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真相編
アミレット
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「おはよう。レイジス」
「むにゅ? おはようございます?」
むにむにと眠たい目を擦りながら首を傾げれば、ここにはいないはずの人がにこやかに微笑んでいる。
おん?
昨日海から学園に戻ってきて、お風呂に入って寝ちゃった…んだよね? 久しぶりの部屋に安心しちゃって、うさぎのぬいぐるみを抱き締めたらもうすやぁだったような気がする。
おろろ?
それでお腹が空いて目が覚めて、うさぎのぬいぐるみを抱きしめながら寝室のドアを開ければいつもみんなでご飯を食べるソファになぜか父様が優雅にカップを傾けている。あれれー?
「とうさまは…なんでここに?」
「寝起きでふわふわしてるレイジス可愛い! ここ! 父様のお膝空いてるよ!」
かちゃんとカップを置いてパンパンとお膝を興奮気味に叩く父様に「おひざ」と言えば「そうお膝! 乗ろう!」とふんふんと息を荒くしている。
まだ頭が覚醒していない僕はふわふわとしながら父様に近付くと、持っていたうさぎのぬいぐるみを父様のお膝の上に乗せる。
「うん?」
「でんかのおひざいがいはのらないことにしてます」
だからうさぎのぬいぐるみで我慢してください、と言えば、ぱしりと父様が目元に手を乗せると天を向く。うん?
そして手を離し、うさぎのぬいぐるみを抱きしめる父様。
「レイジス! 父様は! 嬉しいよ!」
「ええー?」
なんでー?と驚けば、ようやく意識がはっきりしてくる。
「今のどこに父様が喜ぶことが?!」
「うううう…。レイジス成長したね…」
だばだばと涙を流しながらなんだかよく分からないけど感動してる父様にオロオロとすれば「旦那様。レイジス様がお困りですよ」と僕の後ろから声がした。
あれー?!
「ジョセフィーヌだー!」
「はい。おはようございます。レイジス様」
わーい!と飛びつけば「あぶのうございますよ」と笑いながらも受け止めてくれる。
「でもなんでジョセフィーヌがここにいるの? お休みは明日までだよね?」
「私だけ一日早めに参りましたが、正解だったようですね」
「うう…。ジョセフィーヌが味方してくれない…」
しょん、としながらうさぎのぬいぐるみの耳の間に顎を乗せている父様はすごく可愛い。ぎゅうぎゅうと抱き締めながら唇を尖らせている父様に「ふふー」と笑えば「おはよう、レイジス」とフリードリヒの声がした。それに顔を向ければいつものメンバーがそれぞれ「おはようございます」と言ってくれる。
「おはようございます!」
「今日も元気そうだね。体調は?」
「全然大丈夫です!」
むっふー!と父様と一緒で鼻息を荒くすれば「それはよかった」とフリードリヒが笑う。えへへー。
「と、フォルス。おはよう」
「おはようございます。殿下」
フリードリヒが父様に気付いて挨拶をする。父様も「よいせ」と抱えていたうさぎのぬいぐるみをソファに座らせると、敬礼をする。ほわ。カッコイイ!
「ところでなぜここに?」
「そのお話をさせていただこうかと思いますがその前に!」
語尾を強くした父様の声にぴしりと背筋を伸ばせば「朝ご飯を食べましょうか」とにこりと笑った。
それから父様の言う通り、朝ご飯を皆で食べることに。僕もお腹空いて起きちゃったからねー。
今日の朝ご飯はパンケーキ! フーディ村で作ったふわっふわ、ぷるっぷるのあのスフレパンケーキだよー! ジャムやホイップバター、それに果物を乗せてもりもり食べた後はデザート! 今日はティラミスだー! わーい!
父様やフリードリヒはすでに食後のお茶へと入っていて、むぐむぐとティラミスを食べているのは僕とリーシャとソルゾ先生。ノアも珍しく食べてる。
「連絡もなしにここに来たのはある命を陛下から仰せつかってね」
「父上から?」
「はい」
およ? 海の報告をするために今日フリードリヒのお父さん、つまり陛下にいつ会いに行くかと話し合うつもりだったんだけど。
ちらりと僕を見る父様はどこか暗い。うん? どうかしましたか?
「『レイジス・ユアソーンの監視』を仰せつかったのだよ」
「ほわ?!」
「なんだと?!」
ばびょっと後ろ髪を逆立てて驚く僕に加え、フリードリヒはソファから立ち上がっている。それにアルシュなんかは眉をよせて「なぜ?」と呟く。
「とととと父様! 僕何かやっちゃいました?! やっちゃったんですか?!」
いや、確かにやらかしまくってますけど! そんな監視されるほどやらかしました?!
わああああ!と涙目になりながら父様を見れば「大丈夫だよ、レイジス」と笑っている。
なんで笑ってるんですかぁー!
「監視、とはいっても一緒にいるだけだからね。私と一緒にお出かけするのは嫌かい?」
「嫌じゃないですー!」
どーん!と父様にぶつかる様に抱き締めにいけば「レイジスも力が強くなったね」と笑っている。それは素直に嬉しい!
ぐりぐりと父様の胸に頭を押し付けていると「監視とはどういうことだ?」とフリードリヒが父様に聞いている。あ、それは僕も聞きたい。
「いつ王宮から連絡が来るのか分らないので私が呼ばれただけです」
「王宮から連絡?」
「はい。それについても私からではなく陛下にお聞きくださいね」
おう。父様それフリードリヒに対してものすごい失礼なことなんじゃ…?と恐る恐るフリードリヒを見れば、眉を寄せて瞳を伏せているだけ。あれれ?
「ああ、そうだ。後でリーシャ君とソルゾ君。それにノア君にハーミット君にお話があるからね」
「え?」
「アルシュ君は悪いけどフリードリヒ殿下とレイジスを見ててくれるかな?」
「わ、私でよければ?」
なんで半疑問形なのー! というか父様が先生たちに用事があるってことは団関係なのかな? でもそうするとノアとリーシャに話があるのも分らない。
ううーん?と首を傾げながら父様を見れば「レイジス、口にクリームが付いてるよ」と笑いながら口元を拭いてくれた。むむ。
「そういえば海はどうだった?」
「すごくよかったです! レヴィさんとクラさんと友達になれました!」
「レヴィさんとクラさん?」
「誰だい?」と今度は父様が首を傾げるとフリードリヒが口を開いた。
「レヴィアタンとクラーケンだ」
「んん?! レイジスは魔物さんとも仲良くなったのかい?!」
「はいー! あとはー…ガラムヘルツ殿下とシュルスタイン皇子にも会いました!」
「なんと!」
「それは父様聞いてないな!」と驚く父様にむふふーと笑えば「あ、そうでした」とリーシャが何か思い出したようにごそごそとポケットを探る。うん? どうしたの?
「レイジス様にお渡ししようと思っていたんですけどすっかりと忘れてました」
「あの後レイジス様の部屋に戻ったら王族が増えてましたからねぇ…」
うんうん、と頷くソルゾ先生。ああー。あの時かー。リーシャが真顔で「ここは地獄か」と突っ込んでいた時の。というか渡したいものって何だろう?
「リーシャ君、それを見てもいいかい?」
「はい。構いません」
ポケットから取りだしたそれを父様が受け取り、じぃっと見つめると「これは…」と瞳を丸くしている。何ですか?
そわそわと身体を小さく動かすと「レイジス。これはすごいぞ」と父様に言われる。え? 何ですか?! 何ですか?!
「はい。リーシャ君」
「うん?」
そう言って父様がそれをリーシャに渡すとぱちぱちと瞬かれる。おん?
