76 / 105
聖女編
うさぎとお花とお月様のドアベル
しおりを挟む
「ふえ?! お昼から街に行っていいの?!」
照り焼きハンバーガーを両手で持ったままそう叫べば、父様がにこやかに頷く。え? え? でも鈴音さんの日記、まだ全部読んでないよね? あれ? ってことは僕は…?
「僕じゃ…役に立てなかった?」
ぽつりとそう呟くと、せっかく頼りにしてくれた父様や陛下に申し訳なくなる。そうだよね。びっくりして日記を放り投げちゃったもんね。
しょぼんぬと肩を落とし、ずびずびと鼻をすすれば「そうじゃないよ」と父様がいつの間にか僕の側にいた。ハンカチで涙を拭いてもらって頭を撫でてくれる。
「レイジスは前来た時に倒れちゃったでしょ? それを心配しているんだ」
「あ…」
前来た時に頭痛で倒れたことをすっかりと忘れていた。そいえば、その時何か見たような気がしたんだけど結局分からなかったんだよね。
「って…あー!」
泣いていた僕が急に大きな声を出したせいで、全員の肩がびくっと跳ねた。あわ! ごめんなさい!
「ど、どうしたんだい? レイジス?」
「がががが学園長先生に頭痛報告するのわわわわわすれれれれれ」
「うん?」
どういうことだい?と首を傾げる父様に「学園長先生から、頭痛がしたら報告するようにって言われてて」とあたふたと言えば「じゃあ戻ってから報告しようね?」と頭を撫でられた。
「だだだだだだ大丈夫かな?!」
「まぁうまい酒持ってけばたいていは許してもらえるぞ」
ぎゅおっとメトル君を勢いよく見れば、もぐもぐと照り焼きバーガーを食べてる。ついでに言えば用意されてたのは照り焼きバーガー(レシピ渡し済み)とフライドポテト、サラダにフライドチキン(某お店の味付け)と結構ボリューミー! やったね!
と、話がずれた。
報告してないからしようしようと後回しにしてたツケだよねぇ…。どう考えても。
やばいやばい。どうしよう。
メトル君の言う通りおいしいお酒を用意したら許してくれるかな?!
「酒…?」
「ふへ?」
しかしお酒に反応したのは陛下だった。ソルゾ先生もぴくりと反応してたけど。
「メトル・オリバーン。酒を飲んでいるのか?」
「まさか。一応成人してますけど飲んでませんよ。学園では」
そう言ってにまりと笑うメトル君。ほわ。強い。
「そういやお前からもらった梅酒をたいそう気に入ってたぞ」
「え? ホント?」
「ああ。飲めるまで今か今かとそわそわしてたからな」
「ウメシュ? そのようなもの報告になかったが?」
「あわわ」
梅酒は言っちゃえばソルゾ先生がお酒好きだからって聞いたから、学園長先生に材料を用意してもらったんだよね。結構作るのに謎いものもあるから黙ってたんだけど。
ちらりと陛下が僕を見ると、ばびょっとアホ毛様と後ろ髪が伸びた。ひよわぇえええええ!
「父上。レイジスが怖がってます」
「む。すまない」
「い、いえ」
陛下は優しいけどやっぱりちょっと怖い。立場的な意味で。
へらっと笑って誤魔化してから、どうしようと内心焦りまくる。
「あ、なら午後から梅酒の材料探してくればいいんじゃね? …それと巻き寿司食いたいから作ってくれねぇか?」
「巻き寿司かぁ…。お稲荷さんは前作ったけど。そうするとあれが必要に…」
「マキズシ? オイナリサン?」
「オイナリサンは甘いアゲにスメシを詰め込んだものです。甘いアゲにスメシがあっておいしかったですよ」
「食べたのか?!」
「はい。リベルトが喜んでおりました」
「ふむ」
リベルトさん? ってああ! ジョセフィーヌと同じような年齢の方か! お稲荷さんを一緒に作ってから仲良くなったんだよね。今ではすっかりジョセフィーヌと共にお稲荷さんにはまってる。
「レイジス」
「はい」
「そのオイナリサンとやらのレシピは渡したのか?」
「お稲荷さんのレシピはまだですね。書いて渡しておいた方がいいです…よね?」
「ああ、ぜひ」
むふふ。やっぱり未知の食べ物に興味津々な陛下。フリードリヒもそうだけど遺伝なのかな?
なーんて思っていると、いつの間にか父様が席に戻ってハンバーガーをもぐもぐしてる。あれ?! さっきまで側にいたのに?!
「じゃあレイジス。お昼からウメシュの材料とマキズシ?の材料探しに行こうか」
「あ! 巻き寿司だとちょっと必要な道具があるのでそれも探したいです!」
「ふむ?」
「それがあればロールケーキが作れるんですよー」
ずっと作りたかったけど巻くものがなくて、自作油紙で代用してたけど巻きすがあるなら絶対こっちの方がいいんだよねー。初め紙を油に浸してたら侍女さんに「食べられるのですか?」とものすごく心配された。
即席油紙を作ってみたけどやっぱり素人だからねー。本格的なものを作ろうとするならやっぱり職人さんが必要なわけで。だからちょっと諦めたんだけど、油紙があれば屋台で食べられるものが増えるからね! ホットドックとかクレープとか! 手にもって食べられるものが増えれば観光も楽しくなるしね!
「むふふ」
「レイジス、涎でてるよ」
「あぶぅ」
隣にいたフリードリヒに涎を拭いてもらえば「おいしいものを考え付いたの?」と聞かれれば「油紙があれば、いろいろ手でつかんで食べられるものが増えます!」と力説すれば「いろいろ、とは?」と陛下が興味を持つ。
「ホットドックに、クレープ、それに焼き鳥なんかもいいですよねー」
「あー…焼き鳥かー。たれか塩で言い争いが増えそうだけどな」
そう言って笑うメトル君に、にひひと笑えば「ヤキトリ?」と首を傾げるフリードリヒ。
「はい! ビールに合う食べ物ですね」
「ビール…」
ごくりと喉を鳴らしたのはアルシュのお父さんにフィルノさん、それにハーミット先生とソルゾ先生。うん。やっぱりお酒好きなんだね。
それにくふりと笑うと「話は後にしてご飯食べようね?」と言われてしまう。おっと、すでに照り焼きバーガーを1つ食べているとはいえ、まだまだお腹がすいてる状態。お腹の音はしなくなったけど、まだ「きゅるるる」と鳴ってる。
ううーん…。そんなに魔力を使った覚えはないんだけどなぁ?
2つ目の照り焼きバーガーには目玉焼きとチーズをはさんでもらってる。おいしいんだよねー。
はぎゅりと齧りつくと、半熟の黄身がとろりと溶け出す。おわわ! それに慌ててまたもや齧りつく。もっぎゅもっぎゅと頬を膨らませて食べていると、みんなも目玉焼きとチーズ入りを所望。んふふ、おいしいからね!
んふんふと鼻息荒くしながらご飯を食べる僕は『役に立たない』悲しさをすこぽんと頭から追い出していたのだった。
■■■
「いいかい、レジィ?」
「はい! ノア兄さま!」
しゅぴっと敬礼をすると「それはやめようね?」とやんわり手を下ろされた。お昼ご飯を食べてからお着替えをして、父様とお約束の指切りをする。お約束は前と同じ。危なくなったらすぐに近くの憲兵さんに助けを求めること等。
今回もノアと手をつないで移動すること、ときつく言われている。前、コーヒー事件でフリードリヒ達と離れてギリクさんとお話した時、フィルノさんと手をつないでもらったけど、その時も怒られなかったからきっと誰かと手を繋いでいることが重要なんだろうな。
今度エストラさんとも手を繋いでもらおう、なんて思いながら「ちょっとばあちゃんとこ寄ってもいい?」ってリーシャが言う。おお! おばあちゃん店主さん! 元気かなぁ?
