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聖女編

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※前半レイジス視点、後半フォルス視点になります。
※ちょびっとだけ嘔吐表現があるのでお気を付けください。





「わ! すごい!」

フリードリヒが翌日戻ってきて、僕の部屋に大量の箱を運んできた。アルシュと侍従さんたちが。
慌てて場所を作って箱を置いてもらってから「お腹すいたー」というリーシャのために朝ご飯を超特急で用意してもらう。ごめんねー!
それから箱の中身を侍女さん総出で開けていく。ほわわー。
その間にフリードリヒと一緒に朝ご飯。

「いつ戻ってきたんですか?」
「昨日の夜遅くだな。ワイバーンで戻ってきた」
「はわー。じゃあみんな疲れてるんじゃ…?」

テーブルに朝ご飯が用意されると同時にリーシャがいただきますを形だけしてから、ぱくぱくと食べ始める。ほわ。本当にお腹すいてたんだねー。いっぱい食べてね!
アルシュもノアもすちゃっと手を合わせて「イタダキマス」をしたあと、もぐもぐと食べ始めた。今日の朝ご飯はタマゴサンドにからしマヨのハムサンド。さらにツナマヨサンド。
リーシャもアルシュもノアも、まずはツナマヨサンドから食べたのはたぶん偶然じゃないよね。見慣れないものから食べ始める三人にむふむふと笑いながら、僕はおやつをもしゃり。
侍女さんがクラブハウスサンドも追加で作ってくれたみたいで、テーブルの上が賑やか!わほー!
ポタージュもうまうましながら、サラダとサンドイッチをお腹いっぱいもぐもぐして僕とリーシャはデザートに突入。と思いきや、アルシュもノアもフリードリヒもデザートをもぐもぐ。
今日の朝ご飯のデザートは、グレープフルーツのゼリー。果肉が入ってるやつね! ぷるんぷるんのゼリーでお口をさっぱりさせた後、遅れて先生たちがやってきた。

「あら。朝食はお済ですか?」
「まだデザート食べてまーす!」
「ああー…腹減った…」
「むっふふ」

遅れてきた先生たちにも朝ごはんが用意され、ハーミット先生はリーシャと同じように手を合わせただけで、すぐにすぐにがつがつと食べ始める。ほはー。

「イタダキマス」

ソルゾ先生はちゃんと手を合わせてから食べ始めるのを見てからフリードリヒが「ところで」と声をかけてきた。

「フォルスは?」
「父様なら学園長先生の所に行ってそのまま帰るそうです」
「ふむ。そうか」

朝起きたら父様がいなくてびっくりしたけど、テーブルにお手紙が置いてあった。それに、侍女さんたちが朝ご飯を用意して持たせてくれたらしい。ありがとう!
だから今日の朝ご飯はサンドイッチだったんだー。ツナサンドのレシピ渡しておいてよかったー…。

「今日は何をするんだい?」
「んー…特には決めてません」
「模擬戦闘に参加はしないようにしたから、レイジスものんびりできるよ」
「ほわわ!」

あら、そうなんだ!
じゃあ後半は来賓席よろしくテントの下で見ようかなー。おやつとお水持って。
それをフリードリヒに伝えれば「それはそれで面白そうだね」とにこりと笑う。ふふー。

「レイジス」
「はい」

名前を呼ばれて首を傾げれば、ぽんぽん、とお膝を叩くフリードリヒ。

「おいで」

その一言でソファからしゅばっと降りていそいそとフリードリヒのお膝に乗れば、ぎゅうと後ろから抱きしめられる。うふふー。

「ああ…レイジスだ」
「ふふー。どうしたんですか?」

首に顔を埋めて、すんすんと匂いをかがれると恥ずかしいんですよー。まだ暑いから汗のにおいが…!

「一日レイジスと会えなかったからね。だからレイジスを摂取しないと」
「にゃふふ」

すんすんと匂いを嗅ぐフリードリヒに「くすぐったいですよぅ!」と笑えば「レイジスの匂い落ち着く…」とネコ吸いばりに、すううぅぅと吸われればやっぱり恥ずかしくて。しゅぼぼと顔を赤くすれば「殿下。ご飯ちゃんと食べてくださいね」と珍しく少しだけ圧を強めにしたノアがにっこりと微笑んでいる。ほわわ…。
それにぞわりとしたものを感じた僕は、お腹に回されている腕をぺしぺしと叩く。すると、のっそりと顔を上げたフリードリヒに「ご飯!ご飯食べましょう!」と必死にそういえば「レイジスが食べさせてくれるなら食べる」と返ってきて「ほばー!」と声を出せば「ご飯を食べるまでレイジス様を取り上げた方が早くない?」というリーシャの呟きにフリードリヒが固まった。

「いや。うん。そうだな。食べようか」
「やっぱりフリードリヒ殿下にはレイジス様が一番効きますからね」
「はばば」

なんかすっごい恥ずかしいやり取りを聞いてる気がする。顔が熱い。耳まで熱いからきっと真っ赤なんだろうな。恥ずかしい…!

