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カマルリア編

カマルリア王国

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※前半レイジス視点、後半フリードリヒ視点です。



「ほっわー! あれがカマルリアの王宮!」

おっきー!と一人きゃわきゃわと騒いでいると「危ないですよ」とソルゾ先生に言われてしまった。それにごめんなさーい!と言葉だけで謝る。
カマルリアへ行くと決めて一週間。その間に、できる限りの準備をした。もちろん体調を第一に。
それからフリードリヒ達に気付かれないように、出発まではできる限りいつも通りに。うまくできたかは分からないけどね。

「はしゃいでもいいですが、危なくなったら座らせますからね」
「はぁーい…」

ハーミット先生は言ったことを本当にするからちょっとだけ怖い。けどそれは僕を思ってくれてのことだから、そうなったら僕が悪かったことになる。
ぽすん、と父様の隣に座ってまだ新しい匂いのするワイバーンのぬいぐるみをぎゅうって抱きしめる。僕の隣にはわんちゃんのぬいぐるみ。
カマルリア行きの馬車の中でハーミット先生とソルゾ先生に貰ったんだ! リボンもブローチもないのがちょっと寂しいけど、腕の中にあるもふもふに気分が上昇する。
ふふー。ワイバーンはカッコいいし、わんちゃんは可愛い。むふむふとしながら、身体を左右に揺らせば「お、そろそろかな?」って父様が呟く。
初めての国だからドキドキするなー。挨拶も教えてもらったし大丈夫…なはず。ぬいぐるみをうさうさバッグの中に入れて、馬車が止まるのを待つ。
見たこともない景色を見ていると、馬車が止まった。おお! いよいよ!
馬車の扉が開き、先にハーミット先生とソルゾ先生が降りる。それから父様が降りて、手を差し出してくれるからそれにつかまって降りれば、日差しがまぶしくて瞳を細めた。

うおおー! 眩しいぃー!

「…こちらへ」

騎士さんにそう言われて、ぽてぽてと歩きだす。なんとなく父様とは手を繋いだまま。だって不安なんだもん。
荷物とジョセフィーヌは後から来るんだって。それとジョセフィーヌ以外にも侍女さんが三人ついてきてくれたんだ。
僕がカマルリアに行くって決まった時、侍女さんのだれが僕についてくるかって話になった。そしたら全員が「ついていきたい」と言ってくれたことが嬉しくて、ぶわわと泣いてしまった。…ちょっと恥ずかしい。
今のところ気持ちが不安定で意味もなく泣いたりするけど、それ以外は落ち着いてる。ご飯も少しずつ食べられるようになって元通り!とはいかないにしても、一人分の普通のご飯が食べられるまでに回復。むふん。
父様に頭を撫でられて褒められたのが嬉しくて、少しずつ食べられる量を増やしている。それに、なんだか心に余裕ができたような気がしてるのも大きいのかも。
ウィンシュタインの王宮よりも豪華な廊下を歩いていけば、視線が突き刺さる。ううん…。痛い。
それでも隣に先生たちがいるから怖くない。父様と手を繋いでるからそれだけで安心する。本当はソルゾ先生と手を繋ぎたいけどそれはやめた。
謁見の間らしき所に近付けば、そこに誰かがいた。
おん?
騎士さんでも兵士さんでもない恰好。言うならばどこかの偉い人みたいな…?
そう思っていると、僕らに気付いたその人がかつかつと靴音を鳴らして近付いてくる。ほわわわわ…! ちょっと怖い!
ぎゅうっと父様の手を握れば「大丈夫だよ」と微笑まれる。父様はそういうけど、ここには知り合いがだれもいないからものすごく怖いんだ。

「レイジス!」
「ぷえ?」

あれ? この声…。
どこかで聞いたことがあるような、と近付いてきたその人を見ればそこには。

「あれれ? ギリクさん?」
「そうだよー! ギリクだよー! 覚えててくれたんだ!」

にっぱーと笑うギリクさんに、ぱちぱちと瞬きを繰り返せば「おーおー。制服着てると可愛いな!」とわしわしと頭を撫でられた。おおおお?!

「ギリクロード殿下。レイジスはまだ体調が万全ではありませんので、ほどほどにお願いします」
「ああ、そういえばそうだったな。テネブラエから話は聞いてる。悪いな」
「いえ…」

ギリクロード…殿下?
殿下?

