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海編
みんなで食べるご飯はやっぱりおいしい!
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※前半レイジス、中間グルキテス、後半フォルス視点になります。
「そりゃ止められますって…」
「だっで…だっでぇぇぇ…!」
ずびずびと鼻をすすりながらリーシャに愚痴を言えば、ソルゾ先生が慰めるように頭を撫でてくれる。
ずびー!と鼻をすすれば「はい、レイジス様。ちーんしましょうねー」とノアが鼻にハンカチを当ててくれるから、言われた通り鼻をかむとまたもやソルゾ先生に頭を撫でられる。
大暴走した王族たちはと言うと、アルシュとハーミット先生、それに騎士さん達がそれぞれの主に対してお叱りタイムに入った。
あんまりにも僕がぎゃん泣きするものだから助けてくれたみたい。そこで全員が離され、それぞれの場所でお説教が始まった。でも「王族に対してお説教なんかしていいの?」とずびびと鼻をすすりながら聞けば「大丈夫ですよ」とノアに、にこりと笑われたけど大丈夫なのかな?
後で何か言われないかな?と不安もあったから王族たちに(もちろんルスーツさんにも)「騎士さん達を怒らないであげてね」と言っておこうと鼻をかみながら決める。
「それにしても戻ってみれば大変なことになってましたね…」
「こんなの予想できないでしょ?! なんで王族が増えてるの?!」
リーシャがそう叫ぶと「全くだよ」とガラムヘルツ殿下が頭を掻きながらソファに座る。あ、お説教終わりました?
「ごめんなさいね。レイジス君」
「ずび。だいじょぶ、です」
「本当にすまない」
ガラムヘルツ夫婦から謝られ「大丈夫です」と言えば「本当にごめんなさいね」と再び言われる。
「あの」
「どうした?」
「後で騎士さん達を怒らないであげてくださいね」
「まぁ」
ずびびと鼻をすすりながらガラムヘルツ殿下とルスーツさんにそう言えば「か…可愛い…!」と悶え始める。
ええ…。
「レイジス。すまない」
「フリードリヒ殿下」
すると、しょんと肩を落としたフリードリヒも戻ってきて「…悪かった」とシュルスタイン皇子も肩を落として戻ってきた。
あ、全員のお説教タイムが終わったのか。
フリードリヒになでなでと頭を撫でられれば涙なんか引っ込んじゃう。ソルゾ先生の膝の上にいたけどフリードリヒが戻ってきたからそっちに移動。もそもそと膝の上に乗ればぎゅう、と後ろから抱き締められる。
「全く…レイジス様のことになると暴走するのやめてください」
「ぐ…今後は気を付ける」
「そうしてください」
アルシュとハーミット先生も疲れた様子でフリードリヒに小言を告げる。
「ああ、泣いたから目が腫れてるね。冷たい水で冷やそうか」
「ふぁい」
そう言えば侍女さんがすでに用意してくれてたらしい、冷たい水でタオルを絞ってそれを瞼に乗せるとひんやりしてとっても気持ちがいい。
「ほわー…」
「気持ちいい?」
「はいー…とってもー…」
僕の言葉にくすりと笑うフリードリヒだけれども、ガラムヘルツ殿下とルスーツさん、それにシュルスタイン皇子の息を飲む音が聞こえた。
え? なんで? いつものやり取りですよ?
「レイジスは蕩けるとこんなに無防備になるのか」
「これは危険よねぇ…」
「少しは危機感を持った方がいいと思うが」
ふへ? なんでですか?
タオルを乗せたまま首を傾げれば「レイジスは気にする必要はないよ」とフリードリヒが笑う。
んんー?
「それで? 用事はすんだのか?」
「ああ。はい。大丈夫です」
そうだった。用事があるからって午前中はリーシャとソルゾ先生がいなかったんだよね。
「ならもう昼近くなのか」
「あ! ゼリー! ゼリーがもうひえひえだと思います!」
がばりんちょとタオルを取ってそう言えば「そうか。早いな」とフリードリヒが驚きながらも頷いてくれる。
「そうだ。お昼ご飯どうしましょうか? 皆で食べます?」
「それは…」
「レイジスがいいのなら」
「おい」
「私もレイジスがいいのなら」
あれれー? ご飯の許可は僕じゃなくてフリードリヒに言ってくださいねー?
でも人数が増えても大丈夫なメニューならいけるけど…。でもフリードリヒに聞かないとまずいよね。
「フリードリヒ殿下、フリードリヒ殿下」
「なんだい?」
「お昼ご飯、皆で食べたいです」
「そう言うと思った。レイジスが平気そうならそれぞれの部屋で食べてもらおうか」
「どうしてだい? ここで食べるのは…」
「あのな」
ガラムヘルツ殿下の言葉にフリードリヒが額に手を当てて肩を竦める。
「ここはレイジスの、私の婚約者の部屋だ。私の部屋ならともかく、婚約者の部屋でご飯など許すはずがないだろう」
「ふむ。確かに」
そうれもそうだな、とシュルスタイン皇子が納得すると「そう言えばフリードリヒの部屋は施錠魔法がかかっていたからこっちに来たんだったな」とガラムヘルツ殿下もここが僕の部屋だという事に気付いたらしい。
でもさ。
「そうなるとアルシュもノアもリーシャも先生たちも一緒に食べられるんですか? というか騎士さん達も一緒にご飯食べられない?」
くいくいとフリードリヒの服を引っ張ってそう言えば「レイジスはいい子だなぁ…」とガラムヘルツ殿下が涙を流し「やっぱりうちの子になりましょう?」とルスーツさんが告げる。ハガルマルティアに行く気はないです。ごめんなさい。
そんなガラムヘルツ殿下たちを見たシュルスタイン皇子が「なら」と口を開いた。
「ふまぁ!」
その夜。僕たちは昨日ガラムヘルツ殿下と一緒に食事をした所へ来ている。もちろん各国の騎士さん達も集まってるよ!