「そういえばレイジスはご飯食べちゃったの?」
「はい。先にいただいちゃいました」
「残念だ」
「あ、でもまだお腹すいてるので食べれますよ? おやつも食べてますし」
「本当かい?」
「殿下。レイジス様を無理やり食事に誘わないでください」

じとと半眼でフリードリヒを見るのはアルシュ。ほわわ。珍しい。

「ふむ。それもそうか」
「あ、大丈夫ですよ?」
「気を使わなくても大丈夫ですよ?」
「ううん。まだまだお腹に隙間があるから食べられるし!」

むふん!と胸を張れば「…無理はしないでくださいよ?」とリーシャに言われると「分かってる!」と返す。
それからサンドイッチを摘まんで、まったり。その後に箱の中身を見せてもらう。
ネグリジェが多いけど、お洋服も多かった。というかルスーツさんといい勝負…いや。ルスーツさん以上のお洋服をフリードリヒからもらってしまった。お礼を言おうとしたら「ぎゅってしてくれたらそれでいいよ」って言われたから、ぎゅううぅって抱きしめた。ありがとう、の気持ちをたくさん込めて。
お昼ご飯はみんなで! 先生たちは一度どこかへお出かけして、僕たちが食べ終わるころに戻ってきた。
ちなみに今日のお昼ご飯はとんかつ定食。お味噌汁ももちろんついてるよー!
冷たいものばっかり飲んだり食べたりするとお腹がいててになっちゃうからねー。あったかいのどうぞ。

「後半の模擬戦闘はどうするんですか?」
「ああ。私たちは見学することにしたよ」
「参加しないんですか?」
「ああ。私たちがいなくともいい勝負をするんだろう?」

ざくざくといい音を立てながらカツを食べるハーミット先生の音をむふむふとしながら聞いてると「お昼ご飯たりなかった?」って聞かれちゃった。それに「いい音なので」と言えば「音?」と聞き返される。

「はい。カツを齧るいい音だけで僕はおいしいですから」
「音だけで?」
「そうですよー。それに、おいしいものを食べてる表情とかでもお腹いっぱいになります!」

むっふんと力説すれば「ふむ」とハーミット先生が言った後、ざくりというカツを齧る音に、むふふとにこにこになっちゃう。

「あ、ホントだ」
「そういえば、レイジスがおいしい!って顔しながらご飯食べてると、私もにこにこしちゃうね」
「フリードリヒ殿下はレイジス様が頬いっぱいにしてるの好きですものね」
「リスみたいで可愛いからな」
「はわ…はわわ…!」

またもや僕の話になってほっぺを両手で冷やす。はじかしー!
そんな僕をにこにこと見つめる視線に、ほわわーとしていたから気付かなかったんだ。ハーミット先生とソルゾ先生のどこか悲しそうな視線に。

四週目、後半。
僕たちはテントの下で最終の模擬戦闘を見ている。
騎士科、魔法科混合の戦闘をこうやって見るのは初めて。だからそわそわしちゃって「落ち着いてくださいね?」ってソルゾ先生に言われちゃった。
今日の僕らは衛生兵。怪我人の治療のお手伝いや伸びた生徒の回収なんかをする。フリードリヒは動かないこと、って言われてった。なんで?って聞いたら、仮に戦いに出ることがあってもフリードリヒは動かない。
そして代わりに出るのは騎士さんや兵士さん達。だから最悪、死者と向き合うことになる。それもアルシュやリーシャみたいに近い人とも。それの訓練だって言われて、僕がしょもんとしちゃったらフリードリヒに「大丈夫かい?」って心配されちゃって…。
それに「大丈夫…です」って答えたけどやっぱりしょももんはなかなか治らなくて。けど、フリードリヒが側にいてくれるだけでしょももんも徐々になくなっていった。
フリードリヒってすごいなぁ。
準備体操も終わって、全生徒がそれぞれ位置につく。
そして。

