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真相編

魂の輪廻

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※メトル視点になります。





「はぁ…うめぇ…」
「君が生魚を食べてるのをよく見てましたがその意味が分かりました」

レイジスからお裾分けをされた海鮮丼と刺身、それにカルパッチョを学園長室で食べている。どうやら陶器のおろし器まで付けてもらったようでマジで感謝。
ワサビもそのまま入れてもらったから食べる直前にすりおろし、おっさんにも渡した。それを不思議そうに見ていたが食べて驚いていた。だがおっさんは味覚がおかしいのか山盛りにしたワサビを全部一口で食って「刺激的ですねー」と笑っていた。
おろしたてのワサビは確かにあまり辛みがないが…。まぁこいつに関してはよく分らんから放置しておく。海鮮丼うめぇ…。

レイジスに貰った昼飯を食い終えて、緑茶を飲んでいると「ねぇ、メトル君」とおっさんが話しかけてきた。

「なんだよ」
「メトル君は死んだら魂はどこに行くと思いますか?」
「は?」

なんだその質問は。だがじいっと俺を見つめる視線はいつものおちゃらけたものではない。それに、すいっと視線を逸らすと「魂ねぇ」と思わず口にする。
まぁ宗教だなんだかんだのを置いておけば天国や地獄という答えになるが。

「新しい人間になるんじゃねぇの?」

たぶん、おっさんが聞きたかったのはこれだと思う。
なんせ転生した人間に聞いているのだから。

俺の答えは正解だったようで、おっさんの口元が持ち上がった。
なんだよ。気持ち悪いな。

「そうですね。君たち人間の魂はそうでしょうね。ではゲームの人間はどうなんでしょうか」
「はぁ?」

何言ってんだ?と眉を寄せて訳が分からんと表情で言えば「君の考えでいいんですよ」と笑う。そして、出された水ようかんに手を伸ばすと「ゲームの中の人間、か」とつい考えてしまう。
ゲームはまぁぶっちゃけプログラムだからな。そこに生きている人間はいない。だが数字と実行、行動が書きこまれた世界で死んだやつらはどこへ行くのだろうか。

「…また新しいキャラになる?」
「ふむ。なるほど?」

ふぅ、とお茶に息を吹きかけているおっさんが何を言いたいのかが分からない。とりあえず水ようかんを食うことにした俺は、フォークで水ようかんを半分に切って口へと運ぶ。ああ…うめぇ…。

「では。ゲームのキャラが君たちの世界に転生はすると思いますか?」
「はぁ?」

むぐむぐと水ようかんを咀嚼し温かなお茶で口をさっぱりとさせると、おっさんはにこにことした胡散臭い笑みで俺を見つめている。
ゲームのキャラが地球人に転生? んなことありえるのか?
そんなことを思ったのは一瞬。地球人の俺がゲームの世界に転生をしているのだ。逆もないとは言えない。

「…まぁ。あるんじゃねぇ?」
「そうですかそうですか」

どうやらおっさんが望んだ答えを告げたらしい。一体何なんだ。

「君が『メトル・オリバーン』として転生する前…『河島かわしま壮吾しょうご』として生きていた事はもちろん覚えていますよね?」
「……………」

にこりと笑うこいつは「嘘を言っても無駄だからね」と言っている。でもなんで急に俺の前世の事なんか…。

「…覚えてる」
「それはよかった。じゃあ質問、いいですか?」
「あんたは全部わかってんだろ? なんでわざわざ俺に聞くんだ」
「嫌だなぁ。私が知っているのはですよ」
「……………」

粗方でも十分じゃねぇか?とは言葉にせず、半眼で答えれば「ではさっそく」と聞いていない。

「このゲームを作ることになったのはなぜですか?」
「は?」

まさかそんなことを聞かれるとは思わず何度目かの「は?」を言えば「あ、おやつまだ出せますよ? 何がいいですか?」と聞いてくる。なるほど? 答えるまではこの部屋から出す気はない、と。

「ばばぁが話しを持って来たんだよ」
「ばばぁ?」
「そう。うちの会社、BLゲー作る前は乙女ゲー作ってたからな。その時の社員が残っててそのばばぁが持ってきた」
「それで?」

すっと瞳が細くなったということはこれが何か関係あるのか?