「最近は万華鏡の布を選んでいるから忙しいって言ってた」
「あー…万華鏡かー」
そういえば父様がドロンガさんの工房とお店が貴族からプレゼントされたってお手紙で教えてくれたな。なんかとんでもないことになってるけど大丈夫かな?
ちょびっとだけ不安だけど、行けたら行ってみよう。ちなみにドロンガさんのお店のことはフリードリヒ達に言ってある。僕らに無関係、ってわけでもないからね。それにソルさんが関係してることも。
それを知ったとき「何をしているんだ…」とフリードリヒが額に手を当ててたけど「ソルさんなりの感謝の仕方だと思うので」とさりげなくフォローしておいた。そういえば流れ星もよくわかんないね。
ノアに手を引かれながらぽてぽてと久しぶりの王都を歩くけど、暑い。いや、もう熱風の月(7月)の後半だから暑いのは仕方ないんだけどさ。あっつい。
人通りも前よりは少ない。暑いからねー。こういうところで冷たい飲み物売りたい。氷の魔法で冷やした飲みものを売れば、お小遣い稼ぎにはいいと思うんだ。
なんて考えながらリーシャの背中を追う。一本中に入った道は静かだけど、前来た時よりも人が往来して賑わってる。おお! それに少し感動しながら歩けば、やっぱり僕好みの外観は相変わらず。はぁー…やっぱり好き。
そしてリーシャが中に入っていくと僕たちも入る。ほわ!
むわりとした空気が顔を打ち付け、思わず目を閉じる。おわわー。空気がこもっちゃってるー!
「あらあら。お久しぶりね。うさぎちゃん」
「お久しぶりです!」
あれ? 僕の呼び方がうさぎちゃんになってる。ほわ。
「ばあちゃん」
「あら、だめだったかしら?」
「いいですいいです! うさぎちゃんでいいです! 可愛いし!」
んっふーと鼻息荒くそういえば、リーシャが肩を竦める。
「レジィがいいならいいけど」
「あら、じゃあうさぎちゃんで」
「わーい! うさぎしゃん!」
「噛んだ」
「噛みましたね」
「噛んだね」
ちょ、ちょっと噛んだだけじゃん! ぷぷーと頬を膨らませて、ぷいっと顔を横にすると窓からこちらを見ている人と目が合った。ほ?
けれどその人たちは僕と目が合ったらそそくさといなくなっちゃった。ううん?
「どうしたの?」
「あ、今そこの窓から目が合ったんだけど…。どっか行っちゃいました」
「あら…またなのね」
「うん?」
「どういうこと?」
リーシャが眉を寄せておばあちゃん店主さんに尋ねると「リーシャになら言ってもいいかもしれないわね」となにやら言いにくそうにしている。ふえー…それにしても暑いねー…。
ぱたぱたと襟首を動かしていると、その手を止められた。止めたのはもちろんノア。
「レジィ? はしたないから、ね?」
「ん。ごめんなさい」
「暑くてごめんなさいね。いま窓が開けられなくて…」
「ああ。さっきのやつらか。盗まれたものとかは?」
「はえ?」
リーシャの言葉にさっき目が合ったのは泥棒さんだと気付いた。はえー?!
「ドロンガさんのところから布をお願いされるようになってから、布が盗まれてしまってね…。それで窓も開けられないのよ…」
ほぎゃー! これからまだまだ暑くなるのに窓が開けられないの?! 熱中症で倒れちゃうよ?!
「僕が氷の魔石を作るから暑さはいいとしてさ。まさか入り口からも盗られてない?」
「何度かあったけど私だけだと追いかけることもできないし、ね? 憲兵さんには見回りを多くしてもらっているのだけど…」
そう言って悲しそうに瞳を伏せるおばあちゃん店主さん。と、いうか人のものを盗むとか許せない!
「作業している間はどうしてもお店には誰もいなくなっちゃうから…」
「ううーん…」
そっかー…。ドアが開いても聞こえないのなら、静かにドアを開けて盗んじゃうことも可能かー。
けしからん!
と、いうことはドアが開いたときに何か音がすれば分かるのかな? んむむー?と腕を組んで考えていたらリーシャに「レジィ」と呼ばれた。おっと、どうしたの?
「魔石…もらえない?」
「あ、うん! いいよー。ちょっと待ってねー」
そういってごそごそとうさうさバッグに手を突っ込んだ瞬間、その手をアルシュが掴んだ。ほわ?!
「アルシュ?」
「こちらへ」
「うん?」
そう言って僕の腕を掴んだままフリードリヒとアルシュの間に押し込まれた。おん?
「さっきのやつらが見ていたので」
「はえ?!」
「カーテンは?」
「したいのだけれど、ドロンガさんのお使いが来たら困っちゃうから…」
「なるほど」
ああー…じゃあそれも無理なのかー。困っちゃったね。
ごそりとうさうさバッグから魔石を取り出してリーシャに渡すとその場にしゃがむ。そして氷の魔法を使い、氷の魔石を作り上げた。ほわぁ。スムーズ!
「はい。これで涼しくなると思う」
「ありがとう、リーシャ」
「それよりも何とかしないと」
眉を寄せているリーシャに、僕もさっきの考えをまとめる。つまりは誰かが来たときにおばあちゃん店主さん―ポリーさんに知らせられればいいんだよね? 幸い出入口は一つ。窓にも音が鳴るような仕掛けがあればいいよね。
そういやサバイバル物でよく見るあれ…なんだっけ? 紐で板を括り付けて、足を引っかけると音が鳴るやつ。
でもそれをやるとポリーさんが足をひっかけて転んじゃいそうだから却下。ってことはやっぱりドアに…。そうだ。喫茶店とか入るとき、ドアを開けるとからんからんって…。
「むわぁ!」
「うわぁ?!」
そうだよ! ドアにベルを付ければいいんだよ!
僕の大きな声にびっくりしたフリードリヒ達が何事かと僕を見る。あ、ごめん。
「大きな声ねぇ」
「あばば! ごめんなさい」
ほほほと上品に笑うポリーさんに謝ってから、さっき考えたことを言葉にする。
「ドアベル付けましょう!」
「ドアベル?」
なにそれ?って首を傾げるリーシャにむふふと笑ってから説明をする。
「そのままだよ。ドアの上にベルを付けるの!」
「つけるとどうなるんだい?」
「ドアが開いたときに音が鳴るので、誰かが来たぞー!って知らせてくれるんですよ!」
「なるほど」
「あら。いいわね」
ぽん、両手を合わせて瞳をキラキラとさせるポリーさん。めっちゃ可愛い。それにでれっとすれば「人たらし」とリーシャに言われる。ひどい!
「ならベルはどうする?」
「ドロンガのところで作ってもらうって手もあるけど」
「ううーん…どうせならリーシャが作ればいいんじゃないかな?」
「はあ?」
何いってんの?!っていう顔されたけど、リーシャって全属性持ってるし、なんなら今すぐ金のスキルを付属できるよ?
「あ、素材は何がいいですか? 金属? ガラス?」
「ちょ、ちょっと! レイジス様?!」
「ベルは何にしようかな? お花とか動物さんとか?」
「レイジス様、落ち着いてください!」
むふふーむふふーと身体を左右に揺らしながらどんなのがいいかな?て考えてたら、リーシャにがっしと両肩を掴まれた。それに「ほへ?!」と変な声を出すと「一度落ち着いてください」とものすごい圧で言われて、こくこくと素直に頷いた。
「いいですか、レイジス様。物事には順序があるんです」
「うんうん」
「だから、まず誰が作るか、それから何をどういった素材で作るかなんです」
「ふむふむ」
「…本当に理解されてます?」
「分かってるよ! 誰が、何で作るかってことでしょ?」
「…理解されてた」
「と、いうかリーシャ」
「はい?」
「さっきからレジィのことをレイジス様って呼んでるぞ?」
「え?」
フリードリヒにそう言われて、固まるリーシャ。同時に僕も固まると、ぎぎぎと二人してポリーさんを見れば、にこにこと微笑んでいて。
「あらあら。うさぎちゃん、本当はレイジス様だったのね」
「は、はば?!」
「ばばばばばばあちゃん! これには…!」
あわあわと二人で慌てふためいていると、ポリーさんがくすくすと笑う。ほへ?