「ぼええぇぇ?!」
「おっと。声が少し大きいぞー? レイジス」
「もげっ!」

もがっと父様の大きな手が僕のお口をふさぐ。そうだった。ここ、カマルリアの王宮だった!
もがもがとしていると「ああ、気にすんな」ってギリクロード殿下がからからと笑っている。っていうかより一層鋭くなった視線に「あばば」ともごもごしながら言えば「気にすんなって」とまたしてもギルクロード殿下が笑う。
っていうかどういうこと?!
理解が追いつかなくてあぶあぶとしているとギリクロード殿下が、にかっと笑った。

「ここの連中は自分たちが一番上だと思ってるだけだ」
「ふえ?」
「だからレイジスは気にしなくていい」
「うん?」

ギリクロード殿下の言っていることがそこで理解した。なるほど。ウィンシュタインは一番下だから、か。ううーん…教えてもらっていたとはいえこれはちょっと…。
そっとお口を塞いでいた父様の手が離れて、ふはぁと息をすれば「…よろしいでしょうか?」と棘のある言い方をされて「ごめんなさい」と反射的に謝ろうとしたら、ギリクロード殿下が前に出た。おん?

「カマルリア国王に協力するというのにその態度は何だ。ふざけてんのか?」
「なっ?!」
「しかも他国の人間だ。お前らの方が下だ。間違えんな」

おっふ。
ギリクロード殿下の冷たい声色と視線で、ここまで連れてきてくれた騎士さんが固まっちゃった。しかもちょっとだけ周りが寒い。あれだ。フリードリヒがよく出すあれと同じだ。
それにぶるりと身体を震わせると「おっと。怖がらせちゃったかな?」とにかりと笑うギリクロード殿下。なんか笑顔がこっわい!

「さて。スオーロがしびれを切らしてこっちに来る前に行くか」
「ふえ?」
「こいつらはクズだが、国王はまともな人間だから安心しろ」
「はぁ…」

なんだか良く分からん、という表情をしながらも重厚な扉の前に立てばそれが音を立てて開く。おっと。こっちも眩しい!
父様と手を繋いだままだけどいいのかな?なんて思いながら父様を見れば「大丈夫だよ」と笑う。なら安心だ!

「レイジス。俺と手を繋ぐ気はない?」
「え?」
「フォルス殿の手の方がいい?」
「えっと?」

どうすれば?と困惑していると、つかつかとこれまた靴の音を鳴らして三人が近づいてくる。うち二人は知ってる人。けどもう一人は…。

「バード! 早く来い!」
「わーるかったって」
「レイジス。久しいな」
「…君がレイジス?」

ガラムヘルツ殿下とギリクロード殿下がなぜか口論を始め、シュルスタイン皇子が僕に挨拶をする。そしてもう一人の初めましての人にびくぶるしていると「ああ、人見知りだったね」とにこりと笑う。
すっごい美人さんだぁ…。
さらさらの烏色の長い髪、それにゴールド・スパークの綺麗な瞳。色だけ見るとまるで黒い豹みたい。
ぽへーっとその人を見つめていると、何やらお口がもぐもぐと動いてる。おやん?
首を傾げてどうしたの?と仕草で問えば「もう…我慢できない…!」と言ってから、がばちょと抱きしめられた。
ほにゃあああああ?!

「あぁ~…可愛いぃ~…」
「おい!アーブ! 離れろ!」

あまりに突然の出来事に、かちんと固まればすりすりと頭を頬擦りされる。
え? え? え?
何が起こっているのか理解ができず、ただただ固まっていると「いい加減にせぬか」ともう一人の声が聞こえた。それはギリクロード殿下でも、ガラムヘルツ殿下でも、シュルスタイン皇子でも、アーブさんでもない。
ああ!そうだよ! 謁見の間にいるってことは…!