「最終模擬戦闘、開始ッ!」

その声と共に、水を蹴る音が聞こえた。



「すごかった…! すごかったー!」
「ふふ。大興奮だ」

はうはうと模擬戦闘を見た後、お部屋に戻ってお夕飯。今日のご飯は食堂も豪華になってる。
模擬戦闘お疲れ様も兼ねてるから、みんな大好き生姜焼き。それにチーズバーガーやフライドポテト、それに唐揚げなんかの揚げ物。それにデザートもケーキにババロア、プリンなんかが並んでる、らしい。
らしいっていうのはメトル君から聞いたから。今日はメトル君も一緒にお夕飯。ちなみに僕のお夕飯も似たような感じ。侍女さんが食堂のお手伝いをしてくれたからね!
そういえば、後宮で作ったキムチペースト。白菜でキムチにして作ったらこれまた大人気に。レシピを渡したけどその時には「換気しながら作ってくださいね?」と念を押しておいた。唐辛子は劇物だからね!
そのキムチペーストでキムチも置いておいた。さっぱりかららうままー! 寒くなったらキムチ鍋で身体ぽかぽかになるねー。まだ暑いけど。

「ああ、そうだ」
「ふえ?」

メロンケーキを僕とリーシャは一玉食べていると、フリードリヒが思い出したように「ドナベを預かってきていたんだ」と告げる。ほわー! 土鍋ー!

「確かこの辺りに…」
「こちらでございますか?」
「ああ、それだ」

アルシュが部屋の隅を見つめれば、侍女さんが「待ってました」と言わんばかりに箱をアルシュに手渡す。

「割れていないことは確認してます」

そう言って僕のそばまで来てくれたアルシュが、膝をついて箱から土鍋を出してくれた。

「ほわー! 土鍋だぁー!」

わっはー!と興奮した僕にジョセフィーヌから「レイジス様、フォークは置いてください」と言葉が飛んできて、そっとフォークを置く。
それにくすくすと笑うフリードリヒ。アルシュもにこにこしてる。…ごめんなさい。気を付けます。

「お持ちになりますか?」
「わ! いいの?」
「ああ。これはレイジスのものだからな」
「わわ…!」

アルシュから土鍋を受け取って「ほわー、ほわー」と言いながら底を見たり、鍋の周りを見たりしているとそれの周りにうさぎさんがたくさんいることに気付いた。

「うさぎさんだ!」
「どうやらドロンガが「うさぎの嬢ちゃんはうさぎが好きみたいだ」って言ったらしくてね。鍋の周りはうさぎさんでいっぱいですよ」

むぐ、とメロンケーキを食べながらそう言うリーシャ。ほわー…。ドロンガさんもジクストゥスさんもありがとー! 今度お礼をいっぱい言おう!

「気に入った?」
「はい!」
「それでそれをどうしらいいかって言ってましたよ?」
「どう…とは?」
「たぶん商品として出していいかって話かと」
「ああー」

ジクストゥスさんなら変なことは絶対しなさそうだし、これがあれば冬はみんなぽかぽかで幸せになれるから構わないかなー。土鍋自体僕が考えたわけじゃないし。

「商品として売っても問題ないよー」
「…お金は?」
「僕に入れないくて大丈夫。でもそれだとあれだから…やっぱり職人さんを育てるのに使ってほしいなー」
「そう言うと思ったので、ジクストゥスさんにはそう伝えておきましたよ。すごく驚いてましたけど」
「マンゲキョウやドアベルだけかと思ったでしょうしね」

そういってくすくすと笑うノア。それに僕もにゃはーと笑って、お膝の上にある重みににんまり。
直ぐ使いたいなー。けどいいかなー。なんて迷ってたら「それを使って何かできない?」とフリードリヒに言われ、にんまりとする。

「じゃあプリン作りましょ! 土鍋プリン!」
「バケツプリンといい、なんでそう大きいものを作りたがるんですか」
「おっきい方が幸せだからね!」

むふん!と鼻息を荒くすると「そうですか」と呆れたようなリーシャ。

「それに。みんなで分け合って食べるのもおいしいからね!」
「同じ釜の飯を食う的なもんか」
「そうそう!」
「オナジカマ?」
「同じ釜の飯を食うっていう言葉があるんだ!意味は…えと…」
「同じ飯を食って苦楽を共にするって意味だな」

