30歳まで童貞でいたので魔法使いになれました!異世界で!

マンゴー山田

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2. 僕とお兄さんと時々白蛇

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「え、あ、うん…」
「お前、正気か?!」

がっと肩を掴まれ、真剣な表情でそう問われる。

「正気もなにも…」

ちらりと卵の方を見てから、お兄さんの綺麗な空色の瞳をじっと見つめ返す。

「お兄さんが卵をこうしたんだし」
「………っ!」
「お兄さんは卵を救うことなんてできないでしょ? だからそれができる僕がやらなきゃ」

やってしまったことに責任取れないでしょ?と伝えれば、お兄さんの瞳が伏せられ、ずるりと肩を掴まれていた手が滑り落ちた。
俯いてしまったお兄さんの腕をぽんぽんと軽く叩いてから、にこりと笑う。

「大丈夫、何とかするから」
「…すまない」

滑り落ちた手が拳を作り、ぶるぶると震えている。
悔しいんだろうな。何もできない事が。
そして、お兄さんたちがやってしまったことが、取り返しのつかないことになっていることに気付いたんだろう。

「でさ、ちょっとお手伝いしてくれない?」
「俺に出来ることなら」

僕の言葉に、ばっと顔を上げるお兄さんはきっと責任感が強いんだろう。
それか贖罪を見つけたからか。
まぁどっちでもいいんだけどね。

「治癒魔法をかけると僕、無防備になっちゃうんだ。だから」
「お前を守ればいいんだな? ならば得意だ」
「話が早くて助かる」

じゃあ、よろしくね。と告げると僕は卵の側に向き直す。そして卵を抱きかかえるように両手を回すと、そのまま治癒魔法をかけ始める。
白蛇様が大きいから卵も大きいんだよねー。
僕の両手じゃ抱きかかえられないけど、お兄さんはたぶん持ち上げられそう。

僕? 持ち上げられるわけないじゃん。魔法使いだよ?
筋力なんてその辺の子供と同じよ?

鍬とか持ってザクザク畑を耕すけど、だいたい兄ちゃんずが僕から農具を取り上げてザクザクやっちゃうんだよ…。
だから筋力どころか体力もあんまりつかない。
僕は根っからの魔術師タイプだからね…。

それに身体が小さいのは兄ちゃんずが体力、筋力全振りに対して僕は魔力、魔法に全振りだから。

ついでに、兄ちゃんずの魔力は普通の人よりちょびっと少な目、僕の魔力は普通の人よりもだいぶ多めらしい。
教会で魔力測定みたいなのを10歳の頃にやらされるんだけど、おじいちゃん司教様に「水晶に魔力を注いでみなさい」って言われたから言われるまま魔力を注いだら、割れちゃったんだよね。

それはもう木っ端みじんに。

幸い、そこにいたおじいちゃん司祭様と、僕、両親に兄ちゃんずに怪我はなかった。
だけど、おじいちゃん司祭様の眉が眉間によっていて難しい顔をしていたことが、当時の僕はすごく怖かった。
怒られるんじゃないかって、兄ちゃんのズボンを握ってさっと隠れて「ごめんなさい」って泣きながら謝ってた。そんな僕の頭をもう一人の兄ちゃんが、髪がくしゃくしゃになるまで撫でてくれて。

「この村にいるならば問題はないでしょう。ですが…街に出る時は注意をするように」

神妙な面持ちで、静かにそう言ったおじいちゃん司祭様の言葉に僕たちは頷き、その後にっこりといつものようにニコニコと笑うおじいちゃん司祭様に戻った瞬間、張り詰めていた空気が変わった。
それから僕は村から出ることなく15歳を迎えた。
その間にもどんどんと魔力が強くなり、結構な広さの畑を一気に耕す、という魔法で村中の畑を耕して回ったり、雨を水魔法で降らせたり、ぎっくり腰をしたおじさんとか怪我した人とかの治療をしている。
移動も風魔法を使えばすぐだし、村の人たちも喜んでくれるしで、どんどん魔法を使っている。

それでも、枯渇しない魔力がどこまで強くなるか分からないところが若干不安だけど。

だからこのことを知らないのは最近越してきた人たち。その人たちは「ちょっと魔力が多い子供」だと思っている。
まぁ、原因は僕が「童貞」のまま転生したかららしいけど。

「ハロハロ女神様」曰く、地球では魔法が使えない代わりに魔力を溜めることができるらしい。
特に30歳まで「処女」や「童貞」の人たちは魔力をたくさん溜められるらしいけど、30歳前でセックスをするとその溜まっていた魔力が霧散するんだって。

不思議だよなー。

更に30歳まで「処女・童貞」の人たちが死んで異世界に転生する時は、その魔力を持ったまま転生ができるらしい。
だから、10代で死んで異世界転生すると魔力が異常に多かったり、それがあれこれ変換されて無双ができるんだって。世界によって魔力が持ち込めるかどうかは違うらしいけど、「ハロハロ女神様」の世界は持ち込めたから、僕は魔力がすごいことになっているんだとさ。

「おい、大丈夫か?」
「ふえ?」

つらつらとそんなことを考えていたら、お兄さんが声をかけてきた。
ちょっとびっくりした。変な声も出ちゃったし。
ぱちぱちと瞬きを何度か繰り返してから隣に立っているお兄さんへ視線を向ければ、真っ直ぐ見つめている空色の瞳がちらりと僕を見た。

「暗くなってきたが…火を起こしても?」
「え? あ、うん。オネガイシマス?」

腕を組んで立っていたお兄さんが僕の言葉に頷くと、二本隣の木へと移動した。
何をするんだろう?と思っているとおもむろに背を向けると、ドン!という轟音の後にバキバキと音を立てて木が倒れた。
そしてその倒れた木を跨ぐと、拳でその木を小さくしていく。

ドン、バキョ。 ドン、パキパキ。

そんな音が森に響く。
一体何が起こっているんだ、とぽかんとしている僕。白蛇もお兄さんの行動に驚いたようでシュルル…と舌を出したり引っ込めたりしてる。

「こんなもんか」

そう言って涼しい顔で薪の大きさになった木を小脇に抱え、てきぱきとたき火の準備をするお兄さん。その様子をぽかんと見ている僕と白蛇。
あの…生木ってあんまりたき火に使えないんじゃ?

「あ、あのっ!」
「どうした? 何かあったか?」

心配そうに片膝を付くお兄さん。いや、なんか滅茶苦茶カッコいいんだけど。
こう…背筋も伸びてなんていうか…父ちゃん、そう父ちゃんみたいだ。

「おい。熱でもあるんじゃないのか?」
「ひょわ?!」

す、と僕の前髪の上から手を当てられ、熱を測られた。

「少し、熱いか?」
「い、いや、大丈夫。てかそうじゃなくて」

ぎゅっと眉を寄せたお兄さんの真剣な表情に思わず頷きそうになったけど、違う違う。

「それ」
「? それ?」

お兄さんの後ろを指さすと「たき火の準備だが?」と不思議そうにこくりと首を傾げられた。

うん、そうなんだけど。

「生木でしょ? 燃える?」
「あぁ、そんなことか。大丈夫だ」
「ホントに?」

疑うような声に、お兄さんは「ちょっとだけコツは必要だけど」と言ってウエストポーチから石を取り出し、組んだ生木の上に乗せた。

あれ? 火打石じゃないの?

今度は僕がこくりと首を傾げると、白蛇もまた首を傾げている。
…可愛いな、この白蛇様。

「ここに少しの魔力を流せば…」

そういいながら置かれた石に手を翳した瞬間、ボッと勢いよく火が付いた。
それに瞳を大きくすると、白蛇も突然着火したそれに驚いたのか、仰け反った。

「な?」

火がついただろ?と頬を緩めるお兄さんに、僕の意識はさっきの石へと向いていた。

「それ、魔石?」
「ああ、こういった場所には持ってくるようにしてるんだ」
「へぇ…」

魔石かー。あれ、便利なんだけど石だからちょっと重いんだよね。
というか、魔石ってあんな感じなんだ。
僕の村はちょっと違うんだけど。

「初めて見たのか?」
「へ? あ、うん。まぁ…」

お兄さんの真剣な声に、びくっと肩を震わせると空色の瞳が僕をじっと見つめている。
どうしたんだろう。なにかあった?
こくりと反対側へと首を傾げると、お兄さんが急に立ち上がり剣を構えた。

わぁ、結構な数。

どうやらさっきの音で魔物が集まってきちゃったらしい。けれども、一定の距離を置いてこちらに来る気配がない。
ああ、白蛇様がいるからね。いるだけで畏怖しちゃうよね…。
僕は大きさにビビったけど。
ゆらり、と白蛇様が首を動かしただけで大半の魔物がきゅーん、と鳴きながら去っていく。それらにつられて集まっていた魔物が去っていった。
狼系の魔物だったか。彼らは集団で狩りをするから数が多い。数人で手分けをすればそれ程脅威にはならないけど、一人で相手をすると厄介な相手。
連携がうまいからね。一匹に構ってるとあっという間にかみ殺される。
でもお肉は美味しい。燻製にしたらもっとおいしい。

「…俺がいなくても大丈夫な気がするな」
「そ、そんなことないよ! お兄さん!」

どことなく肩を落としてるお兄さんを励ますが「…いや、気にするな」と逆に気を使われてしまった。
ごめんよ、お兄さん。
オオーン、と狼の遠吠えと、ぱちぱちと燃えるたき火の音しか聞こえなくなった時、ぴくりと白蛇様とお兄さん、そして僕が反応したのはほぼ同時だった。
何かがものすごい勢いでこちらに向かってくる気配に、お兄さんは頷くと急いで火を消す。火が消えて真っ暗になった途端、急に不安に襲われるがそれよりもまずい気配に冷汗が流れる。

「ブオオオォォォッ!」

遠くから聞こえるその声に、僕は「マズイ」と声を出していた。
それは思いの外響き、お兄さんもじっとその気配が迫ってくる方角を睨んでいる。
僕は一度治癒魔法を中断し、どうしよう、と悩んだのは一瞬。卵の周りに触れるものを切り裂く風魔法をかけると、立ち上がる。
段々と近づいてくる唸り声にも似たそれと共に、バキベキと木がなぎ倒される音が混じる。

そして、それが姿を現した。

「オオオォォォン!」

首を左右に振って突進してくるそれは、巨大なイノシシの様で違う生き物。
大きな牙とたてがみのようなものが特徴で、背中からも突起物が生えている。黒い靄を纏うその姿に僕は思わず口元を歪め、ぺろりと唇を舌で舐めた。

「どうした?」

お兄さんの声に「なんでもない」とは言ったが、ベヒモスから視線が離せず興奮で心臓がばくばくと早鐘を打つ。
ああ…早く戦いたい。
そんなことを思っていると僕の視界がさっと遮られた。

「なに…?」
「君は俺の後ろに」

それがお兄さんの背中だと気付き、文句を言おうとしたが「グオオオオオオオォォ!」という咆哮により、暗闇の戦闘が急きょ始まったのだった。


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