「え? はい?」
「それは君からのプレゼントだろう? 私が渡すものではないからね」
「はぁ…」
どこか困惑気味なリーシャに、ばちこんとウインクをしている父様。あのリーシャが父様のテンションについてこれない…だと!?
たぶん気が合うんだろうなーくふふ、なんて思ってたけど違った…。だとすると父様のテンションに付いていける陛下とフリードリヒって実はすごいんじゃ…?!
ごくりと息を飲んでフリードリヒをじっと見つめれば「お膝に乗るかい?」と両手を広げてくれた。それに「わーい!」といそいそとフリードリヒのお膝の上に乗る。ああー…落ち着くー…。
最近はもうフリードリヒのお膝の上がとても落ち着ける場所になった。前まではすっごく恥ずかしかったんだけど、お膝に乗ってるうちにだんだんと慣れてきちゃって今では一番お気に入りの場所だ。
「レイジス様」
「あ、ありがとう! リーシャ!」
「いえ」
僕がお膝の上に乗って落ち着くまで待ってくれたリーシャがそれを両手の上にそっと乗せてくれた。
「ほわぁ…綺麗…」
「ああ、本当だ。よかったね。レイジス」
「はい!」
手の平に乗せられたそれはずしりと重い。これ宝石? 赤い宝石だけど…なんか力が…。
「これは…」
「なんか…力が湧いてくるというか守られているというか…」
石を持った途端、薄いヴェールのようなものが身体の周りを包み込んだ。それは不快なものではなくむしろ守ってくれているような感じがしている。
「ふふ。それについてはソルゾ君が教えてくれるよ」
「ふへ?」
「それはアミュレットです」
「アミレット?」
「アミュレット。お守りだよ」
「ほへー」
「ミュが言えないレイジス可愛い」とフリードリヒと父様がちょっと悶えてるけど、言えない訳じゃないの! 舌がもつれて言えなかっただけなの!
ぷぷーと頬を膨らませていると「アミュレットだと何かの効果があるんだっけか」とハーミット先生がお茶を飲みながら呟く。効果?
「それには『物理防御』と『体力強化』が彫られています」
「ほ?」
「レイジスはそれに興味あるのかい?」
ちょっと悶えてたフリードリヒがきりっとしながらそう言うけど、まだちょっと頬が緩んでる。後でほっぺ引っ張っていいか聞いてみよう。
「興味、というかよく分りません」
「アミュレットは宝石や石に『文字』を彫ってそれ自体を魔石にしてしまうんですよ」
「ほへー! すごぉい!」
文字を彫っただけで魔石になるんだー! じゃあ属性魔石はまた別なのか! ほわーほわーと興奮しながらフリードリヒを見ればにこりと微笑んでいる。
「すごいの貰っちゃいました!」
「よかったね。レイジス」
「はい!」
んふーと笑ってアミュレットをぎゅうと胸に押し付けるとそれがカッと強く光る。ほわー?!
「レイジス?!」
「レイジス様?!」
ガタン!と父様とアルシュノア、先生達が立ち上がり、フリードリヒがリーシャに貰ったアミュレットを僕の手から奪い取るとその光が治まった。
おおー! 目がちかちかするー! 目を閉じてたけど瞼の裏を焼くほどの光を浴びた僕の視界は今真っ白。それにふわふわとするのはなんでだろう?
「大丈夫かい?!」
「レイジス、父様が分かるかい?」
なんだかすごく焦った父様の声とフリードリヒの声に「大丈夫ですー。目がちかちかするだけですから」と言えば、ほっと息を吐かれる。
ごめんなさい。
「すみません!」
するとリーシャの謝罪の言葉に首を傾げる。
「どうしてリーシャが謝るの?」
「すぐに浄化をしますのでそのままで」
「浄化?」
「呪いの類だったら困るからね」
「ピアスは?」
「レイジス。ちょっとピアスを見せてね」
父様が髪を払い右耳を露わにする。そしてじいっと見つめると「大丈夫。呪いではないね」と安堵の息を吐いた。呪い?
「一応光魔法をかけておきますね」
「ああ」
そう言ってリーシャが光魔法を使うと、爽やかな空気へと変わる。やっぱり浄化した後の空気って好きだなー。こう…神社とかの境内の空気って言えばいいのかな? そんな感じがして、僕はすごく好き。
「先程の光は一体…」
「フリードリヒ殿下。アミュレットをお預かりします」
「ああ」
そんな会話を聞きながら視界が回復するのを待っていると、突然視界が回復した。おわ?!
「レイジス『神の目』が発動している」
「あれ? なんで?」
今更隠すこともないからそのままだけど今は侍女さんもいるんだよね。いいのかな?
「侍女たちの事なら心配するな。口が堅いものしかいないから」
「あ、よかった」
ジョセフィーヌはユアソーン家の侍女さんだけど他は違うからね。なら心配ないかな?
「しかし…なぜ急に『神の目』が…」
「これは…」
「ソルゾ先生?」
アミュレットを預かったソルゾ先生が驚いた声をあげている事に「どうしたの?」と問えば「その…」と少し信じられなさそうにしている。『神の目』を切ると、視界が回復していた。おお。ようやく見える。
「アミュレットの中にあった文字が消えています」
「え?」
「本当ですか?!」
「はい」
嘘でしょ?!とリーシャがソルゾ先生からアミュレットを受け取ってそれを見つめると「本当だ…」と信じられない、と呟いた。文字が消えた? どういうこと?
「ソルゾ君、リーシャ君。アミュレットの文字が消える、ということはあるのかい?」
「いえ。私は初めてです」
「僕も」
「ふむ?」
ええー? それじゃあその文字はどこに行っちゃったのー?と首を傾げれば、その答えが左ポケットから浮かび上がった。
「あれ? クリスタルが光ってる?」
「レイジス様、よろしいですか?」
「うん。いいよ」
なんでこんなところに…と思ったけどたぶん無意識にポケットに突っ込んだんだろうな…。眠すぎて。
ちゃり、とクリスタルをソルゾ先生に見せると、チェリーポップの瞳が大きく見開いた。
「これは…!」
「どうした? ソルゾ」
ハーミット先生がソルゾ先生にそう問えば「まさかこんな…」と驚いている。なになに? どうしたの?
気になるー!とそわりとすれば「あ、すみません!」と謝るソルゾ先生。そしてクリスタルを戻すと一度瞳を閉じてじっと僕を見つめる。どうしました?
「アミュレットの文字がクリスタルに移動していました」
「はい?」
「嘘でしょ?!」
それがすごいことなのか分からかったけど、リーシャが叫ぶということは本来ならありえない、ということかな?
ええー? でもなんで『文字』が移動しちゃったのー?
「それってよくあること?」
「ないですよ! 初めてです! アミュレットの『文字』が何もせず移動するなんて!」
「ということは『文字』は移動できると?」
フリードリヒの言葉に、ソルゾ先生がこくりと頷くけど眉が寄ったままだ。
「『文字』の移動は可能です。ですがそれは施術者しかできない、と聞いております」
「せ?」
「施術者。つまりはこのアミュレットを作った人ですね」
「ほへぇ」
「それがなぜレイジスのクリスタルに移動を?」
「あれかな? レイジス様の魔力に負けたかな?」
「負けた?」
リーシャの言葉にソルゾ先生も「可能性としてはありかもですね」と苦笑いを浮かべている。
「つまり?」
「『文字』がより強い魔力の持ち主であるレイジス様を選んだ、ということになりますね」
「そんなことが可能なのか」
ほう、と父様と一緒に僕も感心してる。また口が開いていたのか、フリードリヒがそっと下顎を持ち上げてくれた。おあ。
「あ、そしたらリーシャに貰ったアミレット…」
「普通の宝石になっちゃってますね」
「ええー! せっかく貰ったのにー!」
「うーん…じゃあブローチにしてみようか?」
「できるんですか?!」
フリードリヒの言葉にぎゅんと首を捻れば「ああ。確か可能だったはず」と顎を摘まんでいる。
「と言っても安い宝石ですから捨ててもらっても構いませんよ?」
「ダメ!」
リーシャのその言葉にそう叫ぶと「え?」と瞳を丸くしている。
「だってリーシャから初めて貰ったものなんだもん! 捨てるなんてできないよ!」
「レイジス様…」
「安い宝石だろうが何だろうがリーシャがくれたんだもん!」
うー!と涙目になりながらリーシャを睨めば「そ、そんな怒らないでくださいよ」と珍しくたじたじとしている。
「だって! だって…リーシャが悲しいこと言うから…」
「レイジス…」
ずずっと鼻をすすれば「はい、レイジス。ちーん」とフリードリヒに鼻をかませてもらう。そしてリーシャを見れば、困ったように頭をがりがりと掻いていた。
「すみません。こんなに喜んでもらえるとは思わなくて…」
「僕はリーシャから貰えたことが嬉しかったんだ。だから捨てるって簡単に言わないでよ…」
「…はい。申し訳ございません」
深々と頭を下げるリーシャに「じゃあもうこの話はおしまい!」と言ってすん、と鼻をすする。
「でも『物理防御』って制服にかかってる魔法ですよね? 覚えることってできるんですか?」
「うーん…これはある意味忘れられた魔法ですからね」
「忘れられた魔法?」
もう一度鼻をかませてもらってそう聞けば「はい」とソルゾ先生が頷く。
「230年前の暗黒竜討伐が成功してからは魔物の危険はほとんどありませんからね。魔法は生活の一部として残りましたが『補助魔法』と呼ばれるものは衰退していきました」
「ふんふん」
「今では一部の方しか覚えていない稀有魔法になっています」
「ほへー」
なるほど。だからバフ関連の魔法がほとんどなかったのか。
「じゃあ逆に毒とか麻痺とかの魔法もないんですか?」
「そうですね。ほとんど失われた、と言った方がいいでしょう。記録はありますから単純に使う者がいなくなったのでしょう」
「なるほどなるほど」
「それに今ではそう言った魔法は禁止されています」
「なんでですか?」
こくんと首を傾げてそう問えば回答はフリードリヒからだった。
「謀反をされると困るからね」
「謀反?」
「はい。毒や麻痺、暗闇といった所謂バッドステータスを起こす魔法は、我々王宮魔導士の団長クラスにならないと使用許可が出ません」
「ふぅーん」
というかバッドステータス、か。それにしても230年って途方もない歳月だよね。こっちでいったら1700年代後半でしょ? あれだ杉田玄白とか伊能忠敬が活躍した時代でしょ? すごくない?
「そう言えばレイジスは『聖女』についてなにひとつ知らないようだったが?」
「そうですね。教えてませんからね」
「え?」
あっはっはっと笑う父様に、全員の視線が「マジですか」と向けられている。というか『聖女』の知識はこの世界の必須だったのか…。
「まぁ『聖女』についてはいつでも教えられますからね。それよりレイジス」
「はい?」
「何か気になることがあるみたいだね?」
「ほわ」
ううーん…流石父様。なんでわかっちゃうんだろう?
「レイジス?」
そうなのかい?と言うフリードリヒにもじもじとネグリジェを摘まんだり離したりとをしていると「言ってごらん?」と優しく頭を撫でられる。
「うにゃ…。えと…。アミレット作れないかなーなんて思ったりして…」
「ああ。なるほど」
「レイジス様の中の好奇心が疼いちゃったわけですか」
僕の言葉にほっとする皆にどういうこと?と首を傾げれば「てっきり熱か頭が痛いのかと思ったよ」とフリードリヒに言われた。ああ、なるほど。
「体調の方はだいじょぶだから、アミレット作ってみたい! 作り方分かんないけど!」
「こうなったら止められないな」
そう言って笑うハーミット先生。父様も「父様も興味があるなー」と頭を撫でてくれる。
「それじゃあ魔法訓練場が空いてるか聞いてきましょうか」
小さく肩を揺らしているソルゾ先生にリーシャも肩をすくませている。
「ほら。やっぱりレッドスピネルにして正解でしたね」
「本当ですね。リーシャ君」
なになに? どういうこと?
くすくすと笑う二人に「なんのこと?」と表情で問えば「ああ。レッドスピネルか」とフリードリヒも笑っている。
「レッドスピネルの石言葉は『好奇心』『探求心』だよ」
「レイジス様にぴったりですね」
ふふっと笑うノアとアルシュに僕もふふっと笑うと「リーシャ、ソルゾ先生。ありがとう!」とお礼を告げた。
「でもなんで『物理防御』と『体力強化』なの? いや『体力強化』はなんとなく分かるんだけど」
ぽてぽてと学園長室までの道のりをのんびりと歩きながらリーシャに聞いてみる。
あれから直ぐに制服に着替えて「学園長室にのりこめー^^」「わぁい^^」となった。ちなみに四度目の今は兵士さんがちょっとだけ緊張してる。父様も一緒だからねー。
「だって、レイジス様よく転ぶじゃないですか」
「ふぎゅ!」
「怪我しても治癒魔法で治すからへーきへーきって言いながらすっ転んだ時の僕らの気持ち分かります?」
「ううううう…。ごめんなさい」
そう言えば海に行ったときも砂浜で遊んでてすっ転んでずぶ濡れになった記憶は新しい。あの時は誰もが視線を逸らしてたけど。
「ちなみにその『物理防御』、ある程度の高さまでなら怪我はないですよ。痛覚はありますが」
「だったら痛覚もなしにしてくれればいいのにー」
ぶーと頬を膨らませてリーシャを見れば「あのですね」とはぁああああと深い深いため息を吐く。
「痛覚無くしたらレイジス様、手足をなくしそうで怖いんですよ」
「いやいやいや! 流石にそこまでは…!」
「しないとも言えないね。リーシャ、ソルゾよくやった」
「お褒めいただき光栄です。殿下」
フリードリヒの言葉に頭だけ下げるのは僕らがまだ歩いてるからだろう。ぷっぷーと頬を膨らませて歩いてる僕に父様も「レイジスは優しいからね。可能性がないとも言えないから」と言われてしまう。まぁ…痛覚が無くなったら無茶はする。うん。確実に。だって怪我しても治癒魔法があるからね。と思ったところでリーシャに言われた通りだなと反省する。
「ごめん。リーシャ」
「気にしないでください。僕らは『最悪』を考えただけなので」
「うん」
しょんぼりと肩を落とすと「レイジスはいい友達を持ったね」と父様に肩を叩かれる。友達…。ふへへ。
「閣下! 友などと…!」
「え? リーシャは友達じゃないの?」
「う…っ!」
「友達だと思ってたのは僕だけだった…?」
「ぐっ!」
そっか…。そうだよね。ここを卒業したら友達じゃなくなるんだもんね…。寂しいな…。としょぼぼんとすれば「っだー! もう!」とリーシャががっしと僕の両手を掴む。うん?
「レイジス様とはと…、友達ですよ!」
「ホント?!」
「嘘じゃないですよ。僕はレイジス様と友達です」
「リーシャあああ!」
「あああああ! もう! そうやって直ぐに抱き付かないでください!」
うええええ!とリーシャに抱き付けば「なら私もレイジス様の友達ですね」とノアが言う。そうだよ! ノアも友達だよー!とリーシャから離れてノアに抱き付けば「ノア!」とフリードリヒが怒っている。
ぎゃあぎゃあと廊下で騒いでる僕たちだけど、注意する人はいない。先生たちは苦笑いしてるだけ。父様もにこにことしてるだけだし。
「お。来たか」
するとガチャリと扉が開き、音がした方へと顔を向ければドアからメトル君がこっちを見てる。
あれー? メトル君がいるー!
ばりっとフリードリヒにノアから引き剥がされると「お前のせいで大変なことになってるぞ」と言われる。え? なになに? どったの?
ぱたぱたと小走りで学園長室に駆け寄れば、メトル君が身体をずらして中を見せてくれた。失礼しまーす。
「学園長! いい加減ユアソーンをどうにかしてください!」
「と、言われてもねー。あの子の事は陛下から「よろしく」と言われてますから」
飄々と笑う学園長先生と白い服を着た…あれは、コックさん?
それとどうしたらいいのか分らずおろおろとしてるおっちゃん。およよ?
「やぁ、いいところに来たね。レイジス君」
「ほひゃあ!」
学園長先生に見つかってびくっと身体を跳ねさせれば、振り向くコックさん。なんかめっちゃ怒ってたけど…。僕なんかしました?
「君ね…!」
「まずは話を聞いても?」
「――ッ! フリードリヒ殿下!」
わお。さすがフリードリヒ。姿を見せるだけでコックさんが黙っちゃった。えっと…どうすればいい?
「失礼。私のレイジスが何かを?」
「おや。ユアソーン卿」
「ユアソーン閣下?!」
おお? 父様もひょっと姿を見せると今度はおっちゃんがびっくりしてる。んー?
「お前、木箱で何か頼んだのか?」
「うん? あれ? もう届いたの?!」
「だから。何を頼んだんだ」
「マグロさんだよー」
にぱーっと笑いながらメトル君にそう言えば「マジか」とぱぁっと顔が輝く。うふふー。そうだよねー。マグロ美味しいもんねー!
「失礼。君は?」
「あ? なんだこのおっさん」
「あれ? メトル君知らないの?」
「知らねぇな」
「あらら。失礼。初めまして、レイジスの父です」
「はぁ?」
んー? あれれー? メトル君僕の父様のこと知らないの?
かくかくと首を左右に動かしていると「とにかく! 次からはやめさせてください!」と怒ってコックさんらしき人がこっちに向かってくる。あ、入り口みっちりしてる。散!と道を譲ろうとしたら「そのままでいいよ」とフリードリヒに言われてしまう。え? だってこっちみっちりしてるよ?
すると反対側のドアを開けるコックさん。あ、なるほど?
それから、ちらっと僕を見て睨むとそのままドスドスと音をたてて歩いていく。はわぁ…。
呆気にとられていると「入ってきていいよ」と学園長先生に言われる。それから兵士さん以外の皆がぞろぞろと学園長室に入ると「それで、何を頼んだんだい?」とメトル君と一緒の質問をされる。
「えと。氷の魔石を使って生魚の運搬の実験を…」
「ああ。だからか。彼が箱を開けたら魚があって驚いて腰を打ったらしい」
「ありゃりゃ。大丈夫なんですか?」
「というか君宛の荷物を勝手に開けたことに対しては怒っていないのかい?」
ん?とにこにことしてる学園長先生に「お魚さんですし」と答えれば「レイジス」とフリードリヒが少しだけ怒ったように僕を見た。
「人のものを勝手に開けるなど言語道断だ。あれには処罰を与えるべきだ」
「え? だってお魚さん…」
「今回はお魚さんで済んだけど、もしも高価なものだったら盗まれてもおかしくはないんだ」
「んー…」
そうなの?と父様に聞けば「そうだね」と苦笑いしている。そういえばあっちでも郵便物を盗られる、なんてこともあるみたいだしねー。夏と冬の祭典のチケットが盗られる、なんて報告もあるくらいだし。
「じゃあ次からは木箱に封印の魔法でもかけておきましょう」
これなら受け取る人以外開けられないしね! むふん。
いい案だ、と頷くと途端に学園長先生が「あっはっはっ!」と大笑いをする。おお。ビックリした。
「いえ。答えが斜め上で…いや。本当に君は私の予想外をいきますね」
「ええー?」
こほんと咳払いを一つして「まぁ、レイジス君がいいならいいでしょう」と肩を小さく震わせている学園長先生。そんなに笑わなくてもいいじゃないですかー!
「それよりこの方は荷物を届けてくれた方ですよ。レイジス君に報告するまで戻れない、と言われまして」
「あ! じゃああのおっちゃんの!」
「は、はい。中身を確認されてからでないと戻れなくて…」
「大丈夫でしたか? 野盗とかに襲われませんでした?」
運搬で一番警戒しなければならないのは魔物よりも野盗だ。特に今回は氷の魔石を入れて運んでもらっているからね。
「その…実は…」
「襲われたんですか?!」
「いえ! その逆です」
「逆?」
ハーミット先生がそう聞けば「はい」と頷くおっちゃん。
「箱から冷たいものが漏れ、そのひんやりとしたものに人が集まりまして…。他の運搬の馬車や冒険者が集まりまして、いつも以上に安全でした」
「ほわー」
意外な副次的効果。
ここ最近暑かったからねー。氷の魔石から漏れた冷気が役に立ったのかー。
「それでその木箱は?」
「その…食堂の方にお渡ししてしまって…」
「さっきのか」
「んー。マグロさんの状態知りたいから食堂に行ってもいいのかな?」
「ああ。その心配はないよ。木箱なら私が預かってますから」
学園長先生の言葉に「え?」って首を傾げれば「メトル君、これを」と学園長先生の後ろを指さす。それに肩を竦めてメトル君が取りに行けば、あの木箱があって。
「開けても? とはいってももう開いてんのか」
「いいよー。開けちゃってー」
「はいはい」
木箱の周りにみんな集まって覗き込む。そしてメトル君が蓋を開ければそこにはマグロさんがどーんと横たわっていた。
「おほー! マグロさーん!」
「お。マジじゃん。食えんの?」
「あ、試食しなきゃ!」
「このまま食べるのかい?」
「はい! このまま生で食べます!」
父様も生のマグロさんは初めて見たいだけどあんまり驚いてない。さすが父様!
「あ、反対側はどうなってるかな? 冷凍焼けしてなきゃいいけど」
「ちょっと待ってろ」
そう言ってメトル君がしっぽの付け根を掴むと軽々と持ち上げてくれる。おおー!
「どうだ?」
「んー…。あ、大丈夫そう! あとは腐ってないか、だけど…」
「これはレイジスの部屋で解体した方がいいだろうな」
「ですよねー」
食堂の方がキッチンが広そうだけどなんか嫌われてるっぽいから行けないし。
「ホントなんなのあいつ! 腹立つ!」
「リーシャ。落ち着いて」
僕以上にリーシャが怒ってて何か嬉しい。
どうどう、とリーシャを落ち着かせると「確認も終わったようなので私はこれで」とおっちゃんが頭を下げて部屋を出ていく。
ありがとー!と手を振ってバイバイするとメトル君がマグロを木箱にしまう。あ、ごめんね。生臭いよねー。しょわっと光魔法で手を綺麗にすると「ちょっとレイジス様!」とリーシャが慌ててる。うん? どったの?
「光魔法を使ったら腐ってるか分からなくなります!」
「あああーっ! しまったーっ!」
しかも僕の光魔法はあんまり練習してないから広範囲。ということは…。
「マグロさーん!」
と木箱を見ればきらきらのつやつやのマグロさんがそこにいて…。
「あああああ!」
「もう! どうするんですか!」
リーシャに言われながらもやっちゃったものはしょうがない!
「もういい! 食べる! マグロさん食べるー!」と半泣きで叫ぶ僕だった。
「むにゅ? おはようございます?」
むにむにと眠たい目を擦りながら首を傾げれば、ここにはいないはずの人がにこやかに微笑んでいる。
おん?
昨日海から学園に戻ってきて、お風呂に入って寝ちゃった…んだよね? 久しぶりの部屋に安心しちゃって、うさぎのぬいぐるみを抱き締めたらもうすやぁだったような気がする。
おろろ?
それでお腹が空いて目が覚めて、うさぎのぬいぐるみを抱きしめながら寝室のドアを開ければいつもみんなでご飯を食べるソファになぜか父様が優雅にカップを傾けている。あれれー?
「とうさまは…なんでここに?」
「寝起きでふわふわしてるレイジス可愛い! ここ! 父様のお膝空いてるよ!」
かちゃんとカップを置いてパンパンとお膝を興奮気味に叩く父様に「おひざ」と言えば「そうお膝! 乗ろう!」とふんふんと息を荒くしている。
まだ頭が覚醒していない僕はふわふわとしながら父様に近付くと、持っていたうさぎのぬいぐるみを父様のお膝の上に乗せる。
「うん?」
「でんかのおひざいがいはのらないことにしてます」
だからうさぎのぬいぐるみで我慢してください、と言えば、ぱしりと父様が目元に手を乗せると天を向く。うん?
そして手を離し、うさぎのぬいぐるみを抱きしめる父様。
「レイジス! 父様は! 嬉しいよ!」
「ええー?」
なんでー?と驚けば、ようやく意識がはっきりしてくる。
「今のどこに父様が喜ぶことが?!」
「うううう…。レイジス成長したね…」
だばだばと涙を流しながらなんだかよく分からないけど感動してる父様にオロオロとすれば「旦那様。レイジス様がお困りですよ」と僕の後ろから声がした。
あれー?!
「ジョセフィーヌだー!」
「はい。おはようございます。レイジス様」
わーい!と飛びつけば「あぶのうございますよ」と笑いながらも受け止めてくれる。
「でもなんでジョセフィーヌがここにいるの? お休みは明日までだよね?」
「私だけ一日早めに参りましたが、正解だったようですね」
「うう…。ジョセフィーヌが味方してくれない…」
しょん、としながらうさぎのぬいぐるみの耳の間に顎を乗せている父様はすごく可愛い。ぎゅうぎゅうと抱き締めながら唇を尖らせている父様に「ふふー」と笑えば「おはよう、レイジス」とフリードリヒの声がした。それに顔を向ければいつものメンバーがそれぞれ「おはようございます」と言ってくれる。
「おはようございます!」
「今日も元気そうだね。体調は?」
「全然大丈夫です!」
むっふー!と父様と一緒で鼻息を荒くすれば「それはよかった」とフリードリヒが笑う。えへへー。
「と、フォルス。おはよう」
「おはようございます。殿下」
フリードリヒが父様に気付いて挨拶をする。父様も「よいせ」と抱えていたうさぎのぬいぐるみをソファに座らせると、敬礼をする。ほわ。カッコイイ!
「ところでなぜここに?」
「そのお話をさせていただこうかと思いますがその前に!」
語尾を強くした父様の声にぴしりと背筋を伸ばせば「朝ご飯を食べましょうか」とにこりと笑った。
それから父様の言う通り、朝ご飯を皆で食べることに。僕もお腹空いて起きちゃったからねー。
今日の朝ご飯はパンケーキ! フーディ村で作ったふわっふわ、ぷるっぷるのあのスフレパンケーキだよー! ジャムやホイップバター、それに果物を乗せてもりもり食べた後はデザート! 今日はティラミスだー! わーい!
父様やフリードリヒはすでに食後のお茶へと入っていて、むぐむぐとティラミスを食べているのは僕とリーシャとソルゾ先生。ノアも珍しく食べてる。
「連絡もなしにここに来たのはある命を陛下から仰せつかってね」
「父上から?」
「はい」
およ? 海の報告をするために今日フリードリヒのお父さん、つまり陛下にいつ会いに行くかと話し合うつもりだったんだけど。
ちらりと僕を見る父様はどこか暗い。うん? どうかしましたか?
「『レイジス・ユアソーンの監視』を仰せつかったのだよ」
「ほわ?!」
「なんだと?!」
ばびょっと後ろ髪を逆立てて驚く僕に加え、フリードリヒはソファから立ち上がっている。それにアルシュなんかは眉をよせて「なぜ?」と呟く。
「とととと父様! 僕何かやっちゃいました?! やっちゃったんですか?!」
いや、確かにやらかしまくってますけど! そんな監視されるほどやらかしました?!
わああああ!と涙目になりながら父様を見れば「大丈夫だよ、レイジス」と笑っている。
なんで笑ってるんですかぁー!
「監視、とはいっても一緒にいるだけだからね。私と一緒にお出かけするのは嫌かい?」
「嫌じゃないですー!」
どーん!と父様にぶつかる様に抱き締めにいけば「レイジスも力が強くなったね」と笑っている。それは素直に嬉しい!
ぐりぐりと父様の胸に頭を押し付けていると「監視とはどういうことだ?」とフリードリヒが父様に聞いている。あ、それは僕も聞きたい。
「いつ王宮から連絡が来るのか分らないので私が呼ばれただけです」
「王宮から連絡?」
「はい。それについても私からではなく陛下にお聞きくださいね」
おう。父様それフリードリヒに対してものすごい失礼なことなんじゃ…?と恐る恐るフリードリヒを見れば、眉を寄せて瞳を伏せているだけ。あれれ?
「ああ、そうだ。後でリーシャ君とソルゾ君。それにノア君にハーミット君にお話があるからね」
「え?」
「アルシュ君は悪いけどフリードリヒ殿下とレイジスを見ててくれるかな?」
「わ、私でよければ?」
なんで半疑問形なのー! というか父様が先生たちに用事があるってことは団関係なのかな? でもそうするとノアとリーシャに話があるのも分らない。
ううーん?と首を傾げながら父様を見れば「レイジス、口にクリームが付いてるよ」と笑いながら口元を拭いてくれた。むむ。
「そういえば海はどうだった?」
「すごくよかったです! レヴィさんとクラさんと友達になれました!」
「レヴィさんとクラさん?」
「誰だい?」と今度は父様が首を傾げるとフリードリヒが口を開いた。
「レヴィアタンとクラーケンだ」
「んん?! レイジスは魔物さんとも仲良くなったのかい?!」
「はいー! あとはー…ガラムヘルツ殿下とシュルスタイン皇子にも会いました!」
「なんと!」
「それは父様聞いてないな!」と驚く父様にむふふーと笑えば「あ、そうでした」とリーシャが何か思い出したようにごそごそとポケットを探る。うん? どうしたの?
「レイジス様にお渡ししようと思っていたんですけどすっかりと忘れてました」
「あの後レイジス様の部屋に戻ったら王族が増えてましたからねぇ…」
うんうん、と頷くソルゾ先生。ああー。あの時かー。リーシャが真顔で「ここは地獄か」と突っ込んでいた時の。というか渡したいものって何だろう?
「リーシャ君、それを見てもいいかい?」
「はい。構いません」
ポケットから取りだしたそれを父様が受け取り、じぃっと見つめると「これは…」と瞳を丸くしている。何ですか?
そわそわと身体を小さく動かすと「レイジス。これはすごいぞ」と父様に言われる。え? 何ですか?! 何ですか?!
「はい。リーシャ君」
「うん?」
そう言って父様がそれをリーシャに渡すとぱちぱちと瞬かれる。おん?
「え? はい?」
「それは君からのプレゼントだろう? 私が渡すものではないからね」
「はぁ…」
どこか困惑気味なリーシャに、ばちこんとウインクをしている父様。あのリーシャが父様のテンションについてこれない…だと!?
たぶん気が合うんだろうなーくふふ、なんて思ってたけど違った…。だとすると父様のテンションに付いていける陛下とフリードリヒって実はすごいんじゃ…?!
ごくりと息を飲んでフリードリヒをじっと見つめれば「お膝に乗るかい?」と両手を広げてくれた。それに「わーい!」といそいそとフリードリヒのお膝の上に乗る。ああー…落ち着くー…。
最近はもうフリードリヒのお膝の上がとても落ち着ける場所になった。前まではすっごく恥ずかしかったんだけど、お膝に乗ってるうちにだんだんと慣れてきちゃって今では一番お気に入りの場所だ。
「レイジス様」
「あ、ありがとう! リーシャ!」
「いえ」
僕がお膝の上に乗って落ち着くまで待ってくれたリーシャがそれを両手の上にそっと乗せてくれた。
「ほわぁ…綺麗…」
「ああ、本当だ。よかったね。レイジス」
「はい!」
手の平に乗せられたそれはずしりと重い。これ宝石? 赤い宝石だけど…なんか力が…。
「これは…」
「なんか…力が湧いてくるというか守られているというか…」
石を持った途端、薄いヴェールのようなものが身体の周りを包み込んだ。それは不快なものではなくむしろ守ってくれているような感じがしている。
「ふふ。それについてはソルゾ君が教えてくれるよ」
「ふへ?」
「それはアミュレットです」
「アミレット?」
「アミュレット。お守りだよ」
「ほへー」
「ミュが言えないレイジス可愛い」とフリードリヒと父様がちょっと悶えてるけど、言えない訳じゃないの! 舌がもつれて言えなかっただけなの!
ぷぷーと頬を膨らませていると「アミュレットだと何かの効果があるんだっけか」とハーミット先生がお茶を飲みながら呟く。効果?
「それには『物理防御』と『体力強化』が彫られています」
「ほ?」
「レイジスはそれに興味あるのかい?」
ちょっと悶えてたフリードリヒがきりっとしながらそう言うけど、まだちょっと頬が緩んでる。後でほっぺ引っ張っていいか聞いてみよう。
「興味、というかよく分りません」
「アミュレットは宝石や石に『文字』を彫ってそれ自体を魔石にしてしまうんですよ」
「ほへー! すごぉい!」
文字を彫っただけで魔石になるんだー! じゃあ属性魔石はまた別なのか! ほわーほわーと興奮しながらフリードリヒを見ればにこりと微笑んでいる。
「すごいの貰っちゃいました!」
「よかったね。レイジス」
「はい!」
んふーと笑ってアミュレットをぎゅうと胸に押し付けるとそれがカッと強く光る。ほわー?!
「レイジス?!」
「レイジス様?!」
ガタン!と父様とアルシュノア、先生達が立ち上がり、フリードリヒがリーシャに貰ったアミュレットを僕の手から奪い取るとその光が治まった。
おおー! 目がちかちかするー! 目を閉じてたけど瞼の裏を焼くほどの光を浴びた僕の視界は今真っ白。それにふわふわとするのはなんでだろう?
「大丈夫かい?!」
「レイジス、父様が分かるかい?」
なんだかすごく焦った父様の声とフリードリヒの声に「大丈夫ですー。目がちかちかするだけですから」と言えば、ほっと息を吐かれる。
ごめんなさい。
「すみません!」
するとリーシャの謝罪の言葉に首を傾げる。
「どうしてリーシャが謝るの?」
「すぐに浄化をしますのでそのままで」
「浄化?」
「呪いの類だったら困るからね」
「ピアスは?」
「レイジス。ちょっとピアスを見せてね」
父様が髪を払い右耳を露わにする。そしてじいっと見つめると「大丈夫。呪いではないね」と安堵の息を吐いた。呪い?
「一応光魔法をかけておきますね」
「ああ」
そう言ってリーシャが光魔法を使うと、爽やかな空気へと変わる。やっぱり浄化した後の空気って好きだなー。こう…神社とかの境内の空気って言えばいいのかな? そんな感じがして、僕はすごく好き。
「先程の光は一体…」
「フリードリヒ殿下。アミュレットをお預かりします」
「ああ」
そんな会話を聞きながら視界が回復するのを待っていると、突然視界が回復した。おわ?!
「レイジス『神の目』が発動している」
「あれ? なんで?」
今更隠すこともないからそのままだけど今は侍女さんもいるんだよね。いいのかな?
「侍女たちの事なら心配するな。口が堅いものしかいないから」
「あ、よかった」
ジョセフィーヌはユアソーン家の侍女さんだけど他は違うからね。なら心配ないかな?
「しかし…なぜ急に『神の目』が…」
「これは…」
「ソルゾ先生?」
アミュレットを預かったソルゾ先生が驚いた声をあげている事に「どうしたの?」と問えば「その…」と少し信じられなさそうにしている。『神の目』を切ると、視界が回復していた。おお。ようやく見える。
「アミュレットの中にあった文字が消えています」
「え?」
「本当ですか?!」
「はい」
嘘でしょ?!とリーシャがソルゾ先生からアミュレットを受け取ってそれを見つめると「本当だ…」と信じられない、と呟いた。文字が消えた? どういうこと?
「ソルゾ君、リーシャ君。アミュレットの文字が消える、ということはあるのかい?」
「いえ。私は初めてです」
「僕も」
「ふむ?」
ええー? それじゃあその文字はどこに行っちゃったのー?と首を傾げれば、その答えが左ポケットから浮かび上がった。
「あれ? クリスタルが光ってる?」
「レイジス様、よろしいですか?」
「うん。いいよ」
なんでこんなところに…と思ったけどたぶん無意識にポケットに突っ込んだんだろうな…。眠すぎて。
ちゃり、とクリスタルをソルゾ先生に見せると、チェリーポップの瞳が大きく見開いた。
「これは…!」
「どうした? ソルゾ」
ハーミット先生がソルゾ先生にそう問えば「まさかこんな…」と驚いている。なになに? どうしたの?
気になるー!とそわりとすれば「あ、すみません!」と謝るソルゾ先生。そしてクリスタルを戻すと一度瞳を閉じてじっと僕を見つめる。どうしました?
「アミュレットの文字がクリスタルに移動していました」
「はい?」
「嘘でしょ?!」
それがすごいことなのか分からかったけど、リーシャが叫ぶということは本来ならありえない、ということかな?
ええー? でもなんで『文字』が移動しちゃったのー?
「それってよくあること?」
「ないですよ! 初めてです! アミュレットの『文字』が何もせず移動するなんて!」
「ということは『文字』は移動できると?」
フリードリヒの言葉に、ソルゾ先生がこくりと頷くけど眉が寄ったままだ。
「『文字』の移動は可能です。ですがそれは施術者しかできない、と聞いております」
「せ?」
「施術者。つまりはこのアミュレットを作った人ですね」
「ほへぇ」
「それがなぜレイジスのクリスタルに移動を?」
「あれかな? レイジス様の魔力に負けたかな?」
「負けた?」
リーシャの言葉にソルゾ先生も「可能性としてはありかもですね」と苦笑いを浮かべている。
「つまり?」
「『文字』がより強い魔力の持ち主であるレイジス様を選んだ、ということになりますね」
「そんなことが可能なのか」
ほう、と父様と一緒に僕も感心してる。また口が開いていたのか、フリードリヒがそっと下顎を持ち上げてくれた。おあ。
「あ、そしたらリーシャに貰ったアミレット…」
「普通の宝石になっちゃってますね」
「ええー! せっかく貰ったのにー!」
「うーん…じゃあブローチにしてみようか?」
「できるんですか?!」
フリードリヒの言葉にぎゅんと首を捻れば「ああ。確か可能だったはず」と顎を摘まんでいる。
「と言っても安い宝石ですから捨ててもらっても構いませんよ?」
「ダメ!」
リーシャのその言葉にそう叫ぶと「え?」と瞳を丸くしている。
「だってリーシャから初めて貰ったものなんだもん! 捨てるなんてできないよ!」
「レイジス様…」
「安い宝石だろうが何だろうがリーシャがくれたんだもん!」
うー!と涙目になりながらリーシャを睨めば「そ、そんな怒らないでくださいよ」と珍しくたじたじとしている。
「だって! だって…リーシャが悲しいこと言うから…」
「レイジス…」
ずずっと鼻をすすれば「はい、レイジス。ちーん」とフリードリヒに鼻をかませてもらう。そしてリーシャを見れば、困ったように頭をがりがりと掻いていた。
「すみません。こんなに喜んでもらえるとは思わなくて…」
「僕はリーシャから貰えたことが嬉しかったんだ。だから捨てるって簡単に言わないでよ…」
「…はい。申し訳ございません」
深々と頭を下げるリーシャに「じゃあもうこの話はおしまい!」と言ってすん、と鼻をすする。
「でも『物理防御』って制服にかかってる魔法ですよね? 覚えることってできるんですか?」
「うーん…これはある意味忘れられた魔法ですからね」
「忘れられた魔法?」
もう一度鼻をかませてもらってそう聞けば「はい」とソルゾ先生が頷く。
「230年前の暗黒竜討伐が成功してからは魔物の危険はほとんどありませんからね。魔法は生活の一部として残りましたが『補助魔法』と呼ばれるものは衰退していきました」
「ふんふん」
「今では一部の方しか覚えていない稀有魔法になっています」
「ほへー」
なるほど。だからバフ関連の魔法がほとんどなかったのか。
「じゃあ逆に毒とか麻痺とかの魔法もないんですか?」
「そうですね。ほとんど失われた、と言った方がいいでしょう。記録はありますから単純に使う者がいなくなったのでしょう」
「なるほどなるほど」
「それに今ではそう言った魔法は禁止されています」
「なんでですか?」
こくんと首を傾げてそう問えば回答はフリードリヒからだった。
「謀反をされると困るからね」
「謀反?」
「はい。毒や麻痺、暗闇といった所謂バッドステータスを起こす魔法は、我々王宮魔導士の団長クラスにならないと使用許可が出ません」
「ふぅーん」
というかバッドステータス、か。それにしても230年って途方もない歳月だよね。こっちでいったら1700年代後半でしょ? あれだ杉田玄白とか伊能忠敬が活躍した時代でしょ? すごくない?
「そう言えばレイジスは『聖女』についてなにひとつ知らないようだったが?」
「そうですね。教えてませんからね」
「え?」
あっはっはっと笑う父様に、全員の視線が「マジですか」と向けられている。というか『聖女』の知識はこの世界の必須だったのか…。
「まぁ『聖女』についてはいつでも教えられますからね。それよりレイジス」
「はい?」
「何か気になることがあるみたいだね?」
「ほわ」
ううーん…流石父様。なんでわかっちゃうんだろう?
「レイジス?」
そうなのかい?と言うフリードリヒにもじもじとネグリジェを摘まんだり離したりとをしていると「言ってごらん?」と優しく頭を撫でられる。
「うにゃ…。えと…。アミレット作れないかなーなんて思ったりして…」
「ああ。なるほど」
「レイジス様の中の好奇心が疼いちゃったわけですか」
僕の言葉にほっとする皆にどういうこと?と首を傾げれば「てっきり熱か頭が痛いのかと思ったよ」とフリードリヒに言われた。ああ、なるほど。
「体調の方はだいじょぶだから、アミレット作ってみたい! 作り方分かんないけど!」
「こうなったら止められないな」
そう言って笑うハーミット先生。父様も「父様も興味があるなー」と頭を撫でてくれる。
「それじゃあ魔法訓練場が空いてるか聞いてきましょうか」
小さく肩を揺らしているソルゾ先生にリーシャも肩をすくませている。
「ほら。やっぱりレッドスピネルにして正解でしたね」
「本当ですね。リーシャ君」
なになに? どういうこと?
くすくすと笑う二人に「なんのこと?」と表情で問えば「ああ。レッドスピネルか」とフリードリヒも笑っている。
「レッドスピネルの石言葉は『好奇心』『探求心』だよ」
「レイジス様にぴったりですね」
ふふっと笑うノアとアルシュに僕もふふっと笑うと「リーシャ、ソルゾ先生。ありがとう!」とお礼を告げた。
「でもなんで『物理防御』と『体力強化』なの? いや『体力強化』はなんとなく分かるんだけど」
ぽてぽてと学園長室までの道のりをのんびりと歩きながらリーシャに聞いてみる。
あれから直ぐに制服に着替えて「学園長室にのりこめー^^」「わぁい^^」となった。ちなみに四度目の今は兵士さんがちょっとだけ緊張してる。父様も一緒だからねー。
「だって、レイジス様よく転ぶじゃないですか」
「ふぎゅ!」
「怪我しても治癒魔法で治すからへーきへーきって言いながらすっ転んだ時の僕らの気持ち分かります?」
「ううううう…。ごめんなさい」
そう言えば海に行ったときも砂浜で遊んでてすっ転んでずぶ濡れになった記憶は新しい。あの時は誰もが視線を逸らしてたけど。
「ちなみにその『物理防御』、ある程度の高さまでなら怪我はないですよ。痛覚はありますが」
「だったら痛覚もなしにしてくれればいいのにー」
ぶーと頬を膨らませてリーシャを見れば「あのですね」とはぁああああと深い深いため息を吐く。
「痛覚無くしたらレイジス様、手足をなくしそうで怖いんですよ」
「いやいやいや! 流石にそこまでは…!」
「しないとも言えないね。リーシャ、ソルゾよくやった」
「お褒めいただき光栄です。殿下」
フリードリヒの言葉に頭だけ下げるのは僕らがまだ歩いてるからだろう。ぷっぷーと頬を膨らませて歩いてる僕に父様も「レイジスは優しいからね。可能性がないとも言えないから」と言われてしまう。まぁ…痛覚が無くなったら無茶はする。うん。確実に。だって怪我しても治癒魔法があるからね。と思ったところでリーシャに言われた通りだなと反省する。
「ごめん。リーシャ」
「気にしないでください。僕らは『最悪』を考えただけなので」
「うん」
しょんぼりと肩を落とすと「レイジスはいい友達を持ったね」と父様に肩を叩かれる。友達…。ふへへ。
「閣下! 友などと…!」
「え? リーシャは友達じゃないの?」
「う…っ!」
「友達だと思ってたのは僕だけだった…?」
「ぐっ!」
そっか…。そうだよね。ここを卒業したら友達じゃなくなるんだもんね…。寂しいな…。としょぼぼんとすれば「っだー! もう!」とリーシャががっしと僕の両手を掴む。うん?
「レイジス様とはと…、友達ですよ!」
「ホント?!」
「嘘じゃないですよ。僕はレイジス様と友達です」
「リーシャあああ!」
「あああああ! もう! そうやって直ぐに抱き付かないでください!」
うええええ!とリーシャに抱き付けば「なら私もレイジス様の友達ですね」とノアが言う。そうだよ! ノアも友達だよー!とリーシャから離れてノアに抱き付けば「ノア!」とフリードリヒが怒っている。
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あれー? メトル君がいるー!
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「学園長! いい加減ユアソーンをどうにかしてください!」
「と、言われてもねー。あの子の事は陛下から「よろしく」と言われてますから」
飄々と笑う学園長先生と白い服を着た…あれは、コックさん?
それとどうしたらいいのか分らずおろおろとしてるおっちゃん。およよ?
「やぁ、いいところに来たね。レイジス君」
「ほひゃあ!」
学園長先生に見つかってびくっと身体を跳ねさせれば、振り向くコックさん。なんかめっちゃ怒ってたけど…。僕なんかしました?
「君ね…!」
「まずは話を聞いても?」
「――ッ! フリードリヒ殿下!」
わお。さすがフリードリヒ。姿を見せるだけでコックさんが黙っちゃった。えっと…どうすればいい?
「失礼。私のレイジスが何かを?」
「おや。ユアソーン卿」
「ユアソーン閣下?!」
おお? 父様もひょっと姿を見せると今度はおっちゃんがびっくりしてる。んー?
「お前、木箱で何か頼んだのか?」
「うん? あれ? もう届いたの?!」
「だから。何を頼んだんだ」
「マグロさんだよー」
にぱーっと笑いながらメトル君にそう言えば「マジか」とぱぁっと顔が輝く。うふふー。そうだよねー。マグロ美味しいもんねー!
「失礼。君は?」
「あ? なんだこのおっさん」
「あれ? メトル君知らないの?」
「知らねぇな」
「あらら。失礼。初めまして、レイジスの父です」
「はぁ?」
んー? あれれー? メトル君僕の父様のこと知らないの?
かくかくと首を左右に動かしていると「とにかく! 次からはやめさせてください!」と怒ってコックさんらしき人がこっちに向かってくる。あ、入り口みっちりしてる。散!と道を譲ろうとしたら「そのままでいいよ」とフリードリヒに言われてしまう。え? だってこっちみっちりしてるよ?
すると反対側のドアを開けるコックさん。あ、なるほど?
それから、ちらっと僕を見て睨むとそのままドスドスと音をたてて歩いていく。はわぁ…。
呆気にとられていると「入ってきていいよ」と学園長先生に言われる。それから兵士さん以外の皆がぞろぞろと学園長室に入ると「それで、何を頼んだんだい?」とメトル君と一緒の質問をされる。
「えと。氷の魔石を使って生魚の運搬の実験を…」
「ああ。だからか。彼が箱を開けたら魚があって驚いて腰を打ったらしい」
「ありゃりゃ。大丈夫なんですか?」
「というか君宛の荷物を勝手に開けたことに対しては怒っていないのかい?」
ん?とにこにことしてる学園長先生に「お魚さんですし」と答えれば「レイジス」とフリードリヒが少しだけ怒ったように僕を見た。
「人のものを勝手に開けるなど言語道断だ。あれには処罰を与えるべきだ」
「え? だってお魚さん…」
「今回はお魚さんで済んだけど、もしも高価なものだったら盗まれてもおかしくはないんだ」
「んー…」
そうなの?と父様に聞けば「そうだね」と苦笑いしている。そういえばあっちでも郵便物を盗られる、なんてこともあるみたいだしねー。夏と冬の祭典のチケットが盗られる、なんて報告もあるくらいだし。
「じゃあ次からは木箱に封印の魔法でもかけておきましょう」
これなら受け取る人以外開けられないしね! むふん。
いい案だ、と頷くと途端に学園長先生が「あっはっはっ!」と大笑いをする。おお。ビックリした。
「いえ。答えが斜め上で…いや。本当に君は私の予想外をいきますね」
「ええー?」
こほんと咳払いを一つして「まぁ、レイジス君がいいならいいでしょう」と肩を小さく震わせている学園長先生。そんなに笑わなくてもいいじゃないですかー!
「それよりこの方は荷物を届けてくれた方ですよ。レイジス君に報告するまで戻れない、と言われまして」
「あ! じゃああのおっちゃんの!」
「は、はい。中身を確認されてからでないと戻れなくて…」
「大丈夫でしたか? 野盗とかに襲われませんでした?」
運搬で一番警戒しなければならないのは魔物よりも野盗だ。特に今回は氷の魔石を入れて運んでもらっているからね。
「その…実は…」
「襲われたんですか?!」
「いえ! その逆です」
「逆?」
ハーミット先生がそう聞けば「はい」と頷くおっちゃん。
「箱から冷たいものが漏れ、そのひんやりとしたものに人が集まりまして…。他の運搬の馬車や冒険者が集まりまして、いつも以上に安全でした」
「ほわー」
意外な副次的効果。
ここ最近暑かったからねー。氷の魔石から漏れた冷気が役に立ったのかー。
「それでその木箱は?」
「その…食堂の方にお渡ししてしまって…」
「さっきのか」
「んー。マグロさんの状態知りたいから食堂に行ってもいいのかな?」
「ああ。その心配はないよ。木箱なら私が預かってますから」
学園長先生の言葉に「え?」って首を傾げれば「メトル君、これを」と学園長先生の後ろを指さす。それに肩を竦めてメトル君が取りに行けば、あの木箱があって。
「開けても? とはいってももう開いてんのか」
「いいよー。開けちゃってー」
「はいはい」
木箱の周りにみんな集まって覗き込む。そしてメトル君が蓋を開ければそこにはマグロさんがどーんと横たわっていた。
「おほー! マグロさーん!」
「お。マジじゃん。食えんの?」
「あ、試食しなきゃ!」
「このまま食べるのかい?」
「はい! このまま生で食べます!」
父様も生のマグロさんは初めて見たいだけどあんまり驚いてない。さすが父様!
「あ、反対側はどうなってるかな? 冷凍焼けしてなきゃいいけど」
「ちょっと待ってろ」
そう言ってメトル君がしっぽの付け根を掴むと軽々と持ち上げてくれる。おおー!
「どうだ?」
「んー…。あ、大丈夫そう! あとは腐ってないか、だけど…」
「これはレイジスの部屋で解体した方がいいだろうな」
「ですよねー」
食堂の方がキッチンが広そうだけどなんか嫌われてるっぽいから行けないし。
「ホントなんなのあいつ! 腹立つ!」
「リーシャ。落ち着いて」
僕以上にリーシャが怒ってて何か嬉しい。
どうどう、とリーシャを落ち着かせると「確認も終わったようなので私はこれで」とおっちゃんが頭を下げて部屋を出ていく。
ありがとー!と手を振ってバイバイするとメトル君がマグロを木箱にしまう。あ、ごめんね。生臭いよねー。しょわっと光魔法で手を綺麗にすると「ちょっとレイジス様!」とリーシャが慌ててる。うん? どったの?
「光魔法を使ったら腐ってるか分からなくなります!」
「あああーっ! しまったーっ!」
しかも僕の光魔法はあんまり練習してないから広範囲。ということは…。
「マグロさーん!」
と木箱を見ればきらきらのつやつやのマグロさんがそこにいて…。
「あああああ!」
「もう! どうするんですか!」
リーシャに言われながらもやっちゃったものはしょうがない!
「もういい! 食べる! マグロさん食べるー!」と半泣きで叫ぶ僕だった。
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そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
【完結】僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました
楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。
ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。
喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。
「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」
契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。
エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。
⭐︎表紙イラストは針山糸様に描いていただきました
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
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