「ああ。それで初めは二十年近く前に売れた乙女ゲーの設定を使おうって話だったんだ。けどそれだと時代に合わねぇから世界とかはそのままにしてあとは色々と設定を変えた」
「ふむ。このゲームの設定のほとんどは変えられた、と?」
「そうだな。けどスチルとかの背景はそのままだったか? なんでも出来がいいから、って理由で」
「なるほど」

そう言われれば、おかしい。確かに使い回しはあるが二十年近くも前のゲームのスチルをそのまま使うか? まぁ…低予算だから、と言われれば何とも言えないが。

「ではそのばばぁとは一体誰か分りますか?」
「なんでそんなこと聞くんだ?」
「たぶん君が知りたいことがこれで分かるから、ですかね?」

どういうことだ? そのばばぁと俺が知りたいことが繋がってるとでもいうのか?
じっとおっさんを見つめれば「レイジス君にも関係してくるんですけどねぇ…」とわざとらしく頬に手を置いて溜息を吐く。
ああ…! ちくしょう!
レイジスの名前を出すのは卑怯だろ!

「西原」
「ん?」
「西原だよ。下の名前は知らない。興味もなかったしな」
「ふむ、なるほど。西原さんですか」

なんだ?
急にこいつの周りの空気が冷える…と言うよりも凍り付いていく。

「さて、メトル君…いえ河島君」

にこりと微笑むおっさんにびくりと肩を震わせる。

「先程の質問を覚えていますか?」
「…魂がどうのこうのってやつか?」
「はい。もう一度聞きます。ゲームのキャラが君たちの世界に転生はすると思いますか?」

こいつがこう言うということは、ゲームキャラが転生してあっちの世界にいるように聞こえる。だがなぜ俺とレイジスに関係してくるんだ?

「河島君」
「―――ッ?!」
「質問の答えは?」
「…する。というかしてるんだな?」

俺の質問ににこりと微笑むおっさん。

「ではレイジス君を悪役にしたのは誰ですか?」
「あ…?」

そこでこいつが何を言いたいのかが分かった。

「もしかして、西原がレイジスを悪役にしたのは二十年前くらいに出た乙女ゲームに関係があるのか?!」
「ふふ。賢い子は好きですよ」

つまり。おっさんの質問からしてその乙女ゲームの中の誰かがあっちの世界に転生したのが西原で、レイジスを悪役に仕立てたということになる。
だがBLゲーと乙女ゲーって正反対じゃねぇ? いや、男を侍らすことは共通してるが。

「その西原と言うのは恐らくその乙女ゲームの『ロゼッタ』というキャラクターでしょうね」
「『ロゼッタ』?」
「はい。詳しくは分りませんがその『ロゼッタ』が悪意を持ってこちらの世界に干渉しているんですよ」
「干渉? この世界はもうゲームじゃないんだろ?」
「実を言いますとまだ繋がってはいるんですよ」
「はぁ?!」

ガタン!と思わず椅子から立ち上がっておっさんを見れば「落ち着いてください」と笑っている。まてまて! それは…!

「レイジス君はまだこの世界がゲームで、自分は悪役だと思っているんですよね?」
「あ、ああ。今は俺が裏ルートに入ってレイジスとは協力関係にあるから悪役なのか微妙だけどな」
「ですがレイジス君は『あちらの料理を作る』ということを小さな悪としていますからね。本人が『悪』だと思っているのならば、『悪』だと思うんですよ」
「あー…レイジスらしいといえばそうなんだが…。あいつそんなこと考えてたのか」

思わず頬が緩みそうになる可愛らしい『悪』だが、この世界の人間にとっては味覚を破壊されるようなものだ。
しかもレシピや調味料がなければレイジスが作った料理は作れない。そして食べたくても食べられないという事態に陥る。
…立派な悪だな。
食えない悲しみはよく分るから。