「レイジスが困っているだろうに」

カマルリアの王様だー! はぎゃー!と後ろ髪をびびょー!っと伸ばせば「レイジスは器用だね」とガラムヘルツ殿下に頭を撫でられる。おば?! この状況で?!
え? 何なの?! この人たち?!
ひょおおぉぉ!と一人びくぶるしていると「後で時間を設けるから、今は挨拶くらいさせてもらえないか?」と苦笑いをしている。
あ、さっきの騎士さんとは違ってめちゃくちゃ寛大な方だ。

「はぁー…本物のレイジス…。可愛いぃ…」
「アーブ! ずるいぞ!」
「ずるいとか言ってる場合か! レイジスはお前のものじゃないだろう!」
「わ、私とてまだレイジスを抱きしめたりしていないのに…!」

この国の陛下など知らん、と言わんばかりにぎゃーぎゃーと騒いでいる四人。えー? どうなってんのー?
半ば虚無のような感覚に陥ると「貴様ら! 陛下の御前だぞ!」と怒りの声が聞こえる。あ、そうですよね。
だけどそれを聞いた四人がぴくりと肩を震わせると、ゆっくりとそちらを向いた。あれれ? なんか滅茶苦茶怖いんですけど?

「貴様こそ誰に口をきいている?」
「貴様…?! お前たちなどただの…!」
「黙れ。宰相」
「陛下?!」

なんだか口が出せない状況におろおろとしていると、父様もちょっと呆れている。四人にもみくちゃにされている僕は何が何だか分からず半眼になっている四人をただ見つめるだけ。
すると、その四人の後ろからゆらりと透明な何かが揺らめいた。うんー? なんだー?
ぎゅうっと眉を寄せて、よく見えないかなー?なんて思っていたら『神の目』が勝手に発動。おわわわ?!

「レイジス?!」
「あばば?! なんで?!」

ちょ、ちょっと空気を読んでくださいよー!と思ってみるけど今は『神の目』を切ることに集中する。けど言うことを聞いてくれない。えええー?! なんでぇー?!
すると。

“ほう。この童子わらしがレイジスか”
「ほえ?」

ここの誰でもない声に、きょろきょろと視線を動かすけど声の主はいなくて。おおーん?

“ふむ。今までの誰よりも力を持っておるようだの”
“だが、愛らしいではないか”
“ああ。しかし心が揺らいでいるな”

「あ、あの?」

なんだか良く分からない声が僕のことを話している。ええー?
どこにいるんだろう、と首を傾げればゆらりとその透明の何かが揺らめき、形を作っていく。すると周りがざわめいた。

「き…貴様ら?!」
「ああ、あんたは知らなかっただろうけどな」
「我らは聖獣とだが契約をしている」
「な…ッ?!」

アーブさんとギリクロード殿下の言葉にざわめきが大きくなっていく。そしてそのざわめきと共に、揺らいでいたそれが完全に形になった。

「ほわぁ」
“ほほほ。妾の姿を見ても腰を抜かさんとは”
“やはり大物だな”

そう笑う白い麒麟と赤い鳥。そして黒い虎と青い龍が僕をじっと見つめている。
けれど怖いというよりは、見守られているといった温かなものを感じ、にぱーと笑えば“ほう! これは愛らしい!”と龍が話す。おわわ。おひげカッコいい!

「それで? 何だと?」
「あ、いえ…」

聖獣が出てきたことで周りの人たちの態度が変わっちゃった。すごいなー!

「だから言っただろう」
「しかし…!」
「気分を害して申し訳ない」
「それはレイジスに言ってください」
「それもそうだな。すまない、レイジス。こちらから呼んでおいて」
「あ、いえ! 全然大丈夫です!」

急に振られてわたわたと手を振れば「そう言ってもらえると助かる」と頭を下げられた。おっわー! やめてくださいよー!

“しかし…カマルリアは相変わらずだの”
“己が一番上だと勘違いしておるな”

うん?
なんか聖獣さんたちが話してるけど、その会話にみんな入る気はないらしい。あれれ? もしかしてこれ…。

「僕にしか聞こえてない?」

その呟きに四人とその場にいた全員の視線が僕に向けられた。ひょわー! 怖い!