なんで全員集まっているのか、というと…。お夕飯を全員で食べる約束をしたからである。
お昼ご飯は流石に大人数分は用意できないから、ということでお夕飯を皆で食べることにした。午後からのお出かけは急きょ取りやめて、昨日お魚さんを買ったおやっさんのお店へと食材を買い出しへ。
ある意味お出かけなんだけどね。フリードリヒ的にはこれはお出かけではないらしい。王族の感覚はやっぱりよく分んない。僕的には外に出たらお出かけなんだけどねー。
そんな訳で再びぞろぞろとおやっさんお店にいけばなんだかすごい人だかり。わわわ。
なんだなんだ?とぴょこぴょこと飛び跳ねてはみたものの僕の身長では当然見えず。他のお店にしようかとも考えたんだけど、ちょっと試したいことがあったからさ。
「随分にぎわってんな」
「そっか。昨日ハーミット先生は来てないんでしたっけ?」
「ああ。領主の家にいたからな。しかしすごいな」
一番背の高いハーミット先生が身体を左右に揺らしながら覗いてる。ふふー。なんか可愛いー。
くふくふと笑っているとハーミット先生が「肩車でもしましょうか?」と冗談っぽく言う。それに「ぜひ! お願いします!」と言えば「なら私が…」とフリードリヒが言ってるけど流石に王族に肩車はちょっと…。という訳で落ち込んでいるフリードリヒは後で慰めるとして、ハーミット先生に肩車をしてもらえば視界が高くなった。おおお! すごーい!
「落ちないでくださいね」
「頑張る!」
「頑張るってなんですか!」
というリーシャのツッコミを無視して先生の頭に手を乗せてバランスをとっていると、僕に気付いたおやっさんが「嬢ちゃん!」と声を上げた。ほわぁ?!
その声で全員の視線が僕に向き、びくりと肩を跳ねさせると「わりぃ、わりぃ。嬢ちゃんはちょっと視線が怖いんだ」と笑いながら人だかりに話している。あれ? おやっさん、よく僕が大勢の視線が怖いって知ってたなー。
「直ぐ捌くからちょっと待っててくれ」という言葉を残すと、本当にてきぱきと人だかりを捌いていく。ほへー…。すごい。
ハーミット先生に肩車をされたまま、日陰でちょびっと待っていると「おう! 嬢ちゃんお待たせ!」とおやっさんが声をかけてくれた。そこで下ろしてもらって少なくなったお魚さんたちを見れば、昨日より幾分かお魚さんの目が輝いている。
「わりぃな。今日はもうこれだけなんだ」
「ん。大丈夫。海老さんと貝があれば」
「ん? 魚は?」
「捨てちゃうマグロさんはまるっと貰うよ!」
ふんすー!とそう言えばおやっさんが、がっはっはっ!と大きな口を開けて笑う。むふふー。
「今日はちょっとお願いがあって来たんだー」
「そっちのでかいのが父ちゃんか?」
そういってハーミット先生を指さすおやっさんに「ぶふぅ!」と吹き出すと「違う違う。俺はこの子の叔父だよ」とハーミット先生が手を左右に振りながら苦笑いを浮かべて答える。むふふー。
「そうか、そうか。今日も兄ちゃんたちと買い物か。偉いな」
「えへー」
誉められてにぱぱーと笑えば「レジィ、要件を言わないと」とフリードリヒに言われてハッとする。そうだった。
「おやっさん。ちょっと協力してほしいんだけど」
「ああ? 協力?」
「ガラムヘルツ殿下と顔見知りなら安心かなって」
「? どういうことだ?」
きょとんとしているおやっさんに、氷の魔石を使えばどれくらいお魚さんがもつだとかの説明をして協力を願えば「でもそれ、高価なものなんだろ? そんなもん怖くて預かれねぇよ」と渋られたけど「これはまだ試験段階なので仮に盗まれたとしてもあなたに一切の責任はありませんよ」とソルゾ先生が助けてくれた。
ソルゾ先生の言葉に、がりがりと頭を掻いてしばらく考えた後「本当に俺に責任はないんだな?」と念を押す。それに「はい。責任は私が持ちます」とソルゾ先生が頷くと「…分かった。何より嬢ちゃんの頼みだもんなぁ」と肩を竦めながらも了承してくれた。
その後、明日の朝使うっていう木箱にうさうさバッグから取りだした氷の魔石を入れて蓋をする。
すると少しだけひんやりとした空気が漏れ出しておやっさんのお店が少しだけ涼しくなる。っていうか今まで室内でしか使ってなかったら分かんなかったけど、屋外だとこんなに冷気が漏れるんだ。
「それで、この冷たい石の上に板を置いて葉っぱを敷いて魚を置くんだな?」
「うん! 明日の夜また来るからその時返してくれればいいよ!」
「しかし…嬢ちゃんは見たこともないもんもってんな」
「んふふー」
笑ってごまかせばソルゾ先生が「私が宮廷魔導士をしておりますので」と告げると途端に固まった。あわわ!
「あ、おやっさんはこの石触らないでね! 下手に触ると凍傷で指とか切り落とさなきゃいけなくなるから!」
「そんなこえぇもんだって聞いてないぞ?!」
なんてやり取りをしてからマグロ四匹と貝と海老さんを無事ゲットして昨日調理した砂浜へと急ぐ。それから海の家っぽい所をまたもや借りて駆け足でキッチンに入ればすでに準備万端な侍女さんと…コックさん?が待っていた。
「ああ。ガラムヘルツはプライベートコックを連れてきたな」
「ほへぇ…すごいですねぇ…」
僕たちの食事は全部侍女さん任せなのに。
「さ、今日の夕飯の食材を渡そうか」
フリードリヒに言われて海老さんと貝を渡してから、うさうさバッグの中から瓶を四つ取りだす。
それを見た侍女さん達が頷くと僕はその瓶を侍女さんに渡す。
「ふむ。今日はカレーかい?」
「はい! でも今日はシーフードカレーですよー!」
「シーフードカレー?」
「海の幸で作るカレーです!」
ひょんなことからカレーに必要なスパイスを手に入れることができたからね! それに学園裏の森にいけばいつでも手に入る様にソルさんが生やしてくれるんだ!
ソルさんはこれまたひょんなことから出会った人。色々あったけどとってもいい人だよ! 人じゃないけどね!
「じゃあ僕はコーヒーゼリーとバニラアイスの準備するね!」
「かしこまりました」
僕たちのやり取りを首を傾げて見てるコックさん達はこれから侍女さん指示の元料理を作ることになる。…うん、頑張れ! マスターすれば作れるようになるから!
そんなこんなでフリードリヒ達を巻き込んでアイスとゼリー作り。ちなみにコーヒーはシュルスタイン皇子が提供してくれた。そう言えばギリクさん、元気かなぁ。このコーヒー、ギリクさんが作ってるのかな? なんて思いながらフリードリヒに戻してもらったゼラチンを混ぜてココット皿へと流し込んでいく。足りなくなったら継ぎ足してを繰り返して大量に作っていく。
バニラアイスの方はリーシャにお任せ。混ぜるだけだからね! こっちは大きめのクッキングバットへと流し込んで氷魔法で作った冷凍庫へイン。ちょっと大きめのそれは室内に入らないから外にあるけど、闇属性が強すぎるから適性がないと触った瞬間、怪我するからねー。危ないよー。
こっちはフリードリヒと僕だけが触れるからガラムヘルツ殿下とシュルスタイン皇子に触らないように、と言っておいた。
僕たちが作り終えるのと同時にコックさん達がエビの背ワタを取り終えたのか、腰を叩いてた。お疲れ様です。
それからはやることがないから、足元を海に浸してきゃっきゃと皆で遊んだ。途中おやつを食べてまた遊ぶ。そんな僕たちを見てシュルスタイン皇子が乱入しずぶ濡れになったり、僕がすっ転んで頭からダイブしてなぜか全員から視線を逸らされ、慌ててタオルを持ってきたソルゾ先生に怒られたりと楽しく過ごした。
陽が沈んで全員が集まると急遽浜辺に用意した椅子とテーブルに座って皆でカレーを食べる。
騎士さん達ってすっごく食べてくれるから一応寸胴鍋で何個か用意したけど食べ終える頃には全部すっからかんで。それにバニラアイスのせのコーヒーゼリーも喜んでもらって僕満足。冷たいものを食べるのは初めてらしいから皆おっかなびっくりで食べ始めたけど、一口食べたら後はもうじっくり味わうように食べてくれてた。
それにグレープフルーツピールを出せばそれも皆おいしく食べてくれて。
大満足のお夕飯にお腹を擦りながら満天の星空を見上げるのだった。
ちなみにグレープフルーツゼリーは王族たちと僕たちとお医者さんの夜のおやつになったよ。とってもおいしかった! ごちそうさまー!
それにマグロさん達は僕の指示と侍女さんのおかげで無事、自家製ツナへと変わったよ! 明日の朝はツナマヨサンドイッチでうまうまするんだー!
■■■
ソルゾ・カルティス第二宮廷魔導士団副団長からの突然の呼び出しに驚いたが、この笛に反応するのはルアのみ。
どういう仕掛けかは分からないが、レイジス様にいただいたガラスは緊急用にも使えるとは聞いていた。だがまさかこんなに早く『緊急事態』になるとは思わなかった。
たまたま港町に向かっていたモドロンと合流しやってきたのだが、そこにいたのはソルゾ・カルティスと第一宮廷魔導士団長のご子息であるリーシャ・モグリワルがいた。
ルアの姿を見つけたお二人は町から少し離れ開いた場所へと走ってきてもらった。申し訳ない。
ルアから飛び降り、お二人の顔を見て眉を寄せる。
「これを」
「どなたへ?」
すっとカルティス副団長が差し出した封筒を受け取り誰に渡すのかを聞く。
「第一宮廷魔導士団長と第二宮廷魔導士団長に」
「お二人に…ですか?」
受け取ったのは一通のみ。それなのにお二人に届ける、とは?
「レイジス様に関するものですので」
それを聞いた途端、なぜお二人の表情が硬いのか理解した。なるほど。レイジス様関係ならば慎重に、そして迅速に動かなければならない。
「分かりました。ではお二人にお届けいたします」
「お願いします」
そう言うカルティス副団長の表情は言ったこととは違うものが浮かび、それに頷くとルアへと飛び乗る。
そしてそのまま王都へと全速力で飛ぶ。ルアも何かを感じ取っているのか最速を出してくれている。レイジス様が全てのワイバーンに治癒魔法をかけてくださり、古傷はすっかり癒えた。そのおかげでワイバーン本来の能力を発揮してくれている。
だから我々もレイジス様のお力になりたいと思っているのだ。
4時間ほどかかる距離をルアの猛スピードで短縮し戻ってきた。疲れているルアをシンリックに任せ、オレは預かった手紙を握りしめまずは騎士団への方へと走る。一番早く陛下に会うためにはレイジス様の父君であるユアソーン侯爵に会うのが一番早いのだ。
通りすぎる騎士を捕まえては場所を聞き、侯爵を探す。するとのんびりと中庭でお茶をしている姿を見かけ、途端に気が抜ける。レイジス様といい、侯爵といいこうもほんわかした空気を醸し出せるのだろか。
「ユアソーン侯爵!」
「おや君は…。私に何か用かな?」
「はっ。私は…」
「グルキテス君だったかな? ワイバーン隊の」
「はい」
読んでいた本を閉じ「どうしたんだい?」と笑う侯爵に周りに誰もいない事を確認してから「レイジス様に関して手紙を預かってきました」と言えば、その眉が寄った。
「それを貰っても?」
「はい」
懐からカルティス副団長から預かった手紙を渡せば「分かった」と頷く。
「それと悪いけど。君も一緒に来てもらえるかな?」
「はい?」
オレは手紙を運ぶだけが仕事だと思っていたから、侯爵のその言葉が理解できない。
「これを受け取る時、聞いたことを言ってほしいんだ」
「は、はぁ…」
よく分らないが誰宛てにということを言えばいいのか?
混乱しながらも「さて、行こうか」とのんびりとそれでもついて来い、という侯爵に「はっ」と告げ後ろを付いていくことにした。
■■■
「ふむ。なるほど」
「レイジスがまた何かやらかしたのかと思ったがこれほどとは…」
グルキテス君に「第一宮廷魔導士団長と第二宮廷魔導士団長にと」との言葉で嫌な予感はしたがまさか我々が読めない文字を書くとは全くの予想外だった。
しかもそれがソルゾ君曰く『聖女』様の書かれたものと同じだというではないか。
「それはレイジスの字で間違いはないな?」
「間違いないと思います。リーシャ君がレイジスから直接受け取ったと書かれていますし」
「そうか…」
玉座ではなくソファの背もたれに身体を預けるバイロンの顔色は疲労の色が濃い。
それはそうだろう。こんなことは初めてなのだから。
ユアソーン家の先祖返りをした分家にも聞いてみたがそのようなことはなかった、とのこと。
そうだとしたらレイジスは今までの先祖返りと同じではない、ということだ。
「『聖女』様の書き残したものか…」
今まで何度か先祖返りしたユアソーン家の人間に読ませようとしては断ってきたウィンシュタイン王家。
だがこうしてレイジスが書いた読むことのできない文字が手元にあるうえに、ソルゾ君から「もしかしたらレイジス様は『聖女』様の生まれ変わりかもしれません」などと書かれていればバイロンも調査をするしかないだろう。
「…どうする? バイロン」
「聞くまでもないだろう。調査をさせる。もしもそれに我々にかけられた『呪い』の解呪のヒントがあるかもしれない」
「だが…」
我々両家にかかった『聖女の呪い』。それが解かれる、ということはフリードリヒ殿下もレイジスも選択を迫られるということで。
「あの子達には調査が終わってから伝える」
「…ああ」
ぎゅっと拳の爪が皮膚に食い込むほど強く握る。
大丈夫だ。フリードリヒ殿下はきっと『呪い』がなくともレイジスを変わらずに愛してくれるはずだ。
だがレイジスは?
あの子は今、人間として成長している最中だ。そんな中『呪い』のせいで愛されていたかもしれないと知った時『レイジス』が壊れてしまわないか。ただそれだけが心配だ。あの子は繊細な心の持ち主なのだから。
それに例え壊れてしまってもあの子は私とミュルスの子だ。命尽きるその日までレイジスと共に生きることには変わりない。
「フォルス」
「大丈夫だ」
肩を抱かれ「大丈夫だ」としか言えない私をバイロンはただ「そうだな、大丈夫だ」と相槌を打つ。
『呪い』が解けても私たちのような関係に収まればいい。少しこじれた関係だが今はただそう願うことしかできない。
そして翌日、第一宮廷魔導士団長と第二宮廷魔導士団長に『聖女』様の書き残したそれの調査が言い渡された。
「そりゃ止められますって…」
「だっで…だっでぇぇぇ…!」
ずびずびと鼻をすすりながらリーシャに愚痴を言えば、ソルゾ先生が慰めるように頭を撫でてくれる。
ずびー!と鼻をすすれば「はい、レイジス様。ちーんしましょうねー」とノアが鼻にハンカチを当ててくれるから、言われた通り鼻をかむとまたもやソルゾ先生に頭を撫でられる。
大暴走した王族たちはと言うと、アルシュとハーミット先生、それに騎士さん達がそれぞれの主に対してお叱りタイムに入った。
あんまりにも僕がぎゃん泣きするものだから助けてくれたみたい。そこで全員が離され、それぞれの場所でお説教が始まった。でも「王族に対してお説教なんかしていいの?」とずびびと鼻をすすりながら聞けば「大丈夫ですよ」とノアに、にこりと笑われたけど大丈夫なのかな?
後で何か言われないかな?と不安もあったから王族たちに(もちろんルスーツさんにも)「騎士さん達を怒らないであげてね」と言っておこうと鼻をかみながら決める。
「それにしても戻ってみれば大変なことになってましたね…」
「こんなの予想できないでしょ?! なんで王族が増えてるの?!」
リーシャがそう叫ぶと「全くだよ」とガラムヘルツ殿下が頭を掻きながらソファに座る。あ、お説教終わりました?
「ごめんなさいね。レイジス君」
「ずび。だいじょぶ、です」
「本当にすまない」
ガラムヘルツ夫婦から謝られ「大丈夫です」と言えば「本当にごめんなさいね」と再び言われる。
「あの」
「どうした?」
「後で騎士さん達を怒らないであげてくださいね」
「まぁ」
ずびびと鼻をすすりながらガラムヘルツ殿下とルスーツさんにそう言えば「か…可愛い…!」と悶え始める。
ええ…。
「レイジス。すまない」
「フリードリヒ殿下」
すると、しょんと肩を落としたフリードリヒも戻ってきて「…悪かった」とシュルスタイン皇子も肩を落として戻ってきた。
あ、全員のお説教タイムが終わったのか。
フリードリヒになでなでと頭を撫でられれば涙なんか引っ込んじゃう。ソルゾ先生の膝の上にいたけどフリードリヒが戻ってきたからそっちに移動。もそもそと膝の上に乗ればぎゅう、と後ろから抱き締められる。
「全く…レイジス様のことになると暴走するのやめてください」
「ぐ…今後は気を付ける」
「そうしてください」
アルシュとハーミット先生も疲れた様子でフリードリヒに小言を告げる。
「ああ、泣いたから目が腫れてるね。冷たい水で冷やそうか」
「ふぁい」
そう言えば侍女さんがすでに用意してくれてたらしい、冷たい水でタオルを絞ってそれを瞼に乗せるとひんやりしてとっても気持ちがいい。
「ほわー…」
「気持ちいい?」
「はいー…とってもー…」
僕の言葉にくすりと笑うフリードリヒだけれども、ガラムヘルツ殿下とルスーツさん、それにシュルスタイン皇子の息を飲む音が聞こえた。
え? なんで? いつものやり取りですよ?
「レイジスは蕩けるとこんなに無防備になるのか」
「これは危険よねぇ…」
「少しは危機感を持った方がいいと思うが」
ふへ? なんでですか?
タオルを乗せたまま首を傾げれば「レイジスは気にする必要はないよ」とフリードリヒが笑う。
んんー?
「それで? 用事はすんだのか?」
「ああ。はい。大丈夫です」
そうだった。用事があるからって午前中はリーシャとソルゾ先生がいなかったんだよね。
「ならもう昼近くなのか」
「あ! ゼリー! ゼリーがもうひえひえだと思います!」
がばりんちょとタオルを取ってそう言えば「そうか。早いな」とフリードリヒが驚きながらも頷いてくれる。
「そうだ。お昼ご飯どうしましょうか? 皆で食べます?」
「それは…」
「レイジスがいいのなら」
「おい」
「私もレイジスがいいのなら」
あれれー? ご飯の許可は僕じゃなくてフリードリヒに言ってくださいねー?
でも人数が増えても大丈夫なメニューならいけるけど…。でもフリードリヒに聞かないとまずいよね。
「フリードリヒ殿下、フリードリヒ殿下」
「なんだい?」
「お昼ご飯、皆で食べたいです」
「そう言うと思った。レイジスが平気そうならそれぞれの部屋で食べてもらおうか」
「どうしてだい? ここで食べるのは…」
「あのな」
ガラムヘルツ殿下の言葉にフリードリヒが額に手を当てて肩を竦める。
「ここはレイジスの、私の婚約者の部屋だ。私の部屋ならともかく、婚約者の部屋でご飯など許すはずがないだろう」
「ふむ。確かに」
そうれもそうだな、とシュルスタイン皇子が納得すると「そう言えばフリードリヒの部屋は施錠魔法がかかっていたからこっちに来たんだったな」とガラムヘルツ殿下もここが僕の部屋だという事に気付いたらしい。
でもさ。
「そうなるとアルシュもノアもリーシャも先生たちも一緒に食べられるんですか? というか騎士さん達も一緒にご飯食べられない?」
くいくいとフリードリヒの服を引っ張ってそう言えば「レイジスはいい子だなぁ…」とガラムヘルツ殿下が涙を流し「やっぱりうちの子になりましょう?」とルスーツさんが告げる。ハガルマルティアに行く気はないです。ごめんなさい。
そんなガラムヘルツ殿下たちを見たシュルスタイン皇子が「なら」と口を開いた。
「ふまぁ!」
その夜。僕たちは昨日ガラムヘルツ殿下と一緒に食事をした所へ来ている。もちろん各国の騎士さん達も集まってるよ!
なんで全員集まっているのか、というと…。お夕飯を全員で食べる約束をしたからである。
お昼ご飯は流石に大人数分は用意できないから、ということでお夕飯を皆で食べることにした。午後からのお出かけは急きょ取りやめて、昨日お魚さんを買ったおやっさんのお店へと食材を買い出しへ。
ある意味お出かけなんだけどね。フリードリヒ的にはこれはお出かけではないらしい。王族の感覚はやっぱりよく分んない。僕的には外に出たらお出かけなんだけどねー。
そんな訳で再びぞろぞろとおやっさんお店にいけばなんだかすごい人だかり。わわわ。
なんだなんだ?とぴょこぴょこと飛び跳ねてはみたものの僕の身長では当然見えず。他のお店にしようかとも考えたんだけど、ちょっと試したいことがあったからさ。
「随分にぎわってんな」
「そっか。昨日ハーミット先生は来てないんでしたっけ?」
「ああ。領主の家にいたからな。しかしすごいな」
一番背の高いハーミット先生が身体を左右に揺らしながら覗いてる。ふふー。なんか可愛いー。
くふくふと笑っているとハーミット先生が「肩車でもしましょうか?」と冗談っぽく言う。それに「ぜひ! お願いします!」と言えば「なら私が…」とフリードリヒが言ってるけど流石に王族に肩車はちょっと…。という訳で落ち込んでいるフリードリヒは後で慰めるとして、ハーミット先生に肩車をしてもらえば視界が高くなった。おおお! すごーい!
「落ちないでくださいね」
「頑張る!」
「頑張るってなんですか!」
というリーシャのツッコミを無視して先生の頭に手を乗せてバランスをとっていると、僕に気付いたおやっさんが「嬢ちゃん!」と声を上げた。ほわぁ?!
その声で全員の視線が僕に向き、びくりと肩を跳ねさせると「わりぃ、わりぃ。嬢ちゃんはちょっと視線が怖いんだ」と笑いながら人だかりに話している。あれ? おやっさん、よく僕が大勢の視線が怖いって知ってたなー。
「直ぐ捌くからちょっと待っててくれ」という言葉を残すと、本当にてきぱきと人だかりを捌いていく。ほへー…。すごい。
ハーミット先生に肩車をされたまま、日陰でちょびっと待っていると「おう! 嬢ちゃんお待たせ!」とおやっさんが声をかけてくれた。そこで下ろしてもらって少なくなったお魚さんたちを見れば、昨日より幾分かお魚さんの目が輝いている。
「わりぃな。今日はもうこれだけなんだ」
「ん。大丈夫。海老さんと貝があれば」
「ん? 魚は?」
「捨てちゃうマグロさんはまるっと貰うよ!」
ふんすー!とそう言えばおやっさんが、がっはっはっ!と大きな口を開けて笑う。むふふー。
「今日はちょっとお願いがあって来たんだー」
「そっちのでかいのが父ちゃんか?」
そういってハーミット先生を指さすおやっさんに「ぶふぅ!」と吹き出すと「違う違う。俺はこの子の叔父だよ」とハーミット先生が手を左右に振りながら苦笑いを浮かべて答える。むふふー。
「そうか、そうか。今日も兄ちゃんたちと買い物か。偉いな」
「えへー」
誉められてにぱぱーと笑えば「レジィ、要件を言わないと」とフリードリヒに言われてハッとする。そうだった。
「おやっさん。ちょっと協力してほしいんだけど」
「ああ? 協力?」
「ガラムヘルツ殿下と顔見知りなら安心かなって」
「? どういうことだ?」
きょとんとしているおやっさんに、氷の魔石を使えばどれくらいお魚さんがもつだとかの説明をして協力を願えば「でもそれ、高価なものなんだろ? そんなもん怖くて預かれねぇよ」と渋られたけど「これはまだ試験段階なので仮に盗まれたとしてもあなたに一切の責任はありませんよ」とソルゾ先生が助けてくれた。
ソルゾ先生の言葉に、がりがりと頭を掻いてしばらく考えた後「本当に俺に責任はないんだな?」と念を押す。それに「はい。責任は私が持ちます」とソルゾ先生が頷くと「…分かった。何より嬢ちゃんの頼みだもんなぁ」と肩を竦めながらも了承してくれた。
その後、明日の朝使うっていう木箱にうさうさバッグから取りだした氷の魔石を入れて蓋をする。
すると少しだけひんやりとした空気が漏れ出しておやっさんのお店が少しだけ涼しくなる。っていうか今まで室内でしか使ってなかったら分かんなかったけど、屋外だとこんなに冷気が漏れるんだ。
「それで、この冷たい石の上に板を置いて葉っぱを敷いて魚を置くんだな?」
「うん! 明日の夜また来るからその時返してくれればいいよ!」
「しかし…嬢ちゃんは見たこともないもんもってんな」
「んふふー」
笑ってごまかせばソルゾ先生が「私が宮廷魔導士をしておりますので」と告げると途端に固まった。あわわ!
「あ、おやっさんはこの石触らないでね! 下手に触ると凍傷で指とか切り落とさなきゃいけなくなるから!」
「そんなこえぇもんだって聞いてないぞ?!」
なんてやり取りをしてからマグロ四匹と貝と海老さんを無事ゲットして昨日調理した砂浜へと急ぐ。それから海の家っぽい所をまたもや借りて駆け足でキッチンに入ればすでに準備万端な侍女さんと…コックさん?が待っていた。
「ああ。ガラムヘルツはプライベートコックを連れてきたな」
「ほへぇ…すごいですねぇ…」
僕たちの食事は全部侍女さん任せなのに。
「さ、今日の夕飯の食材を渡そうか」
フリードリヒに言われて海老さんと貝を渡してから、うさうさバッグの中から瓶を四つ取りだす。
それを見た侍女さん達が頷くと僕はその瓶を侍女さんに渡す。
「ふむ。今日はカレーかい?」
「はい! でも今日はシーフードカレーですよー!」
「シーフードカレー?」
「海の幸で作るカレーです!」
ひょんなことからカレーに必要なスパイスを手に入れることができたからね! それに学園裏の森にいけばいつでも手に入る様にソルさんが生やしてくれるんだ!
ソルさんはこれまたひょんなことから出会った人。色々あったけどとってもいい人だよ! 人じゃないけどね!
「じゃあ僕はコーヒーゼリーとバニラアイスの準備するね!」
「かしこまりました」
僕たちのやり取りを首を傾げて見てるコックさん達はこれから侍女さん指示の元料理を作ることになる。…うん、頑張れ! マスターすれば作れるようになるから!
そんなこんなでフリードリヒ達を巻き込んでアイスとゼリー作り。ちなみにコーヒーはシュルスタイン皇子が提供してくれた。そう言えばギリクさん、元気かなぁ。このコーヒー、ギリクさんが作ってるのかな? なんて思いながらフリードリヒに戻してもらったゼラチンを混ぜてココット皿へと流し込んでいく。足りなくなったら継ぎ足してを繰り返して大量に作っていく。
バニラアイスの方はリーシャにお任せ。混ぜるだけだからね! こっちは大きめのクッキングバットへと流し込んで氷魔法で作った冷凍庫へイン。ちょっと大きめのそれは室内に入らないから外にあるけど、闇属性が強すぎるから適性がないと触った瞬間、怪我するからねー。危ないよー。
こっちはフリードリヒと僕だけが触れるからガラムヘルツ殿下とシュルスタイン皇子に触らないように、と言っておいた。
僕たちが作り終えるのと同時にコックさん達がエビの背ワタを取り終えたのか、腰を叩いてた。お疲れ様です。
それからはやることがないから、足元を海に浸してきゃっきゃと皆で遊んだ。途中おやつを食べてまた遊ぶ。そんな僕たちを見てシュルスタイン皇子が乱入しずぶ濡れになったり、僕がすっ転んで頭からダイブしてなぜか全員から視線を逸らされ、慌ててタオルを持ってきたソルゾ先生に怒られたりと楽しく過ごした。
陽が沈んで全員が集まると急遽浜辺に用意した椅子とテーブルに座って皆でカレーを食べる。
騎士さん達ってすっごく食べてくれるから一応寸胴鍋で何個か用意したけど食べ終える頃には全部すっからかんで。それにバニラアイスのせのコーヒーゼリーも喜んでもらって僕満足。冷たいものを食べるのは初めてらしいから皆おっかなびっくりで食べ始めたけど、一口食べたら後はもうじっくり味わうように食べてくれてた。
それにグレープフルーツピールを出せばそれも皆おいしく食べてくれて。
大満足のお夕飯にお腹を擦りながら満天の星空を見上げるのだった。
ちなみにグレープフルーツゼリーは王族たちと僕たちとお医者さんの夜のおやつになったよ。とってもおいしかった! ごちそうさまー!
それにマグロさん達は僕の指示と侍女さんのおかげで無事、自家製ツナへと変わったよ! 明日の朝はツナマヨサンドイッチでうまうまするんだー!
■■■
ソルゾ・カルティス第二宮廷魔導士団副団長からの突然の呼び出しに驚いたが、この笛に反応するのはルアのみ。
どういう仕掛けかは分からないが、レイジス様にいただいたガラスは緊急用にも使えるとは聞いていた。だがまさかこんなに早く『緊急事態』になるとは思わなかった。
たまたま港町に向かっていたモドロンと合流しやってきたのだが、そこにいたのはソルゾ・カルティスと第一宮廷魔導士団長のご子息であるリーシャ・モグリワルがいた。
ルアの姿を見つけたお二人は町から少し離れ開いた場所へと走ってきてもらった。申し訳ない。
ルアから飛び降り、お二人の顔を見て眉を寄せる。
「これを」
「どなたへ?」
すっとカルティス副団長が差し出した封筒を受け取り誰に渡すのかを聞く。
「第一宮廷魔導士団長と第二宮廷魔導士団長に」
「お二人に…ですか?」
受け取ったのは一通のみ。それなのにお二人に届ける、とは?
