よくある話をしよう

マンゴー山田

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これに関しては王子様も強くは言えないようで、何か言いたいようだったがぐっと口を噤んでいる。
まぁ本物の聖女が現れたと神様が言っちゃったからなぁ…。
いなくとも問題はないんだろうけど…。
でもなんか引っかかる説明なんだよなー。
それは王子様も同じなのか、じっと神様と聖女を見ていた。

「じゃあ、直ぐに戻る?」
「そんな早く戻れるんですか?」
「もちろん! 私は神様だよ?」

えへんと胸を張る神様は、本当に何千年と生きているんだろうかと思えるほど幼い仕草で、なんだか癒される。

「ショーマ」
「ん? どうした?」
「ん…何でもない」

声に元気がないけど急にどうしたんだ?
ぎゅうぎゅうと抱き締めてくる、オルの様子がおかしくて頭を撫でてやる。
もしかして…。
俺も帰るんじゃないかって思ってる?

「それじゃ、さくっと帰しちゃうからねー。話はその後でいい?」
「え? あ、はい。構いません」
「じゃあちょっと待っててね。こっち来てー」
「は、はい」

緊張した面持ちで聖女が神様の元へと駆け寄る。
そしてちらりと俺を見ると、ぺこりと勢いよく頭を下げた。

「今までごめんなさい!」
「へ?」
「睨んだり、失礼なこと言ったりして…本当にごめんなさい!」

「おまけ」扱いの俺に対しての態度のことを謝っているんだろうけど、俺だってずっと「おまけ」だと思ってたんだ。

「いいよ。それより無事帰れることを祈ってる」
「…っ、ありがとう」

顔を上げた彼女はその目に涙を浮かべて、ほっとした顔でにっこりと笑う。
きっと、俺の謝罪だけでほっとしたわけじゃないんだろう。
彼女には彼女なりのプレッシャーがあったに違いない。
聖女として役に立たなければ、という思いがあったのかもしれない。
それは全部俺の考えだけど。

「よし。じゃあ、君は召喚される直前、ショーマと出会う前に戻すからね」
「はい」
「ここでの記憶は責任をもって消しておくからね」
「ありがとうございます」

神様にお礼を言って再びぺこりと頭を下げる。

「うんうん。私の世界でしでかしたことだからね。お礼はいらないけど、君の感謝の気持ちは貰っておくね」

にこにこと笑う神様に、再び涙ぐむ彼女。

「目を瞑って。それじゃ、いくよ」
「はい」

彼女の言葉が早いか、下に現れた魔法陣が光るのが早いか。
まばゆい光が視界を覆うと、彼女の姿はなく、光の粒子がふよふよと浮かんでいるだけ。

あれ…この光景…どこかで…?

いやいや。もしかしたら似たような光景をどこかで見ただけかもしれない。
うん。
懐かしい、とか…全然…。
そう思いながら完全に消えてしまった光の粒子を視線で追えば、彼女がここにいたという事実は、一つ残されたカップのみになった。

「こんなにあっさり帰れるんですね」
「まぁね。ホントはダメなんだけど、今回に関しては私も一枚噛んでるからね」

帰ってしまった彼女を羨ましいと思わないといえば嘘になる。
けれど、俺はまだ聞かなければならないことがあるのだから。

「さて、話の続きといこうか」

神様の言葉に、腹に回された腕に力がこもる。
行かないで、と引き留める腕をぽんぽんと軽く叩けば少しだけ力が弱まる。

「で、今回私が噛んだと言ったね?」
「はい」

神様が俺に向き直すと、ちらりとオルを見た。
この2人が俺をこの世界に呼んだのは間違いないと俺は思っている。
けど理由が分からない。

「そうだな。これに関してはまず、オルのことから話そうか」
「勇者の?」

必要なのか?という王子様の言葉に神様は「オルのことを話さないと分らないことが多すぎるから」と苦笑いを浮かべた。
そう言われてしまえば聞かないことはない。
オルは背中にくっついて、頬を押し当てているだけ。
結構深刻な話っぽいから後でまたよしよししてやろう。

「オルはね、一度私が作りたかった人間なんだ」
「はい?」

作りたかった?
どういうことだ?

「ほら、一度は憧れるじゃない?最強のチート人間」
「ああー…」

ここで理解できてしまうのは、そういったチートで最強なキャラたちが無双する話をたくさん知っているからだろう。
王子様や騎士、魔導士なんかは眉を寄せるだけでいまいちピンと来ていないようだが。

「そこで、オルと取引をしたんだ」
「取引?」
「そ。3歳のオルと」
「はい?!」

子供と取引をした?!
何やってんのこの神様?!

