、太陽の日差しが強い。
「ライ。白蛇は魔力を使わない魔法には気付いているのか?」
「ん? たぶん気付いてない。でもなんとなくは気付いてるみたい」
「…なぜ?と聞いても?」
「バジル兄ちゃんが言ってたでしょ? 僕とお兄さんの混ざった魔力が好きだって」
「ああ。それが?」
ティーカップに手を伸ばして一口紅茶を飲んでから「えっとね」と言葉を続ける。
「村に来たとき、白蛇様を小さくした魔法があったでしょ?」
「ああ、ライが魔力欠乏になって倒れたやつだな」
「うう…あの時は魔力の残量を忘れてたんだよ…」
「心配した」
「ごめんなさい。と、その時魔力がお兄さんと混ざってたでしょ?」
「ああそうだな」
初めてえっちなことをしたあの夜。僕とお兄さんの魔力が混ざったことを白蛇様は知っている。だって白蛇様の身体の上でいちゃこらしてたからね。
「翌日、白蛇様が大きくなってたでしょ?」
「無理矢理乗せられたあれか」
「うん。たぶんその時、気付いたんだと思う。僕の魔力が薄まれば魔法が解けるかもしれない、って」
「なるほど」
でも残念ながら白蛇様にかかってる魔法は魔法であって魔法じゃないんだよね。
それを今知っているのは父ちゃんとお兄さんだけ。例え話したとしてもこればっかりは僕にしか解けない。解かずに僕が死んだら白蛇様は一生白蛇様のまま。元には戻れない。
「だから夜は俺の部屋にいたのか」
「監視…的な意味で?」
「たぶんな」
ノーマークだった白蛇様がネズミかもしれないことに僕はしょんぼりとしてしまう。あんなに可愛いのに…。元は人間、しかも裏切りなのかもしれないと考えると今後白蛇様とのじゃれあいができなくなるかも。
するとお兄さんが慰めてくれるように頭を撫でてくれた。うん、そうだね。ばれちゃいけないよね。
ぐっと唇を噛みしめ、白蛇様は白蛇様だ、と言い聞かせるとお兄さんが「無理はするな」と言ってくれる。ありがとう、お兄さん。
胸に後頭部を押し当ててぐりぐりとすると「くすぐったい」とお兄さんが笑った。
結局、箱の中には何も入っていなかった。
◆◆◆
収納庫からリビングに戻ると兄ちゃんずが戻ってた。早いね。
じゃなくて僕たちが遅かったみたい。僕たちの姿を見た兄ちゃんずだけど、その表情はどこか険しい。
「ライ、お前にも話さなきゃならん」
「え?」
「ギル坊も、だ。ユリウス、さっきの話をもう一度」
「はっ。確認した通り、隣の村では同じ情報しか貰えませんでした」
「ですが、我々がいなくなると情報が意図的に止められている事が分りました」
「え? なんで?」
兄ちゃんずの言葉に僕は困惑する。中央と騎士団を組ませないために情報を流していないはずなのに、逆にこちらに情報が流れてこなくなっている。
「…これで他の村は信用できなくなった」
「まさか中央に情報が全て流れているとは…」
「なに、こんなことは想定内だ」
父ちゃんと兄ちゃんずの会話でこの村が敵に回されたことを知る。
なんで?
