よくある話をしよう

マンゴー山田

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「っだー! しつこい!」
「ふふ、もう少しで捕まっちゃうよ、ショーマ? それとも捕まりたいのかな?」

全速力で右へ左へと蛇行しながら走ってはいるが、相手も俺のことをよく知る人物。
急ブレーキをかけ、木の枝へと飛んでもそれを予測していたのか、同じように木の枝にすでにいた。
今度は木の上での追いかけっこ開始である。


■■■


まずは俺の話をしよう。
まぁよくあることだ。

うん、そう。またなんだ。悪いな。

よくある異世界転移。それに俺こと相羽翔馬は巻き込まれた。
巻き込まれたというのは俺がおまけだということ。
本来聖女召喚される予定だったのは隣にいた同じ年頃の女の子。
俺とは違う制服を着ていて、たまたま本当にたまたま隣に並んで数歩あるいたら彼女の足元がびかー!と光り…。
そういうことだ。
で、聖女だという彼女はたくさんの人に囲まれ怯え俺の腕にしがみついた。当然俺も怖い。
儀式、なんてものは大体が薄暗い専用の部屋でやるだろ?
蝋燭めっちゃ付けてそれこそパーティーみたいな雰囲気でやるものじゃない。いや。それはそれでちょっと見てみたい気もする。
パーティー会場で儀式。
なにそれめっちゃ明るい。
ズンドコ陽気な音楽掛けて、さらには周りで踊っている状態で召喚されれば恐怖は少ないのかもしれない。

…いや、それはそれで怖いな。

話が思いっきり逸れたが、なんやかんやで彼女だけ連れて行かれてーっていうテンプレ。
その後は勇者が魔王を封印しに行くから聖女様もーって話があって。
当然俺は戦えない。

当たり前だろ。

ただの高校生に何を求めてるんだ。
そもそも求められていないのに戦う力なんかあるわけないだろ?
で、王宮でお留守番って話になったんだけど、どういうわけかお荷物の俺を勇者様が連れていくと言い出した。
ばかじゃねぇの?!とその場の全員が口にしたのは言うまでもないが、その勇者様、俺を連れて行かないと何もしないと駄々をこね始めた。
俺よりも年上だろ? 言うこと聞けよとやんわりとオブラートを何重にも包んで言ってみたが「ショーマいくつ? 17? 俺と同じじゃないか!」と言われた時にはポカンとしてしまった。
体格も身長も違うのは分ってはいたがまさか同い年だとは思わなかった。
周りは知っていたようだけど、初めて会った俺はそんなこと知らねーし。
もちろん周りは俺と勇者様を会わせたくなかったようだが、勇者様の「じゃあ、旅に出ない。頑張って自分たちで封印してね」という一言で渋々会う羽目になったわけだ。
正直俺だって会いたくなかった。
というか、勇者様など一度も見かけたことがない。それなのに勇者様は俺のことを知っていた。
「もしかして召喚時の儀式の時にいましたか?」と一番に思いつくことを聞いてみれば「いや?」とにっこり微笑まれた。
あそこにいないとなると一切の接点がなくなる。
ホント一体どこで俺のこと知ったんだ?
あ、あれか? 聖女のおまけとして紹介された、とかか?
いや、でも俺のことは召喚したやつらプラス王様と王子さましか知らないはず。
それにそんなことを口にすれば最悪命はないって言われてるはずだし…。
マジ分らん。

「じゃあ、特別に教えてもらったんですか?」
「いや。それも違う」
「は?」

可愛いなーと言う言葉を聞こえないふりをして勇者様をじいっと見つめれば、ばっと顔を両手で覆った。
俺、なんかしたか?!と内心焦っていると「無理…可愛すぎる…」というくぐもった声が聞こえ、俺はただ呆れる。
更に、ぶんぶんと頭を振りながら「可愛すぎて正面から見れない」とまるで乙女のような仕草をする勇者様に引いた俺は悪くないと思う。
なんせ俺よりも頭一つ分高く、腕ももりっとした筋肉がついてるうえ、がっしりとした体格の男が恥ずかしそうに頭を振る姿をただ見つめているのだ。
周りの人も若干引き気味なのだから、やはり俺は悪くない。うん。