「お忍びで遊びに来ているんでしょう? なら私はうさぎちゃんしか知らないわ」
「ばあちゃん…」
「ポリーさん…」
まさしくこれが聖女様だと言わんばかりにポリーさんから後光が輝く。それにフリードリヒを見てにこりと微笑んだ。あー…こりゃ完全にばれてるよねー…。
「それでそのドアベル?はどうしたらいいのかしら?」
「リーシャが嫌ならドロンガさんのお店で作ってもらうしかないよね?」
「べ、別に嫌だとは一言も…!」
「ならデザインをレイジスに、作るのはリーシャでいいんじゃないのか?」
そう助言してくれるフリードリヒだったけど、リーシャが「レイジス様のデザイン…」と訝し気に僕を見た。絵はごにょごにょだけど立体は普通でしょー!
ぷんこぷんこと頬を膨らませてリーシャを見れば「そうしましょうか」と肩を竦める。むむー。
「デザインはどうされますか?」
「そうね…何がいいかしら?」
「急に言われても困りますからね」
「ばあちゃんが好きなものを言えば?」
アルシュとノアの言葉に割って入ったのはリーシャ。うん。確かに。自分が好きなものの方が毎日見ていられるし、愛着沸くもんねー。
「好きなもの…そうね。じゃあうさぎさんとお花かしら?」
「うさぎ?」
「ええ。可愛らしいうさぎちゃんが来てくれたら、寂れてしまった裏通りも元気になったから」
「ほわ」
そう言ってふふふと笑うポリーさんはやっぱり素敵で。そういえば前来たときは人通りも少なくて寂しかったけど、今はそれなりに人が歩いてる。そっか。
「じゃあお花とうさぎさんをデザインすればいいんだね?」
「お願いね」
「はい!」
むっふーと鼻息を荒くしてから、両手で見えない何かを包む。えっと…うさぎさんとお花。そうだ! お月様も追加してー、ドロップの飾りがあっても可愛いよね!なんて思いながら氷魔法でそれを形にしていく。
ぱき、ぺきという音を立てながらイメージしたものを氷で形にすると、思った以上に複雑で可愛いものが出来上がった。むっふふー!
「あら、あらあら!」
「うっわ…これを作れっていうんですから信じられない」
「だって可愛い方がいいと思って」
「これはやりすぎってもんです」
「あう」
リーシャに言われてそれもそうかと反省するともう一度、今度はシンプルなデザインを氷で作る。これならいいかな?
「あら! これも可愛いわね!」
「ふっふー!」
なんとも微妙な顔をしているリーシャにどや!と胸を張れば、フリードリヒ達がほんわかと和んでる。なんで?
「リーシャ。この二つ、お願いできるかしら?」
「できないことはないけど…なんで?」
「どっちも可愛いから選べなくて」
「…いいよ。ばあちゃんにはいろいろと世話になったし」
「ふふ。気にしなくていいのに」
ポリーさんとの会話から、リーシャもリーシャでいろいろ苦労があったみたいでちょっと切なくなる。そんな僕の頭を撫でてくれるのは大きな手。
「セイラン兄さま」
「魔力が多いとね、色々と言われたりするんだ。リーシャはそれに加えて平民だったからね。苦労したみたいだ」
「そう…なんですか」
いつも僕を叱ってくれるリーシャはちょっと怖いけど、でも感謝もしてるんだ。ダメなことはダメ。いい事はちゃんとほめてくれるし。
「金属かガラスか…なんだけどどっちの方がいいんだろう?」
「手入れ関係があるからガラスの方が楽だと思う。ほこりをびゃーってするだけだし」
「そっか…。ならガラスでいい?」
「そうね。お手入れに手がかからない子の方が嬉しいわね」
ポリーさんのその言葉に「ならガラスだね」とリーシャが僕の作った氷の見本を隅々まで見ている。一度型を取ってガラスを流してもいいけどそうすると音が鳴らないような気がするんだよねー。
「それじゃあ…簡単な方から作ろうかな。窓は4つだから4つか」
「あ! ちょっと待ってね!」
「はい?」
そういやリーシャって金のスキル持ってなかったよね? あの場にいたのはフリードリヒ、アルシュ、ノアだったから。
「手、貸して?」
「な、なんでですか」
「いいから!」
ほら!と手を出せば躊躇うように、そっと乗せられた。よし!
「ちょ?!」
「ちょっとじっとしててねー!」
乗せられた手をがっしと掴み、両手で握り祈るように額に押し当てるとリーシャの手がびくりとはねた。うまくいったかな?
「い…まのは?」
「にひひー。ちょっとした贈り物。これで楽に作れると思う」
「それって…」
リーシャが何かを言おうとしたのをフリードリヒが止めたのか、ぐっと言葉を詰まらせた。
「じゃあ! お願いね!」
「…はい」
むっふふーと笑うとリーシャの手を放し、フリードリヒの近くに移動する。ポリーさんも何かを察しているであろうにやっぱり何も言わない。ただただ優しく見守ってくれている。
それからリーシャが土魔法と金のスキルをいかんなく発揮したドアベルはとても輝いていて。
「どうせなら色も付けちゃおう!」という僕のとんでも要求にぶつぶつと文句を言いながらも、色を付けていく。ふふ。
「綺麗に鳴るかな?」
「さぁ…? どうでしょう。初めて作ったから何とも」
「じゃあ、鳴らしてみましょうか」
ポリーさんが出来上がったドアベルを手にして小さく揺らすと「ちりりん」と可愛らしいけれど店舗に響く音が鳴り渡る。
「ほわぁ…綺麗…」
「ああ。これほどきれいな音は初めて聞いたかもしれないな」
「小さな音なのに、これほど響くとは」
「本当に」
音が消えた後、それぞれが感想を言うとリーシャが恥ずかしそうに顔を背けてた。むっふふ。可愛い。
「素晴らしいわね。うさぎちゃんも可愛いし、音も綺麗。ありがとう、リーシャ。うさぎちゃん」
「僕は提案しただけですよー! 作ったのはリーシャですし!」
「レイジス様…」
だから僕じゃなくリーシャのおかげ!って胸を張れば、ポリーさんが目元をぬぐう。はぎゃあ!
「ありがとう、うさぎちゃん。リーシャもいいお友達ができてよかったわ」
「ばあちゃん…」
「しんみりしているところ悪いがそれを早々に付けてしまおうか」
「あらあら、そうね。ごめんなさい」
「あ、じゃあちょうど5個あるからそれぞれリボンを選んでつけませんか?」
「それはいいな。それぞれリボンを選んでつけようか」
はーい!と手を挙げて提案するとフリードリヒが頷き、ポリーさんも「もっと可愛くなっちゃうわね」と微笑んでいた。それぞれリボンを選んでベルにおしゃれをさせてそのままノアに付けてもらう。
すると店内が少しだけ明るくなった。可愛い! ファンシーさが増して僕ほくほく。
試しにアルシュが窓を開けると「ちりりん」と可愛らしい音が店内に響く。すごい!
「これはすごいですね。窓を開けたら店内中にベルの音が響く」
「奥にいても分かるのかしら?」
「試してみる?」
「お願いしてもいいかしら?」
「かまいません」
そう言ってポリーさんが奥へと入ってくのを確認した後、ドアを開ければ「りりりりん」とベルが揺れ可愛い音が響く。するとすぐさまポリーさんが飛び出してきた。ほわ?!