「レイジス? 何か聞こえているのかい?」
「え? えと…聖獣さんたちの会話が…」
「…レヴィアタンとクラーケンと同じ現象か」

ガラムヘルツ殿下とシュルスタイン皇子が頷きあってる。そういえば二人は魔物の声は聞こえないっていってたね。

「ふむ。それも気になるがまずは挨拶といこうか。レイジスもそのままでよい」
「あ、ハイ!」

そう、今もまだ父様と手を繋ぎ、アーブさんに抱きつかれたまま。そんな状態で聖獣さんが揺らめいてる。なんだこれ。
こんな状態で挨拶をするカマルリアの王様は相当すごいのかもしれない。 

「私はヘンリク・ヴェリン・カマルリアだ」
「あ、えと…」

挨拶の練習もしたけどアーブさんが抱きつている状態だと頭も下げれない。おおう。どうしよう。

「よいよい。そなたのことはウィンシュタインの王に無理を言って来てもらった」
「……………」

カマルリアの王様―ヘンリクさんの言葉にどう返そうかと思ったけど、結局は何も言えなくて。ぎゅうって父様の手を握れば、父様もぎゅうって握ってくれて。

「大変だとは思うが、よろしく頼む」
「は、はい!」

っていうか何も聞いてません。何を頼まれたの? 僕?
ちらりと父様を見れば、にこにことしてるだけだし。

「これから滞在する部屋を用意した。あの子を…アルフレッドを頼む。レイジス・ユアソーン」
「…はい」

そしてスオーロさんに抱きつかれたままぞろぞろと退室をすれば「こっちこっち!」とギリクロード殿下が僕らを案内する。あれれー? 騎士さんはいいんですかー?
という僕の疑問は飲み込まれ、聖獣さんたちが楽しそうに会話をしながら移動する。相変わらず視線は痛いけど、聖獣さんがいるせいかそこまで見られていないことにほっとする。

「ここだな」

そう言ってドアの前に立つギリクロード殿下。…なんかすごい部屋ですね。

「ほほほほホントにここであってますか?!」
「ああ。ここがアルフレッドの部屋から一番近い」
「えと?」
「話は中に入ってからだな」

そういいながらシュルスタイン皇子が勝手に中に入っていけば、そこには荷物とジョセフィーヌ。それに侍女さんが待っていた。おおー! お待たせー!

ジョセフィーヌたちの顔を見てほっと肩の力を抜くと「まずはお茶をしようね」と父様に言われる。それにこくりと頷くとどうやって座ろうかな?なんて考えちゃう。
今まではフリードリヒのお膝が定位置だったから。むむ、と考えれば「私のお膝に座らない?」とガラムヘルツ殿下に誘われる。え?

「レイジスなら構わないから、ね?」
「おい!ずるいぞ! スオーロ!」

再びギャーギャーと騒ぎ始めた四人を見ながら僕はフリードリヒ達のやり取りを思い出し、へにょっと笑うのだった。


■■■


あの時、気付くべきだった。
私たちだけが呼ばれたことも、レイジスの言葉にも。

がらんとした部屋はどこか寒々しくて。
なぜ。どうして。
そんな疑問は何十回、何百回と繰り返した。

「レイジス…なぜ…」

ベッドに寝転がり誰にも答えられない質問を繰り返す。



父上に呼ばれ、レイジスを置いて王宮に来た。二回目だから、ということもありレイジスのお土産を何にするか考えてもいた。前は洋服をたくさん贈った。なら次は何にしようか、と。うかれていた。
アルシュもリーシャもノアもどことなくそわそわしているのは、私と同じようにレイジスに何を贈るか考えているからだろう。
そして、謁見の間に通されると予想だにしない言葉が私を襲った。

「フリードリヒ。お前とレイジス・ユアソーンの婚約を一時保留とする」
「え?」

王家として厳しく育てられた私が思わず声を上げていた。
今、父上は何と言った?

「レイジスとの婚約は一時保留だ」
「な…ッ!」

思わず声を荒げれば、私と同じパンジー色の瞳がじっと見つめる。
なぜ。
なぜレイジスは急にそんなことを…?

「…フリードリヒ。レイジスと婚約を結ぶときにした約束を覚えているか?」
「やく…そく?」

父上からの言葉の衝撃で何を言われているか理解が追いつかない。それでも脳みそは父上に言われた言葉の意味を理解するように動く。
そして、見つけた。

「レイジスから…婚約破棄の申し出があった場合、それを…了承すること」
「…そういうことだ」

口にした言葉。それが今、起きている。レイジスが…婚約を破棄? なぜだ?

「フリードリヒ」
「…はい」
「勘違いすると困るが…あくまでも『一時保留』だ」
「ほ…りゅう…」
「ああ。そうだ」

保留。それならば、まだ希望が残っている。
顔を上げ父上を見れば、頷く。そうか。まだ、希望が。
それだけを伝えるためなのか父上が「ご苦労だった」と私たちを学園へと戻す。ワイバーンでの移動の時間も惜しい。
学園へ戻ったらレイジスをうんと甘やかそう。婚約を保留しても、甘やかす位なら大丈夫だろう。
それに、体調を崩していたがそれもよくなってきている。ああ、王都でお菓子を買ってこればよかったか。そんなことを思いながら学園へと戻り、部屋へと急ぐ。

「レイジス!」

ドアを勢いよく開けてレイジスの名を呼ぶ。早く。早く会いたい。そして抱きしめたい。
だが部屋には侍女はいるもののレイジスが迎えに来ない。それはきっと保留にしたことに対して、しょんもりとしているのだろうと思い、寝室へと行きドアを開ける。

「え?」

そんな言葉が出たのはそれを見てしまったからだろう。

「な…ぜ?」

レイジスのベッドを覆っていた緑から銀へと変わるカーテン。
それが今、取り外されベッドだけが寂しく置かれている。

「これは…?」

口の中がカラカラでうまく言葉が紡げない。アルシュもノアもリーシャも。
それを見た瞬間、言葉を失ったようだ。

「フリードリヒ殿下」
「――――ッ!」

背後から声をかけられ、びくりと肩を跳ねさせる。それほどまでに無防備だったようだ。あのアルシュでさえ驚いているのだから。
その声に全員が振り向けば、四人の侍女がそれぞれぬいぐるみを持っている。

どういう…ことだ?

そしてそれぞれが私たちにぬいぐるみを手渡してきた。それを反射的に受け取ると、侍女が泣きそうな表情で私たちを見る。

「レイジス様から…お渡しするように、と」
「あ、ああ…」

レイジスがいつも抱えていたぬいぐるみ。私にはうさぎ。アルシュにはネコ。ノアにはライオン。リーシャにはクマ。
リボンとブローチでおしゃれしているそのぬいぐるみは間違いなくレイジスが持っていたもの。
するとぬいぐるみの脇に封筒がはさまれていることに気付いた。それを抜き取り、宛名を見れば私宛。恐らくは全員が受け取っているであろうそれを見て、それぞれの部屋へと引き上げることにした。
何も言わない侍従たちはレイジスがいなくなることを知っていたのだろう。しかし怒る気にはならない。恐らくフォルスが口止めをしていただろうから。
椅子に座って、ぬいぐるみを膝の上に座らせる。そして受け取った封筒を震える手で開ければ、手紙が入っていた。

そこには突然の婚約保留に対してのお詫びと体調不良の理由。そして、ぬいぐるみを預かってほしいということが書いてあった。
そして封筒の奥に入っていたひも状のもの。
それを取り出し、手のひらに乗せれば銀と紫、そして黒と金の紐で編まれたもの。

“「刺繍糸でミサンガとか作りたいです!」”

そう言ってにこにこしていたレイジス。ああ…。それを作ってくれたのか…。

「っふ…、…ッ!」

手紙とミサンガを握りしめると、涙があふれ出す。
声が漏れないように奥歯を噛み締めるが、無理なようだ。

「レイジス…! レイジス…ッ!」

ぐしゃりと音がしたが、それよりもレイジスがここにはいないということの方が大きくて。

「なぜ…なぜ、こんなことに…ッ!」

漏れ出た言葉に答える者はいない。
あふれ出た涙がぬいぐるみの瞳にぽたりと零れ落ち、その瞳からも涙が流れている錯覚に陥る。

「レイジス…!」

そして。

『気持ちの整理もあるので、しばらくカマルリアに行ってきます。わがままを言ってごめんなさい』

この言葉に胸がえぐられる。
ある意味、決別の言葉。

「あ…ああぁ…っ! あああ…ッ!」

吠えるように声を出す。そうしなければ壊れそうだったから。
そしてぬいぐるみを抱きしめると、その頭に少しでもレイジスを感じたくて顔を埋める。

「レイジス…! なぜ…! なぜだ!」

ぬいぐるみに話しかけても言葉は返ってこない。
肩を震わせ、慟哭に近い声を上げただ涙を流す。

そんな私を肉球がついたネコのぬいぐるみだけが、じっと見つめていた。







※フリードリヒの部屋にある肉球がついたネコのぬいぐるみは『Twitterまとめ』のほうで出てきたぬいぐるみです。
アルシュのネコのぬいぐるみとは別物になります。


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