「さて。もう一つ質問です」
「もーいーよ。なんぼでも聞いてくれ。一つも二つも変わらん」
「うんうん。そういって割りきる河島君、私は好きですよ」
「あんたに好かれてもな…どうせならレイジスに好かれたいわ」
「レイジス君は君にとって子供みたいなものですからね」

しみじみとそう言われ、ぐっと言葉につまった。
そう。レイジスは俺が作ったと言っても過言ではない。キャラクターからその性格、設定まで細かく考えたキャラだからだ。
そういえばあの頃から西原は眉を寄せていたな。

昨今の流行りに乗って所謂『男の娘』に近い見た目にした。見た目は女の子のように可愛らしく。でも芯は強く。
そんな注文をイラストレーターはしっかりと汲み取ってくれ、大変可愛らしいキャラクターができあがった。それは主人公よりも目立つのではないか、という言葉もあったが「悪役なんだしそんなに出ないからいいんじゃないか?」という上司の言葉で決まった。
そして設定も細かすぎて苦笑いをされたほどだ。だがそれが結果的にここでは大いに役に立ってくれている。

「なぁおっさん」
「なんですか?」
「あのおっさん…レイジスの親父っていうおっさんは本当にレイジスの親父なのか?」
「おやおや。自分の方が父親だとでも言いたげですねー」

ふふっと笑うおっさんは「そうですよ」と告げる。

「正真正銘、レイジス君のお父さんですよ」
「あー…マジかー…」

だとしたら滅茶苦茶失礼なことをした。いや、レイジスが父親の名前をさらっと言ったことがあったがまさかあのおっさんがそうだとは思わなかった。
俺の方がずっとレイジスの事を見ていたから。

「お父さんとしては悲しいですね」
「まぁ…この世界に実父がいるならいいさ。なんか娘を嫁に出した気分だな…」

俺にはレイジスよりも年上の妹がいる。だがレイジスを見ているとどうしても小さなころの妹を見ているような気分になるんだよ…。
しんみりとしたところで気持ちを切り替える。

「なぁ、レイジスは以前の記憶が戻らないと気付くと思うか?」
「さぁ? それは分りません。レイジス君が望むのなら教えても構いませんが」

そう言いながら、ずずっと茶を飲むおっさん。

「はぁ。言っても信じると思うか?『お前の記憶はパッチを当られ上書きされてなくなった』って」
「それもレイジス君次第でしょう。ですがまだあの子の精神は10歳前後。それでも立花君の記憶を持っているから理解はできるでしょうね」
「あー! ホントにどういう訳だよ! なんでレイジスが立花の中に入っちまったんだよ!」

がしがしと頭を掻きむしるが、目の前のおっさんはにこにことしているだけ。事情を知っていそうなだけに腹が立つ。

「だから言ったでしょう? レイジス君の件は『事故』だったと」
「ホントに事故だったのか?」
「はい。しかし彼女も焦ったでしょうね。悪役でフリードリヒ君に捨てられなければならないレイジス君があれだけ溺愛されている事に」
「というか、裏ルートでもあそこまで溺愛されるとはプログラムした覚えはねぇんだよな」
「それはそうでしょう。彼らにはちゃんと『心』があるんですから」

ふふっと笑うとどこからともなく出したたい焼きを頬張っている。いつの間に出したんだ。

「ああ。そうだ。河島君」
「あ? あんだよ」

たい焼きを食い終わったおっさんがじっと俺を見つめるが、その瞳は先程までの柔らかさはない。
なんだ?

「これからおそらく彼女の『妨害』が君にも訪れると思います」
「妨害?」
「はい。ですが彼女は君の中身が河島君だとは知りません。ですから君が怪我をする可能性があります」
「そこまでできるのか?」
「もちろん」

こくりと頷くおっさんに俺は困惑する。確かにレイジスという細い糸で繋がってはいるが、なぜロゼッタがそんなことができるのだろうか。

「そういや、ロゼッタはなんで『妨害』ができるんだ? レイジスなんか学園にいるより外でふらふらしてる方が多いだろ?」
「恐らくですが彼女はゲーム画面として我々を見ているからですよ」
「は?」
「つまりあくまでこの世界はあちら側にとっては『ゲーム』です。そして彼女の手元にあるのは『特別』なデータです」
「特別?」

俺の質問に、こくりと頷く。おっさん。

「マスターデータのコピーです」
「はぁ?!」

なんでそんなもんが個人の手元にあるんだよ!
驚きすぎてぽかんとしていると「だから『特別』なんですよ」と笑うおっさん。

「彼女はそう言ったものを管理できるほどの地位にいたのではありませんか?」
「地位? まぁ…管理はしてた…ってまさか?!」
「はい。それを利用してこちらの世界に干渉しています」
「…なるほど? だからコカトリスと戦っただのって話になるのか」
「はい。データがあるならそこを少し書き足せばそれがこちらに影響しますからね」
「はぁ…とんでもねぇな…」

まさかプログラミング1つでこちらの世界に影響がでるとは思わなかった。確かに不自然なことは多かったが、まさかそんな簡単に干渉できるとは…。

「と、なるとこっちからでも書き換えられるのか?」
「可能でしょうね。君とレイジス君ならば」
「それはプログラミングの知識があるからか?」
「いえ。君たちはその言語が使えるからですよ」
「つまり、英語と日本語が分かるから、か」
「はい。反対に英語と日本語を使えば君たちに影響が出ます」
「もっと詳しく」

こちらの世界の文字とあっちの世界の文字が違うのは前世を思い出した時に直ぐに分かった。だが、あちらの文字が影響を及ぼすなど初めて聞く。
まぁ…日本語なんかこっちに来てから使わなかったからな。

「君たちがあちらの文字を使うとそれがプログラムだと世界が勘違いするんです」
「勘違い?」
「はい。先程も言いましたがまだこの世界はあちらの世界と所謂電子機器とレイジス君で繋がっています。だから日本語や英語は実行プログラムだと勘違いしてしまうんです」
「つまりは俺が『学園が燃える』と日本語で書けばこの世界が勘違いしてその通りになる、と」
「はい」

はぁー…。そりゃ大変だ。
だから早くレイジスには『悪役』をやめてほしい訳か。

「けどレイジス君が『悪役』だからこそ保っている部分もあるんです」
「…ストーリーだな?」
「はい。レイジス君が『悪役』だとこの世界がまだ認識しているので、イベントが無くなってもまだなんとかゲームとして成り立っています」
「…それが無くなれば?」
「全く分かりません。レイジス君がフリードリヒ君を裏切ってカマルリアと手を組んでウィンシュタインを…世界を滅ぼすかもしれませんし、好奇心で暗黒竜を復活させてしまうかもしれません」
「あいつは好奇心の塊だけど流石にそこまでは…」

ないだろ。と言いかけてふとレイジスの過去を思い出す。そうだ。あいつは10歳前後までベッドから降りられなかった。正規ルートならそこからフリードリヒを取られないようにと、その可愛らしい顔を使って他の貴族たちに牽制をしていた。おかげで恨みを買ったが、侯爵という立場があったからこそそこまで大事にはならなかった。
そのおかげで色目を使うレイジスをフリードリヒが嫌う、という勘違いが生まれる訳だが。
レイジスもフリードリヒを取られないように精一杯頑張った結果が、カマルリアと手を組んでウィンシュタインを滅ぼすことになったのだが。

「けどなんで世界が滅びるんだ?」
「レイジス君がウィンシュタインを滅ぼしたら世界のバランスが崩れて世界が滅ぶんです。ですがこの世界はリセットされるんですよ」
「リセット?」
「はい。君に幸あれというゲームの登場人物の記憶が消された状態で『新しい世界』が始まります」
「…と、いうことは登場しない人物の記憶はリセットされないんだな?」
「ええ。ですから何度もやり直しているこの世界に違和感を抱く者も少なくありません」

なるほど。ということはレイジスの父親、フォルス…だったか? あいつも同じ世界を何度もループし、息子が酷く傷つけられているのを何度も見ているのだとしたらたまらないだろう。
そりゃウィンシュタインを滅ぼしたくもなる。そして。

「ヴァルジスク・ウルラ・カマルリア、か」
「なぜ君たちは彼を作ったのですか?」
「うん? まぁ…あんまりにもレイジスが可哀相だったからな。その救済として作った。そしたら隠し攻略者として組み込まれた」

攻略対象に捨てられたままのレイジスがあまりにも可哀相だと俺が勝手に作ったヴァルジスク。レイジスには幸せになってほしかったからな。それにタイトルが『君に幸あれ』だ。
このゲームでは不幸なキャラは作りたくないと思った。

「そういえば、西原が変なこと言ってたな」
「変な事?」
「ああ。フリードリヒの名前だよ。フリードリヒ・テネブラエ・ウィンシュタインにしようとしたら西原が「フリードリヒはヴァルにする」って言って勝手に決めちまったんだよな」
「ヴァル…。ヴァルヘルムのことか」
「ヴァルヘルム?」
「ああ。ロゼッタの夫だね。ウィンシュタインの王でもあった」
「はい?」

え? ちょっと待ってくれ?
ロゼッタの旦那がヴァルヘルムで、それがウィンシュタインの王?
それに例の乙女ゲームが絡んでくるんだろ? どういうことだ?

「ロゼッタはその乙女ゲームの主人公だった…とかか? だとするとレイジスを悪役にする意味が分からん」
「ロゼッタはその乙女ゲームのライバル的な存在でしたよ。今で言う『悪役令嬢』と言うやつですね」
「は?」

つまりは?
乙女ゲームの主人公のライバル的存在がそのヴァルヘルムの妻だったロゼッタ。だったらその主人公はどこへ行った?

「ヴァルヘルムが王ならロゼッタは悪役令嬢だったが王妃なんだろ? ならその主人公はどこへ行ったんだ?」

その質問に、おっさんはにっこりと微笑み告げる。

「『聖女』として存在を消されました」
「…………………」

なるほど? そこで子供の頃から教えられた『聖女』が絡んでくるわけか。
ん? ちょっと待て?

「おい。まさかとは思うがその主人公って…」
「おや? 君がそうだと思えばそうなんじゃないんですかね?」

にやりと意味ありげに口元を吊り上げるおっさんの表情で悟ってしまった。

「マジかよ…」

くしゃりと髪をかき上げ溜息を吐く。まさかこのゲームがこんなことになっているとは思いもよらなかった。
全てはロゼッタが仕組んだことだとすれば、納得ができるが。

「だがなぜそこでレイジスが絡んでくるんだ?」
「レイジス君ではありませんよ」
「どういう…」
「正しくは『ユアソーン家』ですね」
「はーぁ?! もうわけ分んねぇ!」

がしがしとまたしても頭を掻きむしっていると、ふと一つの仮定に行きついた。いやいや。待て。さすがにそれはないだろ。
俺の子供にも等しいレイジスが…。いや。西原…ロゼッタがレイジスの名前を勝手に『ユアソーン』にしたのもこのためだとしたら?

「『聖女』を消すだけじゃ物足りないとかさすが『悪役令嬢』」

ロゼッタの執念につい笑みがこぼれる。
世界を超えてまで『ユアソーン』に執着するのは異常だ。よほどロゼッタは『ユアソーン』と『聖女』がお嫌いらしい。

「じゃあ『俺』が主人公なのは…」
「『子孫』が大切だったんでしょうね」
「はぁー…」

女の恨みと言うのは厄介なものだ。
まさかゲーム内で恨みを晴らすとは…。

「けど彼女にとって予想外なのはレイジス君が事故で立花君の中にいたことと、君がメトル・オリバーンになったことでしょうか」
「そうだ。レイジスは結局立花が転生しているのか?」
「いえ? レイジス君の中には『レイジス』君がいますよ?」
「うん? 立花は死んでいない?」
「勝手に殺すのはやめてあげてください。あ、でもある意味死んではいますか」
「はぁ?」
「でも大丈夫ですよ。立花君は死んでませんから」

そう言ってころころと笑うおっさんは本当に立花が死んでいないのだと思わせる。それにほっとするが、だとしたらレイジスの中にいるのが『レイジス』とは一体?

「レイジス本人は『転生』と言ってるけど立花じゃないとしたら…?」
「今のレイジス君は元々のレイジス君ですよ。君も噂で聞いていたレイジス君は可哀相でした」

瞳を伏せ俯くおっさんを見て、噂で聞いてたレイジスは『死んだ』と受け取った。つまりはレイジスの中にいた立花が死んだと考えてもいい。だが立花は死んでいないという。

「つまりは元々この世界の住人である『レイジス』が事故であっちの世界の立花の中に入って、立花が入った『レイジス』が死んであっちの世界の立花の中にいた『レイジス』が戻ってきた、でいいのか?」
「丁寧な説明ありがとうございます」
「あー…。だからあいつ『幼くなってるような気がする』っていったのか」

そりゃそうだ。10歳前後のレイジスが事故で立花の中に入り約6年ぶりに元の身体に戻ってきたんだ。立花の中にいる間は『大人』として過ごしていたから戻った途端それが消え失せて元の年齢に戻っているのなら納得できる。
それに『ゲームをプレイしたことがない』というのもある意味当然だろう。そのゲームの途中なのだから。
しかし立花にそう言った趣味があるとは思えなかった…。いや寧ろ毛嫌いしていた気がする。だとしたら『この世界』が影響してレイジスが『腐男子』だと錯覚したかもしれないな。

「じゃあ頭痛はなんなんだ?」
「あれはロゼッタの仕業もありますが、立花君が消えてレイジス君がこの世界に戻りつつある弊害でしょうね」
「ロゼッタは何したんだ?」
「レイジス君の性格を元の…ゲームの性格に変えようとしてパッチを埋め込んだようですが、私が世界を切り離したせいでそれが弱くなったんでしょうね。一時的にパッチが優先されましたが、すでにそれはレイジス君自身が上書きしています」
「なら『今』のレイジスは『元々の性格のレイジス』でいいのか?」
「はい」

なるほど。これで大体レイジスに対する謎が解けたわけだが…。
最大の謎がまだ残っている。
けどこれはおっさんから聞くわけにはいかない。

「はぁ…ちょっとレイジスと話しがしたい…」
「なら近いうちに機会を作りましょうか。王宮からもせっつかれてますし」
「なんで王宮から」
「レイジス君のうっかりで呼ばれているんですよ。今はユアソーン卿がもう少しと延ばしてもらっているようですが」
「…なんか面倒くさいことになってるんだな」

はぁと何度目かもわからない溜息を吐いてソファの背もたれに身体を預けると、思いの外肩に力が入っていたようだ。
肩の力を抜いて天井を見上げれば人形のような可愛らしい顔を思い浮かべる。
あの子に会いたい。そう思っているとおっさんが「ですから」と言葉をこぼす。それに顔をおっさんに向ければ、にっこりと笑っていた。だがその瞳は笑っていない。

「ロゼッタに仕返しをしたいと思いましてね」
「はぁ?」

そして、ふふふと笑うおっさんの顔は所謂悪い顔で。

「ロゼッタに嫌がらせを仕掛けたいと思いませんか?」

そう俺に問うおっさんは、それはそれはとてもいい笑顔で。
だが俺もレイジスに対する仕打ちにムカついていたところだ。

「いいな。その話し乗った」

ニヤリとおっさんに向けてそう言えば「では…」と直ぐに話しに入る。
余程ロゼッタに対して腹を立てているのかその話しに思わず俺が苦笑いをする。

「いいですか、河島君。この世界に絶対はありません。この話しも『できたらいいな』程度でとどめてください」
「分かった」

おっさんの言葉に言葉にこくりと頷くと「では」と話しを締めくくる。

「レイジス君にはこのまま『悪役』を続けてもらいましょうか」


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