「すごいわ! 奥までちゃんと聞こえるの!」
「よかったー」
「本当にありがとう。うさぎちゃん」
「これで泥棒が減るといいですね」
「ええ、ええ。そうだわ、これをドロンガさんのところにお話ししたらみんな喜ぶと思うの」
「なるほど。ドロンガのところで作ってもらって売れば、泥棒に困ってるところが減るってことか」
リーシャがそういえば「そうなるわね」とポリーさんが頷く。
なら早急にドロンガさんのところにーっと思ったけど今日は巻きすを手に入れる使命がある。ううーん…明日も来ていいならそうするんだけど…。むむむー。
「なら明日行けばいい」
「セイラン兄さま?」
「明日ならメトルも来れるだろう」
「ほわ! いいんですか?!」
「あいつがいいといえば、だけどね」
「あ、じゃあ明日! 明日行きましょう!」
ふんすふんすと興奮する僕をノアが「はい、ちょっと落ち着こうね?」と頭を撫でてくれる。んふふー。
「今日一日様子を見て、どうなるかも気になるしね」
「確かに!」
「そういうわけで今日一日様子見てもらってもいい? ばあちゃん」
「ええ。大丈夫よ。憲兵さんもお店を覗いてくれるから」
「そか。危ないことがあったらすぐ言ってね」
「ありがとう。リーシャ」
リーシャとポリーさんがお話をしている間に、僕は刺繍糸を眺める。やっぱりここ好きだなぁ。
「何かいいもの見つけた?」
「んむ?」
横にフリードリヒが立っていて僕を見ている。それに「刺繍糸でミサンガとか作りたいです!」と言えば「ミサンガ?」と首を傾げる。
「プロミスリング、とも呼ばれるもので願い事をするんです!」
「へぇ。面白いね」
「刺繍糸だけのものとか、ビーズを使ったものとか様々ですね!」
「レイジスは作れる?」
「んー…なんとなく?」
「じゃあ私が選んだ糸で作ってくれる?」
「わわ! 重大なお仕事です!」
それに二人で笑えば「なに二人で笑ってんですか」とリーシャがやってきた。
「ミサンガ作ろって話をしてたとこ」
「ミサンガ?」
「うん! 願い事をかけて手首とかに巻くの!」
「ふぅーん? ってそれどっかで聞いたような気がする」
「ホント?!」
「ばあちゃん、なんだっけ?」
そう言ってリーシャがポリーさんに聞いてる。この世界でもミサンガってあったのかー。
ミサンガってよくサッカー選手が付けてたやつだから、サッカーがなさそうなこの世界でミサンガ的なものがあるとは正直驚きだ。
「ええ、あったわね。今ではすっかりと廃れてしまっているけれど」
「ほへー。そうなんですか」
「昔は平民の女性たちがお小遣い稼ぎで作っていたのだけれどね」
「そうなんだ。知らなかった。母さんも作ってたよね」
「そうね」
ほわ?! そうなんだ!
じゃあもう一度ミサンガブームを作り出せば女性も働けるかな?
「うさぎちゃんはミサンガを作りたいのかしら?」
「あ、はい!」
「ふふ。じゃあまた迷ったら声をかけてね」
「ぷぎゅう」
「ふふっ」
前リボンでうんうんうなっていた時にアドバイスをもらったことがあるから、ちょっと恥ずかしい。
とりあえず自分が好きな色を手にする。紫、銀、黒。うん? あれれ? この色合いどこかで?
「レイジス様は本当にフリードリヒ殿下がお好きで安心しました」
「はぎゃ!」
ノアにそうこそっと言われて色の組み合わせがフリードリヒだと気付く。無意識に選んでたよー!
はぎゃはぎゃと一人焦っていると「決まりました?」ってリーシャが手元を覗いてくる。はぶあー!
「どれど…ああ。なるほど」
「ち、違うもん! たまたまだもん!」
「たまたま、ねぇ。いいんじゃないですか?」
「ぷぎゅうううううぅ!」
にやにやとしてるリーシャに向かって頬を限界まで膨らませると「はいはい。それよりおやつ食べましょうよ」という言葉に空気が抜けた。
「おやつ!」
「はい、おやつですよ」
「食べる!」
「じゃあ会計してきます。それ、貸してください」
「え? でも…」
「それともばあちゃんにまで微笑まれたいですか?」
「お願いします」
ポリーさんに気付かれたところで恥ずかしい!で済むんだけどでもやっぱり羞恥に勝てなくて、リーシャにお願いすることにした。
その間にこっそり出ようかと思ったけど、ドアを開けたら「りりりりん」という音が響く。ほぎゃあ!
「何勝手に出ていこうとしてるんですか」
「はば…はばば」
「ドアベルってすごいんですね」
アルシュのその一言で見事撃沈した僕は、リーシャから刺繍糸を受け取るとみんなでポリーさんのお店を後にする。
ばいばーい、とポリーさんに手を振ってドアを閉めれば「ちりりん」という音が響く。可愛い。
「それにしてもよくあんなこと思いつきますよね」
「うん?」
「ドアベル」
「ああ。あっちだと結構メジャーなんだよ」
「そうなんですか?」
「うん」
もう僕があっちの知識を持っていることを知っているから誤魔化すことなくそういえば「へぇ」とフリードリヒも感心している。
「それにしてもあの花! なんなんですか!嫌がらせかと思いましたよ!」
「ああ、あのお花ね」
ノアと手を繋いでぽてぽてと歩いていると、リーシャがふしゃーと噛みついてくる。
「別に嫌がらせじゃないよ」
「じゃあ」
「あのお花はね、カランコエって言って花言葉が『「幸福を告げる」「たくさんの小さな思い出」「あなたを守る」「おおらかな心」』っていうんだ」
そう。お花って言われたとき、ここのお店はリーシャとの思い出がたくさん詰まってるんだなって思ってさ。それにポリーさんを守ってほしいって願いもあったし。それと、おおらかな心もポリーさんにぴったりだなって。
「幸福を告げる、はあのお店で買ってくれた人たちにも、小さな幸せがあるといいなって思って」
「レイジス様…」
ただの自己満足なんだけど、って言えば、リーシャが首を左右に振って。
「僕のことで親父にも母さんにもばあちゃんにも苦労かけたから…。特にばあちゃんには迷惑かけっぱなしで。だからあの店にも行きづらかったんだ。でもレイジス様がいたからばあちゃんとも普通に話せたんだ。」
「それは僕は関係ないよ。僕はただやりたいことをやっただけだしね!」
「レイジス様…」
そう、僕がやりたかった、行きたかったところだっただけ。だから気にしなくていいんだよ。
「うさぎ」
「うん?」
「やっぱりレイジス様はうさぎだなって」
「ふはっ。何それ」
泣きそうなリーシャに気付かないふりをしながら笑えば、ノアに「はいはい。お話もいいですけど膨らまないでくださいね」と注意されてしまった。
「はぁーい!」
「元気な返事でなによりです」
それにリーシャと一緒にむはりと笑うと、わいわいとにぎわう大通りへと向かうのだった。
照り焼きハンバーガーを両手で持ったままそう叫べば、父様がにこやかに頷く。え? え? でも鈴音さんの日記、まだ全部読んでないよね? あれ? ってことは僕は…?
「僕じゃ…役に立てなかった?」
ぽつりとそう呟くと、せっかく頼りにしてくれた父様や陛下に申し訳なくなる。そうだよね。びっくりして日記を放り投げちゃったもんね。
しょぼんぬと肩を落とし、ずびずびと鼻をすすれば「そうじゃないよ」と父様がいつの間にか僕の側にいた。ハンカチで涙を拭いてもらって頭を撫でてくれる。
「レイジスは前来た時に倒れちゃったでしょ? それを心配しているんだ」
「あ…」
前来た時に頭痛で倒れたことをすっかりと忘れていた。そいえば、その時何か見たような気がしたんだけど結局分からなかったんだよね。
「って…あー!」
泣いていた僕が急に大きな声を出したせいで、全員の肩がびくっと跳ねた。あわ! ごめんなさい!