メトル君が説明してくれて、それにこくこくとうなずくだけの僕。それに「なるほど?」と首を傾げるフリードリヒに「仲間意識みたいなもん」と返していた。

「仲間、か」
「ある意味ここにいる奴らは仲間だからな」
「あんな話を知っている、な」

にやりと笑うメトル君と、ふっと笑うフリードリヒ。ううーん。いつの間にかすっかりと仲良しさんに。むふーと笑っていたけど、ふと僕は思い出す。
通常ならフリードリヒはメトル君といちゃこらするのだ、と。そう思った瞬間、父様の言葉を思い出す。

『ユアソーン家と王家は惹かれあうんだよ』

その言葉が急に出てきたかと思ったら、目の前が暗くなってぐっと口元に手を当てる。
気持ち悪い。
なぜそうなったのかは分からない。けど、通常ルートなら僕はここにはいない。そう思ったら、かたかたと手が小さく震え始める。
それに。

もしかしたらメトル君が気付かないだけで、裏ルートから外れて通常ルートに入っていたら?

そう考えた瞬間。

「ぐ…っ!」
「レイジス?!」

口元に手を当てたまま立ち上がろうとして土鍋があることに気付く。けどそれをアルシュが回収してくれたことに感謝をして、僕は胃から逆流しそうになるものを耐えながら走れば侍女さんがドアを開けて待っていてくれた。
そして、勢いよく吐きだす。べそべそと泣きながらそれを何度か繰り返せば、侍女さんが背中を撫でててくれてた。うえええん。ごめん。

「大丈夫ですか?」
「ん…大丈夫…」

お口を拭いてそれを流し、侍女さんに手を借りながらゆっくり立ち上がってふらりとトイレから出ればフリードリヒ達がいた。おわわ。

「大丈夫かい?」
「はい。大丈夫です」
「食べすぎちゃいました?」
「ううーん…そうかも?」

にゃふーと笑えば、リーシャに光魔法をかけてもらう。するとお口の中の不快がなくなる。ほわわー。

「ありがと!」
「…顔色が悪いです」
「うん? そっかな?」
「医者を呼んでまいります」
「あ、うん」

そう言って侍女さんが部屋を出ていく背中を見送ると「さて、ベッドに行こうか」とフリードリヒが僕の手を取る。
瞬間。
ぞわりとしたものが背中を駆け抜け「ひゅっ」と喉が鳴る。

「レイジス?」
「な…んでも、ない、です」

へらりと笑えば、フリードリヒの眉が寄る。けれど、何も言わないのは僕の体調が悪いからだろう。
ふらふらとする僕を手を繋いで支えてもらってベッドへと横になればほっと息を吐く。

「やっぱり体調が悪そうだね」
「ううーん…そうかも、です」

ぞくぞくと寒気もするから風邪かなー? それとも疲れが出ちゃった?
良く分かんない、と原因をあきらめてふうともう一度息を吐けば、ばたばたと音が聞こえてくる。
そして、ばたーん!とドアが開くと、やはりというかなんというか。ぜーぜーと息を切らしたお医者さんがそこにいた。
それから一度フリードリヒ達に出て行ってもらい、軽い診察。

「ちょっと疲れが出ちゃったかもしれませんね」

という診断をもらい「ありがとうございました」とお礼を言ってばいばい。それからフリードリヒ達が戻ってきたけど「今日は疲れてるみたいだからね、ゆっくりお休み」と言って額にキスをされてばいばいをする。
ぱたん、とドアが閉まるのを見て申し訳なさでしょんぼり。今まで体調が良かったからなー、と思いながら瞳を閉じればそのまま眠ってしまった。



その後も体調はあんまりよくなくて、再びベッドの住人に。ご飯もあんまり喉を通らず、今はおかゆ生活。梅干しがあって本当に良かった。
けど二、三日経ってもあんまりよくならず、逆に食べられなくなっちゃって…。おかゆから重湯へと変わってる。侍女さんたちも心配そうにしてくれるけど、あれだけ大好きだったご飯が食べられなくなっちゃったことにしょんぼり。
それに、お腹もあんまり空かなくなっちゃったし、大好きな動物図鑑も今はあんまり見たくない。どうしたんだろう?
なんとなく…ううん。原因は分かってるんだよ。でもこれは僕の問題だからね。かといってフリードリヒに相談することもできない。これは秘密だから。
灼熱の月(8月)があっという間に終わって、彩の月(9月)へと入っても体調は変わらず。むしろ悪化してたある日。父様がやってきた。およよ?
ベッドから起き上がれなくなっちゃった僕は、背中にクッションをたくさん入れてようやく座れるようになった。
そんな僕を見た父様は泣きそうな表情で、僕を抱きしめてくれた。