「レイジス様に関するものですので」
それを聞いた途端、なぜお二人の表情が硬いのか理解した。なるほど。レイジス様関係ならば慎重に、そして迅速に動かなければならない。
「分かりました。ではお二人にお届けいたします」
「お願いします」
そう言うカルティス副団長の表情は言ったこととは違うものが浮かび、それに頷くとルアへと飛び乗る。
そしてそのまま王都へと全速力で飛ぶ。ルアも何かを感じ取っているのか最速を出してくれている。レイジス様が全てのワイバーンに治癒魔法をかけてくださり、古傷はすっかり癒えた。そのおかげでワイバーン本来の能力を発揮してくれている。
だから我々もレイジス様のお力になりたいと思っているのだ。
4時間ほどかかる距離をルアの猛スピードで短縮し戻ってきた。疲れているルアをシンリックに任せ、オレは預かった手紙を握りしめまずは騎士団への方へと走る。一番早く陛下に会うためにはレイジス様の父君であるユアソーン侯爵に会うのが一番早いのだ。
通りすぎる騎士を捕まえては場所を聞き、侯爵を探す。するとのんびりと中庭でお茶をしている姿を見かけ、途端に気が抜ける。レイジス様といい、侯爵といいこうもほんわかした空気を醸し出せるのだろか。
「ユアソーン侯爵!」
「おや君は…。私に何か用かな?」
「はっ。私は…」
「グルキテス君だったかな? ワイバーン隊の」
「はい」
読んでいた本を閉じ「どうしたんだい?」と笑う侯爵に周りに誰もいない事を確認してから「レイジス様に関して手紙を預かってきました」と言えば、その眉が寄った。
「それを貰っても?」
「はい」
懐からカルティス副団長から預かった手紙を渡せば「分かった」と頷く。
「それと悪いけど。君も一緒に来てもらえるかな?」
「はい?」
オレは手紙を運ぶだけが仕事だと思っていたから、侯爵のその言葉が理解できない。
「これを受け取る時、聞いたことを言ってほしいんだ」
「は、はぁ…」
よく分らないが誰宛てにということを言えばいいのか?
混乱しながらも「さて、行こうか」とのんびりとそれでもついて来い、という侯爵に「はっ」と告げ後ろを付いていくことにした。
■■■
「ふむ。なるほど」
「レイジスがまた何かやらかしたのかと思ったがこれほどとは…」
グルキテス君に「第一宮廷魔導士団長と第二宮廷魔導士団長にと」との言葉で嫌な予感はしたがまさか我々が読めない文字を書くとは全くの予想外だった。
しかもそれがソルゾ君曰く『聖女』様の書かれたものと同じだというではないか。
「それはレイジスの字で間違いはないな?」
「間違いないと思います。リーシャ君がレイジスから直接受け取ったと書かれていますし」
「そうか…」
玉座ではなくソファの背もたれに身体を預けるバイロンの顔色は疲労の色が濃い。
それはそうだろう。こんなことは初めてなのだから。
ユアソーン家の先祖返りをした分家にも聞いてみたがそのようなことはなかった、とのこと。
そうだとしたらレイジスは今までの先祖返りと同じではない、ということだ。
「『聖女』様の書き残したものか…」
今まで何度か先祖返りしたユアソーン家の人間に読ませようとしては断ってきたウィンシュタイン王家。
だがこうしてレイジスが書いた読むことのできない文字が手元にあるうえに、ソルゾ君から「もしかしたらレイジス様は『聖女』様の生まれ変わりかもしれません」などと書かれていればバイロンも調査をするしかないだろう。
「…どうする? バイロン」
「聞くまでもないだろう。調査をさせる。もしもそれに我々にかけられた『呪い』の解呪のヒントがあるかもしれない」
「だが…」
我々両家にかかった『聖女の呪い』。それが解かれる、ということはフリードリヒ殿下もレイジスも選択を迫られるということで。
「あの子達には調査が終わってから伝える」
「…ああ」
ぎゅっと拳の爪が皮膚に食い込むほど強く握る。
大丈夫だ。フリードリヒ殿下はきっと『呪い』がなくともレイジスを変わらずに愛してくれるはずだ。
だがレイジスは?
あの子は今、人間として成長している最中だ。そんな中『呪い』のせいで愛されていたかもしれないと知った時『レイジス』が壊れてしまわないか。ただそれだけが心配だ。あの子は繊細な心の持ち主なのだから。
それに例え壊れてしまってもあの子は私とミュルスの子だ。命尽きるその日までレイジスと共に生きることには変わりない。
「フォルス」
「大丈夫だ」
肩を抱かれ「大丈夫だ」としか言えない私をバイロンはただ「そうだな、大丈夫だ」と相槌を打つ。
『呪い』が解けても私たちのような関係に収まればいい。少しこじれた関係だが今はただそう願うことしかできない。
そして翌日、第一宮廷魔導士団長と第二宮廷魔導士団長に『聖女』様の書き残したそれの調査が言い渡された。
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