呆然としているとお兄さんがきゅっと手を握ってくれた。
「大丈夫、この村は守るから」
「お兄さん…」
じん、と鼻の奥が痛くなってまた涙が溢れそうになるけど、ぐっと我慢をする。
「となると正確な情報がいるな」
「…王都、ですか?」
バジル兄ちゃんのその言葉にそう言えば、とお兄さんを見る。
「お兄さんの家族は大丈夫なの?」
「…一応、は。母も今のところは無事なようだが…」
「なるほど。となるとギル坊の家族も保護しないとまずいかもな」
父ちゃんの言葉に、兄ちゃんずの背が伸びお兄さんとつないだ手に力が入った。
心配だよね。一ヶ月以上会ってないんだもん。それに本当のお母さんはまだ側室にいるのかな? だとしたら余計に心配だよね。
「じゃあ、王都に行こう」
「「は?」」
兄ちゃんずの声が綺麗にハモった。こういう時はすごく気が合うんだよね。
「だから、王都に行こう!」
某鉄道会社のCMみたく「そうだ、京都へ行こう」のノリで言ってみた。
けど、これに反応したのは父ちゃんだけだった。
「…それも一つの手か」
「ライ! 落ち着け!」
「だって…! 白蛇様がこの箱を開けたかもしれないんだよ?! もしかしたらハロハロ女神が言ってたネズミさんって…? でもなんで?!」
箱に手を翳したまま僕が叫ぶと、背中からお兄さんに抱き締められた。
「落ち着け。ライル」
「―――っ?!」
ぎゅうと、首に腕を回して耳元で僕を諭すように優しい声で囁かれれば、ゆっくりと動揺が治まっていく。父ちゃんの視線も感じるけど、ただじっと僕を見守ってくれてる感じだ。
しばらくお兄さんに抱き締められて呼吸が楽になると、ふと身体の力が抜けた。その僕の身体を受け止めてくれたお兄さんが「大丈夫か?」と聞いてくれる。それにこくりと頷けば父ちゃんが動いた。
「ライル、しばらくここにいなさい」
父ちゃんの言葉に「え?」と声を上げれば「いいね?」と強い口調で言われた。それに僕は頷くしかなくて。
「ライルを…頼みます」
「…分っている」
父ちゃんとお兄さんの会話から、父ちゃんは既にお兄さんが第二王子だということを知っているんだろう。敬語を使う父ちゃんは初めてかもしれない。
キイ、とドアが開く音がしてすぐにパタンと閉じられた。しん、とした収納庫には僕とお兄さんの二人きり。
けれど、ちっとも嬉しくなんかなくて。
白蛇様がこの箱を触って蛇になっていたとしたらその人は…。そこまで考えてぶぶぶと頭を左右に振る。
この家に入れるのは父ちゃんが信用してた人たちだけ。もしかしたらそのうちの誰かが魔物を封印できるカードを持ち出した、となるとその目的が分からない。強い魔物をカードに封じ込め杖を使って呼び出せば、王都を襲わせるくらいなんてことはないのだ。
僕が作ったものが悪用されるだなんて考えもしなかった。もし、5年前のベヒモスの王都襲撃にそれが使われていたとしたら…?お兄さんに影を落としたそれが僕のせいだとしたら怖くなった。
「――んなさ…」
「ライ?」
「ごめんなさい…ごめんなさい…っ!」
ぼろぼろと零れ落ちる涙は罪悪感から逃げたい僕の心だろうか。死んでしまった人はもう二度と会えない。そんなことは分っているのに。もしそうなら間接的に僕が殺してしまったようなものだ。
僕は、人を殺してしまったのだ。
「どうして泣いてるんだ?」
「だ、だって…! ベヒモス…もしかしたら…ひっ、ぅぐ…ぼくのせい…かも…だから…っ!」
泣いたって過去が変わるわけがないのに僕はただお兄さんに背中から抱かれながら、情けなく嗚咽を上げる。頬を濡らす涙をお兄さんの大きな手がちょっとだけ乱暴に拭ってくれる。けれど涙はどんどんと溢れ出して止まらない。ひっくひっくとしゃくりをあげながらただ泣きじゃくる。
そんな僕をお兄さんは「大丈夫」と囁きながら耳にキスを繰り返してくれる。涙でぐしゃぐしゃになった顔も手で拭いてくれる。