「ごめんね。レイジス」
「父様のせいじゃないですから」
「ごめんね。せっかくついたお肉が…」
「お肉はまたつければ問題ないですよー」

うふふーと笑おうとしてうまくできない。最近はずっとそう。なんだかうまく笑えなくなっちゃった。

「お医者様から聞いたよ。心がちょっと疲れてるんじゃないかって」
「そう…なんですか?」
「レイジスには言わなかったみたいだけどね」

ぎゅううと抱きしめてくれる父様の腕とぬくもりに、ころりと涙が落ちる。

「あれ?」
「レイジス?」
「なんで…? 悲しくないのに…なんで涙が…?」
「ごめんね。レイジス」
「ぅえ…」

抱きしめられて頭を撫でらていたら、急に悲しくなって。フリードリヒも抱きしめて「早く良くなるといいね」って言ってくれたけど心のどこかで「それは本心?」って疑っちゃって…。そんな僕が嫌で「違う。大丈夫」って思ってたけど疑うその気持ちがどんどんたまっていって…。
だけど父様に抱きしめられたら、気持ちが決壊した。
ただただ父様の胸に顔を埋めて大声で泣けば今までの不安が言葉となる。

「フリードリヒ殿下にやざじぐざれるだびに…っ、ひっく、本当は違うんじゃないかっでおもっで…ぇッ!」
「うん」
「ぞじだら…ッ、ぜんぶ…ぜんぶうたがっちゃっで…!えぐ、ふぎゅ…っ。そしたら…ぼぐ…、ぼぐ、じゃまなんじゃないがなっで…っ! ぶぇえぇっ!」
「うん」
「でも…じんじだがっだ…! けど…ぼぐが…ぼぐのぎもちが、わがんなぐ…っぅええ!」
「そっか。レイジスは自分の気持ちが分からなくなっちゃったんだね」
「うえぇぇぇ…!」

フリードリヒが優しくしてくれるたび、笑顔を向けてくれるたび、それが実は鈴音さんの『祝福』で捻じ曲げられた気持ちがあるからそうしてくれるだけなんじゃないかって疑って。
でも信じたいけど、僕の気持ちも鈴音さんの『祝福』だったらどうしようって疑って。何が本当で何が『祝福』なのか分からなくなって。
そうしたらご飯が食べられなくなって、動けなくなって、頭ぐちゃぐちゃで。
でもフリードリヒもアルシュもノアもリーシャもメトル君もみんな優しくて。だから疑いたくなかった。けど、疑うしかなくて。
一人で考えれば考えるほど分からなくなって。眠れなくなって。
もう、ダメだと、限界だと感じた。

「レイジスは考え込んじゃうからね」
「ふぐ…っ、どうざまぁ…どうざまぁ…!」
「父様としてもレイジスをこのままにしておくわけにはいかないからね」
「うううううー…ッ! ふぎゅうううぅぅ…ッ!」

背中を優しく撫でられながら、父様にしがみついて泣きじゃくる。
泣くたびに、ぐちゃぐちゃになった気持ちが涙と一緒に流れていくようで。

「ねぇ、レイジス」
「ひっ、ひううぅぅ…」
「前、父様がお話しするときに言ったこと、覚えてるかい?」

父様とお話しするとき…。ひっひっ、としゃくりあげながら父様の言葉を思い出す。

“「きっとレイジスはすっごく悩んじゃうと思うからね。逃げ道もちゃんと用意しておいたから、安心してね?」”

「ぁい…」
「そっかそっか。よかった。それでね? 逃げ道がすぐにあるんだけど、レイジスはどうしたい?」
「にげみじ…」
「そ。逃げ道。レイジスが壊れないように、ね?」
「ごわれる…」

鼻水をすすりながらそう言えば、父様が手で涙を、ハンカチで鼻水を拭いてくれる。

「そう。心が、ね」
「ごごろが…ごわれる…」
「まだレイジスの心は壊れていない。けど、このままだと壊れちゃうと思うんだ。だから、父様と一緒に逃げるのはどうかな?」
「どうざまどいっじょ…?」
「そう。父様と一緒。レイジス一人じゃないよ。父様も一緒」