「あっはっはっ。実は産まれて直ぐ接触したんだよ。その時はただ作りたかった気持ちが暴走しちゃってたからね」
「何やってんの?!」
「本当だよね。まぁ自我がなかったから3年待ったんだよ?」
「問題はそこじゃない!」

ヤバイ。この神様マジヤバイ。
なに子供と取引してんの?!

しかも3歳と言えばようやく自分が分る頃じゃない?!
いや、この世界の3歳児はあっちとは違うかもしれない。

「ふむ。3歳児ならすでに勉強を始めている者もいるだろうしな」
「うわぁ…」

王子様の言葉に騎士も魔導士も頷いているから、やっぱりあっちとは違うみたいだな。
いや、あっちでもやるところはやってるんだろうけど。
ちなみに俺は公園で走り回ってたような気がする。その頃の記憶ってあんまりないし。
んでこの世界、中世ヨーロッパっぽく貴族とかいるらしいんだよ。
俺はずっと王宮にいたし、その辺の知識はさっぱり分からないけど、やっぱりエリート様は大変なんだな。

「3歳だと、親の仕事手伝っている者もいるぞ?」
「おお、すげー」
「お前のところは違うのか?」
「違うねー。その頃はただひたすら遊んでたような気がする。てか記憶があんまりないっていった方が正しい」
「だから頭が軽いのか」

ふむ、と一人納得する王子様を放置して、神様を見ればなぜか花を飛ばして和んでいた。
え、何。
どこで和んだ?!

「なんか親戚の子たちを見ているような気になっちゃって…」
「ああー…それも気になりますけど、続きをお願いします」

そうなんだよなー。
この人、時々親戚の人みたいな雰囲気だすんだよなー。
気になることが多すぎるけどまずは一つずつ潰していかないと俺の頭がパンクする。

「はいはい。それでね。取引したんだよ。この頃から最強チートにしたかったからさ。で、取引の証がこの赤い瞳」
「うわぁ…」

最低。
という言葉をなんとか飲み込んだのは腕に力がこもったからだ。

「我ながら最低だと思うよ。で、とりあえず5歳まではこの取引は思い出さないようにしてね」

そこまで言って一度言葉を切る神様。
部屋はシン…と静まり返り、神様の言葉の続きを待つ。

「で、オルが5歳の時に再び姿を現して思い出せたんだ。それからオルにショーマ、君の世界を見せたんだ」
「異世界を…見せた?」

どういうことだ、という疑問は俺だけじゃなく、王子様や騎士、魔導士も同じようで、固唾を飲んで神様を見つめる。

「私の身勝手で最強チート勇者を作るんだから、伴侶くらい選ばせてあげたいじゃない?」
「いや、だからってなぜ異世界の人間を…」

ごもっともな魔導士の言葉に、騎士も王子様も頷く。
俺も頷いた。

「だってオルは自分の花嫁はこの世界にないって言ったから」
「ええええー?」

神様曰く、この歳で既に世界を“見る”ことができたらしい。
さすがチートオルは違った。
てか魔力とかどうなってたんだろう。

「で、聖女として呼んでいる異世界の人間は穏やかだし国自体も比較的安全だったから直接探しに出かけたんだ」
「ちょ、ちょっと待って?!」

なんかとんでもないこと言い出したぞ?!
この神様!

「異世界に…『出かけた』?!」

その言葉に、さすがの王子様も言葉を失ったようだ。
口! 王子様、口!
閉じて閉じて!
見せちゃいけない顔になってる!
騎士も気付いて!

「聖女たちが来れるんだよ? 行けるに決まってるじゃない」

何言ってんの?とでも言いたげな表情だが、異世界に行けるという衝撃からまだ王子様たちは帰ってきていない。
早く!
早く帰ってきて!

「それでね。オルと一緒に出掛けた先に君を見つけたんだよ。ショーマ」
「え…?」

ここで俺に繋がるのかよ!
てかそんな記憶ないぞ?!
でもぎゅうと抱き締めてくるオルの手が嘘ではないと伝えてくる。

「そ、れで…?」

ああ、やばい。
この先はきっと俺が聞きたくて躊躇った話だ。
緊張で、ごくりと喉が鳴る。

「その時、君はユーリと名乗る少年と一緒に歩いていた」
「ユーリ?」
「ああ。君は彼を知っているんじゃないのか?」

あれ?という神様に、俺の心臓がどくどくと忙しなく動く。

「ユーリ…悠里は…俺の…叔父さんだ」

なんでここで叔父さんの名前が出てくるんだ?
いや、ちょっと待ってくれ。
オルと俺は同じ年だろ?
ということは俺も5歳だったわけだろ。

5歳。

そういえばこの頃からやけに叔父さん…悠里によく遊んでもらってた記憶がある。
母さんが仕事で構えないからって…。

いや違う。

この頃、何かがあって悠里がなぜか俺を構い倒しに来てた。
いつもおやつを持って遊びに…。

「やっぱりユーリでよかったんだね。彼はショーマがこちらの世界に来ることを理解していたからね」
「え?! は?!」

どういうことだ?!
悠里が、この世界を知っていて、かつ俺がこっちに来ることを知っていた?!