「え…っと…?」

周りから乙女な勇者様をどうにかしろという無茶ぶりな視線を受けながらなんとか言葉を絞り出せば、顔を覆っていた手が剥がれた。
それにびくっと肩を跳ねさせ警戒した俺の右手をそれは素晴らしい速さで掴むとそのまま握りこまれた。
そしてずずいと顔を近付けじっと見つめてくる勇者様。
怖い。めっちゃ怖い。
友達ならまだしも、ついさっき会った人間…しかも同性に急に手を取られ頬を若干朱に染められ見つめられてみ?
恐怖しかない訳よ。
口元が引き攣るのは仕方ないだろ?
それに押しても引いても握られた手は離れず、寧ろぎゅうと更に力を込められる。
助けて!と周りにそれとなく視線を向ければ、さっと目を逸らされる。
おい! お前らの選んだ…かもしれない勇者様だろ?! どうにかしろよ!

「ショーマ」
「ひゃい?!」

ぎりぎりと恨めしく横にいた青年を睨んでいると、名前を呼ばれた。
その声色が若干硬いのは気のせいか?
視線を勇者様に戻せば、ぱぁっと表情が明るくなる。

え…何?

「ショーマは俺がどうしてショーマのことを知ったのか知りたいんだよね?」
「え? あ、まぁ」

見えない尻尾をぶんぶんと左右に振っている勇者様の言葉にこくりと頷くと「それはね」とにこりとそれはそれは綺麗な笑顔で口を開く。

「俺が“見た”から、かな?」
「はい?」
「ショーマが召喚された時、なんか面白いことを宮殿でやってたから“見て”みたらショーマ、君がいた」

言いながらきゅうと手を握る勇者様は少し照れくさそうに笑う。
女の子…聖女様なら確実に惚れるだろうその笑顔は俺にとってはなんの意味も持たない。
それどころか勇者様の言葉に眉を寄せる。

「“見た”って…あの場所にはいなかったんだろ?」
「ああ! あの時はたまたま三つほど山を越えた場所で討伐依頼をしてたからね!」
「んん…?!」

この男、今、山三つほど越えた場所って言ったか?!

「ちょ…ちょっと待て! そんな離れた場所からどうやって…?!」

異世界だから。で終わらせるのは無理なほど俺の頭はパニックになっていた。
魔法もござれな世界だが、そんな距離を一体どうやってこの勇者様は“見た”というんだ?!

「あ、転移とかで?」
「あの場所は限られた人しか入れない」
「え? じゃあ魔法で?」
「んー…近いけど違う」
「えぇー…?」

とりあえず思い当たる言葉を口にするがどちらも違うという。
別にクイズじゃないんだからさっさと教えてくれてもいいんだけど…。
この世界の常識なんてよく分からない俺である。
一応一ヶ月ほどこの世界のことをそれとなく教えてもらったがやはり日本とは全く違う。
当たり前だよな?
世界そのものが違うんだから。
俺が今まで一応持っていたマナーなんかは役に立つものもあったが、常識はまったく役に立たない。
一からこの世界を知り、情報を塗り替えるのは苦労した。
あれだ。海外旅行と同じだ。
日本の常識なんぞ「なにそれ美味しいの?」状態だ。
それにこの勇者様はなぜかわくわく、キラキラとした瞳で俺を見つめてくる。
わんこが期待に満ちた目を向けてくるやつだ。