「ど、どうしたんだい? レイジス?」
「がががが学園長先生に頭痛報告するのわわわわわすれれれれれ」
「うん?」
どういうことだい?と首を傾げる父様に「学園長先生から、頭痛がしたら報告するようにって言われてて」とあたふたと言えば「じゃあ戻ってから報告しようね?」と頭を撫でられた。
「だだだだだだ大丈夫かな?!」
「まぁうまい酒持ってけばたいていは許してもらえるぞ」
ぎゅおっとメトル君を勢いよく見れば、もぐもぐと照り焼きバーガーを食べてる。ついでに言えば用意されてたのは照り焼きバーガー(レシピ渡し済み)とフライドポテト、サラダにフライドチキン(某お店の味付け)と結構ボリューミー! やったね!
と、話がずれた。
報告してないからしようしようと後回しにしてたツケだよねぇ…。どう考えても。
やばいやばい。どうしよう。
メトル君の言う通りおいしいお酒を用意したら許してくれるかな?!
「酒…?」
「ふへ?」
しかしお酒に反応したのは陛下だった。ソルゾ先生もぴくりと反応してたけど。
「メトル・オリバーン。酒を飲んでいるのか?」
「まさか。一応成人してますけど飲んでませんよ。学園では」
そう言ってにまりと笑うメトル君。ほわ。強い。
「そういやお前からもらった梅酒をたいそう気に入ってたぞ」
「え? ホント?」
「ああ。飲めるまで今か今かとそわそわしてたからな」
「ウメシュ? そのようなもの報告になかったが?」
「あわわ」
梅酒は言っちゃえばソルゾ先生がお酒好きだからって聞いたから、学園長先生に材料を用意してもらったんだよね。結構作るのに謎いものもあるから黙ってたんだけど。
ちらりと陛下が僕を見ると、ばびょっとアホ毛様と後ろ髪が伸びた。ひよわぇえええええ!
「父上。レイジスが怖がってます」
「む。すまない」
「い、いえ」
陛下は優しいけどやっぱりちょっと怖い。立場的な意味で。
へらっと笑って誤魔化してから、どうしようと内心焦りまくる。
「あ、なら午後から梅酒の材料探してくればいいんじゃね? …それと巻き寿司食いたいから作ってくれねぇか?」
「巻き寿司かぁ…。お稲荷さんは前作ったけど。そうするとあれが必要に…」
「マキズシ? オイナリサン?」
「オイナリサンは甘いアゲにスメシを詰め込んだものです。甘いアゲにスメシがあっておいしかったですよ」
「食べたのか?!」
「はい。リベルトが喜んでおりました」
「ふむ」
リベルトさん? ってああ! ジョセフィーヌと同じような年齢の方か! お稲荷さんを一緒に作ってから仲良くなったんだよね。今ではすっかりジョセフィーヌと共にお稲荷さんにはまってる。
「レイジス」
「はい」
「そのオイナリサンとやらのレシピは渡したのか?」
「お稲荷さんのレシピはまだですね。書いて渡しておいた方がいいです…よね?」
「ああ、ぜひ」
むふふ。やっぱり未知の食べ物に興味津々な陛下。フリードリヒもそうだけど遺伝なのかな?
なーんて思っていると、いつの間にか父様が席に戻ってハンバーガーをもぐもぐしてる。あれ?! さっきまで側にいたのに?!
「じゃあレイジス。お昼からウメシュの材料とマキズシ?の材料探しに行こうか」
「あ! 巻き寿司だとちょっと必要な道具があるのでそれも探したいです!」
「ふむ?」
「それがあればロールケーキが作れるんですよー」
ずっと作りたかったけど巻くものがなくて、自作油紙で代用してたけど巻きすがあるなら絶対こっちの方がいいんだよねー。初め紙を油に浸してたら侍女さんに「食べられるのですか?」とものすごく心配された。
即席油紙を作ってみたけどやっぱり素人だからねー。本格的なものを作ろうとするならやっぱり職人さんが必要なわけで。だからちょっと諦めたんだけど、油紙があれば屋台で食べられるものが増えるからね! ホットドックとかクレープとか! 手にもって食べられるものが増えれば観光も楽しくなるしね!
「むふふ」
「レイジス、涎でてるよ」
「あぶぅ」
隣にいたフリードリヒに涎を拭いてもらえば「おいしいものを考え付いたの?」と聞かれれば「油紙があれば、いろいろ手でつかんで食べられるものが増えます!」と力説すれば「いろいろ、とは?」と陛下が興味を持つ。
「ホットドックに、クレープ、それに焼き鳥なんかもいいですよねー」
「あー…焼き鳥かー。たれか塩で言い争いが増えそうだけどな」
そう言って笑うメトル君に、にひひと笑えば「ヤキトリ?」と首を傾げるフリードリヒ。
「はい! ビールに合う食べ物ですね」
「ビール…」
ごくりと喉を鳴らしたのはアルシュのお父さんにフィルノさん、それにハーミット先生とソルゾ先生。うん。やっぱりお酒好きなんだね。
それにくふりと笑うと「話は後にしてご飯食べようね?」と言われてしまう。おっと、すでに照り焼きバーガーを1つ食べているとはいえ、まだまだお腹がすいてる状態。お腹の音はしなくなったけど、まだ「きゅるるる」と鳴ってる。
ううーん…。そんなに魔力を使った覚えはないんだけどなぁ?
2つ目の照り焼きバーガーには目玉焼きとチーズをはさんでもらってる。おいしいんだよねー。
はぎゅりと齧りつくと、半熟の黄身がとろりと溶け出す。おわわ! それに慌ててまたもや齧りつく。もっぎゅもっぎゅと頬を膨らませて食べていると、みんなも目玉焼きとチーズ入りを所望。んふふ、おいしいからね!
んふんふと鼻息荒くしながらご飯を食べる僕は『役に立たない』悲しさをすこぽんと頭から追い出していたのだった。
■■■
「いいかい、レジィ?」
「はい! ノア兄さま!」
しゅぴっと敬礼をすると「それはやめようね?」とやんわり手を下ろされた。お昼ご飯を食べてからお着替えをして、父様とお約束の指切りをする。お約束は前と同じ。危なくなったらすぐに近くの憲兵さんに助けを求めること等。
今回もノアと手をつないで移動すること、ときつく言われている。前、コーヒー事件でフリードリヒ達と離れてギリクさんとお話した時、フィルノさんと手をつないでもらったけど、その時も怒られなかったからきっと誰かと手を繋いでいることが重要なんだろうな。
今度エストラさんとも手を繋いでもらおう、なんて思いながら「ちょっとばあちゃんとこ寄ってもいい?」ってリーシャが言う。おお! おばあちゃん店主さん! 元気かなぁ?
「最近は万華鏡の布を選んでいるから忙しいって言ってた」
「あー…万華鏡かー」
そういえば父様がドロンガさんの工房とお店が貴族からプレゼントされたってお手紙で教えてくれたな。なんかとんでもないことになってるけど大丈夫かな?