ぐずぐずと泣きながら父様の顔を見れば「大丈夫だよ」と心配そうにしていて。

「にげたら…」
「うん?」
「にげたら…げんぎに、なる?」
「そうだなぁ…。レイジスの気持ちが落ち着けば元気になるかな?」
「どこ…にげる?」
「父様に心当たりがあるから、そこにいこうか」

父様の言葉に、こくりと頷く。けど。

「フリードリヒ殿下…いない?」
「ああ。いないよ」
「…じゃあ行く。行きたい…です」

ずびびとお鼻をすすって父様にそう言えば「分かった。父様も一緒だからね」と言われながら、頭を撫でられるとうとうととし始める。

「おやすみ、レイジス」

父様の優しい声を聴いた後、今まで眠っていなかったものが襲ってきて僕はそのまま意識を手放した。


■■■


「レイジス、ごめんね」

レイジスに何度も謝りながら頭を撫でる。本当に。本当にごめんね。
フリードリヒ殿下とレイジスなら、大丈夫だと思ったんだ。あんなに信頼し、好きあっていたのだから。
だが結果はレイジスをただ苦しめるだけに終わった。やはり、今のレイジスが言葉を受け止めるには重かったようだ。両腕からはみ出したそれは、レイジスを傷つけた。
そして、拒食に不眠。それはあの時のレイジスと同じで。

「旦那様…」
「ああ、大丈夫だ。悪いね、ジョセフィーヌ」
「いえ…。あのようなレイジス様は二度と見たくありませんでしたから」
「そう、だね」

三日前、ジョセフィーヌから緊急の手紙をもらい慌てて学園へ来てみれば、フリードリヒ殿下も落ち込んで部屋にいた。

「私は…また何もできないのか」

そう呟きながら手で顔を覆う姿に胸が痛んだ。フリードリヒ殿下もレイジスよりは軽いが心が疲れているいる可能性があった。
だから両肩を掴んで私は言った。

「レイジスなら大丈夫ですよ」

と。
その言葉に顔を覆っていた手が離れ、泣き出しそうな表情を浮かべるフリードリヒ殿下に「大丈夫ですよ。きっとすぐよくなりますから」と言えば「本当…に?」と力ない答えが返ってきた。
フリードリヒ殿下もあの頃と同じかそれ以上の落ち込み具合に、レイジスのことを心から愛してくれるのだと感じ取れた。

「はい。今は少し体調を崩しているだけですから」
「そう…か。そうなら…いいが」

明らかにほっとした様子のフリードリヒ殿下に心で詫びると、アルシュ君、ノア君、リーシャ君に任せ、部屋に来たら少しだけやせてしまったレイジスに泣きそうになった。
レイジスがこうなったのはあの言葉のせいだろう。無理もない。私とて、父上に言われたときは混乱した。だが、それはそうなる前に聞いていたから気持ちが割り切れたのだ。
そして、今のレイジスなら大丈夫だろうと告げたことが裏目に出た。これならば告げない方が幸せだったかもしれない。だが、もしも。もしもスズネの『祝福』が解けた世界で、それを知ってしまったら。そう考えるといわねばならなかった。
それに、レイジスもフリードリヒ殿下になついていたから大丈夫だろう、と。

「他の侍女たちも泣いてしまって…」
「そうか。レイジスはいい方向に変われたんだね」

泣きつかれて眠っているレイジスの髪を指で払い涙を拭う。恐怖ではなく優しさで涙を流してくれた侍女に感謝をしながら、今後のことを伝えねばならない。

「ジョセフィーヌ」
「はい」
「君はレイジスと私に付いてくる気はあるかい?」

その質問にジョセフィーヌは背筋を伸ばし、まっすぐ私を見るとにこりと微笑んだ。

「もちろんでございます」
「…ありがとう」
「いえ。レイジス様が心配ですから」
「そうか。この子が」

義務的にこの学園についてきたジョセフィーヌからこの言葉が出たのが嬉しくて。つい、目元を覆えば「旦那様も泣き虫でございますね」と笑った。
それに笑って返すと、ジョセフィーヌにお茶の準備をするように言えば寝室から出ていく。それを見送った後、私は胸ポケットからカラフルな卵を取り出すとじっと見つめた後それにキスを一つ落とすと、レイジスが眠る枕の側へと置く。

と過ごせた数か月。楽しかったよ」

そう告げると、レイジスの額にキスを落としベッドから立ち上がる。

「ありがとう。

その呟きは誰にも拾われずにいたが、にだけは届けばいいなと思った。


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