犬を飼ってないから知らんけどな。

分からん、降参だと肩を竦めれば、ぱあっと笑顔が明るくなる。
眩しいな。
思わず瞳を細めればむふむふと笑っている勇者様と視線が合う。

「実はね、スキルであの部屋の中を“見た”んだ」

まるでこっそりと秘密を打ち明ける子供のように笑いながら言う勇者様に、俺はぱちりと瞳を瞬かせる。

スキル。

確かに勇者様はそう言った。
聖女様を始めとするこの世界の人間すべてが最低一つは持っているといわれるスキル。
だがおまけで付いてきた俺はそんなものは持っていない。
聖女様のスキル鑑定をした時に一緒に見てもらったのだから間違いはない。
その時になって『おまけ』という言葉がやけに重く圧し掛かった。
くふくふと笑っている勇者様はきっとたくさんのスキルを持っているんだろう。
だから勇者様、なんだろうけど。
誰もが持っている物を俺は持っていない。
それがなんだか悔しくて、きゅうと唇を噛めば「ダメダメ!」と勇者様が慌てふためき、握っていた手を解放するとそっと頬へと伸ばされる。

「――――っ!」
「ごめんね」

柔らかな傷を抉ってくれた勇者様は眉を下げ、さっきまでの太陽のような笑顔から一転し、まるで泣きそうな顔をしている。

「なんであんたがそんな顔してんだよ」
「ごめん。ごめんね」

俺を慰めるように、親指で目元を撫でてくる。
泣いてない。
それでもまるで見えない涙を拭うように何度も何度も目元を撫でてくる勇者様。
見えない耳と尻尾がしょんぼりと下がり「くーん、くーん」と鳴いているようにも見える。
しつこいようだが犬は飼ったことない。

「…いいよ。それよりそんな重要なこと俺なんかに教えていいのかよ」
「別に隠してることじゃないし」
「そうなのか?」
「ああ」

ホントかよとちらりと先程恨みがましく見ていた青年へと視線を向ければ、ぷるぷるとまるで左右に首を振るだけの玩具のようになっている。

「お前それ言っちゃダメな奴じゃねーか!」

思わず叫んでしまったのは許してほしい。
だってそうだろ?!
機密事項をさらっとこの勇者様はおまけである俺にそれを言ったのだから。

「ショーマが気にすることはないよ」
「いや…いやいやいやいや」

先程の泣きそうな表情から一変し、にこにこと笑う勇者様にツッコミたい。

「俺、おまけよ?」
「だから?」

ほっぺ柔らかいなーと言いながらむにむにと揉むな! 俺がしゃべれないだろ!

「それに、ショーマを一人こんなところに置いておいたら危険だし」
「ふぇ?」
「俺がショーマを気に入ってるからまだ何もされないけど」

「ね?」とにっこり笑う勇者様の表情はちゃんと笑っているのに、瞳が笑っていない。
それに部屋の温度が若干下がったような気さえする。いや、実際下がったのだろう。
俺が見ていた青年の顔から色が抜け、気力だけで立っているように見える。
それに俺を連れてきた騎士も教会の人たちも震えているのは気のせいではないはず。

「わふぁったはらへをはなふぇ!」
「ごめんごめん。気持ちいいからつい、ね」

ふふふと笑う勇者様の目は冷たさを無くし、再び太陽のような温かさを湛えている。
むにゅ、と最後に一揉みすると手がようやく離れた。
それが寂しいとか思ってないからな! 絶対思ってないからな!!

「それに、魔王封印に必要ないのは寧ろあの聖女の方なんだけどね」
「は?」

頬を掌で擦っていると、またもやとんでもないことを口にする勇者様。
そんな勇者様は「何か?」と言うようににっこりと笑っている。
今度は顔色を悪くしていた教会関係者の方々が口を開く。

「なんと言うことを!」
「いくら勇者様といえど…!」

唾を飛ばしそうな勢いで勇者様に詰め寄るおっさん達。
そんなおっさん達を勇者様はまるでいないかのように振る舞う。

「ショーマは絶対に俺が守るから、一緒に旅に行こうね」

にこにこと笑う勇者様に、俺は先程言われたことを思い出し頷く以外選択肢はなかった。


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