ちょびっとだけ不安だけど、行けたら行ってみよう。ちなみにドロンガさんのお店のことはフリードリヒ達に言ってある。僕らに無関係、ってわけでもないからね。それにソルさんが関係してることも。
それを知ったとき「何をしているんだ…」とフリードリヒが額に手を当ててたけど「ソルさんなりの感謝の仕方だと思うので」とさりげなくフォローしておいた。そういえば流れ星もよくわかんないね。
ノアに手を引かれながらぽてぽてと久しぶりの王都を歩くけど、暑い。いや、もう熱風の月(7月)の後半だから暑いのは仕方ないんだけどさ。あっつい。
人通りも前よりは少ない。暑いからねー。こういうところで冷たい飲み物売りたい。氷の魔法で冷やした飲みものを売れば、お小遣い稼ぎにはいいと思うんだ。
なんて考えながらリーシャの背中を追う。一本中に入った道は静かだけど、前来た時よりも人が往来して賑わってる。おお! それに少し感動しながら歩けば、やっぱり僕好みの外観は相変わらず。はぁー…やっぱり好き。
そしてリーシャが中に入っていくと僕たちも入る。ほわ!
むわりとした空気が顔を打ち付け、思わず目を閉じる。おわわー。空気がこもっちゃってるー!
「あらあら。お久しぶりね。うさぎちゃん」
「お久しぶりです!」
あれ? 僕の呼び方がうさぎちゃんになってる。ほわ。
「ばあちゃん」
「あら、だめだったかしら?」
「いいですいいです! うさぎちゃんでいいです! 可愛いし!」
んっふーと鼻息荒くそういえば、リーシャが肩を竦める。
「レジィがいいならいいけど」
「あら、じゃあうさぎちゃんで」
「わーい! うさぎしゃん!」
「噛んだ」
「噛みましたね」
「噛んだね」
ちょ、ちょっと噛んだだけじゃん! ぷぷーと頬を膨らませて、ぷいっと顔を横にすると窓からこちらを見ている人と目が合った。ほ?
けれどその人たちは僕と目が合ったらそそくさといなくなっちゃった。ううん?
「どうしたの?」
「あ、今そこの窓から目が合ったんだけど…。どっか行っちゃいました」
「あら…またなのね」
「うん?」
「どういうこと?」
リーシャが眉を寄せておばあちゃん店主さんに尋ねると「リーシャになら言ってもいいかもしれないわね」となにやら言いにくそうにしている。ふえー…それにしても暑いねー…。
ぱたぱたと襟首を動かしていると、その手を止められた。止めたのはもちろんノア。
「レジィ? はしたないから、ね?」
「ん。ごめんなさい」
「暑くてごめんなさいね。いま窓が開けられなくて…」
「ああ。さっきのやつらか。盗まれたものとかは?」
「はえ?」
リーシャの言葉にさっき目が合ったのは泥棒さんだと気付いた。はえー?!
「ドロンガさんのところから布をお願いされるようになってから、布が盗まれてしまってね…。それで窓も開けられないのよ…」
ほぎゃー! これからまだまだ暑くなるのに窓が開けられないの?! 熱中症で倒れちゃうよ?!
「僕が氷の魔石を作るから暑さはいいとしてさ。まさか入り口からも盗られてない?」
「何度かあったけど私だけだと追いかけることもできないし、ね? 憲兵さんには見回りを多くしてもらっているのだけど…」
そう言って悲しそうに瞳を伏せるおばあちゃん店主さん。と、いうか人のものを盗むとか許せない!
「作業している間はどうしてもお店には誰もいなくなっちゃうから…」
「ううーん…」
そっかー…。ドアが開いても聞こえないのなら、静かにドアを開けて盗んじゃうことも可能かー。
けしからん!
と、いうことはドアが開いたときに何か音がすれば分かるのかな? んむむー?と腕を組んで考えていたらリーシャに「レジィ」と呼ばれた。おっと、どうしたの?
「魔石…もらえない?」
「あ、うん! いいよー。ちょっと待ってねー」
そういってごそごそとうさうさバッグに手を突っ込んだ瞬間、その手をアルシュが掴んだ。ほわ?!
「アルシュ?」
「こちらへ」
「うん?」
そう言って僕の腕を掴んだままフリードリヒとアルシュの間に押し込まれた。おん?
「さっきのやつらが見ていたので」
「はえ?!」
「カーテンは?」
「したいのだけれど、ドロンガさんのお使いが来たら困っちゃうから…」
「なるほど」
ああー…じゃあそれも無理なのかー。困っちゃったね。
ごそりとうさうさバッグから魔石を取り出してリーシャに渡すとその場にしゃがむ。そして氷の魔法を使い、氷の魔石を作り上げた。ほわぁ。スムーズ!
「はい。これで涼しくなると思う」
「ありがとう、リーシャ」
「それよりも何とかしないと」
眉を寄せているリーシャに、僕もさっきの考えをまとめる。つまりは誰かが来たときにおばあちゃん店主さん―ポリーさんに知らせられればいいんだよね? 幸い出入口は一つ。窓にも音が鳴るような仕掛けがあればいいよね。
そういやサバイバル物でよく見るあれ…なんだっけ? 紐で板を括り付けて、足を引っかけると音が鳴るやつ。
でもそれをやるとポリーさんが足をひっかけて転んじゃいそうだから却下。ってことはやっぱりドアに…。そうだ。喫茶店とか入るとき、ドアを開けるとからんからんって…。
「むわぁ!」
「うわぁ?!」
そうだよ! ドアにベルを付ければいいんだよ!
僕の大きな声にびっくりしたフリードリヒ達が何事かと僕を見る。あ、ごめん。
「大きな声ねぇ」
「あばば! ごめんなさい」
ほほほと上品に笑うポリーさんに謝ってから、さっき考えたことを言葉にする。
「ドアベル付けましょう!」
「ドアベル?」
なにそれ?って首を傾げるリーシャにむふふと笑ってから説明をする。
「そのままだよ。ドアの上にベルを付けるの!」
「つけるとどうなるんだい?」
「ドアが開いたときに音が鳴るので、誰かが来たぞー!って知らせてくれるんですよ!」
「なるほど」
「あら。いいわね」
ぽん、両手を合わせて瞳をキラキラとさせるポリーさん。めっちゃ可愛い。それにでれっとすれば「人たらし」とリーシャに言われる。ひどい!
「ならベルはどうする?」
「ドロンガのところで作ってもらうって手もあるけど」
「ううーん…どうせならリーシャが作ればいいんじゃないかな?」
「はあ?」
何いってんの?!っていう顔されたけど、リーシャって全属性持ってるし、なんなら今すぐ金のスキルを付属できるよ?
「あ、素材は何がいいですか? 金属? ガラス?」
「ちょ、ちょっと! レイジス様?!」
「ベルは何にしようかな? お花とか動物さんとか?」
「レイジス様、落ち着いてください!」
むふふーむふふーと身体を左右に揺らしながらどんなのがいいかな?て考えてたら、リーシャにがっしと両肩を掴まれた。それに「ほへ?!」と変な声を出すと「一度落ち着いてください」とものすごい圧で言われて、こくこくと素直に頷いた。
「いいですか、レイジス様。物事には順序があるんです」
「うんうん」
「だから、まず誰が作るか、それから何をどういった素材で作るかなんです」
「ふむふむ」
「…本当に理解されてます?」
「分かってるよ! 誰が、何で作るかってことでしょ?」
「…理解されてた」
「と、いうかリーシャ」
「はい?」
「さっきからレジィのことをレイジス様って呼んでるぞ?」
「え?」
フリードリヒにそう言われて、固まるリーシャ。同時に僕も固まると、ぎぎぎと二人してポリーさんを見れば、にこにこと微笑んでいて。
「あらあら。うさぎちゃん、本当はレイジス様だったのね」
「は、はば?!」
「ばばばばばばあちゃん! これには…!」
あわあわと二人で慌てふためいていると、ポリーさんがくすくすと笑う。ほへ?