「なぜライのせいだなんて思うんだ? ベヒモスだってもしかしたら本当に偶然だったかもしれないのに」
「うぐ…っ、らって…らって…ぇ!」
「もしも仮にベヒモスがライのせいだとしても、俺はライを責める気はないよ」
「なんで…? だって…」
ひっひっと情けなく呼吸を乱しながら会話を続けると、ちゅっと目元に唇が押し付けられ涙を吸い取ってしまった。
「俺たちは『騎士』だからね。王都に住まう人を守るのが俺たちの仕事だ」
「だからって…おにいさんの…っ、っひ…なかま…っ」
「うん、それは悲しいけど騎士と言う仕事には危険の方が多いからね。その覚悟はいつでもできているんだ」
「だから…って…ぅあ…っ」
「ライのせいじゃないよ」
「うー…っ」
お兄さんの言葉に涙腺が壊れたように次から次へと涙があふれて止まらなくなる。するとお兄さんの身体が少し離れたかと思えば、くるりと反転させられた。そして顔を厚い胸へと押し付けられ、トントンと背中を撫でられる。
もう、それだけでダメだった。ただただお兄さんの胸でわんわんと泣く。
服が僕の涙で濡れて冷たいだろうに、お兄さんは何も言わずただ僕の頭にキスを落としながら背中を擦ってくれる。
もう体中の水分が涙に変換されたんじゃないかってくらい泣いて、落ち着きを取り戻すと「もう、大丈夫?」と優しく声をかけてくれた。それにこくりと頷くと「よかった」と頭を撫でてくれた。
お兄さんの服、涙と鼻水と涎で大変なことになっちゃった…。
申し訳なさ過ぎて浄化魔法で服を綺麗にすると「っふふ」と笑われた。いいんだよ。僕の自己満足だから。
お兄さんの膝に乗せられ、ぎゅうと抱き締められたまま、ひっくひっくとしゃくりを上げる僕の声だけが響く収納庫。
泣くのなんて何年ぶりなんだろう。
前世でもある年齢をこえた辺りから感情がごっそり抜け落ちちゃったからな…。
すんすんと鼻を鳴らしながらお兄さんの胸に頬を押し当ててぼんやりとしていると「ライ?」と名前を呼ばれる。あまりの静かだから寝ちゃったと思ったかな?
「なぁに…?」
「眠いのなら寝ていいよ?」
「ん…平気。ありがとう」
「…無理はするなよ?」
「ん。大丈夫」
頭を撫でられながら微睡む僕はさながら大きい赤ん坊だ。泣いて、疲れて、あやされて。うん、本当に大きな赤ん坊だ。
そんな事を思いながら指先に疑似魔力を込めるとくるりと円を描く。するとそこから現れたのはミニテーブルにティーポットとカップ。それにちょっとしたおやつが乗せられている。
さっきは僕の鳥頭が処理しきれなくて泣いちゃったけど、冷静になって考えてみよう。その為のティーセットだ。
「おやつ…たべて、おちつく」
「分かった」
椅子もない床に座ってお茶をするなどお兄さんにとっては初めてだろうに、付き合ってくれるの嬉しい。
「でも、このままな」
「うん?」
それってどういう…?という疑問は直ぐに回答が与えられた。腋に手を差し込まれ身体を持ち上げられると、くるりと再び反転させられる。
「よし」というお兄さんの満足した声に瞬きをすると、お腹に腕が回された。
あれ? これって?
「ライル、口あけて」
「やっぱり?!」
ううう…。恥ずかしい。
両手で顔を覆って耳まで赤くするとお兄さんから「恥ずかしい?」って聞かれる。それにこくこくと頷くと肩の上に顎が乗せられた。
ぴゃああぁぁっ?!
「木の実を食べた時は、その小さいお口を開けてくれたのに」
「あばばばば」
「今はダメなの?」
「んぐっ」
「そのちっちゃいお口にこれ、入れたいな」
耳元で囁かれながら、手にしたアモーンドクッキーをちらちらと見せてくるお兄さん。
「ダメ?」
「ダメじゃない! いただきます!」
ふっと、吐息を付きながらえっちな声で言われれば口を開ける以外選択肢がないじゃないか!
あんぐと口を開ければ、すぐさま小さく割られたクッキーの欠片を入れられる。むぐむぐと口を動かし、こくんと飲み込めば今度はティーカップが口に添えられた。
え。なに。どうしたの?!
というか王族に何させてんの僕?!
「熱いからゆっくり、ね?」
「ん」
人からティーカップでお茶を飲ませてもらうことなどなかったからやっぱりちょっと怖い。だからティーカップに手を添えてゆっくりと傾ければ、口の中に液体が流れ込む。
こくんこくんと少しずつ飲み込んで、はふ、と息を吐けば「クッキー食べる?」との問いにまたもや頷く。なんか赤べこになった気分。赤べこってこういう気持ちなんだな…。
「はい、どうぞ」
「んむ」
「おっと」
はい、と口へと運ばれたクッキーを離す際にお兄さんの指先が唇に触れた。あ、ごめんねと顔を上げたらその指をぺろっと舐めてるお兄さんがいて。
思わずクッキーを白蛇様のようにそのままごくんと飲み込めば、当然詰まらせるわけで。
「んぐ?!」
「ライ?!」
どんどんと胸を叩き、なんとかクッキーを落とそうとする僕と、なぜかティーカップを傾けているお兄さん。
え?! ちょ?!と思ったら、そのままお兄さんの顔が近くなる。そしてそのまま唇を塞がれると、ゆっくりと生ぬるくなった液体が口に流される。
「ん…ぐぅ…っ」
それをゆっくりとゆっくりと飲み込みながらどんどんと胸を叩き、大きな手が背中をさすってくれる。紅茶が無くなって口腔から去るお兄さんの舌が寂しくて、ちょっと絡める悪戯をすれば背中をさすってくれていた手がぴくりと跳ねた。
するとその悪戯を咎めるように舌が絡まり、唾液を送られる。それを飲みながら舌を絡め合い、唇を重ねる。
「ん、ふ…ぅっ…んむ!」
最後にじゅるっと紅茶とお兄さんの物が混ざったものを吸われると、絡まった舌が解けていく。
てろりと唾液が垂れ、ぷつんと切れるのをはぁはぁと上がった呼吸を整えながらぼんやりと見ていた。すると濡れた唇をお兄さんの指が拭ってくれた。あ、端から零れてたのか。ありがとう。
「今度悪戯したら、キスだけじゃ済まさないからな」
「ふぁい…」
めっ、とお兄さんに咎められ僕はふわふわとした頭のまま答えると「本当に分かってる?」と聞かれちゃった。大丈夫、今度悪戯する時は覚悟をしながらするから。
「ライ、聞こえてるか?」
「聞こえてるよ。どうしたの?」
こくりと首を傾げてお兄さんを見れば「よかった。まだ話せそうだね」と一人呟いてる。キスだけでもふにゃふにゃになっちゃうからね。僕。
よっこいせ、と身体を抱え直したお兄さんが甘い空気を消して僕をじっと見つめてくる。綺麗な空色は今、太陽の日差しが強い。
「ライ。白蛇は魔力を使わない魔法には気付いているのか?」
「ん? たぶん気付いてない。でもなんとなくは気付いてるみたい」
「…なぜ?と聞いても?」
「バジル兄ちゃんが言ってたでしょ? 僕とお兄さんの混ざった魔力が好きだって」
「ああ。それが?」
ティーカップに手を伸ばして一口紅茶を飲んでから「えっとね」と言葉を続ける。
「村に来たとき、白蛇様を小さくした魔法があったでしょ?」
「ああ、ライが魔力欠乏になって倒れたやつだな」
「うう…あの時は魔力の残量を忘れてたんだよ…」
「心配した」
「ごめんなさい。と、その時魔力がお兄さんと混ざってたでしょ?」
「ああそうだな」
初めてえっちなことをしたあの夜。僕とお兄さんの魔力が混ざったことを白蛇様は知っている。だって白蛇様の身体の上でいちゃこらしてたからね。
「翌日、白蛇様が大きくなってたでしょ?」
「無理矢理乗せられたあれか」
「うん。たぶんその時、気付いたんだと思う。僕の魔力が薄まれば魔法が解けるかもしれない、って」
「なるほど」
でも残念ながら白蛇様にかかってる魔法は魔法であって魔法じゃないんだよね。
それを今知っているのは父ちゃんとお兄さんだけ。例え話したとしてもこればっかりは僕にしか解けない。解かずに僕が死んだら白蛇様は一生白蛇様のまま。元には戻れない。
「だから夜は俺の部屋にいたのか」
「監視…的な意味で?」
「たぶんな」
ノーマークだった白蛇様がネズミかもしれないことに僕はしょんぼりとしてしまう。あんなに可愛いのに…。元は人間、しかも裏切りなのかもしれないと考えると今後白蛇様とのじゃれあいができなくなるかも。
するとお兄さんが慰めてくれるように頭を撫でてくれた。うん、そうだね。ばれちゃいけないよね。
ぐっと唇を噛みしめ、白蛇様は白蛇様だ、と言い聞かせるとお兄さんが「無理はするな」と言ってくれる。ありがとう、お兄さん。
胸に後頭部を押し当ててぐりぐりとすると「くすぐったい」とお兄さんが笑った。
結局、箱の中には何も入っていなかった。
◆◆◆
収納庫からリビングに戻ると兄ちゃんずが戻ってた。早いね。
じゃなくて僕たちが遅かったみたい。僕たちの姿を見た兄ちゃんずだけど、その表情はどこか険しい。
「ライ、お前にも話さなきゃならん」
「え?」
「ギル坊も、だ。ユリウス、さっきの話をもう一度」
「はっ。確認した通り、隣の村では同じ情報しか貰えませんでした」
「ですが、我々がいなくなると情報が意図的に止められている事が分りました」
「え? なんで?」
兄ちゃんずの言葉に僕は困惑する。中央と騎士団を組ませないために情報を流していないはずなのに、逆にこちらに情報が流れてこなくなっている。
「…これで他の村は信用できなくなった」
「まさか中央に情報が全て流れているとは…」
「なに、こんなことは想定内だ」
父ちゃんと兄ちゃんずの会話でこの村が敵に回されたことを知る。
なんで?
呆然としているとお兄さんがきゅっと手を握ってくれた。
「大丈夫、この村は守るから」
「お兄さん…」
じん、と鼻の奥が痛くなってまた涙が溢れそうになるけど、ぐっと我慢をする。
「となると正確な情報がいるな」
「…王都、ですか?」
バジル兄ちゃんのその言葉にそう言えば、とお兄さんを見る。
「お兄さんの家族は大丈夫なの?」
「…一応、は。母も今のところは無事なようだが…」
「なるほど。となるとギル坊の家族も保護しないとまずいかもな」
父ちゃんの言葉に、兄ちゃんずの背が伸びお兄さんとつないだ手に力が入った。
心配だよね。一ヶ月以上会ってないんだもん。それに本当のお母さんはまだ側室にいるのかな? だとしたら余計に心配だよね。
「じゃあ、王都に行こう」
「「は?」」
兄ちゃんずの声が綺麗にハモった。こういう時はすごく気が合うんだよね。
「だから、王都に行こう!」
某鉄道会社のCMみたく「そうだ、京都へ行こう」のノリで言ってみた。
けど、これに反応したのは父ちゃんだけだった。
「…それも一つの手か」
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三好家で腹黒優等生のアルファ長男彗と、天然無邪気なΩの理玖に挟まれた涼介は、昔から二人に振り回されている苦労人だ。それでも涼介も三好家らしさを出して、自分の道を突き進んでいる。冷めた涼介にとっては、恋愛は割り切った関係が当たり前で、身近で繰り広げられるオメガとアルファの溺愛をゾッと感じるほどだ。そんなアルファの涼介が恋する相手とは…。
三好家の次男、涼介の一筋縄でいかない恋の物語。王様気質の涼介は実は…。意外な性癖のツンデレの涼介を満喫してください笑
涼介の恋愛模様は、エロ多めになりがちなのは、涼介のせいですので…(^◇^;)
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