「ユーリから何も聞いてないの?」
「…聞いてない」

声が震える。
なんで。
なんでだよ。
どうして悠里は俺がこっちに来ることを教えてくれなかった?

そもそもなんでこっちの世界に来ることになったんだ?

分らない。
分らない。

「ショーマ」
「―――っ?!」

心配そうな声にハッとすると、大きな手が口を塞いでいた。
気付けば小さく身体が震えて、呼吸が荒くなっていたのを心配してくれたんだろう。

「だい…じょ、ぶ…」

本当は大丈夫じゃない。
驚くほど動揺してるのが自分でもわかる。
ぐらぐらと視界が揺れて、今どこにいるのかも分からなくなってくる。

あ。

落ちる、と思った瞬間、俺の意識は既に黒に塗りつぶされていた。




『大丈夫。ちゃんと会えるから。それまで、ばいばい』

最後に見えたのは光の中に消えていく誰か。
黒い髪に、赤い瞳を持つ変わった子供。

「翔馬」

今の俺と同じ歳の悠里が頭を撫でてくれる。
それからべそべそと泣きじゃくる俺の涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔をタオルで優しく拭いてくれる。
ひっ、ひっとしゃくりあげるげることしかできない俺を落ち着かせるように、抱き締めて何度も何度も背中を撫でてくれた。

ああ、そうか。
あの子供、オルだったのか。

公園で遊んでいたら声をかけられて…それから公園は初めてだっていっていたオルと一緒に遊んで。
その時、悠里は誰かと話し込んでいたから、オルとブランコに乗ったり、滑り台を何回も滑ったり…。
転んで膝を怪我した時も、オルが治してくれたんだっけ。

その後何度も練習をしたけど結局、治癒魔法なんてできる訳もなく。

できなくてガッカリしている俺を悠里が何度も慰めてくれたんだよな。

「おるみたにできないよぅ」
「そうだな。オルとお前は違うからな」
「やだやだ! つかいたい! おるみたいになおすことできれば、おるとゆーりのけがだってなおせるんだもん!」
「そっか。俺の怪我も治してくれるのかー」
「ゆーりはいつもけがしてるから」

ぐずぐずとやっぱり泣きじゃくってた俺を膝の上に乗せて、抱き締めてくれたんだっけ。
怪我しては治癒魔法を使おうとして、母さんからは「バカなことしないで」ってよく怒られたな。
それもあってか同い年の子達とはうまくいかなくてはぶられてた。

懐かしい。

歳を重ねるごとにそんなものは妄想だということに気付いて、治癒魔法を使いたい、なんて事を言わなくなったんだっけ。

それを悠里が少し寂しそうに見てたのが印象的だった。
それから悠里は大学へ行くようになって俺とも遊ばなくなって。
でも時間があれば頻繁に俺に会いに来てたな。
それに17歳になったら悠里も時間がない中、毎日俺の顔を見に来ては頭を撫でていく変な奴だった。

そっか。
悠里は俺がこっちに来ることを知っていたから少しでも俺との時間を増やしていたんだな。

バカだな。
…ほんとに、ばかだな。

俺が妄想だと切り捨てたそれをずっと信じていたなんて。

でもこれで悠里の行動に納得がいった。
高校に入った時に渡されたBL本。
あれ、俺がオルとえっちするときの指南書みたいなもんだったんだな。

ばか。
バカ悠里。

なんで教えてくれなかったんだよ。

「17歳になったら、向こうから迎えがくるから」

って。
冗談みたいに言って…。
それで…そうだとしたら俺はこの世界に来ただろうか。

分らない。

そもそもオルのことを今の今まで忘れてたんだぞ?!
会っても「誰ですか?」と言われたらオルはきっと…。

ああ! もう!

なんで俺の記憶はこんな大切なことを忘れてたんだよ!

でも、俺とオルがあっちの世界で出会っていたこと、悠里と神様が何か話してたこと。
断片的だけど思い出してすっきりした。

後は、話を聞いて答え合わせをするだけだ。

さぁ、瞼を持ち上げろ。

覚悟を、決めろ。



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