「お忍びで遊びに来ているんでしょう? なら私はうさぎちゃんしか知らないわ」
「ばあちゃん…」
「ポリーさん…」
まさしくこれが聖女様だと言わんばかりにポリーさんから後光が輝く。それにフリードリヒを見てにこりと微笑んだ。あー…こりゃ完全にばれてるよねー…。
「それでそのドアベル?はどうしたらいいのかしら?」
「リーシャが嫌ならドロンガさんのお店で作ってもらうしかないよね?」
「べ、別に嫌だとは一言も…!」
「ならデザインをレイジスに、作るのはリーシャでいいんじゃないのか?」
そう助言してくれるフリードリヒだったけど、リーシャが「レイジス様のデザイン…」と訝し気に僕を見た。絵はごにょごにょだけど立体は普通でしょー!
ぷんこぷんこと頬を膨らませてリーシャを見れば「そうしましょうか」と肩を竦める。むむー。
「デザインはどうされますか?」
「そうね…何がいいかしら?」
「急に言われても困りますからね」
「ばあちゃんが好きなものを言えば?」
アルシュとノアの言葉に割って入ったのはリーシャ。うん。確かに。自分が好きなものの方が毎日見ていられるし、愛着沸くもんねー。
「好きなもの…そうね。じゃあうさぎさんとお花かしら?」
「うさぎ?」
「ええ。可愛らしいうさぎちゃんが来てくれたら、寂れてしまった裏通りも元気になったから」
「ほわ」
そう言ってふふふと笑うポリーさんはやっぱり素敵で。そういえば前来たときは人通りも少なくて寂しかったけど、今はそれなりに人が歩いてる。そっか。
「じゃあお花とうさぎさんをデザインすればいいんだね?」
「お願いね」
「はい!」
むっふーと鼻息を荒くしてから、両手で見えない何かを包む。えっと…うさぎさんとお花。そうだ! お月様も追加してー、ドロップの飾りがあっても可愛いよね!なんて思いながら氷魔法でそれを形にしていく。
ぱき、ぺきという音を立てながらイメージしたものを氷で形にすると、思った以上に複雑で可愛いものが出来上がった。むっふふー!
「あら、あらあら!」
「うっわ…これを作れっていうんですから信じられない」
「だって可愛い方がいいと思って」
「これはやりすぎってもんです」
「あう」
リーシャに言われてそれもそうかと反省するともう一度、今度はシンプルなデザインを氷で作る。これならいいかな?
「あら! これも可愛いわね!」
「ふっふー!」
なんとも微妙な顔をしているリーシャにどや!と胸を張れば、フリードリヒ達がほんわかと和んでる。なんで?
「リーシャ。この二つ、お願いできるかしら?」
「できないことはないけど…なんで?」
「どっちも可愛いから選べなくて」
「…いいよ。ばあちゃんにはいろいろと世話になったし」
「ふふ。気にしなくていいのに」
ポリーさんとの会話から、リーシャもリーシャでいろいろ苦労があったみたいでちょっと切なくなる。そんな僕の頭を撫でてくれるのは大きな手。
「セイラン兄さま」
「魔力が多いとね、色々と言われたりするんだ。リーシャはそれに加えて平民だったからね。苦労したみたいだ」
「そう…なんですか」
いつも僕を叱ってくれるリーシャはちょっと怖いけど、でも感謝もしてるんだ。ダメなことはダメ。いい事はちゃんとほめてくれるし。
「金属かガラスか…なんだけどどっちの方がいいんだろう?」
「手入れ関係があるからガラスの方が楽だと思う。ほこりをびゃーってするだけだし」
「そっか…。ならガラスでいい?」
「そうね。お手入れに手がかからない子の方が嬉しいわね」
ポリーさんのその言葉に「ならガラスだね」とリーシャが僕の作った氷の見本を隅々まで見ている。一度型を取ってガラスを流してもいいけどそうすると音が鳴らないような気がするんだよねー。
「それじゃあ…簡単な方から作ろうかな。窓は4つだから4つか」
「あ! ちょっと待ってね!」
「はい?」
そういやリーシャって金のスキル持ってなかったよね? あの場にいたのはフリードリヒ、アルシュ、ノアだったから。
「手、貸して?」
「な、なんでですか」
「いいから!」
ほら!と手を出せば躊躇うように、そっと乗せられた。よし!
「ちょ?!」
「ちょっとじっとしててねー!」
乗せられた手をがっしと掴み、両手で握り祈るように額に押し当てるとリーシャの手がびくりとはねた。うまくいったかな?
「い…まのは?」
「にひひー。ちょっとした贈り物。これで楽に作れると思う」
「それって…」
リーシャが何かを言おうとしたのをフリードリヒが止めたのか、ぐっと言葉を詰まらせた。
「じゃあ! お願いね!」
「…はい」
むっふふーと笑うとリーシャの手を放し、フリードリヒの近くに移動する。ポリーさんも何かを察しているであろうにやっぱり何も言わない。ただただ優しく見守ってくれている。
それからリーシャが土魔法と金のスキルをいかんなく発揮したドアベルはとても輝いていて。
「どうせなら色も付けちゃおう!」という僕のとんでも要求にぶつぶつと文句を言いながらも、色を付けていく。ふふ。
「綺麗に鳴るかな?」
「さぁ…? どうでしょう。初めて作ったから何とも」
「じゃあ、鳴らしてみましょうか」
ポリーさんが出来上がったドアベルを手にして小さく揺らすと「ちりりん」と可愛らしいけれど店舗に響く音が鳴り渡る。
「ほわぁ…綺麗…」
「ああ。これほどきれいな音は初めて聞いたかもしれないな」
「小さな音なのに、これほど響くとは」
「本当に」
音が消えた後、それぞれが感想を言うとリーシャが恥ずかしそうに顔を背けてた。むっふふ。可愛い。
「素晴らしいわね。うさぎちゃんも可愛いし、音も綺麗。ありがとう、リーシャ。うさぎちゃん」
「僕は提案しただけですよー! 作ったのはリーシャですし!」
「レイジス様…」
だから僕じゃなくリーシャのおかげ!って胸を張れば、ポリーさんが目元をぬぐう。はぎゃあ!
「ありがとう、うさぎちゃん。リーシャもいいお友達ができてよかったわ」
「ばあちゃん…」
「しんみりしているところ悪いがそれを早々に付けてしまおうか」
「あらあら、そうね。ごめんなさい」
「あ、じゃあちょうど5個あるからそれぞれリボンを選んでつけませんか?」
「それはいいな。それぞれリボンを選んでつけようか」
はーい!と手を挙げて提案するとフリードリヒが頷き、ポリーさんも「もっと可愛くなっちゃうわね」と微笑んでいた。それぞれリボンを選んでベルにおしゃれをさせてそのままノアに付けてもらう。
すると店内が少しだけ明るくなった。可愛い! ファンシーさが増して僕ほくほく。
試しにアルシュが窓を開けると「ちりりん」と可愛らしい音が店内に響く。すごい!
「これはすごいですね。窓を開けたら店内中にベルの音が響く」
「奥にいても分かるのかしら?」
「試してみる?」
「お願いしてもいいかしら?」
「かまいません」
そう言ってポリーさんが奥へと入ってくのを確認した後、ドアを開ければ「りりりりん」とベルが揺れ可愛い音が響く。するとすぐさまポリーさんが飛び出してきた。ほわ?!
「すごいわ! 奥までちゃんと聞こえるの!」
「よかったー」
「本当にありがとう。うさぎちゃん」
「これで泥棒が減るといいですね」
「ええ、ええ。そうだわ、これをドロンガさんのところにお話ししたらみんな喜ぶと思うの」
「なるほど。ドロンガのところで作ってもらって売れば、泥棒に困ってるところが減るってことか」
リーシャがそういえば「そうなるわね」とポリーさんが頷く。
なら早急にドロンガさんのところにーっと思ったけど今日は巻きすを手に入れる使命がある。ううーん…明日も来ていいならそうするんだけど…。むむむー。
「なら明日行けばいい」
「セイラン兄さま?」
「明日ならメトルも来れるだろう」
「ほわ! いいんですか?!」
「あいつがいいといえば、だけどね」
「あ、じゃあ明日! 明日行きましょう!」
ふんすふんすと興奮する僕をノアが「はい、ちょっと落ち着こうね?」と頭を撫でてくれる。んふふー。
「今日一日様子を見て、どうなるかも気になるしね」
「確かに!」
「そういうわけで今日一日様子見てもらってもいい? ばあちゃん」
「ええ。大丈夫よ。憲兵さんもお店を覗いてくれるから」
「そか。危ないことがあったらすぐ言ってね」
「ありがとう。リーシャ」
リーシャとポリーさんがお話をしている間に、僕は刺繍糸を眺める。やっぱりここ好きだなぁ。
「何かいいもの見つけた?」
「んむ?」
横にフリードリヒが立っていて僕を見ている。それに「刺繍糸でミサンガとか作りたいです!」と言えば「ミサンガ?」と首を傾げる。
「プロミスリング、とも呼ばれるもので願い事をするんです!」
「へぇ。面白いね」
「刺繍糸だけのものとか、ビーズを使ったものとか様々ですね!」
「レイジスは作れる?」
「んー…なんとなく?」
「じゃあ私が選んだ糸で作ってくれる?」
「わわ! 重大なお仕事です!」
それに二人で笑えば「なに二人で笑ってんですか」とリーシャがやってきた。
「ミサンガ作ろって話をしてたとこ」
「ミサンガ?」
「うん! 願い事をかけて手首とかに巻くの!」
「ふぅーん? ってそれどっかで聞いたような気がする」
「ホント?!」
「ばあちゃん、なんだっけ?」
そう言ってリーシャがポリーさんに聞いてる。この世界でもミサンガってあったのかー。
ミサンガってよくサッカー選手が付けてたやつだから、サッカーがなさそうなこの世界でミサンガ的なものがあるとは正直驚きだ。
「ええ、あったわね。今ではすっかりと廃れてしまっているけれど」
「ほへー。そうなんですか」
「昔は平民の女性たちがお小遣い稼ぎで作っていたのだけれどね」
「そうなんだ。知らなかった。母さんも作ってたよね」
「そうね」
ほわ?! そうなんだ!
じゃあもう一度ミサンガブームを作り出せば女性も働けるかな?
「うさぎちゃんはミサンガを作りたいのかしら?」
「あ、はい!」
「ふふ。じゃあまた迷ったら声をかけてね」
「ぷぎゅう」
「ふふっ」
前リボンでうんうんうなっていた時にアドバイスをもらったことがあるから、ちょっと恥ずかしい。
とりあえず自分が好きな色を手にする。紫、銀、黒。うん? あれれ? この色合いどこかで?
「レイジス様は本当にフリードリヒ殿下がお好きで安心しました」
「はぎゃ!」
ノアにそうこそっと言われて色の組み合わせがフリードリヒだと気付く。無意識に選んでたよー!
はぎゃはぎゃと一人焦っていると「決まりました?」ってリーシャが手元を覗いてくる。はぶあー!
「どれど…ああ。なるほど」
「ち、違うもん! たまたまだもん!」
「たまたま、ねぇ。いいんじゃないですか?」
「ぷぎゅうううううぅ!」
にやにやとしてるリーシャに向かって頬を限界まで膨らませると「はいはい。それよりおやつ食べましょうよ」という言葉に空気が抜けた。
「おやつ!」
「はい、おやつですよ」
「食べる!」
「じゃあ会計してきます。それ、貸してください」
「え? でも…」
「それともばあちゃんにまで微笑まれたいですか?」
「お願いします」
ポリーさんに気付かれたところで恥ずかしい!で済むんだけどでもやっぱり羞恥に勝てなくて、リーシャにお願いすることにした。
その間にこっそり出ようかと思ったけど、ドアを開けたら「りりりりん」という音が響く。ほぎゃあ!
「何勝手に出ていこうとしてるんですか」
「はば…はばば」
「ドアベルってすごいんですね」
アルシュのその一言で見事撃沈した僕は、リーシャから刺繍糸を受け取るとみんなでポリーさんのお店を後にする。
ばいばーい、とポリーさんに手を振ってドアを閉めれば「ちりりん」という音が響く。可愛い。
「それにしてもよくあんなこと思いつきますよね」
「うん?」
「ドアベル」
「ああ。あっちだと結構メジャーなんだよ」
「そうなんですか?」
「うん」
もう僕があっちの知識を持っていることを知っているから誤魔化すことなくそういえば「へぇ」とフリードリヒも感心している。
「それにしてもあの花! なんなんですか!嫌がらせかと思いましたよ!」
「ああ、あのお花ね」
ノアと手を繋いでぽてぽてと歩いていると、リーシャがふしゃーと噛みついてくる。
「別に嫌がらせじゃないよ」
「じゃあ」
「あのお花はね、カランコエって言って花言葉が『「幸福を告げる」「たくさんの小さな思い出」「あなたを守る」「おおらかな心」』っていうんだ」
そう。お花って言われたとき、ここのお店はリーシャとの思い出がたくさん詰まってるんだなって思ってさ。それにポリーさんを守ってほしいって願いもあったし。それと、おおらかな心もポリーさんにぴったりだなって。
「幸福を告げる、はあのお店で買ってくれた人たちにも、小さな幸せがあるといいなって思って」
「レイジス様…」
ただの自己満足なんだけど、って言えば、リーシャが首を左右に振って。
「僕のことで親父にも母さんにもばあちゃんにも苦労かけたから…。特にばあちゃんには迷惑かけっぱなしで。だからあの店にも行きづらかったんだ。でもレイジス様がいたからばあちゃんとも普通に話せたんだ。」
「それは僕は関係ないよ。僕はただやりたいことをやっただけだしね!」
「レイジス様…」
そう、僕がやりたかった、行きたかったところだっただけ。だから気にしなくていいんだよ。
「うさぎ」
「うん?」
「やっぱりレイジス様はうさぎだなって」
「ふはっ。何それ」
泣きそうなリーシャに気付かないふりをしながら笑えば、ノアに「はいはい。お話もいいですけど膨らまないでくださいね」と注意されてしまった。
「はぁーい!」
「元気な返事でなによりです」
それにリーシャと一緒にむはりと笑うと、わいわいとにぎわう大通りへと向かうのだった。
126
お気に入りに追加
3,429
あなたにおすすめの小説
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
推しのために、モブの俺は悪役令息に成り代わることに決めました!
華抹茶
BL
ある日突然、超強火のオタクだった前世の記憶が蘇った伯爵令息のエルバート。しかも今の自分は大好きだったBLゲームのモブだと気が付いた彼は、このままだと最推しの悪役令息が不幸な未来を迎えることも思い出す。そこで最推しに代わって自分が悪役令息になるためエルバートは猛勉強してゲームの舞台となる学園に入学し、悪役令息として振舞い始める。その結果、主人公やメインキャラクター達には目の敵にされ嫌われ生活を送る彼だけど、何故か最推しだけはエルバートに接近してきて――クールビューティ公爵令息と猪突猛進モブのハイテンションコミカルBLファンタジー!

誰よりも愛してるあなたのために
R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。
ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。
前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。
だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。
「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」
それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!
すれ違いBLです。
初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。
(誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

転生したら同性の婚約者に毛嫌いされていた俺の話
鳴海
BL
前世を思い出した俺には、驚くことに同性の婚約者がいた。
この世界では同性同士での恋愛や結婚は普通に認められていて、なんと出産だってできるという。
俺は婚約者に毛嫌いされているけれど、それは前世を思い出す前の俺の性格が最悪だったからだ。
我儘で傲慢な俺は、学園でも嫌われ者。
そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。
【完結】僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました
楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。
ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。
喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。
「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」
契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。
エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。
⭐︎表紙イラストは針山糸様に描いていただきました
悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
*
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる